山陰ダービー最終戦(3)

 満天の星空を背景に、プロジェクションマッピングされた遺跡風の球場で、悲鳴が飛び交いあっていた。


『ヒィィ! あっさり満塁、しかも次のバッターはヤッタロー!?』

『ギャアア! こ、このチャンスにゲッツー!? おのれ、島根のニンジャ!』

『よしよしよし! 島根満塁のチャンス! 次は……ご、五番、ダイトラ……ギャアアー! こっちまで併殺されないでいいのよ!』

『きたッ! 満塁! 流れは完全にサンドスターズですよ! ここで逆転して優勝……アアァァァ!?』


 点が入りそうで入らない。


 特に鳥取はポンポンとヒットが出るのにあと一歩のところで得点を逃して嘆き、逆に言えば島根は毎回ピンチを迎えて悲鳴を上げている始末だった。ナゲノと砂キチお姉さんは交互に悲鳴を上げあい、息も絶え絶えだ。


『えぇ……試合は妙にテンポよく進んでおります。サクサクと八回裏です。……砂キチお姉さん、生きてる?』

『なんとか……』

『えー、あれだけバカスカ打たれたにも関わらず、試合は1対0で島根出雲ツナイデルスがリードしています』

『おかしい……おかしいですよ……四回裏まで3安打0得点はまあいいですよ? そこから五六七回、毎回満塁9安打0得点って何の呪いなんです!?』

『テンポが良すぎて、球数が少なかったからか、まだビスカが投げてるしね……』


 マウンド上にはネズミ系寸胴女子が、肩で息をしながら立っている。


『この回、サンドスターズは七番、石川原いしがわらツメスケからです。今日はここまで3打席無安打』

『上位まで返してほしい! がんばれ、ツメ助~!』


 バッターボックスに入ってきたカワウソ系男子を見て、捕手のダイトラはフンッと鼻息を鳴らす。


『ダイトラ、もはや恒例の初手ど真ん中指示』

『来るよ、ツメ助!』


 ゴキッ


『サードゴロ! 一塁送ってアウト、ワンアウトです』

『あぁぁ……どうしてぇ……』

『んー、おじさん、ダイトラがビスカチャンに楽をさせてる気がするんだけど、どう?』

『……確かに結果だけ見れば、絶好球に釣られて早打ちしている形ですが……いや……でもダイトラよ?』

『じゃあ結果論かなぁ?』

『……結果論ね!』


 などと言っている間に八番バッターもカットボールを詰まらせて内野ゴロに終わる。


『おお? なによなによ、この回はピンチにならずに終わってくれるっての? あっというまに2アウト! 次のバッターは九番、栗島くりしまラコフ!』


 ラッコ系イケメンが、フゥと息を吐きながらバットを構える。


『ラコフ、配球を読みに行きます。初球は外へのカーブ、見送りを選択ですが……さあどうか。――ストライク! ど真ん中へのチェンジアップ!』


 ラコフは悔しそうに素振りをする。それを見てダイトラは鼻を鳴らしてビスカにボールを投げ返し、さっさと構える。


『ラコフ、次はボールになるスプリットを予想ですが……ストライク! さきほどと同じコース同じ球種! ヒヤッとしたわ……』

『いやー、よく同じの投げる度胸あるすね……』

『図太いのだけがビスカの売りでしょ』

『うーん、ラコフは毎回思考を読もうとしてますけど、全然ですねぇ……』

『まあ、ダイトラだし』


 ダイトラだしなあ、と全員が頷く。


『さあとにかく、2アウト2ストライクまで追い込みました。ラコフ、次の球を……低めへのストレートと予測。ダイトラ――ど真ん中に構えた!』


 ガツッ!


『打ち上げたが面白いところ! これは――ライト前落ちた! ラコフ、ライト前ヒット! 体勢崩しながらも食らいついたチェンジアップ、ちょうどファースト、セカンド、ライトの中心点に落下しました。ラコフ、本日初ヒットです』

『よおっし! えらい、えらいよラコフ! 読めてないけどなんとか打ったえらい!』

『2アウトからランナーが出ました、サンドスターズ。次のバッターは先頭に回って、一番、木橋きのはしカイリ。本日4打席1安打1四球』


 マウンド上でビスカは汗をぬぐい、大きく息を吐く。その様子を見てダイトラはベンチに目線を送ったが、監督は動かなかった。それを確認すると、のそりと――ど真ん中に構える。結果――


『――……満塁! サンドスターズ、この回も満塁ッ! 2アウトまで追い込んだはずが、2アウト満塁ッ……! なんでよォ……』

『いやー、さすがにおじさんもハラハラしどおしで胸が痛いなあ』

『自分も胃が痛いんすけど』

『大丈夫、いける、お姉さん信じてる! ヤッタローを!』


 タヌキ系男子が足早にバッターボックスにやってきてササッと足場を固める。


『三番、赤城あかぎ八太郎ハチタロウ。今日はここまで4打席1安打。五回の満塁のチャンスではマテンのファインプレーに阻まれて併殺でした』

『不幸な事故だったね……でもお姉さん、二度目は大丈夫だって信じてる!』

『さてダイトラは安定のど真ん中……じゃ、ないわね』


 珍しく初球からダイトラはコースを指示する。


『さすがにヤッタロー相手に初手ど真ん中は厳しいか。ビスカ、セットポジション』


 うつろな目で頷いたビスカが、グラブを胸元に構えて呼吸を整える。そして投球し――目を見開いた。


 ギンッ!


『三遊間マテン飛びついた! キャッチ……あっ!?』


 ど真ん中に流れた球を見逃さず振り切ったヤッタローの打球は、低い弾道で三遊間に飛んだ。

 そこへ飛びつく島根のニンジャこと、灘島なだしまマテン。乾いた音とともに誰もが捕球を確信して――着地した彼の手にグラブがなかった。


『判定はフェア! マテン、打球にグラブを弾かれたか!? グラブは後方――ボールはどこ!?』


 ツナイデルスの選手たちはボールを探して顔をキョロキョロとさせる。その間に、ランナーはどんどん進塁していた。途方に暮れる選手たちの中で一人――ダイトラがマスクを外して吠える。


『はっ? グラブを拾え? ……まさか!』


 その言葉にいち早く反応したのは、レフト定位置からいつもの調子で飛び出してきていた羊囲ひつじがこいコギロクだった。素早くグラブを拾い上げ、ひっくり返す。


『ありました、ボールはグラブの中! 網の部分に引っかかって!? これは? 取れない!?』


 ボールをつかんで送球しようとしたコギ六だが、ボールがグラブと分離しない。焦って振り回すも一向に取れる気配がなかった。

 そこに再び、ダイトラからの指示。ハッとコギ六が顔を上げ――駆け出す。


『コギ六走る! ランナー、コーチャーの指示はゴー! 三塁への競争! クニ滑り込み! 判定は?』


 塁審が状況を見て――首をひねる。


『ん? タイム? タイムです。審判が集まります。えぇ、どうやら今のプレーについて協議していますね』

『いやー、なかなか珍しいプレイすね』

『この間に状況をまとめましょう。三遊間へのライナー、これをマテンがダイビングキャッチしたように見えますが、グラブにボールが挟まってそのまま弾かれて、手から抜けてしまいます。判定はフェア。捕球は手で持っていることが重要で、グラブはその延長ですからね』

『で、キョロキョロボールを探してる間に、結構得点が入っちゃったねえ』

『三塁、二塁ランナーはホームイン。一塁ランナーの高原たかはらクニ耶が三塁へ滑り込み、その背中にコギ六が、グラブでマテンのグラブを持ってタッチしました』

『ギリギリだったねー。二重グラブで距離を稼いだって感じだけど、これってどうなの? おじさん、ちょっとズルいかと思うんだけど』

『グラブにボールが挟まってしまった例はいくつかあるのよ。結論から言うと、グラブ自体をボールとして扱うのが正解ね。だからこの場合は』


 顔を突き合わせて相談していた審判団が、意見を一致させる。


『――アウト! スリーアウトチェンジです』


 ゴーの指示を出していた三塁コーチャーが審判たちに詰め寄るが、あっさりと無視される。


『走者へのタッチはボールまたはボールを保持しているグラブで行います。ですので、ボールの挟まったグラブをグラブで持ってタッチするのは正しいということね。もちろん、「しっかり持っていること」も条件だから、タッチした衝撃で落としたりすればアウトと認められないでしょうけど』

『なるほどねぇ。コギ六クンはナイスダッシュ、って感じだな』

『しかしこの間にサンドスターズは走者が二人還りました。八回終わってスコアは1対2、サンドスターズ、逆転です』

『よっしゃー! やったー!』


 砂丘に表示される砂キチお姉さんが乱舞する。


『さー、みんな! 実は裏の東京の試合も、今九回の裏! 得点はなんとなんと4対4! 電脳カウンターズが追い付いてくれましたよ~! このまま東京が引き分けなら、サンドスターズがここで勝てば、プレーオフだ!』

「うおぉー!」「ありがとう電脳!」「今日だけは愛してるぞ電脳!」


 歓声の中、選手たちはすばやく守備に移る。


『さあこちらの試合は九回表。この回、鳥取のマウンドには東京都とうきょうとエド。先日に引き続きの登板です。ここは新人の蔓影つるかげタカという手もあったと思いますが……』

『経験と実績をとったんすかね』


 小柄なネズミ系男子がマウンド上でパスパスパスパスとむやみやたらにロージンバッグを使う。


『対するツナイデルスは、打順は三番から。まだ勝負は分からない! 三番、センター、草刈くさかりレイ!』


 ヤギ系男子がバッターボックスに向かう。エドはサインに頷くと、軽快に投球をし始めた。


『――……三振! エド、疲労を感じさせないピッチングでまずは1アウトです』

『あと二人! あと二人!』

『次は四番、指名打者、田中たなかエイジ。焦らずじっくり打ってほしいところですが――』


 ガキッ


『初球ひっかけた一二塁間! セカンド取って――ああッと!?』

『ぎゃあ!?』


 セカンド、ツメ助が捕球したグラブから――ボールがひょいっと飛び出す。ツメ助はグラブを探り、周囲を見渡し、慌ててボールに飛びつくと膝をついたまま一塁へ送球し――それが大幅にずれる。


『一塁、セーフ! セカンドにエラーが出ました。ツナイデルス、1アウト一塁です。どうもツメ助、優勝を意識して焦ってしまったようですね』

『分かりますね。プレッシャーがかかるとそうなるもんすよ』


 エドは結果を見てマウンドに帽子をたたきつけ、ゲシゲシと踏む。そんな彼に捕手のラコフが近づいていき、バシバシッと背中をたたいて切り替えを促した。


『うぐぐッ……! 大丈夫、大丈夫まだ一塁! それも1アウトですよ! つまり、これってフラグです!』


 砂キチお姉さんが胸を張って言う。


『なんたって、みなさん! 次の打者は!』

「そうか!」「よっしゃ、ゲッツーのお膳立ては完璧だな!」「ありがとう自動アウト!」

『うッ……しかし言い返せない。次のバッターは、五番、キャッチャー、山茂ダイトラ……!』


 青い虎がのそりとベンチから姿を現す。それを迎える客席の一部からは、ゲッツーコールがあがっていた。


『前打席は満塁からの併殺打でした、ダイトラ。この回は……どう……』

『えッ、東京負けた? ヤッター!』


 裏の試合の速報が入り、砂キチお姉さんが歓声をあげる。


『東京、九回裏4対6でサヨナラ負けです! つまり! つまりですよみんな! この試合、サンドスターズが勝てば!?』

「優勝?」「優勝だ!」「マジ!?」

『優勝だー!』



 カキィン!



『……えっ?』

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