ケモノたちの進む道

『おい、ニンゲンのオオトリィ』


 俺がキタミとはステージを挟んで反対側の演台に立つと、頭上からササ様の――クモイの声がする。なんかこの配置だとステージがアスキーアートみたいだな。


『ちゃあんと資料は用意してるんだろうニャア? 記者さんたちの指が壊れちゃうゾ?』

「去年ほどの内容にはならないはずだし、資料ももちろんこの後配布する」

『だってさ! 安心だな、記者のニンゲン!』


 記者席の方から苦笑が漏れる。……去年だって資料は配ったんだが、先に言わなかったからめちゃくちゃメモを取っていたんだよな。ドラフト結果も、今シオミが裏で印刷しているし今回は大丈夫だろう。


「あらためまして。KeMPBのオオトリユウです。みなさんのおかげで、ケモノプロ野球リーグは3年目を迎えることができました」


 観覧席を中心に拍手が鳴る。それが収まるのを待って、話を続ける。


「去年もお話ししましたが、ケモプロは自分が応援するために始めたゲームです。この先、何十年と続けていきたいと思っています。そのために重要だと考えているのは、選手のパーソナリティです。ただの記号ではなく、応援したい要素をもった一つの個として、しっかりと背景を用意する。プロ選手だけでなく、高校、大学のアマチュア選手を用意しているのもそのためです」


 アメリカでもバーサが今頃、似た様な事を話しているはずだ。


「その施策をさらに進めるため、ケモプロでは新たな要素をアップデートで追加します。まずはこのプロモーションムービーをご覧ください」

『本邦初公開ってヤツだニャ? 見逃すニャよ~!』


 ステージが暗くなり、スクリーンに映像が映し出される。


 しかめっ面のワシ型ケモノの男。徐々にカメラが引いて、腕組みして貧乏ゆすりをしているところが映し出される。と、突然鳴り響く、小さく弱弱しい泣き声。男は飛び上がって駆け出し、部屋の中に入る。

 場面が変わり、部屋の中で待っていたのは、ベッドに横になるネコ型ケモノの女。そしてその横に寝かせられて泣き続けている、ワシとネコ、小さな双子の赤ちゃん。男が女を労う。医療スタッフがやってきて、二人の子供をそれぞれの腕に抱かせる――


「早ければ2020年の夏ごろには、このような光景が見れるようになるでしょう」


 ステージに明かりが戻ってくる。


「ケモプロはさらなるケモノたちの個性を求めて――ケモノの子供を誕生させます」


 スクリーンに資料を映し出す。


「これまでケモノ選手は、基本的な運動能力やコミュニケーション能力を強化学習……シミュレーター上で短時間に何万回も試行して能力を身に着けてから、いきなりプロ選手や高校生、大学生としてゲームに登場していました」


 ダイトラが47歳なのは肉体年齢の設定上の話。実際に動き出してからは2年しか経っていない。


「これはケモプロというサービスを成り立たせるためには即戦力が必要だったためです。けれどいつまでもこのままではいられません。ケモノ選手を個として成り立たせるためには、ケモノたちに人生を歩んでもらわなければいけない」


 再び資料には先ほどの映像に登場した夫婦に出てきてもらう。


「アップデートにより、成人してゲーム内で活動しているケモノが結婚し、子供を作ることができるようになります。生まれた子供はこれまでのケモノ選手たちと違って、リアルタイムで運動能力やコミュニケーション能力を学習していくことになります」


 双子の成長の予想図を、段階を踏まえて表示する。モフモフした赤ん坊の姿、幼年期、少年期、青年期……。


「初めに伝えておきたいのは、この方式がすぐに全員に適用できるわけではない、ということです。この方式が適用されるのは、現在ゲームに登場している大人たちが結婚し、子供を産んだ場合です。そこではじめて、ケモノの赤ちゃんがゲームに登場することになります。赤ちゃんはしばらくの間は親元で成長し――」


 スライドを切り替える。


「その後保育施設に通います。ここから、途中参加――親子一組で1歳からスタートするケモノが追加されます。人数をそろえるためです。最低30人と考えています」


 30人以上生まれればここでの追加はない。


「その後かなり期間が空きますが、11歳になったら――また親子一組で11歳からスタートするケモノを追加します。少年野球リーグ、4チームを成立させるための人数をそろえるために。そして最後に、高校生になった時点で、今と同じ規模の人数になるようにケモノ高校生を追加します。つまり――」


 一息おいて、話を続ける。


「段階的に、ケモノ世界で生まれるケモノを増やしていく、ということです。いずれすべてのケモノが、0歳からのスタートになることを目標にしています」


 会場が少しざわめく。非効率的だと思われているかもしれない。だが、ケモプロがこれからも応援されるためには、より強く個性を出していくには必要なことだと信じている。


「先立って多少触れましたが、小学校5、6年生による少年野球リーグ、および中学生による中学野球リーグも今後開催していきます。12年、14年後の話にはなりますが、楽しみにお待ちいただければと思います」


 何十年も続けていく。そんなゲームに12年後のコンテンツがあってもいいだろう。


「……では、ここまでの内容で質問があれば受け付けます。一般観覧席の皆さんも遠慮なくどうぞ」

『ヨシ、行儀よく挙手して待つんだゾ、ニンゲン!』


 一斉に手が上がる。予想より一般観覧席の挙手率が高い。


『ヨーシ、ファンサービスだからニャア、まずは一般ニンゲンからだゾ、タミタミ!』

「はーい。それではマイクを渡しに行きますね~」


 キタミが観覧席で一番に手を上げた男性にマイクを渡す。


「あの、出産、ってなると、休みとかどうなるんですか? 育休とかになるんですか?」

「プロ野球選手についていえば、妊娠が確定した時点でパートナーと共に休暇に入ってもらいます。9か月後に出産し、子供が保育施設に入るまでの2か月間が休暇期間になります。最短11か月での復帰です」

「えっと、男女ともに、ですか」

「はい。同性のペアでも、0歳児を養子に迎えた場合は2か月間の休暇になります」

「わかりました。あ、以上です……ありがとうございます」


 マイクが次の女性に渡る。


「赤ちゃんかわいかったです。でも、出産って危険も伴いますよね。そこはどうなっているんでしょうか?」

「ケモプロのメインコンテンツは野球の興行です。しかしそれに伴う選手の人生もまた、真剣に提供するべきコンテンツです。世界設定において、公共交通機関は完全なAI制御が行われており、事故が発生しないということになってはいますが――一方、試合中の事故により怪我、それに伴う引退、最悪はまだ発生していませんが死亡することもありえます」


 このことについてはKeMPB内だけでなく、関連企業も含めて慎重に議論した。


「真剣勝負の場にあっては、命も真剣に扱うべきだというのがこちらの結論です。妊産婦死亡率は日本以上の最高水準に設定してありますが、0ではありません」

「……わかりました。実際に起きたら悲しいですけど、支持します」


 キタミがマイクを受け取り、まだ手を上げていた男性へ渡す。


「生まれてきた子は必ず野球選手になるんですか? それって職業選択の自由を奪っている、子供に対する虐待と取られてしまうんじゃないでしょうか?」


 ざわ、と。先ほどの質問よりも激しい動揺が会場に広がる。

 キタミがどうするのかと、目で合図してきた。だから――頷く。


「今のところはそう受け取られても仕方ありません」


 ケモノのことを真剣に考えているからこその言葉だ。想定問答集にはないが、答えられる範囲の内容ではある。


「ケモプロは今のところ野球ゲームで、メインコンテンツの野球興行のためにすべてがあります。プロ野球選手にならなかったケモノ、AIは、半ば眠った状態で保存されます。これがAIの死ではないか、という指摘は以前からいくつか受けています。それを真剣勝負、生存競争に負けた結果としてユーザーの皆さんに受け入れてもらうしかないのが、現状です。そして――その仕組みを変えたい、と考えています」


 端末を操作してスライドを変える。サッカー、水泳、将棋、料理、絵画……様々な活動をしているケモノたち。


「現在もオフの日のホビーとして用意しているこれらのアクティビティですが、子供たちもこれらに触れることができます。種類も増やしていく予定です。そして――野球が優先ではありますが――野球以外の将来も用意していきたい」


 将棋リーグとか、絵画の展示会とかで活躍するケモノを。


「ケモノプロサッカーリーグとか、ですか?」

「大規模なものになると、プロ野球のような体制が組み立てられないと難しい。もし興味を持つ企業がいるなら、声をかけてほしいと思いますが……とにかく、将来的に機材、資源に余裕が出てくれば場所が用意でき、そうしてようやく、進路を子供たちに提示することができる。ただ、今はまだその場所がない状態です」


 場所がないのにプロ野球以外の進路を選ばせることは、自らAIとしての死に進ませることだ。生存競争に参加する前に降ろしてしまうのは、選択肢とは言わない。


「だから現時点では、子供たちは全員プロ野球選手を目指します。将来的な構想では、それ以外の道も選べるようにしたい。……こういう回答でいいでしょうか?」

「大丈夫です。そういう考えがあるなら、応援します」


 男性がキタミにマイクを返し、深く椅子に腰を下ろす。


『ヨシ! この辺で記者のニンゲンにも言わせてやろうゼ! 質問を拒否されたニャアんて書かれたらたまらニャいからニャ!』

「はい、質問のある方……それでは、どうぞ~」

「どうも」


 記者がマイクを手に立ち上がる。


「なんかユーザーさんの質問がアツくて、僕らの出番がないんですけど」


 笑いが起きる。少し空気が柔らかくなった。


「ムービーではワシとネコの子が、双子? でワシとネコでしたが、どういう遺伝をするんでしょうか? 祖父母から種族を隔世遺伝したりしますか?」

「両親のうちのどちらかの種族になります。二世代以上前の種族は、複雑で分かりづらくなるため遺伝しないこととしました」

「そうすると確率の偏りによっては、絶滅する種族もいるのでは?」

「あるかもしれませんが……ケモプロはケモノ世界のごく一部を切り取ったものです。ゲーム中に登場しなくても、世界のどこかにはいます。何らかの機会に人数を補充する際に、また種族が追加されますし……そもそも、絶滅するには長い時間がかかりそうです」

「ケモプロさんなら絶滅するまで続けそうだと思って。僕からは以上です」


 最後も笑いを誘ってから、記者は腰を下ろした。次の記者が立ち上がる。


「絵を描いているケモノの画像がありましたが……AIに絵を描かせるというのはぼちぼち目にする題材ですが、成功しているとは思えません。例に出すということは、自信があるということでしょうか?」

「担当技術者の言葉になりますが」


 ミタカが話していた内容を思い出す。


「絵を作り出すことに関しては、例えば完成された絵をたくさん見せて特徴を学習する方法があります。これは似た様な絵を作り出すのに有効です。あるいは写真に似せた絵をAIに作らせて、写真を学習した別のAIに絵であるか写真であるか判断させ、精巧な絵を作らせていくような手法もあります」


 敵対なんとか……うん、用語を使うのはやめよう。


「これらが目指すことは『完成された絵を作ること』だと思います。これらのAIが絵を作り出すために、下書きをしたりペン入れをすることはありません。ケモプロでは『ケモノに絵を描かせる』ことが目標です。3D空間内で、実際に目で見て、手を動かして描いていく、人間と同じ速度で学習していく。そういうアプローチになります。成功するかどうかはともかく、違う結果が得られるものと期待しています」


 ミタカはそう言いながらも自信ありそうだったけどな。過程を学習するなんて贅沢、絶対他ではやらないだろ……とかなんとか。ともかく。


「絵に限らず、ケモノたちの学習は効率ではなく、人間らしい学習を目指して設計をしています」


 そうでなければ、わざわざ審判にストライクコースの学習なんてさせない。


「ケモプロに必要なのは、どんな球でも完全に打つバッターではなく――ちょっとの調子の狂いで芯を外してしまったりする、そんな人間臭さをもつ存在なのです」

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