第三回ケモノプロ野球リーグドラフト会議兼発表会
2019年9月6日。
「合計で3680円になります」
レジを叩いてそう告げると、目の前の男性は俺の顔を見て目を丸くした。
「えっ、社長? え、何してるんすか?」
「レジだが?」
「えっ、何で社長がレジ?」
「スタッフが遅れていてな……」
ホテルの通路に設置したグッズの販売コーナーで、俺はひとり会場を訪れた客の対応を行っていた。ホテルのスタッフにも手伝ってもらっているのだが、俺が一番レジが早かったのでこうして立っている。……他のイベントでもたまにやっているし、なかなか腕前はさびつかない。
「3680円です」
「あ、ああ、えっと、これで」
「5000円のお預かり、おつりが大きいほうから1000円、残り320円です。ありがとうございました」
「その、頑張ってください、応援してます」
「ありがとう」
レジを叩くだけで応援されると、コンビニ時代の境遇を思い出してしんみりしてしまうな。コンビニじゃいくらレジが早くてもお客に感謝されることなんてなかったし……。
「すいません、遅れました!」
次の客のレジを打っていると、ようやく遅れていたスタッフがやってきて隣に立つ。
「あの、あとはこちらでやりますので……」
「ありがとう、頼んだ」
交代の時間も惜しいのかお客がジッと見てくるので、急いで立ち位置を変わる。時間を確認すると、そろそろイベントの開始時刻だ。足早に舞台裏へ向かう。その途中で、会場の案内の看板が見えた。
『KeMPB、BeSLB提供 第三回ケモノプロ野球リーグドラフト会議兼発表会』――今日はケモプロのドラフトだ。
「あら、ユウさん」
舞台裏にやってくると、着物を着た女性――トリサワヒナタから声をかけられる。
「姿が見えませんでしたけど、どちらにいらっしゃったんですか?」
「物販のレジの人手が足りなくてな。それで手伝ってきた」
「まあ……お疲れ様です、大変でしたね」
ヒナタはぷくりと頬を膨らませる。
「まったく、ここのスタッフはなっていないんじゃないでしょうか? 私たちならそんな不手際は起こしませんのに」
「いや、俺が進んで手伝ったことだ。……ホットフットインを会場にできなくてすまなかったな」
「いえいえ、そんな!」
ヒナタは慌てて両手を振る。
「規模が大きくなったんですから仕方ありません。このレベルの宴会場を用意できないのは、ひとえに我が社の努力不足ですから。無理に小さな会場を使っていただいても、それはそれで申し訳ないです」
「フン」
ヒナタの後ろで鼻を鳴らす音がする。ちらりと見ると、ヒナタの祖母のミドリがこちらに背を向けていた。ヒナタはぺろりと舌を出す。
第一回、第二回と、ドラフトは会場にホットフットインの宴会場を利用してきた。グループ内でも都内最大のホテルでやっていたのだが……それでも、今年からメディアだけでなく一般観覧の客を会場に入れようと思うと、広さが足りない。ずいぶん前から分かっていたことで、会場の選定も半年以上前には決定して、全企業の合意を得ているのだが……ミドリはまだ気に入らないようだ。
「スネてるだけですから、気にしないでくだ、あ、痛いっ、おばあちゃんやめっ、耳がちぎれちゃう!」
耳を引っ張られて、ヒナタが離れていった。……まあ、ここに来てくれたということは理解はしてくれているんだ、うん。
『皆様、長らくお待たせしました。まもなく開始いたしますので、席についてお待ちください――朝早くからみんな、ありがとうね~!』
演台に出てきた女性はフリーランスのアイドル、キタミタミ。去年に引き続き司会を依頼させてもらった。
朝早く――とはいうが、午前10時ぐらいだ。前回までドラフトは夕方ごろに行っていたのだが、今回はBeSLB――アメリカ側と合同のイベントになる。そうなるとこの時間ぐらいしか、全地域のユーザーが視聴可能な時間帯にならない。メディアの都合を考えて平日にしたが、今後は日曜開催の方がいいかもしれないな。
『はい、それでは。これより第三回ケモノプロ野球リーグドラフト会議兼発表会を始めさせていただきます。司会、進行は昨年に引き続き、フリーランスアイドル、キタミタミが務めさせていただきます! ご愛顧ありがとうございます!』
会場から拍手が鳴る。一部の一般観覧席から、キタミタミへの野太い声援も飛んでいた。
『そして、今日は司会進行にスペシャルなお手伝いを呼んでいます。皆様……私の頭上にご注目ください!』
サーッと緞帳が引かれ、キタミタミの頭上のスクリーンがあらわになる。そして。
『オッス、ニンゲンども! 遊びに来てやったゾ!』
一度聞いたら忘れられない声とともに、ひょいと逆さ吊りになったブサイクな猫が現れて会場がどよめいた。
『ニャンだァ? オレ様がせっかく来たのに、拍手の一つもないゾ?』
『スペシャルお手伝い、アニメ「ササ様と学ぶ野球」より逆さ猫のササ様です! 皆様、義理でも拍手をどうかお願いします!』
『ニャッハッハ、苦しゅうない!』
拍手を受けてササ様は満足そうに笑う。この日のために用意したササ様の2Dアバターだ。専用の控室でクモイが喋り、その隣にいるミタカが機材を操作してササ様の絵を切り替える。Live 2Dで組み上げてクモイの動きをカメラで取り込む案もあったのだが、原作再現のためにはヌルヌルした動きではなく、アスキーアートがパキパキと切り替わる感じが必要ということでこの形式になった。再現というか、アニメを作ったマルイミカンから素材を提供してもらっているから、原作そのものだな。
『はい、というわけで今日はササ様と私で司会をしていきます』
『ちょぉっと待つニャ。今日はオレ様たちだけじゃニャいんじゃニャいか?』
『おっとそうでした! 今日はKeMPB、そしてBeSLB合同のドラフト会議! そうです、ここ日本会場とは別に、アメリカにも会場が用意してあります! それではお呼びしましょう――現地のローズマリーさん?』
『ハイ! コンニチワ、ローズマリー、デス!』
演台の横に置かれた透過ディスプレイ上に、ローズマリー・アンブローズ……女子最速のボールを投げる元大学野球選手、現BeSLB職員のローズマリーが現れる。
『(こちらの会場も盛り上がっています。BeSLBがどんなスタートを切るか、今から楽しみです)!』
ローズマリーの言葉は、ディスプレイ上でリアルタイム翻訳されて字幕表示される。ここは人力だ――裏でライムがものすごい勢いでキーボードを叩いている。
ステージ上のメインスクリーンにも映像が投影される。アメリカ側の会場の様子だ。観客がめちゃくちゃ盛り上がっている。プロレスの興行にも使うようなスタジアムだそうで……事前に規模や人数を知っていても圧倒されるな。
『うおー、すごい熱気ですね!』
『こっちも負けてられられニャいニャー?』
ササ様に煽られて、観覧席がウオォー! と雄たけびを上げる。
『それではさっそくドラフト会議に行きましょう。先攻はケモノリーグから! 各球団の代表者に入場いただきます! 一番手は――「青森ダークナイトメア・オメガ」、株式会社ダークナイトメア社長、ダークナイトメア・オメガ仮面!』
「ハッハッハ! 昨年に引き続き、一番乗りさせていただく!」
『順位が下から呼ぶからエバれないけどニャ?』
黒いりんごの仮面をかぶった男が登場し、両会場で拍手が沸く。アメリカ会場はやけに盛り上がっていた。
『続きまして、「電脳カウンターズ」、株式会社オニオンインターネット社長、カジヤマさん!』
カジヤマがまるまるとはちきれそうな腹を揺らしながら歩いてきて、ぺこりと頭を下げる。
『「島根出雲ツナイデルス」、島根出雲野球振興会会長、アジキさん!』
「よろピクね~!」
アロハシャツを着た茶髪のおじさんが、サングラスをズラしてウインクをする。男性陣からのみ声援が飛ぶと、アジキは露骨に残念そうにしていた。
『今年度のペナントは3位でした、「伊豆ホットフットイージス」、ホットフットイングループ伊豆本館『あしのゆ』女将、トリサワヒナタさん!』
「よろしくお願いします」
こちらは男女ともに声援が上がり、ヒナタはにこりと笑ってそれに応える。
『ペナントレース2年連続準優勝! 「東京セクシーパラディオン」、株式会社セクシーはらやま野球部部長、タカサカさん!』
「ども、ども」
全体的、特に腹回りの肉がすっかり落ちて細くなったタカサカが手をあげる。病気療養は終わり、これまでと変わらぬ仕事っぷりを見せているそうだ。周囲からはもう少し抑えたほうが、と言われているようだが……あの元気さなら再発もしない気がするな。
『そして最後に、2019年度ペナントレースの覇者! 「鳥取サンドスターズ」、、鳥取野球応援会代表、スナグチさん!』
「オス」
短く声を出して、これで壇上にケモノリーグ側の代表者が揃う。
『日本側はそろったニャ?』
『そうですね! ではローズマリーさん、お願いします!』
『(OK! それではこちらも球団代表者をステージにお呼びしましょう)!』
スクリーンに映るアメリカ側の会場で、音楽に合わせて派手にスポットライトが動き回る。
『(まずは「フレズノ・レモンイーターズ」、ストレート・レモネード社長、フランク・グリーンさん)!』
ぬっ、とアメリカ会場側のステージ――プロレスリングのようなところに、茶色いジャンパーを着たフランクが上がってくる。手はポケットに――と思ったら、そこからレモンを取り出して丸かじりした。盛り上がるアメリカ会場。
ちなみにもちろんローズマリーは英語でアナウンスしているが、敬称はミスターやミスではなく、『〇〇サン』で通している。性差なく使えて便利だとか、日本っぽくて面白いとかいってBeSLB内で流行っているらしい。……まあ会場の人たちには向こう側のスクリーンでフォローがあるらしいし、いいか。
ちなみにスクリーンには球団ロゴの他に、球団ユニフォームと、メインスタジアムも表示されている。先日発表イベントをしていたと思うんだが、あらためて浸透させようという感じだろう。
『(「ボイシ・ブロッサムズ」、コイル・アミューズメント社長、チェルシー・コイルさん)!』
ゴーグルつきの帽子をかぶったポニーテールの少女、チェルシーが手……スパナを振りながら出てくる。……舞台が舞台だけに、あれで攻撃し始めたりしないだろうか?
『(「アンカレッジ・ハンマーズ」、ダレル・アンド・パートナーズ代表、ダレル・グリムスさん)!』
いつもの白ワイシャツでダレルが出てくる。ケモプロ内の建物の設計だけでなく、現実の設計もいままで通りこなしていると聞くが……おそろしい仕事量のはずなのに、疲れているところを見たことがない。
『(「ウィルミントン・ヨゾラ」、ヨゾラ・エアウェイ社長、マルセル・スコフィールドさん)!』
タタタッ、と誰よりも軽快に、スーツを着た長身の黒人男性がステージに上がり、四方八方に手を振る。
『(「ホーボーケン・ホワイトベアーズ」、トイワード社長、ジョージ・ヘイワードさん)!』
杖を突いてゆっくりと、白い髭を伸ばした老年の黒人男性がステージに上がる。そういえば5月には日本に来ていたらしい。ちょうどこちらのイベントと重なって会えなかったが。
『(最後に! 「ビスマーク・キャッツ」、ブライトホスト・ハコキャッツ事業部長、エリック・ブライトさん)!』
金髪を伸ばした男が、ネコの顔を胸にプリントしたシャツを着て登場する。……あのシャツ、ハコキャッツ事業の方で売ってるのだが意外と人気があるらしい。日本でも欲しいという声があるので、ケモプロのシステム経由で買えるように調整している。
『(以上、日本ケモノリーグ6チーム、アメリカビーストリーグ6チームの代表者たちです)!』
『皆さん、今一度拍手をお願いします!』
両会場から拍手と歓声が上がり、球団代表者たちは用意された机へと散っていく。その顔は誰もかも――特にアメリカ側が、目をギラギラとさせていた。
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