山陰ダービー最終戦(4/終)
『山陰ダービーこと、鳥取サンドスターズ対、島根出雲ツナイデルス、最終戦、九回の裏を迎えます。1対2とリードしていたサンドスターズですが、九回表、誰もが予想しなかったダイトラのツーランホームランでツナイデルスが逆転。3対2で迎えるサンドスターズの攻撃です』
『どうして……どうしてこうなったの……』
『いやあ、ダイトラクンはここぞというときに打ってくれるねえ!』
空気の抜けた風船のようになった砂キチお姉さんに対して、アジキはカラカラと笑う。
『アメリカから帰ってきたときも一時調子が良かったけど、そのあとさっぱりだったからおじさん心配してたんだよ』
『ある意味空気を読まないというか、ものすごいタイミングでの本塁打でした。なんか……ちょっと申し訳ない気もしますが……勝負は勝負、ツナイデルスも順位がかかっておりますので!』
『えーと、東京が負けたってことは、どうなるんだい?』
『現時点で東京と鳥取のゲーム差は0.5ですので、鳥取がこの試合に勝てば優勝、引き分けでプレーオフ、負ければ準優勝。ちなみに島根も勝てば単独3位、引き分けは伊豆との同率3位、負ければ4位に転落となります。同率の場合はお互いの対戦成績で最終的な順位が決まりますので……全26試合中、島根11勝、伊豆15勝だから……』
『ウチとしては勝つしかないってわけだ。悪いなあ、アキ』
『や、野球は九回からすよ』
『最終回のマウンド、ツナイデルスからは
『さすがにビスカチャンの続投はないか。お疲れだね』
ベンチの背にもたれてネズミ系寸胴女子は寝ていた。
『九回裏、3対2。1点差でダンとなると、モチベーションが不安ですが……』
『今のところは調子いいみたいだね』
しっかりと規定回数の投球練習を終えたサル系男子、ダンは、ぶるるるっと唇を震わせた。
『鳥取サンドスターズ、この回の攻撃は四番、
『まだ! まだ終わったわけじゃない! みんな! 応援しよう! 西伯、お願い打ってぇ~!』
「打てー!」「頼むー!」
声援を背負って、ネコ系男子がバッターボックスに入る。それをチラリと見たダイトラは、さっそくミットを構えた。
『ダイトラ、通常営業の初手ど真ん中……っと、ダン、首を振ります。次のサイン……外角にボールになるスライダー? 厳しいコース、あまり投げない球種ですが……』
ダンはニヤッと笑って頷くと、振りかぶって軽快に投げる。
『……空振り! 西伯、初球空振りです。思考に焦りが見えますね』
『あまり曲がらないから打ちに行こうとしたんすね。そしたら届かなかったと』
『おっと、ダイトラの思考も珍しく表示されました。西伯がボールを見れていないと判断したようです。ど真ん中からボールになるフォークを要求。第2球! ――迷いながらも振りましたが、これも空振り! 2ストライク!』
『イヤぁぁぁ~!』
『っと、ここで西伯、タイムを要求です』
タイムが告げられると、西伯はバッターボックスから離れて靴ひもを結びなおす。
『――さあプレイ再開。ノーアウト2ストライク。追い込んでいます。じっくりいきたいところですが……ダイトラ、三球勝負を選択』
サインを見たダンはニィッと歯をむいて笑い――
ガキッ!
『詰まったセンター前……落ちる! 一塁セーフ! 西伯、インコースになんとか食らいつきました。打球に勢いはありませんでしたが、結果的に出塁です』
『よしっ、よし西伯、よし! ランナー出た!』
『勝負を急ぎすぎたのかねぇ』
『タイムでうまく落ち着いたみたいね。焦ったままなら三球勝負で良かったと思うけど……とにかく、ノーアウトランナー一塁です。次のバッターは五番、
肩をすくめるダンの前で、長身のサーバルキャット系男子がバットを構える。
『サバノブ、ここは打って出る模様です。ダンは――まだやる気十分のよう。初球からストライクを取りに行きます!』
テンポよく投げて追い詰めるダンだったが、そこからサバノブが粘りを見せる。
『……ボール! フルカウント! ここまで10球、サバノブ粘っています!』
『普段は結構思い切りいいんすけどね。打つにしろ打たないにしろ』
『この回なんとしてもでるぞ、という気迫を感じます。さあフルカウント。バッテリーはどう出るか』
マウンド上でダンが溜息を吐く。するとダイトラがど真ん中にミットを構え、ダンはそれを見てブブーッと唇を鳴らして首を振った。サインが変わり、それに頷いて――
『――引っかけた! これは――二塁間に合わない、一塁アウト! サバノブ、外角低めに食らいつきましたが内野ゴロです。1アウト二塁』
『進塁打! 結果進塁打だからオッケーだよサバノブ!』
一塁を駆け抜けたサバノブは、天を仰いで立ち止まり、少し時間をかけてからベンチへ戻っていった。
『続いて六番、サード、
『ササミちゃーん!』
口をへの字に曲げたサイ系女子がバッターボックスにやってくる。
『本日ここまで4打席2安打と好調です。ランナーは得点圏に。ツナイデルスは踏ん張りどころです』
『ここを抑えてほしいねー』
『初球は膝元へのストレートから。ダン構えて――』
カァン!
『……レフト前ヒット! 1アウト一、三塁になりました』
『来た来た来た!』
『ダンの思考を見るに、ボールが浮いてしまったようですね。ササミは見逃さずしっかり引っ張った形です。ここから下位打線に入りますが……サンドスターズベンチに動きがあります』
バットを取り出していたカワウソ系男子が、しょんぼりと肩を落とす。
『七番。
『スタメンは取られましたけど、打力はある選手すからね。ツメ助は今日は打ててないんで、交代は当然すね』
アナグマ系男子が念入りに素振りをしてからバッターボックスへ向かう。
『長打力のある選手です。一打同点、逆転からのサヨナラもありえる場面。なんとしても抑えてほしいところです』
『ダンクンはまだ勝負を投げ出してないみたいだね。我慢強くなったね~』
不満げな顔をしながらも、ダンはしっかりとダイトラに意思を示し、投球を続ける。そして並行カウントからの5球目――
『フォーク引っかけた! これはショートゴロ、クモン一塁送球! 乱れたが間に合っ……え、セーフ?』
マグ夫がドタドタと一塁を駆け抜け、塁審がセーフをコールする。
『記録は……ショートのエラー? リプレイは……ああ、オフ・ザ・バッグですね。クモンの投げた球を捕球しようとしたザン子、一塁から足を離してしまいました』
『ん? ザン子チャンが足を離していたからセーフなのに、クモンクンのエラーなのかい?』
『送球が悪かった、という判断でしょうね。送球に問題がなければザン子のエラーになったでしょう。ともかく、これで満塁で……』
ガツッ、と、マウンドのプレートをダンが蹴りつける。
◇ ◇ ◇
『あぁ、あぁ……もう無茶苦茶よ』
マウンド上ではダンとセンザンコウ系女子のザン子が激しく口論していた。どちらも相手の失敗を取り上げて責め立てる。最初のうちはエラーした当人のクモンも非難されていたが、いつの間にかダンとザン子だけで言い合いになっていた。
ダンはザン子に交代しろと言い、ザン子はエラーで切れるぐらいなら降りろと言う。内野陣どころか外野陣まで集まってくるものの、誰もどうしたらいいのか分からず手を出せないでいた。
『あちゃー。これは警告食らっちゃうかな?』
『そういう幕引きはちょっと……ん?』
そこへ新たに近づく青い影――ダイトラが、二人の間に割って入る。
『え、ダイトラ……何?』
怒りの目線を二人から向けられたダイトラは――ベンチで控える一塁手、
『……あいつ、腹が痛いらしいぞ……? は?』
マウンドに集まった選手たちが首をかしげる中、さらにダイトラはネズミ系女子のレミを囲いの中心に引っ張り込み、ザン子と向き合わせる。
『えぇ……なんでしょう。レミにザン子を説得させようと……あッ!?』
『んッ?』
『ああーッ!』
気づいたナゲノと砂キチお姉さんが叫ぶ。
『だっ、ダイトラ、ザン子のグラブからボールをレミのグラブに……まさか、これは』
『かかかか、隠し玉!? ちょ、嘘ですよね!? 気づいてぇ!』
ダイトラが二人に指示を出し、集まった野手たちを追い払う。そしてこれ見よがしにダンの腹をグラブで叩いて非難し、キャチャーボックスに帰っていった。
『ひぃぃ! 気づくな気づくな気づくな!』
『気づいて気づいて気づいてぇ!』
審判がプレイを告げる。ダンはブツブツと何かつぶやくふりをして、ガツガツとマウンドを蹴り続ける。
『気づくな気づくな気づくな!』
『気づいて気づいて気づいて!』
マグ夫がリードを取り――ザン子からの目線を受けたレミが、ライトからファーストへと送球する。くるりとザン子はボールを受けるため体を回し――
その動きにマグ夫が気づいた。ぎょっと目を見開いて、一塁へと滑り込む。
『タッチ、どうだ!? 判定は――セーフ!』
チッ、とツナイデルス内野陣はそろって舌打ちをした。ダラダラと汗をかき息を荒げるマグ夫に、ダンとザン子がゲラゲラと笑う。
『『た、助かったぁ〜』』
一方、ナゲノと砂キチお姉さんは揃って脱力していた。
『はぁ~……笑ってる場合じゃあないのよ! 外野にボールを持たせる隠し玉とか、何考えてんの!?』
『いやぁ~、気づかれなかったからよかったものの、三塁ランナーに気づかれてたら走られてたよね? オジサン、ホント胸が痛いよ』
『お姉さん、ダイトラにはマジ勘弁してほしいな……』
『満塁だしバッターに集中してよね……ええと、バッターは八番、
バッターボックスに立つイタチ系女子は、目を白黒させていた。一方、ダンはニヤニヤと笑ってセットポジションに構える。繰り出される力強い投球。
『――三振! ヤマブキ、最後はストレートに差し込まれて三振です!』
『ぎゃあぁぁ!』
『さあ九回裏2アウトまでやってきました。スコアは3対2。満塁のこの状況。次のバッターは九番、キャッチャー、
『代打は難しいすね。同点になったら守備があるんで』
『うぅ……第二捕手もこの競った状況じゃちょっとですからね……』
『ベンチから出てきたのは……ラコフ! 監督、ラコフにすべてを託しました!』
バシバシと背中を叩かれて出てきたラッコ系イケメンのラコフが、バッターボックスへ向かう。
『今シーズン、サンドスターズを支えてきたラコフ。この打席打たねば優勝はありません。前打席はヒット。さあ構えて……』
フウッ、と息を吐くと、ラコフの頭上に思考が表示される。
『ラコフ、配球を読みに行きます。ん? アイコンにダイトラの顔が……これは……「自分ならどう配球するか」じゃなくて、「ダイトラならどう配球するか」を考えている? き、器用な』
『へぇ~。こういうアイコンの並びを見るのは初めてですね』
『初球……ラコフ、ど真ん中ストレートを予想。ダン、投げた!』
ブンッ!
『ストライク! ラコフ、フォークを空振りです。うーん、やはりラコフ、読めていません』
『他の試合だと結構読めてる印象あるんですけどね~……まあ読めててもバットコントロールに難があるみたいでなかなか当たらないんですけど……でも、この打席だけはなんとか!』
『くっ、ラコフの思考が長い……フォーク空振りしたから、速球の釣り玉が来る?』
パンッ
『……外へのカーブだったわね。予想は外れたけど1ストライク1ボール』
ラコフがタイムを取ってバッターボックスから離れる。だらだらと汗を流しながら、微動だにしないダイトラを観察する。
『ラコフ、プレッシャーを感じているようですね』
『優勝するかどうかって場面だからねぇ』
『打ってぇ……!』
砂キチお姉さんが祈り、客席からも同じ声が上がる。それはケモプロの中でも同じだった。ベンチから、塁上から、ラコフへの声援が送られる。
『鳥取サンドスターズ投手陣の女房役として、シーズンを通してマスクをかぶってきたラコフです。今日この打席で一年のすべてが決まります。配球を読んでバッターボックスへ。さあ第3球――』
ラコフの予想と、ダイトラのサインが――噛み合わない。それでもラコフは必死にスイングを止め、あるいは無理やり食らいついてカットしていった。8球ののち――
『ボール! さあフルカウントまでやってきました! 2アウト3ボール2ストライク! あと1ストライクで試合終了、あと1ボールで押し出し同点、サンドスターズ、ツナイデルス、双方とも追い詰められました!』
『いや~……あれだけ配球の予想を外して、よく粘るよねえ……オジサンそろそろ心臓の替えが欲しいよ』
『いいすね。自分も胃を取り替えたいす』
『ツナイデルス、ダンは球数が多いですがなんとか気持ちを保っています』
マウンドではダンが、プーッと息を吹いて帽子のつばを揺らす。その表情には余裕があった。
『精神的に追い詰められているのはラコフでしょうか。思考がまとまりません』
『うぅぅ……ラコフがんばってぇ……!』
バッターボックスに立つラコフは、バットを下に置いたまま延々と思考する。どれだけ深く予想してもことごとくダイトラの配球に裏切られてきた。次はどうするべきなのか? もう一手先を読むか?
『ラコフ……これは』
ぶるりとラコフは首を振って、構えをとる。思考はシンプルに。
『「自分ならストレート勝負」、ラコフ、ストレート一本に絞りました。ダイトラのサインは――高めのストレート、ダン頷いた!』
ニッと笑ったダンが、腕を振って投げる。高め、ストライクゾーンギリギリ。落ちなければボール。ラコフは――
カァン!
『打った!』
ぎょっとダンが空を仰ぐ。
『左中間! レフト、コギ六突っ込む!』
浅い放物線を描くボールに、コギ六が走り、飛び込む。ボールはグラブに――
『――届かないッ!?』
収まらなかった。
『ボールは転々と後方へ――いやカバーに入ったレイが早い! 三塁ランナーはすでにホームを踏んだ、二塁ランナーはどうだ、バックホーム!』
サイ系女子、ササミがホームへ突っ込む。ボールを受けたダイトラが、それを阻止すべく体とミットを伸ばし――
『……セーフ!』
ダンが帽子を取って溜息を吐き、倒れたまま固まっていたコギ六がレイに引きずり起される。ぶざまな格好で転んでいたダイトラは、天を睨んでフンッと鼻を鳴らした。
そんなツナイデルス側の様子を、AIの自動カメラは映さない。いつものヘの字顔を引っ込め飛び上がって喜ぶササミを、それに駆け寄るサンドスターズの選手たちを映し出す。
『九回裏、逆転サヨナラヒット! 3対4! 鳥取サンドスターズ、最後は捕手の栗島ラコフの左中間へのヒットで2点を返しての逆転勝利! そしてこの試合勝利したことで、東京セクシーパラディオンに0.5ゲーム差をつけてのリーグ優勝です!』
『うおおおああああ! やった、やっだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
「うおおおおお!」「優勝だああああ!」「砂ニキを胴上げだあああああ!」
がっしゃがっしゃと仮設の観客席からファンが駆け下りて実況席に詰め寄る。アジキに蹴りだされたスナグチは、あっという間にファンに囲まれて胴上げされた。地元メディアがその写真を、ここぞとばかりに撮りまくる。
こうして2019年、ケモノリーグは年度最後の試合を満天の星の下で終えたのだった。
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