潰れたので報告会

「うーん……」

「お、少し顔色よくなってきたんじゃないスか?」


 目を開ける。こちらをのぞき込むニャニアンの顔が見えた。


「ダイヒョー、ご気分は?」

「目が痛いし気持ち悪い」


 視界がぐらぐらする。ニャニアンが手で瞼を閉じさせてくるので、そのまま目をつぶることにした。


 宴会場で酒を飲んですぐ気持ち悪くなり、自室へ運ばれてきた。それで……なんか……いろいろあって今、ニャニアンが俺を膝枕し、ずーみーがうちわを扇いでいる。記憶があいまいだ。一回何か滑って頭を床に落とされたような気も……。


「すまない、ユウ。酒を飲ませようと提案したのは私だ」


 横からシオミの、力のない声が聞こえる。


「いや……シオミだってこうなるとは思っていなかったんだろう。誰も気にする必要はない。……うまく場を白けさせずに退出できただろうか?」

「うッス。女将さんとライムちゃんが盛り上げてくれてたッス」

「ロクカワサンだけ青い顔してマシタネ。ライムサンに蹴られてマシタ」


 そうか。あれで結構気を遣うタイプだからな……あとでフォローしておこう。


「ダイヒョー、お酒弱かったんデスネ~」

「初めて知った。なんというか……シオミが楽しみにしていたところ、悪いんだが……思ってたのと違ったな」

「ストレートに言うト?」

「口に入れた瞬間から気分が悪かった」


 マズいとかそういうんじゃなく、まず気持ち悪くなった。


「なんでも食べれるようになったから、こうなるとは思ってもいなかったな……何が合わなかったんだ?」

「んー……あッ、もしかして」


 ずーみーがポンと手をたたく。


「似たような感想聞いたことあるの思いだしたッス。ほら先輩、レジェンドからのバレンタインチョコッスよ」


 レジェンド。俺とずーみーが通っていた棚田高校の漫画部の創設者で、漫画部にあてて毎年高級なチョコレートを送ってくる。


「あれ先輩食べれないじゃないッスか」

「ああ……なんか中に入ってるシロップみたいのが気持ち悪くてな」


 一年の時は俺しかいないので1か月ぐらいかけて食べ切ったのだが、翌年からずーみーに任せている。


「調べてみたらあれ、ちょっとだけお酒入ってるらしいッスよ。パッケージには書いてないッスけど。それで気持ち悪くなったんじゃないッスかね?」

「そうなのか? え? 学生に酒入りの食べ物とか……まずくないか?」


 法律違反になるのでは?


「……未成年飲酒禁止法は『酒類』の飲用を禁じている。だが菓子類に含まれるようなアルコール分は酒類に含まれないから、未成年が口にしても違法ではない。しかし……有名なウイスキーボンボンでさえ度数は3%程度、2ミリリットルぐらいしか入っていない。パッケージへの表示が省略されるようなものならそれ以下だろう。一般的なビールで4%程度だ。とても影響があるとは……」

「いやー、でも現に先輩は一口で倒れてますし。アルコールにめちゃくちゃ弱いんじゃないスかね?」

「う、む……」


 シオミは口ごもり……頭を下げる気配がした。


「すまない。アルコールパッチテストを先に受けさせるべきだった。少量で止めさせれば大丈夫かと」

「それを言うなら俺も事前に準備するべきだったんだ。だから、もういい。……というか、すまないな。楽しみにしていてくれたのに、どうも酒には付き合えなさそうだ」


 体を起こす。


「大丈夫ッスか、先輩」

「……まだ気持ち悪いが、起き上がれない程度じゃない」


 あ、いや、ぶり返してきたかも。だがニャニアンの膝に戻るのもどうかと思う。何か話して気を紛らわせよう。


「……そうだ。ニャニアンの……インドネシアの件については、シオミが手を回してくれたんだろう?」

「ああ……ええ、はい」


 シオミは浴衣の襟にさしていた眼鏡をかけて口調を改める。


「インドネシアからのについては、関係各所に手を回しました。特に日刊オールドウォッチのユキミさんにはとても力になっていただきましたので、あとでお礼を。またフジガミさんから各所通達もしていただきましたので、おそらくもう二度とこちらにちょっかいを出してくることはないでしょう」

「それならよかった。手早かったな」

「ええ。……合同会社という形態でよかったと今では思います」

「ん? それはなぜだ?」

「KeMPBの経営に口を挟む手段が限られているからです。株式会社だったら株を持てば影響力が持てますし、過半数以上買い取れば経営権を握れますからね。株主が分散すれば乗っ取りに対する防御も難しい。一方KeMPBは業務執行役員がユウ様だけですので、ユウ様がノーと言えば何もすることができません」


 なるほど。


「……逆に言うと、俺に何かあったらどうなる?」

「……あまり考えたくありませんが、その際は残った社員から業務執行役員を選出しますので問題ありません」


 KeMPBは存続するわけか。


「そもそも『何かある』可能性も限りなく、これまでと同じ程度に低くなりましたので、ご安心を」

「わかった」

「ご迷惑をおかけしまシタ」

「ニャニアンは何も悪くない。……これからもよろしく頼む」


 ニャニアンは柔らかく微笑んで頷く。メールも来なくなったと聞いているし大丈夫だろう。


「おーい、生きてっか」


 と、部屋の外からそんな声がしたと思ったら、ミタカを先頭にゾロゾロと従姉たちが入ってきた。


「なんとか生きてる。……宴会はどうなった?」

「ロクカワがヘコんでたからとにかく飲ませて忘れさせようとしたんだがよ、そしたらあいつめっちゃ泣き上戸なのな。ソームラに抱き着いて『代表すんません!』ってオイオイ泣いて謝り倒してるぜ」


 サイズが違いすぎると思うんだが。その判断もつかなくなるものなのか……酒って怖いな。


「んでツグもオマエのこと気にしてるし、お開きにしたわけ。向こうはイサねェちゃんに任してきたから問題ないだろ」


 そうか。……酔っぱらいを押し付けることになったようだし、後でイサにも謝っておこう。


「てかさすがにこの人数だと狭ェな?」

「はいはーい、みんな詰めて詰めて~」


 ライムの号令で詰められていく。……女性陣は大部屋で、俺が個室、ロクカワとアツシが相部屋なのだが、一番狭い部屋に集まってしまったな。


「心配をかけたが、もう大丈夫だ。今も仕事の話をしていたぐらいだ」

「んだよ、元気なモンだな?」

「というか仕事の話をして気を紛らわしたい」


 ちょっと気持ち悪くなってきた。


「せっかく社員メンバーが集まったことだし、臨時の報告会にしよう。何かないか?」

「えっと、それなら、はい、ハイ!」


 ずーみーが正座したまま飛び跳ねて手をあげる。


「今期のプロリーグが終わったんで、連載が休載期間に入ったッス。この後は単行本化作業ッスね」

「ずーみーちゃん、70プレイヤーズウィークの話もあるよ!」

「あ、そうだったッス」


 70プレイヤーズウィーク。球団の一軍から三軍まですべての選手を使用する総力戦イベントだ。6月17日から一週間かけて5回の総当たり戦を行う。全選手を一軍監督が見る機会になるわけで、選手にとっては気の抜けないアピールの場だろう。ケモプロ選手はこれを終えてようやくシーズンオフとなる。


「70プレイヤーズウィークの特別編も描くんで、その作業もあったスね。まあ、6巻の書籍専用の書き下ろしになるんで、単行本化作業でもありますけどね!」

「ムフ。やっぱり書店の購入特典だけじゃ弱いからね!」


 ワルナス文庫編集長のススムラから、単行本ならではのウリを用意してくれと課題を用意されていた。書下ろしがその答えになる。


「あとはそうッスね、アメリカのスタジオで集めてもらってる資料写真がいい感じッス」

「ケモプロ動物図鑑も、ドラフトぐらいには発表できそうだよ!」

「撮影先の動物園と交渉しながらになりますが、詳細データの提供で契約はまとまりそうです」


 ケモプロ動物図鑑。アメリカのデザイン班が各地の動物園で撮影した画像データ中心の、ケモプロと連動した資料サイトだ。被写体を所有する動物園との関係は良好とのことで、最近はバックヤードでも撮影を許可してもらったとか。


「おかげで向こうから上がってくるモデルデータもいい感じッス。例のアレもドラフトには間に合う……ッスかね、アスカ先輩?」

「学習時間がチトな。ま、概要の発表ぐらいはイケるはずだぜ」


 ミタカは肩をすくめる。


「あとは他にもいろいろあるッスけど……いくつかケモプロ以外のイラストの仕事も受けてみるつもりッス」

「はいはい! 広報からだよ! 広報はねぇ、NPBのオールスターと連携するよ!」

「オールスター? そういえばそんな時期ッスね。けどオールスターの何と?」

「ムフ。賞だよ」


 ライムは雲のように笑う。


「お付き合いと広報を兼ねて、オールスターにケモプロ賞っていうのを用意してもらったんだ!」

「ケモプロ側から賞金を出すものだ。選出者に100万円、だったか」

「賞だけじゃないよ~。オールスターとケモプロは連携するんだよ!」

「連携……ッスか?」

「そうそう。ケモプロ賞はね、ケモノ選手たちがオールスターを見て、優秀選手を選出する賞なんだよ」


 AIによる選手評価、というところだ。


「おぉ……いいんスかね? 機械に判定されて不満とか出たりしないッスか?」

「まァ単一のシステムからの評価だったらそうだろーな。けどこっちゃ選手たちの、複数のAIからの投票だ。文句を言う先がバラバラなら炎上はしねェだろ」


 ケモプロ選手たちには別々のAIがある以上、賞の選出は単なる票の大小であって、ケモプロ全体の総意というわけではない。……という理屈らしい。


「でねでね、連携はそれだけじゃないよ。ケモノ選手たちがオールスターを見る、その方法がね……ケモプロ内でのオールスターの放送だよ!」

「……ハウジングアイテムのテレビで見れるようにするとかッスか?」

「イヤ。球場で見れるようにするぜ。球場で撮影された映像をもとに、ケモプロ内の球場にプロ野球選手たちを再現するってワケだ」


 ミタカがスマホをいじって動画を呼び出す。


「ホレ、これがテストの様子だ」

「おお、これは……カメラとか自由に動かせるじゃないッスか。すごいッスね」

「Bassでやってることの応用みたいな感じだな。画像データとAIによる計算の補完で、3Dモデルをリアルタイムに作成・更新して反映させてる。もちろんVRにも対応してっから、VR機器があれば実際の球場にいるような体験ができるワケよ」

「おお! オールスターがご自宅で!?」

「ムフ。そのために2日間だけの使用契約なんかもさせてもらったよ」


 選手の実名や外見を取り扱うためにはNPBからの承認を受ける必要がある。とはいえ、ケモプロはずっとプロ野球を取り扱うわけではない。そこでこのイベント限定の契約をすることになったわけだ。


「今回、NPBとはガッツリ協力していくからね。CMにもケモノ選手を起用してもらうよ。リアルプロ野球選手とケモプロ選手が一緒になって、オールスターまであと何日って宣伝できるかも?」

「おぉ……すごいッスね。あ、ということはカナ先輩も一緒にやるんスかね?」

「何かあって票が無効になるとかならない限り、候補にはあがるだろうな」


 オールスターに出場する選手の投票は、5月24日から行われている。すでに中間発表が行われているが、俺の幼馴染のカナが昨年に引き続き、指名打者ぶっちぎりの得票数1位になっていた。女性からの票がすごいらしい。


「去年はその時点で支配下登録されていなかったから、対象外ということで途中で外された。しかし今年は一軍に帯同しているから、トラブルがないかぎりは選出されるだろう」

「そのうえ、もしかしたら条件を満たしてホームランダービーに出れるかもしれないんスよね?」

「6月中に7本塁打が必要らしいが……」

「ムフ。サン選手に感謝だね!」


 出番は少ないながらも、カナは今シーズンすでに6本塁打を放っていた。うち4本が、球界を騒がせているルーキー、サンニンタロウ選手からのホームランになる。

 サン選手はルーキー以上の成績を上げていると評価されている。実際、テンマ選手に対する態度はあってもオールスターに選ばれそうなほどの人気を獲得しつつあるのだが……どうもカナとは相性が悪いらしく、2回の対戦で計4本塁打。サン選手がカナに対してサービスしているのだ、とかよくわからない叩かれ方をしているらしい。


「なんにせよ、カウントダウンCM企画にはオールスター出場選手が選ばれることになる。広告会社がカナを選んで、エーコが許可を出せば一緒に仕事をすることもあるだろうな」

「広報的にはカナお姉さんを選ばないわけがないし、ツヅラお姉さんもケモプロ関連なら許可してくれると思うよ?」


 まずは選出されることからだ。


「こうした企画ができるのもみんなの尽力のおかげだ。ありがとう、感謝している」

「ムフ。まかしといてよ!」

「ま、案件が続くのはいいことだな」


 頬杖を突きながらミタカが言う。


「これまで作ってきたものを生かした関連開発が今後も続きゃいいんだが、途切れる時ってのはある。だから油断すんなよ」

「わかった。……やはり他の仕事もあったほうがいいだろうか?」

「オマエらが思いつきみたいに不定期に案件持ってくるんじゃなけりゃ、スケジュール立てられんだけどな? こう波があると、外部の仕事を受けるのはチト厳しいかもしんねェなァ……HERBはムッさんが主導してっからユルいしなんとかなっけどよ。何か内部で企画したほうがいいのかねェ?」

「あっ」

「どうした、ツグ姉」

「うん、えっとね」


 従姉は控えめに上げた手を降ろして、手を握る。


「もし内部でお仕事が必要なら、ちょっとやりたいことがあるんだけど……」

「お、なンだよ?」

「聞きたいデスネ」

「あのね、その」


 ミタカとニャニアンに押されて、従姉は顔を上げて言う。


「あのね……専用チップを作らない?」

「チップ……?」

「――簡単に言やパソコンのパーツで、CPUとかGPUの仲間だよ」

「ケモプロって、2016年から開発を始めて、2017年の初めごろにはサーバーの仕様を決めたんだけど、その時ってあまりお金使えなかったから、そこまでハイスペックなサーバーを使ってないの」

「選定には苦労しまシタネ」


 ニャニアンが腕を組んでウンウンと頷く。


「あれから2年経って、ハードウェアもいろいろ変わってきたし……スペックアップしたいかもって話は、みんなでしてるの」

「デスネ。今後チームやリーグを増やすことがあれば、サーバを増やさないとデスケド、今後も同じハードが手に入る保証はありマセンカラ。年数が経てばどんどん保守性も失われマスシ、理想を言えば定期的に更新していきたいデスネ」


 ……なるほど。ゲーム機だって修理部品がなくなったとかでサポート終了することがニュースになったりするものな。


「……交換用の部品を、あらかじめ大量に用意しておくというのは駄目なのか?」

「手段としちゃアリだが、それが有効なのは更新のないシステムの時だな。ケモプロはこれからもちょいちょい改修していくから、いつかスペック不足でやりたいことができなくなるかもしれねェ。そう考えると定期的な更新の方がいい」


 ミタカはガリガリと頭を掻く。


「オンプレをやめてクラウドに移す手もあるが……結局スペックを担保したけりゃプライベートクラウドになるし、そうしたら機器はまる抱えなわけで、わざわざ仮想化して性能を落とす必要はねェだろってなる」

「ケモプロのコア部分はクラウドでやりたくないデスネ」


 今のままではいられない、ということか。


「機材を更新したい理由は分かった。それで、専用チップとは?」

「CPUっつーのは中央演算処理装置とも呼ばれてるが、まァプログラムを変えりゃいろいろできる、つまり汎用的な用途に使えるチップな。対してGPUはグラフィックに関する計算に特化したチップ。CPUが4コアだとか8コアだとか言うが、GPUは一つ一つは小さいコアでまァハイエンドで4000コアぐらいあるんだわ。それをまとめたのがグラフィックカードな。たくさんのコアで簡単な計算を並列処理をして、CPU以上のグラフィック処理能力を持たしているわけよ」


 ……いろいろ得手不得手がある、と。


「ツグ姉は何のために専用チップが作りたいんだ?」

「物理演算用のチップなんだけど……」


 ミタカに視線をやると、ミタカはフンッと鼻息を鳴らして口を開いた。


「昔一瞬だけ存在したタイプのチップだな」

「一瞬だけ?」

「専用ボードが物理演算しかしねェのに高かったから流行らなかったのと、買収されてグラフィックカードに統合されたから、すぐ消えたんだよ。やることも似てたし、GPUの性能が上がってきたから専用化する必要もなかったかんな」

「うん……今もGPUで計算させてはいるんだけど……」


 従姉は両手の人差し指を合わせて口ごもる。


「専用チップ、専用のハードを作ればもっと効率が良くなるから……今ってケモプロのアマチュアって練習を十分にできてないでしょ? でも専用のを作れば同じサーバ台数で毎日練習できるようになるはずなんだよね」


 今は試合を除くと一週間に一時間だけだな。確かに練習時間は足りなさすぎるだろうと思っていた。


「だからその、エムさんと共同研究できたらなって」

「ミシェルか」


 HERBプロジェクトの最高技術顧問、ミシェル。様々なハードウェアの開発をしているが、チップとやらもできるのか。


「ムッさん、そんな話まで持ってきてんのかよ……まァ、チップの開発は最近、AI向けで流行ってるかんな。気持ちは分かるぜ。大半は学習結果を反映したチップだけどな」

「ケモプロにはAIチップは、常に学習が更新されるので向きまセンネ。学習用のならアリではアリマスガ……」

「……ふむ。話は分かった。アマチュアの練習時間が増えるならいいとこだと思う、んだが」


 疑問が一つある。


「……なんでそんな、申し訳なさそうな態度なんだ?」

「えーと、それはその、ね?」


 従姉は――大きな体を小さく丸めて、上目遣いで言った。


「すごくお金がかかりそうだから……かな?」

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