データセンターの女神

「――……ということで、フジガミと一緒に野球を見てきた」


 野球観戦後の夜。VR空間内で報告会を行う。ちなみに家の中からは作業場だったり自室だったりと、各々バラバラに好きな場所からアクセスしていた。……全員作業場でVRヘッドセットかぶると動いたときに危ないしな。


「試合が終わった後、久々にいいものを見たとめちゃくちゃ感謝されたぞ」

「ムフ。誘って正解だったね!」


 ライムがヒツジ型アバターに雲のような笑顔を浮かべさせる。


「なんだかんだいっても、印象の悪い人とはお仕事したくないし、印象のいい人とはお仕事したくなるものだからね! これで今後のお仕事も期待できちゃう?」


 それで贔屓するような人間には見えないが……仕事をするなら気持ちよくやりたいものだな。


「リアルの野球もいーけどな、こっちはこっちで山場なんだから忘れんなよ」

「もちろんだ。ケモプロの話でも盛り上がったぞ。優勝争いが続いていて目が離せないと」


 渋滞に巻き込まれたタクシーの中では、延々とどちらのチームが優勝するか議論した。最終的には運転手にケモプロを布教する流れになったが。


「野球好きの運転手でな、プロのオフシーズンには是非追いかけたいと言われたんだが……」

「何かあったんスか?」

「ラジオでは流していないのかと聞かれた。スマホで見れることも伝えたんだが、適度に道路情報とかニュースが挟まるラジオの方が、職業上助かると」


 好きなコンテンツに集中しすぎないように、ということらしい。


「ラジオねェ……広告収入の低下で厳しいとかは聞くが。つか、最近タクシーで流してるとこ聞いたことねェぞ?」

「客から『うるさい』とクレームが入るそうで、客を乗せるときは事前に消すそうだ」

「おぉ……世知辛いッスね……」


 なんでも、そもそもラジオを装着していないタクシーなんてものもあるらしい。さすがに行きすぎな気がするが。災害時の情報収集ツールを減らすのはどうなんだろう?


「んー。みんながやってくれてる配信を音声だけにした視聴サイト作れば? って思ったけど、ニュースを挟むのは難しいね。ラジオ局に話を持ち込んでみよっか?」

「システムにいろいろ注文つけられるんじゃなきゃ別に構わねェが」


 ミタカが肩をすくめて言う。……CS生放送は大変だったからな。前日までドタバタと。


「けどよ、オマエやってる余裕あんのか?」

「んー……この状況だとシーズン終了してからかな~。ケモプロの盛り上がりはすごいけど、正直できすぎだよ。八百長とか調整とか、去年よりは言われてないけどさ」


 残り8試合で二位とのゲーム差1.5。上位チームが全敗すれば、四位までは全勝による優勝がありえるもつれっぷりだ。さすがに三位、四位からの優勝はなさそうではあるが。


「おかげでやることが多いよね。タカサカおじさんも、また優勝セールと準優勝セールの両方を準備しないといけないって嘆いてたよ。さすがにゴールデンウィークとかぶらないだけマシみたいだけど」


 去年はゴールデンウィークのセールが終わってすぐ準優勝セールだったそうだからなあ。


「鳥取はどうだ?」

「急遽応援ツアーの定員を増やしてるよ! やっぱり最終日の25、26日が土日ってこともあって申し込みが多くて、スナグチさんは最終日までもつれこんでくれ~ってお祈りしてるらしいよ」


 その前――前半4回戦で東京全勝、鳥取全敗ということになったらそれで優勝決定となる。そうなればツアーのキャンセルもありえるかもしれない。元々は優勝争い関係なく来てくれるファン向けのイベントだったそうだが、この状況ではそうも言っていられないだろうし。


「いずれにしろその増員が実績となって、継続に繋がってくれるといいな」


 鳥取がオーナーを続けるかどうかは今も微妙なところだ。アメリカ出発前に俺が出向いてスナグチと一緒に『上のほう』に説明をしてきて一旦溜飲はさがったのだが、油断は出来ない。


「大丈夫だって! 砂キチお姉さんとか、ファンも盛り上がってるし!」

「砂キチお姉さん、仕事休んでここから優勝まで全部実況するらしいッスね」

「え。すごいね……大丈夫なの……?」

「これであっさり東京が優勝したら笑えんな」

「いやぁ、今年は鳥取も強いッスよ。ヤッタロが入って打線が……――」


 ケモプロ談義に花が咲く。外から見れば話が脱線しているかもしれないが、自分たちの作ったコンテンツに興味を持つことは大事だ。……そういう難しい理由をなしにしても、楽しいしな。

 議論は続くが東京と鳥取、どちらが勝つかは意見が割れる。やはり、東京が島根に何勝するかがポイントか……。


「……? ニャニアン、どうした?」

「あ、イエ」


 一人だけ話に混じらずスマホに目を落としていたニャニアンは、声をかけるとスマホにロックをかけて顔を上げる。


「なんでもないデスヨ」

「そうか?」

「オ、そんなに気になりマス?」


 ニャニアンはニヤッといたずらめいた笑みを浮かべる。


「それじゃダイヒョー。来週ちょっと付き合ってクダサイヨ」


 ……来週?



 ◇ ◇ ◇



 5月24日。


 俺はニャニアンと久しぶりに都内のデータセンターを訪れていた。


「ダイヒョーは何ヶ月ぶりになりマス?」

「ここは二つ目のデータセンターだから……」


 一番最初のデータセンターは、ニャニアンが仕事を請け負っている会社が借りていたラックの余りを使わせてもらっていたところ。そこからここまで、ニャニアンと首都高を使ってサーバーを運んで移設した。……あれはひどかったな。なぜ首都高を選んだのかと今からでも問い詰めたい気持ちでいっぱいだ。


「……あの後一回だけディスク障害で交換しに来て以来だから、1年以上来てないぞ」

「アー、それじゃ生体認証の期限が切れてマスネ」


 静脈の登録しなおしか。指を赤外線で透かしてその血管のパターンで認証する仕組みらしいんだが、どうも血管が細いのかなかなかうまく登録できないんだよなあ。


 案の定、受付で静脈登録をするのに手間取る。


「これだけ苦労して今後来ないのかと思うと、やるせない」

「ハッハッハ。マァマァ」


 ケモプロのサーバーはすでにここにはない。去年の秋、専門の業者に依頼して北海道のオニオンインターネットが運営しているデータセンターに移設した。ニャニアンは他の会社から請けている仕事の関係でまだまだここに来ることはあるらしいが、頻度は減ったと言う。


「それに来年の秋になったら、ワタシも来ないデスケドネ」

「来ないというか、潰れるんだろう、ここ」

「オー、人聞きの悪い。施設老朽化に伴う移転デスヨ、移転。引越し先はちゃんと提供されてマスカラネ?」


 話しながらやってきたのはデータセンター内の大会議室。すでにたくさんの人が入っていて、端に寄せられたテーブルから飲料を取って、あちこちで固まって談笑していた。……スマホやノートPCとにらめっこしている人も多いが。


「ニャニアンさん、お久しぶりです。今日はご協力ありがとうございます」

「ナンノナンノ。ア、こちらワタシの会社のダイヒョーデス」

「KeMPB代表社員のオオトリユウです」

「今日はお忙しいところありがとうございます。是非一度ご挨拶させていただきたくて」


 データセンターの会社の営業担当と名刺交換。すると、周辺でザワザワと声が起こった。


「あれがKeMPBの……」

「アイツのせいでニャニアンちゃんが来なくなって……」

「データセンターの女神が……癒しが……」

「囲い込み……うらやましい……」


 ……ニャニアン、人気みたいだな。


「あー、その、来年はここが終了して新しいデータセンターに移転すると聞いたのだが、引越しの方は順調ですか?」

「おかげさまで、早め早めに対応してくれている会社さんが大多数なので」


 営業担当は笑顔で頷き――溜め息を吐く。


「……問題はそれ以外なんですよね」

「と言うと」

「新データセンターの建設計画が立つ前から移転は告知しているんですが……ラック契約時には必ず説明していますし、受付でもポスターをご覧になったでしょう?」


 見た。新しいデータセンターの外観とか設備の写真があって、そこへの移転を早く申し込んで実施してくれという内容だったな。


「それでもまだ何もされてない契約者さんがいくつか……メールでもはがきでも通知してるんですが、電話は繋がらず連絡が取れないような会社が……」

「それは……そのままだとどうなるんですか?」

「モノがモノですので、おおっぴらには言えませんがある程度は締め切りを延長して延命をしますが……最終的にはまずネットワーク断、次に電源を落とし、現物を倉庫に保管、それでも何も連絡がなければ廃棄となりますね」


 サーバーはモノによっては人の命に関わるインフラを支えている場合があるので、強硬手段はとりにくいのだという。


「連絡が取れないということですが、毎月お金は払っているわけでしょう。それなのに?」

「それなのにですね。期限が迫ってきたので徐々に費用を値上げしているんですが、それでやっと連絡してくる会社もあれば、それでも連絡してこない会社もあり……」

「……払っているのに?」

「ええ。値上げした分きちんと払っているのに」


 どういうことなんだ。


「……サーバーは何事も起きなければ意識しないから、それで放置しているとか」

「それが障害対応とかは業者さんに依頼してやってるんですよね。業者を捕まえて移転の件を依頼主に伝えるように言ってはいるんですが、効果なく……」


 業者も言うだけなら言ってくれているかもしれないが、説得するような義理はないだろうしなあ。


「そのうえ、引越しでラックが空いたなら少しの間でもいいから置かせてくれ、なんてところもありましてね。さすがに新規はお断りしてますが、大変ですよ。ははは……」


 その置いたサーバーが音信不通にならないとも限らないものな。


「オ。ダイヒョー、そろそろ始まりそうナノデ、行ってきマス」

「わかった」

「いや、ニャニアンさんに来ていただいて本当に助かりますよ」


 今日この大会議室で何をするのかというと、サーバーセキュリティ関係の勉強会だという。ライトニングトークという、5分の持ち時間で短い発表をする形式で、ニャニアンいわく気軽なイベントだそうだ。


「勉強会に来てよかったんだろうか。参加費も払っていないが」

「懇親会の側面の強い催しですので、気にしないでください。ここの会議室を使う機会も減ってきましたので、こういうイベントで貸し出してこれまでお世話になった皆さんにお返ししよう、という意図でして。まあ、ニャニアンさんが出る、と告知してから参加者が急に増えましたけどね。ははは……」


 人気者だな。


「それはそれとして、一応、政府の関係者も興味を持っていただいて視察に来られる予定なんです。後でご紹介しますよ。今は……まだ来てないようなので」


 見回してもそれっぽい人はいなかった。ちょっと目立つのは外国人がちらほらいるところぐらいかな。


「あ、ニャニアンさんの番ですよ」

『アーアー。ミナサン、コンニチワ。ニャニアン・セプタ、日本人デス!』


 マイクを持ったニャニアンが持ちネタを披露すると、この日一番の拍手が鳴る。これまでスマホやノートPCを見ていた人も、壇上に目をやっていた。


 発表は5分。専門的な内容で俺にはよく理解できなかったのだが、集まった人たちには好評だったらしい。持ち時間の発表が終わった後、質問が何件か行われ、発表の倍以上の時間が費やされた。


『もうないデスカ? ないデスネ? ハイ、それじゃ以上デス。ありがとうございマシタ!』


 拍手と共に、ニャニアンが壇上から降りてこちらに向かってくる。俺も拍手で迎えると――ニコニコとしていたニャニアンの顔が、ビタリと凍りついた。


「?」


 目線は俺より後ろ、入り口のほうへ。顔をそちらに向けると、二人の男が立っていた。一人はスーツを着た日本人の男。もう一人は……やや色の濃い肌の、アジア系の中年男性。それが満面の笑みで拍手し、こちらに向かってきている。


「ああ、いらっしゃったようです」


 営業担当者が二人に近づいていく。日本人の方が政府関係者のようだ。

 ではもう一人は何だろうな? と考えていると、俺の後ろで――足を止めて動かないでいたニャニアンが、ボソリと呟いた。



「――Shit」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る