山陰ダービー最終戦(1)
――5月26日。
『皆さん、お待たせしました! ケモノプロ野球、山陰ダービーこと、鳥取サンドスターズ対、島根出雲ツナイデルス、第26回戦――最終戦の応援実況を開催します!』
「ウオオー!」「勝つぞ勝つぞ勝つぞ!」
ナゲノの音頭に、観客が声を上げて応える。
『最終戦までもつれ込んでしまいましたね、スナグチさん』
『胃が痛いす。昨日勝っていればもうちょっと安心できたんスけど……』
『昨日の試合は惜しかったですね。キンタが打ち込まれてからの継投失敗という感じでした。対照的に、島根の
『だっねぇ。うまくラビ
スナグチが苦笑する横で、アジキがニマニマと笑う。
『どちらも負けられない戦いですね。島根は昨日勝って、伊豆が今日のデーゲームで引き分けたので勝ち星で0.5負けている状態。今日の試合に勝てば単独3位、引き分けは同率3位、負けると4位になります』
『おじさんドラフトってよくわかんないからさあ、順番より賞金の方が分かりやすいし、勝ちたいねえ』
『そして、もつれているのが首位争い。東京が昨日勝ったのでまたも首位が逆転しています。鳥取が優勝するためには、裏の試合で東京が引き分け以下であることが必要です』
『いやー……電脳さんにはがんばってほしいす』
『東京が引き分けの場合、鳥取が勝利でプレーオフ。東京が負けた場合は、鳥取が勝利で優勝、引き分けでプレーオフとなります。オオトリさん、プレーオフになった場合は?』
『あさって、28日の火曜日に試合を行います』
さすがに5連戦はケモノ選手も身が持たないだろうし、かといって次の週末を待つとファンには落ち着かない一週間になるだろうしな。
『できれば今日決着を、この場で見たいところですね。そろそろ試合も始まりそうです。球場の砂キチお姉さん?』
『は~い! みんなの砂キチお姉さんです!』
昨日負けた瞬間に崩れ落ちて動かなくなった人間とは思えないぐらい明るく、ネコ系女子が現れた。
『みんな、昨日は惜しかったね。でもお姉さん、諦めない気持ちって大事だと思う。だから、精一杯応援しようね』
言って、どこか明後日の方向を向いてメガホンを構えると――
『ガンバレガンバレ電脳! フレッフレッ電脳! はいッ!』
「「「ガンバレガンバレ電脳! フレッフレッ電脳!」」」
……まあ、自力優勝はないわけだから仕方ないな、うん。
『もちろん、サンドスターズも応援していきますよ~!』
『……はい、ありがとう。そうね、電脳もがんばってほしいわね。ちなみに東京対電脳の試合はこちらより早く始まっていて、今のところ三回裏、2対0で東京がリード中です』
『ヤダー! イヤー!』
じたばたと砂キチお姉さんが暴れる。
『えぇ……と。今日のスターティングメンバーから確認して行きましょうか。まずは先攻の島根出雲ツナイデルスから』
1 三
2 二
3 中
4 指
5 捕
6 一
7 遊
8 左
9 右
先発
『ベストメンバーですね、アジキさん』
『そーだね。何より捕手がルーサークンだから、おじさん安心してるよ』
『本当に』
ナゲノとアジキは深く頷きあう。
『下位打線は相変わらずですが、クリーンナップでうまく得点してほしいところです。では続いて、後攻の鳥取サンドスターズを』
1 中
2 遊
3 左
4 指
5 一
6 三
7 二
8 右
9 捕
先発
『こちらもほぼベストメンバーですね、スナグチさん』
『ナイルちゃんが疲労ということでベンチにいるぐらいすね。連戦だし、シーズンも最後なんで仕方ないかと。島根のタクトくんはいい投手だけど、ヤッタローと西伯ならやってくれると思ってます』
『マウンドには葉隠シロ子。投球練習が終わりました。――さあ、試合開始です! 果たして、勝利はどちらの手に!』
◇ ◇ ◇
『一回表。ツナイデルス、最初のバッターは灘島マテン』
顔の黒いイタチ系男子がススッとバッターボックスにやってくる。それをジトリとした不健康な目で見つめる、白いコウモリ系女子、シロ子。
『第1球――ズバッと外角低めストレート! 見送ってストライク!』
『いいすね。シロ子ちゃんはほんと外角投げるのがうまい』
『ボール一個分の出し入れができる投手ですね、今のはギリギリに見えました。さて第2球――ファール! これも外角低めへのカーブです』
『今のは入ってないかな。いやーほんと外角はうまいすね』
3球目。ラッコ系男子のラコフが出した内角へのサインに――シロ子は首を振る。何度かやりとりし、明らかに嫌そうな顔で投げたボールは。
『ボール。大きく上に外れました。1ボール2ストライク』
『……外角以外のコントロールがへたくそなのはなんでなんすか、オオトリさん』
『わからない』
外角以外に投げさせようとすると途端にコントロールが乱れるシロ子は、続いても外に大きく外していた。
『2ボール2ストライク。マテン、次を打つと決めている様子です。バッテリーの選択は……外角へのストレート。シロ子、投げた!』
ガッ!
『叩きつけたが一塁へのゴロ! サバノブうまく処理しました。1アウトです』
『いやー分かっててもあのコースをフェアゾーンに打つのは厳しいすね』
『打つには踏み込まないといけないけど、外角以外がノーコンだと難しいのかしらね……』
続くイブヤも内野ゴロに倒れ、2アウト。
『続いて三番、センター、草刈レイ。島根打線唯一の左打ちです』
サインを交換し、シロ子は不健康な目をギラリとさせる。
『――ストライク! 入ってました。
『いやー……左に対しても外角うまいすね。それなら外内使い分けてくれると助かるんすけど』
特定のコースに投げるのがうまいわけでなく、バッターから遠くに投げるのだけがうまい。それが葉隠シロ子だった。
『シロ子としてはなるべく早く2ストライクまで行きたいところです。第2球――』
投げられた球に、シカ系男子はグッとバットに力をこめる。
『――ファール! レイ、真ん中高めに浮いた球を好機と見て振りましたがボールの下を叩いてしまいました』
バックネットを揺らして落ちるボールに視線をやり、レイは顔をしかめる。
『さあこうなるとシロ子お得意の展開になってきそうです』
『はい、みんな~ご一緒に! はっばよせ! はっばよせ!』
砂キチお姉さんの音頭で、客席から「幅寄せ」コールが沸き起こる。
3球目――外角を見送ってボール。間髪いれずに、4球目。
『――ボール! レイ、スイングを止めて見送りました。2ボール2ストライク。先ほどよりボール半個分ぐらい内でしょうか』
『外角低めは分かってても打ちづらいんすよね。遠いから見極めもしづらいし。それがギリギリのところを突いてくるのは悩ましいす』
『徐々にストライクゾーンに近づけていく通称「幅寄せ」がシロ子の得意技です。コントロールがありますから3ボールまで遠慮なく投げてきますからね……さあ第5球』
外角低目へのストレート。レイは――
『――ボール! 見送りました。よく見た! ……ん?』
シロ子がベンチに向かって手を振ると、カピバラ系おじさんの
『これは……リク、じゃなかった。チャレンジです。サンドスターズ、5球目のボール判定に対してチャレンジを要求』
NPBでは「リクエスト」となっているが、ケモプロではメジャーにならって「チャレンジ」と呼んでいる判定のやり直し制度。現実ではビデオ検証などが行われるが、ケモプロでは試合全体の情報を参照できるメタAIにより裁定が下される。
『判定は……ストライク! 判定覆って三振、スリーアウトでチェンジです』
シロ子はフンッと鼻を鳴らしてマウンドを降りていく。
『「幅寄せ」三回の軌道はこうなります。うーん……幅寄せしてますね』
『こんだけキレーにできるならサ、他のとこにもうまく投げれるもんじゃないの?』
『そういう風に成長してほしいすねー』
『一回の表、ツナイデルスの攻撃は三者凡退に終わりました』
◇ ◇ ◇
マウンドにはくりくりとした茶髪のイヌ系少年が立つ。
『一回裏、サンドスターズの攻撃。島根の先発は森紀タクト』
「タクトくんがんばれ~!」
『声援ありがとうございます。島根の公式実況者としてはなんとしても鳥取打線を抑えてほしいところです。バッターは一番、センター、木橋カイリ』
『カイリちゃん、遠慮せず打っちゃって! お姉さん期待してる!』
ビーバー系女子がバッターボックスに立つのを、捕手のアルパカ系男子の高原ルーサーがちらりと見やり、サインを出す。タクトはこくりと頷いてから投球に入った。
『初球は――ストライク! いい所に入りました』
『調子よさそうすね』
『はっはっは。こっちも勝ちにいってっからねぇ』
カンッ
『打ちましたがショート正面! ニンジャ見習いクモン、丁寧に送球して一塁アウトです』
『いい感じじゃん。おじさん、安心して見てられるな』
『素直ないい子なのよね……キレのいいストレートを投げるし、変化球は一通り投げられるし、ルーサーもやりやすそうにしているし……本当に助かるっていうか』
『ルーサークンとの相性もいいんだねぇ』
『スタミナ不足なところがやや不安ではあります。今日はどこまで投げてくれるか。次のバッターです』
ラマ系のイケメンがバッターボックスに立つ。
『高原クニ耶。クギネちゃんからレギュラーを奪ってショートに定着しつつあります。その件でクギネちゃんファンから恨まれつつも、独自のファンを増やしつつある選手ですね』
『プレーにあまり差はない気はするんすけど、監督はどういう判断でレギュラー交代したんすかね、オオトリさん?』
『わからない』
どういう評価をしているのかは、監督の選択でしかわからないし。確かに言えることは、今日の監督はクニ耶を選んだということだけだ。
『初球は内角へのシュート。低く外れてボール。2球目は外に――これはわずかに外れたか、ボールツー。連続してボールですが落ち着いています』
ルーサーの思考では想定通り。タクトもそれを信じて投げている。
『第3球は低めにストレート――』
カンッ!
『! あぶ――』
パシッ!
『――っな、っと!? 捕った! 捕っている!』
マウンドに倒れていたタクトが、不思議そうな驚きの顔でグラブを掲げ、アウトが宣告される。
『タクト、ピッチャー返しを避けるついでに捕ってしまいました! 2アウト!』
『おおっ、すごいすねこれは』
『おお? 捕れちゃうもんなの? どうなのよアキィ』
『投げてちゃんとした体勢に戻ってないうちに、短距離を飛んでくる打球を捕るとかスーパープレイすよ。これは敵ながら拍手すね』
スナグチに言われるまでもなく、客席から自然と「ナイスキャッチ!」と拍手が沸いていた。ケモプロ内でも大きな歓声が起き、ルーサーがタクトに声をかける。その様子に、タクトは顔を赤くしながらマウンドに立ち上がった。
『これは勢いづく好プレーでした。波に乗って三者凡退と行きたいところです。続いてのバッターは三番、レフト、赤城八太郎!』
タヌキ系男子が早足でバッターボックスに入り、バットの頭をくるくると回す。
「ヤッタロー!」「打てよー!」「ヤッタロ、ヤッタロ!」
『サンドスターズのドラフト一位、そのプレースタイルから早打ちヤッタローと呼ばれながらも、非常に高い打率を保持しています。初球、ストライクコースなら確実に振ってくるヤッタローです。初ストライクをどう取るかが問題ですが……』
ルーサーは内角のストライクコースを指示する。迷いなく頷くタクト。
『初球から勝負を選択! 今日のタクトなら行けると踏んだのか? タクト、振りかぶった!』
……パンッ!
『空振り!』
「うおおおお!?」「マジか!」
『真っ直ぐ糸を引くようなストレート! 本日最速、147キロ! 自己ベスト更新です! いやあ、初球空振りをするヤッタローは珍しいわね! 少なくとも振れば当ててくるのに。今日はタクト絶好調かも――ん?』
ナゲノが首をかしげる。
ルーサーからの返球を受け取ったタクトが、グラブを見て何か長々と考え込んでいた。
『えっと、これは……あ、ルーサーがタイムをかけてマウンドへ』
ルーサーがタクトを問いただし、タクトは首を横に振る。しかしルーサーはグラブを外すように指示し――しぶしぶタクトはそれに従った。
『うわっと、これは……』
『痛そうすね……』
赤く腫れ上がった手を見たルーサーは、一言二言交わした後、審判を呼ぶ。
『タクト、左手の負傷で降板となります』
『ありゃりゃ。まっ、あれは痛いんじゃないの? むしろナイスガッツだね』
歩いてベンチに向かうタクトにアジキが拍手をすると、客席からも「よくやったぞ!」「しっかり治せよ!」と声が飛ぶ。
『えー、不幸なアクシデントでした。とにかく、ツナイデルスは選手交代ですが……』
『それで、交代は誰がいるのかな?』
『……中継ぎ陣でロングリリーフできるのはラビ太なんだけど、昨日も結構投げてるから、さすがに今からは難しいわね。中継ぎ陣を継投していくか……あるいは……』
ナゲノが悩んでいる間に、スコアボードの名前が変わる。
そこに記された選手は――球団職員に連れられて、こくりこくりと舟を漕ぎながらベンチにやってきた。
『……先発陣から誰か、ってことになるけど……確かに一番休養が取れてるけど……よりによってあなたなの……?』
胴の太いネズミ系女子――
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