新人たち

「もうちょっと寄ってくださーい。はい、そのまま、視線こっちで! 行きまーす。3、2……」

「マイナビオールスターゲーム2019まであと5日!」

「……はい、チェックしまーす」


 撮影機材の中をスタッフが忙しそうに動き回り、映像のチェックをする。


「ライムちゃん、これに合わせるとどんな感じ?」

「うーん、こうかな?」


 その中にはライムも混じっていた。スタッフにタブレットを見せて確認を取る。


 6月27日。


 NPBのオールスターゲームに『ケモプロ賞』を提供することとなり、Bassをはじめとして技術供与をするKeMPBは、オールスターゲームのカウントダウンCM制作にも協力することになっていた。

 画面の中心は、先日投票結果が発表され参加が確定した選手たちと、各球団のマスコット。そこに添え物のように、脇にケモプロ選手を置くことを検討している。ケモプロやKeMPBの名前はロゴを含めCM中には出てこないが、見たことのないキャラクターで目を引く――ということらしい。


『正直なところ、採用されるかは怪しいよ。いざとなったら両端切ればいいよね、って配置だし。でもでも、一回でも映ったら面白いでしょ?』


 とは、撮影に来るにあたってのライムの言だ。


 実務のあるライムと違って、俺は名刺交換など挨拶回りが終わると、邪魔にならないように端で見ているだけになる。しかし……球場での撮影ではなく、スタジオでグリーンバックを用いた撮影なので、特に見るものもない。


「よッ、社長さ~ん、ヒマそうじゃん!」


 それでも何か呼ばれるかもしれないし、とスマホをいじることもせずに待機していると、バシンと肩を叩かれた。振り向くと、ニヤニヤとした――幼馴染の顔がある。


「ニシンか。オールスター出場おめでとう」

「イェーイ! いやーこれもファンの皆様のおかげです……じゃあないって!」


 ビシッ、と脇を突かれる。力加減がされているので痛くはない。


「あたしは添え物。主役はこっちの二人だから!」

「久しぶり、ユウくん」

「ひさッ……り」


 ニシンの後ろから、もう一人の幼馴染。眼鏡とおさげがトレードマークになりつつあるカナと、長い髪を何回も結ったタイガーテール、タイガがやってくる。三人とも所属球団のユニフォーム姿だ。


「カナもタイガも、オールスター出場おめでとう」

「うん、ありがとう」

「ん……」


 前年に引き続き圧倒的な得票数で、カナはオールスターのメンバーに選ばれた。昨年こそ出場条件を満たさなかったため無効票となったが、今年は問題なく選出された。タイガの方は二年連続、数回目の出場になる。


「で、ニシンは」

「うーんとね……」

「せっかく女子選手が二人そろって出場するんだから、人気の球団職員さんも、っていう代理店側のリクエストよ」


 タイガの後ろから、二人のマネージャーをしているエーコが眼鏡を直しながら現れる。


「ああ、そうか。そういえばニシンのファンもいるんだったな。まとめ動画とか作られていたぞ」

「う~、ああいうの恥ずかしいからやめてほしいんだけどさ。仕事してるだけなのに」


 用具係として一軍に帯同しているニシンは、選手の練習中いたるところに走り回って準備や手伝いを行っている。練習は公開されていることも多く、そこを熱心なファンに抜かれてまとめ動画などを作られていた。


「そうね。でもこういう仕事にもつながったのは怪我の功名じゃない?」

「ニシンちゃんがいてくれたおかげで緊張しなくて助かったよ」

「うぅ……出演料入ったら豪遊してやる~」


 自社広告みたいなものだし、特に職員扱いのニシンにはそんなに支払われないらしいが……言わないでおくか。


「こんにちは。にぎやかだね、お邪魔してもいいかな?」


 ニシンの地団太を見守っていると、よく通る声がして、背の高い影が二つこちらに近づいてきた。


「俺は構わないが」

「大丈夫です。ね?」

「よかった。僕はテンマダイチです」


 にこりと笑うイケメン――テンマ選手の顔を見上げて、差し出された手を取る。大きいな。

 テンマダイチ。ニューヒーローと呼ばれるプロ野球選手。二年連続のオールスター出場だ。


「俺はオオトリユウだ。KeMPBの代表社員をやっている」

「ああ。ケモプロ賞、というのを提供していただける会社ですね。協力ありがとうございます。ところで……皆はオオトリさんと知り合いなのかな?」

「おムグッ――」

「二人と同じ学校の出身なのよね」

「な、なるほど?」


 エーコに口をふさがれた俺を見て、テンマ選手は引きはしたものの深く突っ込むことはしなかった。


「同級生が同じ野球にかかわる仕事をしてるなんて素敵だね」

「そう思います。テンマさんはこれから撮影ですか?」

「順番待ちだよ。その間に挨拶しておこうと思ってね。連れてきたんだ」


 テンマ選手は背後の巨体に前へ出るよう促す。ずしっという足音がしそうな、山のような巨体が出てきた。


「紹介するよ、タツイワ君だ」


 タツイワ選手。甲子園の怪物。テンマ選手の同期で、甲子園決勝で対決した組み合わせだ。角ばった顔で、じろりとこちらを見下ろしてくる。


「オオムラさんはタツイワ君に会うのは初めてじゃないかと思って」

「ああーえっと、そうですね」


 カナはちらりとタツイワ選手の顔を見て、頷く。


「二軍の試合では一緒になったことがありますけど、こうしてご挨拶するのは初めてです。今日はよろしくお願いしますね」

「……オウ」


 ……あれ? その試合でサイン交換したんじゃなかったっけ? と思ったが、ニシンとエーコから両脇に肘をめり込まされて発言できなかった。


「タツイワ君も一緒だと、ついに三人そろったという感じがするよ。オオムラさん、覚えてるかな。僕とオオムラさんとタツイワ君、そろってオールスターに出られたらいいねって、去年話しただろう?」

「そうでしたね、合同練習の時に」


 去年の年明けに放送されたあれか。


「去年は一人だけだったから、こうして同期が集まることができて嬉しいよ」

「確かに――」

「おれもお邪魔していい?」


 ずいっ――と。


 制止するスタッフを腕に下げて引きずりながら、背中を丸めた男がカナとテンマ選手の間に割り込んだ。


「あんたらの他はおっさんしかいなくて、話が合わないんだよね。ジェネレーションギャップ?」

「……もちろん、いいとも。こうして話すのは初めてだね――サン君」


 サンニンタロウ。テンマ選手の『化けの皮』とやらを剥ぐと公言している今年の新人選手。サッと場の空気が緊張し――


「は? あんたには聞いてないから」


 ひょうひょうと言ってのけ、テンマ選手が言葉を失い、さらに場の空気が冷えていく。


「ていうかあんたが仕切るのおかしいでしょ。この場の代表か何かなわけ? 違うでしょ」

「………」

「で、誰もダメって言わないから構わないってことでいい? じゃあ」


 サン選手はウィンドジャケットをガサガサやると――ボールとサインペンを取り出した。


「サインしてくれる?」

「えっ、私?」


 カナが差し出されたボールとサン選手の顔を交互に見る。


「驚くことある? おれから4本もホームラン打ったすごいバッターじゃん?」

「あ、あはは……光栄です。じゃあ、書きますね」

「サンニンタローへ、って入れてくれる? カタカナでいいから」

「えーと、これでどう?」

「いいねえ。実家に飾っとく」


 カナはサン選手との二度目の試合でも2本ホームランを打っていた。そんな相手にはさすがに思うところがあるんじゃないか……と思っていたんだが、どうも純粋に技量を誉めているようだ。サン選手はボールをポケットに突っ込むと、次は大男に向かう。


「あんたにも挨拶しときたかったんだよね、タツイワ先輩」

「ム」


 タツイワ選手は顎を引いた。大岩がきしむような感じで声が漏れる。


「なんせ、甲子園じゃこいつのせいで戦えなかったから。あんたを抑える自信はあったんだけどね」

「……ほうか」

「プロ初年度はすぐ二軍行っちゃって、このまま対戦機会がないのかと思ってたけど。今年は調子いいみたいじゃん。オールスターで対戦できるのを楽しみにしてるから」


 カナ、テンマ選手、サン選手がパ・リーグで、タツイワ選手がセ・リーグなんだよな。あとタイガも。


 今回、この四人がオールスターに選出されたのは大きなニュースになった。新人四人、テンマ世代のスター揃い踏み、と報じられている。……カナは女子野球をやっていたからテンマ世代と呼ぶのはおかしいし、テンマ世代ではなくタツイワ世代だと呼ぶべきだという声もあり、サン選手はひとまとめにされるのを猛烈に反発しているが――この後の撮影で四人がそろったパターンがあるそうだが、無事に終わるのだろうか?


「で」


 サン選手がこちらを――俺を見る。


「あんたがケモプロの社長?」

「そうだ」


 細かいことを言えばKeMPBの代表社員だが、似たようなものなのでいちいち訂正するのはやめている。


「ちょうどいいや。あんたにも会いたかったんだ。あとで時間ある? 聞きたいことがあるんだけど」

「少しだけなら大丈夫だ」

「へえ、忙しいね。おれは今日は休養日だけどね。ああ、そうだ、社長さんもサインくれない? 社長のサインとかもらったことないし」

「契約書ぐらいにしかサインしたことないんだが」

「そういうのでいいんじゃない。えっと」


 ウィンドブレーカーをガサガサやって……ボールを取り出してくる。


「一個しか持ってこなかったから、これの裏によろしく」

「ちょっ、サン君、さすがにそれは」


 カナのサインボールの後ろ側を使わせようとしたサン選手に、テンマ選手が待ったをかける。


「オオムラさんに失礼だろう」

「おれのものをどう使おうと勝手じゃない?」

「いやしかしオオムラさんの気持ちを無にするような」

「名案ですねぜひそうしましょう」

「え?」

「あ」


 カナは視線が集まって我に返り、口元を抑える。


「い、いえその、ほら、もうあげたものですから。どう使われても大丈夫ですよ」

「だってさ。気持ちがありがたいね。じゃ、よろしく、社長」

「わかった」


 あ、球体に文字書くのって難しいな。裏面を使ったはずが最終的に並んでしまった。カナはよくスラスラと難しいサインを書けるな……。


「これでいいだろうか」

「いいじゃん。偉い人の字は違うね」

「すいません、サンさん、これ写真撮らせてもらえますか?」

「構わないけど。ああ、あとおれのことは呼び捨てでいいから。そっちが先輩だし。呼びづらいでしょ、サンサンって」

「じゃあサンくんでいい? ありがとうね、サンくん」


 カナがスマホでサインボールの写真を撮る。……俺も撮っておこうかな。確か従姉に入れてもらったアプリに、立体物として取り込む機能が……。


「わたッ……」


 ずい、と。


 それまで後ろに控えていたタイガが、一歩踏み出す。大きな体は、それだけで注目を引いた。


「……ッサイ……こッ……か……しょ……!」


 男子選手三人がギョッと目を剥く。


「『うるさい、殺すぞ』……!?」

「ムグッ……」

「へえ……」


 いや、そんなこと言ってないが。サイン交換を申し込んだだけだぞ。


「硬派だね、タイガ先輩。あんたとも対戦出来ればいいけどさ、オールスターがDH制だけなのが惜しいよ」

「……ッほん……リーズなら……ッぶんは、打てる……よ」

「『吠えるな、ぶん殴るぞ』? へえ、おっかないね」


 手を挙げてサン選手が数歩後退する。……日本シリーズの話をしたはずなのに、とタイガがへこんでいる。


「まあ喧嘩を売りに来たのはこれからだからさ、怒るのはその後にしてくれる?」

「まだ売ってなかったのか君は……」

「あんたら、ホームランダービー出れそう?」


 カナと、テンマ選手とタツイワ選手が顔を見合わせる。

 ホームランダービー。オールスターゲームで行われるホームラン競争のトーナメント。投票で選ばれた選手だけが出場できる催しで――投票対象になるにも条件がある。


「僕とタツイワ君は条件を満たしているね」

「オウ」


 去年15本ホームランを打っているか、今年6月末までに7本のホームランを打っているか。


「私だけですね、条件を満たしていないのは」


 カナはまだ条件を満たしていない。これまでのホームラン数は――6本。


「だよね。あんたが呑気に言ってた、三人そろっての出場は今のとこないわけだ」

「……確かに去年、三人でホームランダービーができたらいい、とは言ったよ。それがなんだい?」

「実現しないぞ、って言いに来たわけ。ほら、オオムラ先輩と俺との対戦、月末にあるでしょ」


 カナのチームとサン選手のチームの対戦は、確かにこの月末にあった。


「まあそれまでに打ったら関係ないけどさ。でも月末までに打てなかったら、俺も打たせないから」

「……できるのかい、君に。これまで4本も打たれているだろう」

「あんたに言ってないけど?」


 横から口を出したテンマ選手にぴしゃりと言って、サン選手はカナと向き合う。


「打たれっぱなしってのは気が済まないし。研究したから、もう打たれない」

「………」


 カナは――無言で、眼鏡の奥を暗くして頷く。


「ま、もし打たれたら本番のピッチャーをやってもいいけど。どうせ誰もやりたがらないだろうし」


 サン選手が肩をすくめて言っても、カナは動かない。


「気負わないでね、オオムラさん。いつもの通りやればきっと打てるさ」

「それがあんたの手口なわけ? 今の発言、なんか根拠あんの?」

「君は――」

「テンマさん、大丈夫です」


 ゆっくりと――カナが動き出す。


「サンくん、受けて立つよ。もちろん、その前に条件達成するかもしれないけど……」


 力強く宣言する。


「そうなったとしても、全力で勝負することに変わりはないから」

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