次世代部屋(後)

 ミタカは空のジョッキを見ながら言う。


「完璧な空中静止に、衝突回避。直ったドローンには、そんなもんがサラッと完璧に実装されてた。特にヤバかったのが衝突回避だ。壁にぶつからないのはもちろん、バット振り回して追いかけても撃墜できねェ」

「みなサン、落とそうとニョッキになってマシタネー」

「芋パスタじゃねーよ。ヤッキな。まァ、ここまでならいい。問題はその動画を撮ってアップしたバカがいるんだな。超回避ドローンとか言って」

「顔が隠されてたのだけが救いデスネ」


 ニャニアンが肩をすくめる。


「その日の夜デスヨ。次世代部屋で使ってるサーバーからアラートが上がって叩き起こされテ」

「サーバーが?」

「外部からアタックを受けてたんデスヨ。全然負荷が下がらないカラ、仕方なく外部との接続を物理的に切りマシタ。デ、攻撃元を確認すると――海外IPが盛りだくさん。一カ国じゃなくて複数。デモッテ、大部分が軍関係っぽかったデスネ」

「軍……軍隊からの不正アクセス?」

「何も不思議なことじゃねェ」


 ミタカは呆れたような得意なような笑みを浮かべる。


「ドローンは元々軍用に開発されたのが民間に回ってきたモンだ。敵地に侵入したドローンが撃墜されないための回避能力は重要だろ? 実はな、現時点じゃ投げつけられたボールを回避するだけでも研究室レベルなんだぜ。喉から手が出るほど欲しいだろが」

「不正アクセスするほどにか? たった一日で?」

「するほどにだ。爆弾抱えたドローンが銃弾かわして突っ込んできたらどうよ」


 普通に怖い。


「つーことで、メンバーを叩き起こして会議した。このドローンをどうするか? 破棄するか? 売り込むか? それならどこにだ? メンバーは多国籍だが? いっそ一般公開するか?」

「激論デシタネー」

「んで最終的に……全部なかったことにすることにした」

「なぜだ?」


 数年先を行く技術なら大金が手に入ったと思うんだが。


「デバイスにも革新的な部分はあったが、大部分の功績はツグだっつーのが開発に関わったメンバーの意見だ。でもって……この時ツグは参加してなかったんだが、まァ、ツグのことを考えて、破棄することに決めたんだわ」

「ツグ姉が不参加?」

「寝てて起きなかったし……ツグは優しいからな。善意で作ったものが人殺しの道具になりかけてたなんて知ったらショックだろうと思って、オレたちで勝手に決めた。だからこのことはツグは知らねェ」


 なるほど。従姉を起こすのは難しいからな。一度寝ている従姉を踏んでしまったことがあるんだが、その時もまるで起きなかったし。


「っつーことで開発に使ったもんは全部廃棄。ツグの書いたプログラムもテキトーな理由をつけて消させた。動画もフェイクムービーだってことにして消したな。撮影場所には念のため数日近づかないで……これで今んとこ同等性能のドローンが出たって話もねェし、逃げ切っただろ」

「いやー、大学の周りでスパイっぽい外国人を見かけてはヒヤヒヤシテマシタネ!」

「ま、あるいはオレたちの単なる取り越し苦労だったかもしれねェがな。実は軍とはなんも関係なかったとか、そういうオチでもいい。とにかくこんなことがあって、次世代部屋にみっつ決まりが追加された」


 ミタカは指を立てる。


「ツグが望まない開発には巻き込まない。少なくともツグがいる間は、この部屋で軍事技術に繋がる開発はしない。最後に、ツグの卒業後の進路を勧誘しない――まァ引き抜き防止だ。それぞれ国の違うヤツらの集まりだったしな」


 すべては従姉を守る為に、か。


「……つまり、フジガミは、海外の軍事産業に関わるなと言っているわけか?」

「そーゆーこったろ。日本の役人としてな」

「フジガミはそのドローンのことを知っていると?」

「いや知らねェだろ。知っててそういう話をするぐらいならとっくに市ヶ谷からお声がかかってら。そうじゃねェ。もう、見るやつが見ればわかってんだよ」


 ミタカは――目元を赤くしながらも真っ直ぐにこちらを見て言った。


「ケモプロの技術は軍事産業に転用できる、ってな」


 ◇ ◇ ◇


「ケモプロが……軍事技術に? 野球だぞ?」


 野球が戦争の代わりになるような平和な世界なら分からなくもないが。


「シミュレーターっつーのは軍事訓練で重要視されるモンでな。最近じゃVRを使った訓練も行われてる。実弾バカスカ撃ったり怪我したりするより、シミュレーションで訓練できるなら合理的だろ?」

「……それにケモプロの技術が使える?」

「リアルタイムのリアルな物理シミュレーションとしては、ケモプロは我ながら頭がおかしいレベルの再現率してるぜ」

「まじやべーデスネ」

「……物理エンジンってゲームで普通に使われているものだと思うんだが」

「ゲームで使う物理エンジンは、リアルタイム性と見栄えを重視してんだよ。じゃなきゃちょっとした段差に突っ込んだだけでフワッと車が浮いたりするわけねェだろ」


 そういえば、何か爆発を起こすと車が空を飛ぶような動画が上がってたりする。


「あとマジでリアルにするとゲームに不都合だかんな。マリオが自分の身長以下のジャンプしかしなかったら面白くねェだろ。リアルっぽい……FPS系のゲームだって、ジャンプとか落下はかなり現実より緩和してる」

「ケモプロで身長と同じ高さから落下したらかなりの確率で骨折シマスヨ」


 ジャンプしたら骨折するマリオは嫌だな。


「研究には真面目なシミュレーションが使われるが、これは一つの事象を時間をかけて計算するタイプだ。正確だが、遅い。ゲームには使えねェ」

「特に流体デスネ。液体、気体。リアルなシミュレーションはフツー、ゲームではやりまセン」

「ゲーム中の波とか水の流れとかはそーとー工夫して『それっぽく』見せてるだけだかんな」


 だが、とミタカは言葉を区切る。


「ケモプロは違う。クソ真面目に流体を計算して、温度、湿度がボールに与える影響まで再現してる。ミリ以下の影響しかないコリオリまで、モノが飛んでいくことに関してアホみたいにコストをかけて計算してる。そしてそのリアルさは――他のことにも流用できる。例えば、銃弾のシミュレーターとかな」


 リアルタイムにリアルな銃撃戦がシミュレーションできる。なるほど、需要はあるかもしれない。


「んでもって一番ヤバそうなのが、ケモノ選手の身体コントロールの技術だな」

「立ったり走ったりするやつか? それの何が」

「ロボットに応用できる」


 ロボ。


「普通の3Dキャラのモーションは、ロボットには適用できねェ。見栄えの為にいろいろ無視して立たせて動かしてるからな。だがケモプロの選手は違う。骨から筋肉、関節まで全部計算してる。コイツを応用すればおそらく――完璧に人間と同じ動きをするロボットができる」

「ハードウェアを作るのに滅茶苦茶お金はかかるデショーケドネ。デ、国家規模の予算を扱えるとこなんてだいたい決まってマシテ。そしたらその使い道というのも、ネ?」


 ……従姉の技術で軍用ロボットが生まれる?


「……な? 荒唐無稽な話だっつったろ?」

「しかし、現実味はあるということか」

「あるかも、と思われてるわけ。中国にソース渡すって話を却下したのも同じ理由だ。なァセプ吉」

「今でもケモプロのサーバーに攻撃を試みてる形跡がありマスカラネ。いろんなトコが。全部弾いてマスケド」


 ニャニアンは肩をすくめる。


「マ、物理的なセッシューをされていないカラ、あくまで『可能性』ってとこデショウ」

「だな。マジならとっくに何かされてら。フジガミって野郎が言ったとおり、どっかの国にくみしない限りは放置してくれんだろ」


 どこかの国のエンタメ以外――軍事産業に関わるなら、どうにかする。

 そういう警告だったということだろうか。……フジガミに聞いても答えてもらえそうにないな。


「フジガミの話の意図は分かった。ミタカもニャニアンも軍事方面に関わるつもりはないんだな?」

「ねェな。オレはゲームが作りてェんだよ」

「オタカツできなくなるなんてごめんデス」


 いやオタクの軍人とか結構いるとネットでは……まあ、それはいいか。それよりもだ。


「ドローンのエピソードを聞くと、今日家にやってきたロボット掃除機に不安を感じるんだが。あれは軍事技術に流用されないのか?」

「……今んとこ市販のロボット掃除機以下だから気にすんな」


 目をそらして言われても。


「市販のロボット掃除機は侵入者に威嚇したりするものなのか」

「顔認識技術を使ったちょっとしたお遊びだって」

「ツグ姉が賢くすると言っていたが」

「載せてるプロセッサもそんなに性能ないデスカラ、大丈夫デスヨ」


 あのロボット掃除機――皇帝に攻撃能力が身につかないか注意しておかないとな……。


「……話は分かった。ちなみに、ツグ姉は本当に何も知らないんだな?」

「まァな。それに知らせる必要はねェだろ。ツグは何も心配せずにゲーム開発をしてる方がいい。いくらプログラミングが天才的でも、それだけじゃ神ゲーは作れねェ。ゲーム開発ってのはセンスやバランス感覚が問われる総合芸術だかんな。課題は無限にあって飽きねェし、平和的でいいだろ」

「ハッハッハ。ツグサンが本気を出したら世界のパワーバランスが変わりマスヨ!」


 なるほど。


「あー喉渇いた。おかわり頼もうぜ」

「結構いい時間デスヨ?」

「もう一杯ぐらい余裕だろ」


 二人は店員を呼んで注文し、しばらくしてジョッキが運ばれてくる。


「すまないが少し電話してもいいか?」

「オウ」


 許可をもらって俺はスマホを操作した。


『も、もしもし?』

「俺だ。ちょっと仕事の相談があるんだが」

『うん』

「ツグ姉は軍事技術関係の仕事を請ける気があるか? 新兵器の開発とか」


「「ブゥ――――!」」


 酒を飲んでいた二人が噴き出す。汚いな。


『え、えぇ? 何、急に』

「いや、儲かるかと思って。ツグ姉にやる気があるか確かめようと」

『えぇ……兵器……っていうとミサイルとか?』


 うぅ~ん、と電話の向こうで従姉が唸る。ミタカとニャニアンは目を丸くして固まっていた。


『……えっと、ソーゴハカイなんとかで、兵器があるから平和が守られてるんだってことは分かってるんだけど……でもそれって結局、作ったものが使ってほしいようにだけ使ってもらえるわけじゃなくて……だから、そういうお仕事はちょっと……ううん。したくない、かな。いくら同志のお願いでも』

「そうか。分かった、断っておく」

『ご、ごめんね?』

「いや。俺もやりたいわけじゃなかったから大丈夫だ。では」


 通話を終了すると、脱力して机に身を預けるミタカとニャニアンがいた。


「オマエなぁ……」

「いや、万が一やる気満々だったら気まずいだろう?」


 やりたい仕事のチャンスを潰していたことになるわけだし。


「結果的に、全員の意思が一致していてよかったじゃないか」

「義務感に駆られてやるとか言い出したらどーすんだよ」

「義務感でやる必要はないだろう。やりたい人は他にもいるはずだから、その人に任せればいい」


 俺たちが無理をする必要なんてない。


「俺はケモプロを何十年と続けたい。ケモプロを豊かにするための副業は必要ならやるが、やりたくないことをやってまでとは思わない。もし――もしもケモプロの存続が危ぶまれるような状況になれば考えるかもしれないが……」


 二人の顔を見て、分かりきったことを訊く。


「……このメンバーが集まっていればそんなことにはならない、だろう?」

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