代表のユウさんのホームランダービー!

 7月12日。


『みなさん、お待たせいたしました』


 窓のない狭い個室の中で、パッとモニターの映像が切り替わり、ウサギ系ケモノの女子と黄色いへんてこな人間が映る。俺はノートPCだけが置かれた机を前にして座って、イヤホンから流れる音声を聞いた。


『これよりマイナビオールスター応援企画、KeMPBプレゼンツ、「ホームラン40本打つまでオールスターは見れません!」の配信を始めます!』


 ……始まってしまった。


『実況、解説を務めますのは、私、島根出雲ツナイデルス公式実況者のふれいむ☆と』

『公式のやきうのあんちゃんズchチャンネルの、アニやで』

『そして本日の挑戦者は!』


 本日というか、こんな企画は今日しかない。


「……KeMPB代表の、オオトリユウです」

『はい、ありがとうございます。どうですか代表、そこの居心地は』

『集中できそうやなあ。ハッハッハ』


 ノートPCしか部屋の中にはない。そしてPCの使い道は一つしかないし、何台も置かれたカメラがずっと監視している。


「とても……やる気が出る」

『あら、力強いお言葉ね』

「終わらないとオールスターが見れないからな」

『でもパソコンもあるしスマホもあれば、隠れて見ることはできそうね?』

『代表のスマホは秘書さんに預かってもらっとるし、パソコンの画面は常に配信しとるからズルはできんよ。ちな、トイレまでの廊下も監視カメラがついとるで!』


 徹底している。本気だということだ。


『まずは企画の説明から始めましょう。本企画は、KeMPB代表のオオトリが、オールスターの視聴権をかけて行う、ゲームチャレンジ! 使用するゲームのタイトルは――「くまのプーさんのホームランダービー!」』

『ネットでの通称はプニキやな』

『長いのでここからは我々もプニキと呼ばせていただきます。ルールはこれより時間無制限! オオトリ代表がプニキの最終ステージ、ロビンを攻略しクリアを目指します! ロビンの投げるボール50球中40球をホームランにしないと、オオトリ代表はオールスターを見ることができません!』


 どうしてこうなった。


 いや了承したのは自分だが。


『ほーん。でもなぁ、ワイ疑問なんやけど、確かトリニキは現実の野球にあんま興味ないからケモプロ作ったって何かのインタビューで答えとらんかった?』

『確かに聞き覚えがあるわね』

『トリニキはなんでオールスター見たいんや?』

「先日、オールスターのカウントダウンCMの撮影に同席して」


 ちなみに1パターンだけケモノ選手――今年優勝した鳥取サンドスターズの西伯サイハクが、CM映像の端っこに出演した。「どこの球団のマスコットだ?」と話題になったらしい。その流れで球団マスコットが1球団1体じゃないことを知ったが、ともかく。


「何人か選手と話す機会を得て、見て応援すると約束したんだ。だから、見たい」


 ――というのは用意されていた台本だ。幼馴染が出るから、というのは言わないほうがいいらしい。とはいえ、約束したのは嘘ではないし、理由の半分というところだ。


『義理堅いわね』

『トリニキはそういうとこあるわ』

『そうね。じゃ、ルールの説明を続けるわよ。現在時刻は13時。代表が普段から使っているセーブデータで、ロビンステージから開始していただきます。代表、ロビン攻略の経験は?』

「プレイしたことは何回かあるが、クリアしたことはない」

『初クリアを目指して挑戦していただくことになります。時間は無制限。とはいえ、オールスターで行われるホームランダービーの開始時刻が18時ですので、実質の制限時間は5時間ですね』

『いや、5時間もあればさすがにクリアできるやろ。トリニキ、あんま早くクリアして尺余らせんようにな?』

「いや……すぐに終わらせてみせる」


 尺が余った場合の放送内容も準備されている。いつクリアしたって問題ない。それが一度目の挑戦だとしても。


『おっ、言うやん。これは期待できるんやない?』

『そうね。それじゃ、さっそく始めてもらいましょうか』

「わかった」


 マウスを手に取る。画面には配信へのコメントも表示されていた。これからの地獄を期待する声がたくさん流れてくるが――


「はじめよう」


 おどけた効果音とともにステージが開始する。俺は集中してボールを追うのだった。


 ◇ ◇ ◇


『トリニキ?』

「なんだろうか」


 一回目の挑戦を終えて一息つくと、イヤホンからロクカワの声がする。


『えっと、まずは一回目のプレイお疲れ様やで。それでな、結果についてなんやけど……50球中10本ってマ?』

「大マジだ」


 大真面目にプレイした。結果としては――


「上々の仕上がりだと思う」

『どこがよ!?』

「企画が決まってから一度やってみたんだが、さっぱり打てなかった。これではマズいと思って今日は朝から他のステージで練習している。おかげで勘が取り戻せたようだ。これならすぐに調子が上がるだろう」

『ま、まぁ……そう言うなら見守るわ。な?』

『そ、そうね……皆さん、思ったより長時間の挑戦になりそうですが、適時休憩をはさんでご覧ください』


 さあ、次に行くぞ。


 ◇ ◇ ◇


『オオトリ代表?』


 何度目かのプレイが終わって一息つくと、ナゲノの声がイヤホンから聞こえてきた。俺が集中できるように、明確に話しかけるとき以外は配信側にしか音声を流していない。ということは、何か話しかける用事があったかな?


『そろそろ1時間経過しましたが――調子はいかがでしょうか?』

「……1時間?」


 嘘だろう。そんな全然……本当だ、もう14時を過ぎている。


『あの、台本じゃけっこうトリニキを煽れって書いてあるんやけど……』

「構わない。盛り上げてくれ」

『いやぁ……まだ20本も打ててない人を煽るのはちょっと』


 確かにまだノルマの半分にも行っていないな。とはいえ、そこで遠慮されても視聴者は面白くないだろう。ここは余裕を見せるべきだ。


「15本は打てるようになってきた。つまり1時間で5本も打てるようになったわけだ。1時間に5本ずつ打てるようになるとすればだな……」

『……40本打てるようになるのは5時間後、19時やね?』


 ……間に合わないじゃないか。


「……とにかく、遠慮はいらない」

『まぁ……ちょっとペースを緩めて、ネタが尽きないよう煽ってきますんで』


 コメントが「煽り調整入ります」「煽りペースの相談www」「相談に見せかけた煽り」などと流れていく。……盛り上がっているなら問題はない。やるべきことをやろう。ホームランを打つ、それだけだ。


 ◇ ◇ ◇


『さあ2時間が経過しました。現在時刻は15時です』

『相変わらず苦戦しとるね』

『ここまでの最高記録は21本ということで、宣言していたペース通りではあります』

『せやね。ホームランダービー開始までに終わらないペースのやつね』


 コツは掴んできている。順調……順調だ。


『この辺でちょいとプニキに関する情報を入れていこか。やきう民にはおなじみの高難易度ゲームで知られてるプニキやけど、ある記録についてババァは知っとるか?』

『ババァ言うな! 何よ!?』

『24分15秒。初期状態からスタートしてロビンをクリアするまでのタイムアタックの記録や』


 は?


 ……24分?


『おっとー、トリニキ、手が止まってるが?』

「……24分?」

『せやで。やりこみプレイヤーは違うのよなあ』

「24分とか、たぶん俺は2番目のステージをプレイしてると思うんだが」

『それは下手すぎやろ……』

『極めれば30分以内に終わるってことね』

『なんやけど、もう一つ面白い話があってな。このタイムアタックの上位ランカーが2人で、リアルイベントでタイムアタックを披露したことがあるのよ。念のため、1時間の予定でな』

『記録の2倍ね。代表のプレイを見ていてもロビンと戦うのに10分もかかってないから、3回はやり直しできるってことかしら? そんなに保険が必要なんて難しいゲーム――』

『それがな、1時間かけても2人ともクリアできなかったってオチや』

『……上位ランカーが?』

『実は一人は当時の世界記録保持者や』


 なんだそのめちゃくちゃな状況は。


『ま、つまりな、簡単そうに見えてトッププレイヤーでもクリアは難しいゲームってことや。てなわけでトリニキ、引き続き頑張ってな!』


 ◇ ◇ ◇


『3時間経過しました。オールスターの放送が始まるまであと2時間。これまでの最高記録は……28本!』

『いい勝負になってきたんやない? もしかしたらいけるんちゃう? 緩いボールに偏れば』

『希望が見えてきたところで、あんちゃんさん。今年のオールスターの見どころについて語りましょう』

『おっ、ええね、そうしよか』


 あくまでオールスターの応援企画なので、こういう話が入るのは台本通りだ。


『まーなんといっても注目はテンマ世代やろな。去年はテンマしか出なかったけど、今年はタツイワも出るし。テンマ対タツイワはやっぱり好カードよな。甲子園の記憶がよみがえるわ』

『1年目でオールスターに出たテンマ選手もすごいけど、タツイワ選手も相当よね。一般的に野手の方がプロでは苦戦するのに、もうオールスターに選ばれてる』

『1年目でオールスターの出場てなかなかないことやけどな。まあこれまでやってきたことを考えれば当然って感じやけどな』

『でも今年はもう1人、プロ1年目の出場者がいるわよね?』

『マタロー……サンニンタロウな。まぁ、やきう民が盛り上がったからなぁ。生意気な小僧を引っ張り出したれって』

『実際のところ、兄ちゃんさんはどう評価してる?』

『ワイは別にいいと思うで。プロにビッグマウスはつきものやろ。実際、成績だけ見たら誰も文句ないんちゃう? まあオールスターの格がどうこう言っとるやつもいるけど、野球に限らずスポーツって結局のところエンターテイメントやろ? どんなにプレーがうまくても、それが分かりにくかったり地味だったりしたら見られない、興行として成り立たないわけやし。客を集められるやつこそがスターよ』


 実力に不足はなし。話題性は抜群、ということか。


『んじゃババ……ふれいむ☆姉さんはどうよ? タイガ対オオムラは』

『待ち望んでいた対戦よね! 去年一打席だけ対戦はあったけど、今年はまだなかったし。やっぱり女子選手同士の戦いっていうのも見たいじゃない!?』

『話題性は抜群よな。ワイも面白い結果になることを期待しとるで。どっちも調子いいみたいやしな』

『そうなのよ、なんといってもタイガ選手がね……――』


 話が盛り上がる中、俺は50球を終えてリザルト画面を見ていた。


 ホームラン、19本。


 ……次にいこう。


 ◇ ◇ ◇


『さあ4時間経過しましたが……現在の最高記録は1時間前と変わらず、28本です』

『20本付近をフラフラしとる感じやね』


 リザルト。ホームラン、21本。


『おっと、オオトリ代表、深いため息です。さすがに疲れたんでしょうか』

『そらぶっつづけて4時間もプニキやっとればね』

『おや、何か違う画面になりましたね』

『ステータス画面やね。プニキはミート、パワー、スイングスピードを強化できるんよ』

『なるほど。ところで、すべて最大まで強化されているようです』

『以前からやってるデータらしいからなあ。何かが信じられなかったんやろうね』


 ……ステータス画面を閉じる。これまで暇を見つけてはプレイしてきた結果、すでに能力値はカンストしている。ただなんとなく見てしまっただけだ。


 オールスター……ホームランダービー開始まで残り1時間。気持ちを落ち着ける。休憩のため流れるコメントに目をやった。


「……リトライ?」


 コメントを読む。どうやら同じ指摘がかなりの量流れているようだった。


『オオトリ代表、コメントに気づきましたね』

『11球ミスしたらブラウザリロードしてリトライしろってヤツやな。まあ攻略法として当然アリよ。序盤に11球ミスしたら残り39球を打ってもクリアできんから、その間の時間を無駄にしてるわけやし』


 合理的だ。可能性がないならリトライしたほうが挑戦回数が増える。ホームランを打つことで得られる経験値も、ステータスが最大値だから必要ない。――だが。


「断る……リトライはしない」

『えぇ……なんでやトリニキ、勝負を捨てたんか?』

「捨てたわけじゃない。勝つつもりだ。ただし、真っ向勝負でだ」


 ズルはしない。


「そもそもケモプロはプニキがあったから生まれたんだ」

『おおっとここで明かされる誕生秘話……ってマジなのそれ?』

「マジだ。野球ゲームを作るうえで、既存の野球ゲームとの差別化は必要だった。そこで参考にしたのがプニキだ。人間ではない、ケモノが野球をする……その発想に至るには、プニキとの出会いは欠かせなかった」


 もしただの人間が野球をしていたら、独自性はなかっただろう。あるいは、シュウト……ダイリーグがやったようにユーザーのカスタムアバターを取り入れても、既存のものと見分けはつかなかったと思う。

 プニキを知り、ケモノ選手を登場させたからこそ、ケモプロはこうして人々から応援されている。


「プニキには感謝している。だから、ズルはできない。ロビンが50球投げるなら、俺も最後まで付き合う」


 コメントの流れは、「よく言った」と支持する人が半分、「打ってから言え」と否定する人が半分といったところ。


「打てば問題ない。あと5回か6回は挑戦できるだろう」

『まぁ……トリニキはそもそも30本超えてないから、腕前を上げんとクリアの見込みもないしな。練習と考えても、悪い選択肢じゃないやろ』


 見込み……いや、違う。手を止めていたら可能性すらない。


「休憩は終わりだ。集中していく」


 おどけた効果音とともに、再び対戦がはじまる。


 ◇ ◇ ◇


 リザルト。


 ホームラン本数――31本。


『これまでにない好記録でしたが、後半から崩れて31本に終わりました。そしてここでお知らせしなければいけません。ただいまの現在時刻は――18時!』

『オールスターの放送が始まってしまいましたなあ。トリニキ、今どんな気持ち?』

「つらい」


 前半20球中15本打てていたのに。


『代表の語彙もだいぶ消滅してきました。さてここで……え?』

『……ええのか、コレ? えぇ……逆にかわいそうやない? 鬼畜……』


 なんだ?


『えー、それではオールスターの放送が始まりましたので、ここから私たちは視聴者と同時視聴! オールスターの実況配信をしたいと思います!』


 なん……だと。


『すまんなあ、トリニキ。企画者の指示やからしゃーないよな? ……な? 減給とかしない……ですよね?』

「そんなことで減給なんてしない」


 どんなブラック企業だ。


「……俺がゲームしているところだけを映しても、視聴者も暇だろう。それに二人だってオールスターは見たいはずだ。二人とも、リアルの野球にも興味がある派だからな。俺のことは気にせず、楽しんでくれ」

『お、おう、それなら……トリニキもワイらの音声は聞いていいらしいから、きっちり実況するで!』

『そうね、「クリアするまで見れない」だから実況を聞くのはセーフね! よかったわね!』


 よくはない。


 よくはないが、誰のせいでもない。企画に乗ると決めた時点で、これは俺の勝負なのだ。


 俺は努めてプニキに集中した。間に合えば見れる。終われば見れる。


『ホームランダービーの組み合わせはこうね。今日は3試合。1試合目と2試合目の勝者で準決勝って感じよ』

『テンマとオオムラは準決で当たるんやな。勝てば』

『テンマ選手とタツイワ選手は……タツイワ選手が明日の組だから、決勝まで当たらないわね』

『第一試合はオオムラ対ヤブノか』

『年齢差はそうでもないけど、どう見ても親子対決ね……って、ピッチャー、サン選手じゃない!?』

『うわ、マジか。オオムラに対して投げんのか? ヒェ……ぶつけてくるんちゃう?』


 リザルト――28本。


『――……ヤブノ選手、既定の2分間でホームラン3本です。続いてオオムラ選手』

『やっぱぶつけてくるんかな……おお!?』

『うわ、ストレートだけどエグい所になげてくる。ダービーなんだからど真ん中行きなさいよ――って』

『行ったな。ライトスタンドにギリギリや』

『サン選手、投球早い』

『ペース早いのはいいことやけど、コースがエグい』

『あッ、またホームラン!』


 こっちのプニキは特大のファール。


『――……結果は4本! オオムラ選手、準決勝進出です!』

『いつもと違って弾道低いのが多かったな。ま、このエグい投球で4本も打つんやから、二人の相性バッチリなんやろね……痛ッ!? 何!?』

『うっさい。次。2試合目はテンマ選手対シゲタニ選手よ』


 ◇ ◇ ◇


『――……さあ、本日最後のホームランダービー、準決勝です。テンマ選手は惜しくも敗れ、勝ち上がってきたのはシゲタニ選手。テンマ選手4本、シゲタニ選手5本という結果でした』

『さすがシゲニキやねぇ……』

『準決勝、シゲタニ選手対、オオムラ選手。先攻はシゲタニ選手から』


 リザルト、21本。即座に再挑戦。


『――……シゲタニ選手、今回は6本!』

『シゲニキは去年も出とるけど、3分じゃなくて2分になったせいか少し焦っとるのかねえ? 単純に3分の2にはならんのやな』

『後ろに控えているのがオオムラ選手ですから、やはりプレッシャーもあるのでは?』

『オオムラに負けたくはないやろね』

『さあサン選手がマウンドへ。オオムラ選手がバッターボックスへ』


 30球中23本。いいペースだ。


『サン選手の投球のペースが早い! これは追い抜けるか?』

『弾着確認してんのか? ああ、これオオムラが指示だしとんのか。ほーん』


 40球中32本――あと8本。


『ガツンといった、これで4本目! 6本に並べば延長があります! あと2本!』


 45球中――36本。


『残り30秒――出た、5本目!』


 48球中、38本。


『ラスト1球! センター方向高く上がったがどうか!』

『いやこれは……』

『打球は――フェンス上部に当たって、真上に跳ねた!? これは、この場合この後入ればホームランですがッ!?』


 50球中――



『――高く跳ねたボールは……再度フェンスに当たって弾かれ、フェアグラウンドへ!』



 ――39本。


『オオムラ選手、記録は5本。明日の決勝へはシゲタニ選手が出場ということになりました。最後の打球は惜しかったわね』

『せやな、なかなか珍しいで、フェンスの上っていうか縁に当たって跳ねるの。しかも2回もフェンスに当たるとか。ちなみにフェアゾーンのフェンスに当たって、ファールゾーンの客席に入ってもホームランやで』

『通過した場所が重要ということですね。いやー、最後まで手に汗握るホームランダービーでした。コメントもたくさん寄せられて――ん?』

『あ? は? 39本!?』

『オオトリ代表、オオムラ選手のホームランダービーの裏で自己新記録の39本を達成! えっと、経緯は見ていませんでしたが、これは……えぇ……オオトリ代表?』


 ………。


『し……死んどる』

「死んでない」


 ラスト1球。あれが入ればクリアだった。ジグザグ軌道を動くオウルボール……ライト方向に切れていって判定はファール。


「だいぶつらいが……死んではいない」


 カナの出番はホームランダービーだけじゃない。オールスターは必ず全選手を試合に出す決まりだ。今日か明日、必ず出番がある。ならば、死んでいる場合じゃない。

 かつてない集中力で挑んだ1戦。結果は39球。あとたったの1球だ。


「やるぞ俺は」


 100エーカーの森に、再び挑む。



 ◇ ◇ ◇



『試合終了! いやー、いい試合だったわね!』

『せやな。見どころたっぷりやったんちゃう?』

『テンマ選手対タツイワ選手はもちろん、サン選手対タツイワ選手も実現したのはアツかったわね!』

『両方ともタツイワが打ったのは、怪物の貫禄やったな。まあシングルやったが』

『ホームラン欲しかったわねえ。そういう意味じゃ、よね。タイガ選手対オオムラ選手!』

『あれな。エビったところも見れたし最高やな。結果は犠牲フライやったけど』

『入るかと思ったけど、ファインプレーだったわよね……いやー、今年のオールスターも面白かったわね』

『ああ、せやなあ……』


 リザルト。


 24本。


『……結局トリニキは昨日も今日も見れんかったけど』

『あれだけ時間いっぱいプレイして、30本を超えたのも数えるぐらいだったわね……』


 時間切れ。配信時間終了。粘ろうにも次の予定が待っている。これ以上は戦えない。


 ……いや。


「……今回は、ロビンに負けた」


 ボロボロだ。精神的な疲労がすごい。だが。


「だが、プニキはまだ終わらない」

『おっ?』

「2020年の年末まではまだ……ロビンに勝ち逃げされていない」

『ということは、代表?』

「ああ」


 視聴者だって納得しないだろう。


「プニキが終わるその前に――クリアしてみせる。今日は無理だが、必ず、次の機会を設ける」

『聞きましたか皆さん! KeMPB代表、オオトリユウ! 2日合計約20時間、未だクリアならず、しかし心も折れていなかった! ここに再戦が固く誓われました!』

『さすがやでトリニキ!』


 ……20時間?


 若干後悔を……いや、そんなことはない。いつか、いつか倒せばいいのだ。期限まで1年以上ある。余裕をもって取り組めばいい。


 ……いいよな?

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