接待野球
ゴールデンウィークは忙しかった。
世間的には10連休とのことだが、『ササ様と学ぶ野球』の再放送はあるし、総当り5連戦のゴールデンシリーズはあるし、その最終日はCS生放送。平成から令和にかけて、ケモプロファンには充実したケモプロ日和を過ごせてもらったと思う。
……俺はそのほぼ全てで、なんらか実況とか解説とか上映会とかイベントに出ずっぱりだったので、連休という認識はなかったのだが。
「サービス業とは得てしてそういうものだ。代表なら休みは自分で作りたまえ」
『連休はどうだったか』と聞かれたから答えたというのに、質問の主は当然といった顔で頷いた。
「気づいたらスケジュールが埋まってたんだ」
主にライムが埋めてた。……考えがあってのことだろうし、元ニート候補生としては休日の予定も特にないから構わないんだが、それでも多少疲れが残るイベントラッシュだった。
5月16日。
俺は再び霞が関にやってきて、髪をツンツンさせた公務員、フジガミと話をしていた。
「――……という経緯で、海外からのケモプロ導入の話は断らせてもらいたい」
「なるほどしっかりした理由のようだ」
報告会で話し合ったことを告げると、フジガミはゆっくりと頷く。
「若者の中にはアジア地域を毛嫌いするような者もいるがそういう理由ではなく判断したのなら口を挟むまい。しかしインドネシアについては私としても有力候補と考えていたのだがなぜ断るのかもう少し詳しく教えてもらえるだろうか」
動作に反して口調は早いな。
「イベント会社とのことだったが、調べてみても実績がよく分からなかった。現地に知り合いのいる社員とその伝手も使ったのだが、あまりに無名でな。企画したというイベントもそこまで規模が大きくないようだし、企業体力に疑問がある」
『やめときマショー』とニャニアンには言われた。『関わらない方がいいデスヨ』とも。
「私も話を紹介されただけで資料以上のことは知らないのだがなるほどそういうことなら仕方ないか。手間どらせて申し訳ない」
「ただ、他の案件……eスポーツのイベントに出展するとか、行政後援のイベントについては前向きに考えさせてほしいのだが……」
「こちらの言い出したことだもちろんいいとも。ケモプロには期待している」
フジガミは顔色を変えずに話し続ける。
「特に最近のペナントレースは去年に引き続き島根出雲ツナイデルスがキーになっているのが面白いと思う」
「確かに。4位だけど優勝争いに絡んでいるという、よく分からない状況になっているな」
ケモプロのペナントレースは残すところ8試合。
首位は東京セクシーパラディオン。それを1.5ゲーム差で追う、鳥取サンドスターズ。優勝争いをするこの2チームの直接対決はもうない。つい先日4連戦が終わって、2勝2敗で引き分けに終わっている。
三位は伊豆、四位に島根。ゲーム差は6.5と7.5。残り8試合ではほとんどひっくり返す余地がない。それなのになぜ、四位の島根が優勝争いに絡むのかというと――島根は次の4連戦で東京、そして最後の4連戦で鳥取と対決することになっているのだ。
「勝率的にやはり東京と島根では島根に分があるからそこで東京が首位陥落する可能性も高いだろう。いかに島根を攻略するかというところがポイントで実におもしろく目が離せない」
ちなみに他の試合は鳥取対青森、東京対電脳なので、ファンの間ではどちらも無難に勝ち越すと予想されている。やはり鍵になってくるのは島根だろうな。
「最近はプロ野球も若きスター選手のおかげで盛り上がっているがケモプロもそれに負けていないと」
「ああそうだ、プロ野球といえば」
今日は別件で同行していないライムに念押しされていたことを思い出す。
「フジガミはプロ野球を見に行く時間ってあるのか?」
◇ ◇ ◇
/ お昼の情報番組の1コーナー 2019年5月16日放送
『――……それではご紹介しましょう! 球界のニューヒーローこと、テンマダイチ選手です!』
『こんにちは、よろしくお願いします』
(練習用のウェアを来たテンマが、練習場で女性アナウンサーからマイクを向けられる)
『今期も投打に好調のようですね!』
『ありがとうございます。ようやくプロの環境に慣れてきた気がしますね。出場機会も増やしていただいているので、期待に応えたいと思っています』
『今日も先発出場とか!』
『そう聞いています。よく寝て調整しておきました(笑)』
『そんなテンマ選手にビデオメッセージがあるんですけど、見ていただいてもいいですか?』
『? なんでしょう。いいですよ』
(少し場面が飛び、イヤホンをしたテンマがワイプで表示され、別の人物が大きく映る)
『おはようございます!』
『どうも』
(女性アナウンサーにマイクを向けられ、背を丸くしてマイクにがっつり近づいてボソりと答えるサン)
『こちらは球界のお騒がせ選手こと、サンニンタロウ選手です!』
『基本無料の男』
(ピースをするサン。企画の意図を理解し、ワイプで苦笑するテンマ)
『今日は先発されるとか! 1年目にして先発に抜擢、大活躍ですよね!』
『そう? 普段は中継ぎだし結構打たれてるけどね。プロってやっぱ化け物ぞろいだよね』
『あら、結構自己評価は低いんですね?』
『被打率.250ぐらいだしね』
『そこまで悪くない数字ですよね?』
『あんたおれが被打率ランキング何位か分かんの?』
『えっ、えっと』
(テロップで先発投手ランキング13位、※番組調べ、と表示される。少し場面が飛ぶ)
『今日、相手チームはテンマ選手が先発だそうですよ! これで三度目の対決ですね!』
『二度目だけど?』
『えっ。でも3月と4月と……』
『オープン戦はただの練習試合だから』
『えぇ……じゃ、じゃあオープン戦でテンマ選手に打たれたのはノーカンなんですか?』
『おれに課金が発生するのは公式戦だけだし』
(テロップで『契約上、サン選手に出来高が支払われるのは公式戦のみ』と表示される)
『テンマがどうしても負けたくないならカウントしたらいいんじゃない? そしたらおれからの打率が.333になるし。入れないと.200だけど、何割打ったらテンマの勝ちなわけ?』
(場面がいったんテンマへのインタビューに戻る)
『とのことですが、どうでしょう?』
『チームが勝つことが第一だと思いますけど』
(苦笑するテンマ。映像が4月の対戦時のものに切り替わり、ナレーターが語る)
『4月のテンマ選手とサン選手の戦い。サン選手は先発、テンマ選手は指名打者での出場でした。気になる対決の結果は、テンマ選手の5打席1安打1打点。最後の打席がサヨナラタイムリーヒットとなり、試合は3対4で決着。サン選手の完投勝利とはなりませんでした』
(場面がテンマに戻る)
『そうですね……ちょっと正確なデータがすぐには出てこないんですが。ああ、オオムラさん!』
(テンマが手をあげて呼びかけ、カメラがぐいっと振り向き、バットを持って移動していたカナを映す。首をかしげて振り向くカナ。場面が飛び、二人が並んだ構図になる)
『ということなんだけど』
『……えっと、そうですね。規定打席の3分の1がおよそ試合数と同じなんですけど、それ以上打席に立っている選手は毎年70人程度になります』
『じゃあ言い方は悪いけど、上、中、下で分けるとしてトップ20までに入れば優秀な打者と言えるかな?』
『トップ20だと確か2割8分か7分ぐらいの打率だったと思いますよ。トップ10入りするなら3割は必要です』
『ちなみに2割ちょうどだと?』
『最下位に近いですね』
『なるほど。それじゃあ打率だけで考えると、オープン戦を含めないと僕はサン選手にしてやられていることになるね。オオムラさんありがとう、助かったよ』
『オオムラ選手はデータに強いんですね!』
『いえいえ、そんな。あはは……』
(場面がサンのインタビューに戻る)
『今日の試合は投手同士での戦いになりますね。この場合、サン選手が勝利投手になると500万円もらえるとか?』
『そういう契約だけど調べてないの?』
『えっと、では今日は勝ち投手の権利を得るのが目標と言うことでしょうか?』
『テンマが投げてる間はマウンドを降りる気はないから。まあテンマ次第だよね。去年の完投が一回だけだっけ? 過保護すぎない? スタミナだけは無駄にあるんだからバンバン完投させればいいのにさ』
『えっと、では完投勝利を目指すと』
『500万もらうならその方が気持ちいいでしょ』
『なるほど。えっと、最後にテンマ選手に一言あれば!』
(ギョロリ、とサンはカメラを覗き込む)
『この間は400万もおごってくれてありがとう。今後ともよろしく』
(ビデオが終わり、テンマに場面が変わる。苦笑するテンマ)
『ということでした!』
『いやぁ……これは気合を入れなおさないといけないですね』
『ではテンマ選手も完投を?』
『そこは監督が決めることですから。もちろん、投げきる自信はありますよ』
『頼もしいです! ところで、オオムラ選手はどうでしょう? 今日は出場はありますか?』
『えっ。ど、どうでしょう』
『打者としてサン選手へ興味は?』
『――そうですね』
(スッ、とカナのメガネの奥が暗くなる)
『左対右になりますからやっぱり角度のついたクロスファイヤーをいかに打ち返すかだと思います。スライダー、シュート、シンカーもありますし、バッターボックスに入った時の変化が独特だと聞いていますのでイメージと実際の差を埋めるところから……』
『なるほど、オオムラ選手も気合十分ということですね!』
『ッ、は、はい、そうですね』
『オオムラさんなら打てると思うよ。出場した時は援護をお願いしたいな』
『あはは……』
『以上、ニューヒーロー・テンマ選手でした! 果たして因縁の対決はどうなるのか!? 本日のナイターをお楽しみに!』
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