山陰ダービー最終戦(2)
『島根のマウンドには
『おじさん、ビスカチャンは最近よくなったって聞いてるけど?』
『先発で登板のある日は、ブルペンでダイトラが起こしてるのよ。ストレッチで』
『ああ、例の』
アジキは頷く。
『なるほどねえ。それで今日は……眠そうじゃん?』
マウンドの上でビスカは大きなあくびをする。
『たぶん、登板がないから控え室で寝てたんでしょ』
『えー。選手が寝てていいもんなの? どうなのよアキィ』
『まあ先発はローテーションなんで、出番がなければ球場に来ないこともあるんすよ』
『ええ。むしろよく球場まで来ていたと思うわ。……来なければよかったのに』
ボソリとナゲノは呟く。マイクはもちろん拾っている。観客は「あぁ」とか「わかる」と同情した。
『交代時間中の投球練習です。この数球で肩を作らないといけませんが……やはりビスカ投げません。っと、ルーサーがマウンドへ』
ルーサーはビスカに駆け寄り……ポンポンと優しく肩を叩く。
『やさしい』
『やさしいすね』
『イケメンな対応ですが、ビスカ起きません』
『だろーねぇ。マウンドまで歩いては来てるから、肩を叩かれたぐらいじゃねぇ?』
ビスカは起きない。ルーサーは……これまでなら延々と肩を叩いて声をかけていたところを、一歩引いて考え込み始めた。
『これは……ルーサー、え、ストレッチを検討? いやいやそんなキャラじゃないでしょ? ダイトラにそんなところで対抗しなくても』
ルーサーは頷き――ビスカをくるりと半回転させ、自身も背中合わせになり――
『ウッ――け、警告! 審判からルーサーに警告です』
『ありゃりゃ、止められちゃったか』
審判を見て、キャッチャーマスクの下でイケメン・アルパカが見たこともない変顔をしていた。顎が外れそうだな。
『いや~、ずいぶん早い警告じゃない? やってもいないのにさ』
『……たぶん、以前ダイトラがやったのを審判が学習してるからだと思うんだけど……そもそもどうしてストレッチが警告を受けるんでしょうか、オオトリ代表?』
『マウンドという足場が悪いところでやるから危険だと思われてる、とかじゃないか?』
ルーサーは審判から警告を受けた衝撃のまま、マウンドを振り返り――
ちょうど前を向きなおしたビスカと目が合い。
ビスカが頬袋を膨らませて噴き出した。
『……ビスカ、爆笑しています』
『あっはっは。まっ、確かにさっきの顔はおじさんも笑いをこらえるのに必死だったよ』
困惑するルーサーをよそにビスカは笑い続け、審判がプレイ再開を急かす。ルーサーは疑問符を頭の上に浮かべたままキャッチャーボックスに戻った。
『プレイ再開です。が。……ビスカ、まだ笑っています』
ミットを叩いてルーサーが声をかけると、ビスカは耐え切れずに屈んでしまう。やがてピッチクロック――投球間隔制限にひっかかり、1ボール。
『ねえ、AIが笑うのもどうかと思うんだけど?』
『よほど強く印象に残ったんだろう』
ヒィヒィ、と肩を揺らしながらも、なんとか立ち上がった時点でボールカウントは2に増えていた。
『……バッターはヤッタロー。カウント、2アウト2ボール1ストライク』
『あー、ヤッタロー、イライラしてるすね』
『ま~、これだけ待たされれば、それはイライラしちゃうだろうねぇ』
タヌキ男子がバットの頭をくるくるくるくる回して、タシタシと地面を踏む。
ルーサーは恐縮し、さっさと投げろと言わんばかりにミットを構え――ニフッ、と笑ったビスカがモーションに入る。
『本日初球! ビスカ振りかぶって投げた!』
白球はストライクゾーンへ。ヤッタローが出したバットは――早すぎた。
ガッ
『一塁線、ザン子真正面! そのまま踏んでアウト、3アウトでチェンジです! ヤッタロー、ビスカのチェンジアップに手を出してしまいました。無理矢理当てに行って内野ゴロです』
『おッ、やるねえ!』
『うーん、まだ1ストライクだったんで粘ってほしかったすね』
『絶好球に見えてしまったようですね。ビスカ、急な登板でしたが一球で一回の裏を締めました』
ビスカは鼻で息を大きく吐くと、ベンチに戻って椅子で寝ようとし――
『……ビスカ、ブルペンから出てきたダイトラに捕まって引きずられていきました』
『ありゃりゃ、こりゃ大変だ。ま、しっかり目を覚ましてきてほしいねぇ』
◇ ◇ ◇
両チームとも好調の投手に支えられ、二回、三回と0得点のまま試合は進む。
『――さあ四回裏、サンドスターズにチャンスが訪れています。2アウトながらランナー、一、三塁。バッターは七番、セカンド、
カワウソ系男子がトコトコとやってきて――バトンのようにくるくる回していたバットを手を滑らせて落っことし、慌てて拾い上げる。
『ああいうのどこから覚えてきたのかしらね……』
『とにかく1点欲しいすね』
『ちなみに東京の試合ですが、七回裏、4対1で東京がリードしています』
『サンドスターズもカウンターズも、がんばれぇ~!』
砂キチお姉さんの必死な叫びが球場に響く。
『おじさんさ、ビスカチャンの投球が少し乱れてきた気がするんだけど』
『そうですね。ビスカは六回は十分投げきれる投手なんですが、やはり急な登板ということでペース配分がうまくいっていないのでしょう。この回、
マウンド上で、ビスカが少し疲れたように息を吐く。
『さあビスカ、ツメ助を抑えられるか。初球は――変化球、スプリット、見送ってボール。よく見た、と言いたいところですが……思考を見る限り、手が出なかったようですね』
ビスカはニフッと笑う。対するツメ助はバットを地面と腹で固定して、両手をゴシゴシとこすりながら思考した。
『どうやら狙い玉を……チェンジアップに絞るようですね』
『結構投げてくるすよね、チェンジアップ。しかもゾーンに入るやつを』
『狙いとしてはいいかもしれません。さあビスカ2球目――』
投げた瞬間、ビスカが目を見開く。
『……ボール。ストレート、大きく外に外れました。ルーサーの指示は内角だったので、失投ですね』
『あちゃー。もう少し投げてほしいんだけどねぇ』
『ですねぇ。……さあ3球目。ルーサーの指示は……チェンジアップ。ツメ助の狙い球ですが、どうなるか、投げた!』
カァン!
『高く上がった! ライト前……メリー、しっかりキャッチしてアウト。3アウトチェンジです』
『あぁ~! そんなぁ~!』
『チェンジアップ、分かってはいましたがタイミングが合いませんでしたツメ助。ライトフライに倒れました。四回裏、サンドスターズは一、三塁のチャンスを迎えましたが無得点です』
◇ ◇ ◇
『さあ0対0で迎える五回の表、今度はツナイデルスにチャンスが訪れました!』
『うーん……シロ子のよくないところが出てるすねぇ』
『先頭の五番、ルーサーをフォアボールで塁に出し、続くザン子がヒットでノーアウト一、三塁。クモンは三振に抑えましたが、次のコギ六をフォアボールで出してしまい、1アウト満塁です!』
マウンド上で白いコウモリ娘が汗をぬぐう。
『外角へのコントロールがいい代わりに、決め球はほぼ外角だとバレてしまうのがシロ子の弱点です。ザン子はうまく外角を決め打ちして流した形ですね』
『ザン子チャンの打撃力の向上を感じるねぇ。頼もしい』
『シロ子はスタミナ切れでコントロールが甘くなってくると、フォアボールも増えてしまう印象です。責任の五回ですが、このピンチ、ベンチは動くかどうか。バッターは九番、庭野メリーですが……おっと!』
先に動いたのはツナイデルスベンチだった。
『ここでツナイデルスはバッター交代です! 九番、庭野メリーに代わり……
黒ブタ系ギャルがノシノシとバッターボックスに向かう。
『鳥取は……どうやらシロ子、続投のようですね』
『外角打ちは技術力が必要すからね。シロ子の方が相性がいいと思ったんじゃないすか』
『シロ子ちゃん! お姉さん信じてるから!』
サンドスターズベンチの温泉水監督は動かない。キャッチャーのラコフに声をかけられて、シロ子は頷いて覚悟を決めると、投球を始めた。テンポよくカウントが進む。
『――……ここまで2ボール1ストライク。ドーラ、タイミングを計りますがバットは出していません。シロ子、カウント的にストライクを取りたいところです。さあ次のサインが決まりました。外角低めへのカーブ!』
ガキッ!
『高く上がりましたが――インフィールドフライ!? セカンドやや後方ですが審判のコールがありました、2アウト。ツメ助落下点構えて――』
ポテン
『こぼした!? 三塁ルーサー走る! ライトヤッタロー、バックホーム! 滑り込んだどうだ! セーフ! ツナイデルス先制! 1対0!』
『にぎゃああああ!』
砂キチお姉さんの悲鳴が上がる中、リプレイが再生される。
『ドーラが打ち上げてインフィールドフライが宣言されました。セカンドやや後方なので微妙なところですが、守備位置的に問題ないという審判の判断でしょう。これでドーラはアウト。そしてツメ助、落下地点に立ちましたが目測を誤っていた様子。ボールは背後に落球、それを見てルーサーが走り出します。カバーに来ていたライトのヤッタローがバックホームしますが、結果はセーフ。うーん、えらい、えらいわよルーサー!』
『お~、落球の可能性を考えてリード取ってたのはえらいじゃん? おかげで本塁に間に合ったと……ありゃ?』
リプレイがあけ、アジキが首をひねる。バックスクリーンには――顔をゆがめるイケメン・アルパカの姿が映っていた。
『えっ、ちょ、まさか……!?』
ツナイデルスベンチが再び動く。ルーサーがベンチから控室に消えていく。
実況陣が気もそぞろな間に、一番のマテンが凡打に倒れチェンジとなる。攻守交替。ツナイデルスのベンチから続々とグラブをつけた選手が飛び出していき――
『……選手交代です』
バックスクリーンからルーサーの名前が消える。
『ルーサーの負傷退場に代わり、キャッチャーは』
出遅れたにもかかわらず、のそりとゆっくりベンチからフィールドに足を踏み出す青い虎。
『……
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