次世代部屋(前)
「まァ座れや」
ミタカとニャニアンに「帰るから駅まで送れ」と言われて、その言葉とは真逆にしばらく駅前を連れ歩かされて、個室のある居酒屋に連れ込まれる。ミタカは俺を座敷の奥に押し込むと、メニューを広げた。
「あー、オマエ酒はまだダメだったっけか?」
「誕生日は6月だ」
「オ、アスカサン、飲む気デスカ?」
「シラフでできる話じゃねェだろ。んなこと言ってるとセプ吉はアルコールなしだぞ」
「店員サン! ナマチューふたつデ!」
しばらくして飲み物とつまみが届き、特に音頭もなく口をつける。
「んで」
ジョッキを半分ほど一気に飲んだミタカが、肘を机につく。
「フジガミ、まァ日本の役所の職員が、ウチが海外のエンタメ以外の仕事を請けるなら連絡しろ、っつってきたんだったか」
「イルマからは、理由はツグ姉の友人に聞けといわれた」
「ワッハッハ。まさかまさかデスネー」
「どういうことだろうか? ライムも分かっている節はあるんだが」
「知らねェほうが精神衛生的にいい、ってェ言いたいとこだが」
ミタカはアルコールを帯びた溜め息を吐く。
「現実味も帯びてきたことだし、オマエは会社の代表だしな。むしろ知ってねェとダメだな。……はァ、酒飲ませてェ」
「なぜ」
「アスカサンったら恥ずかしいんデスヨ」
「うっせェ」
ガンッ、と机の下で音がして、ニャニアンが短い悲鳴を上げて静かになる。
「いーか。オレたちは荒唐無稽で取り越し苦労の話、そう思ってたんだよ。これまではな。だがどーやらマジになりそうだから、仕方なく話してやる」
「荒唐無稽……?」
「ツグとは大学で知り合った」
ミタカはどこか遠いところを見ながら言葉を続けた。
「一年の一学期の終わりごろだな。総合IT系のサークルにオレは入ってたんだが……あー、まァITに関係があれば好きにグループ組んでやっていいって感じのサークルな。ゲーム制作でも、Webサービス開発でも。まァ年功序列があって、後輩は戦力扱いされんだが。それでもそこそこデキるヤツが集まってたし、学ぶこともあったから大人しくやってたわけよ」
「ホー。アスカサンが大人しく?」
想像できないな。
「ハン。まァ多少煙たがられてたかもな。まー『実力主義』の看板だきゃ立ってたから、追い出されもしなかったが」
「暴れっぷりが目に浮かぶようデス」
「うっせ。んで、夏休み前だよ。TAがツグをサークルに連れてきてな」
「TA?」
「あー、ティーチングアシスタントな。院生が授業の補助したりすんだよ。んでTAがツグを、『優秀な子だから面倒見てあげて』ってサークルに入れてきたわけ」
ミタカは短く鼻で笑う。
「まァひと目見て『面倒見て』の方がメインだって分かったぜ。挙動不審だし、身なりもボサボサだったかんな。話聞いたらメシもマトモに食ってねェっつうし」
ひきこもり状態全開の従姉か。
「ま、それでも女子が来たってんでサークルの男どもはチヤホヤするわけよ。一見すりゃただの背がデカいだけの大人しい女だからな」
「オヤ? 女子のアスカサンはチヤホヤされなかったデスカ?」
「初日にやけに絡んでくるヤツがいるからぶっ飛ばして追い出した。むしろ感謝されたぜ? って、オレのこたいいんだよ。ツグの話な」
ニャニアンの煽りを受け流してミタカは続ける。
「男どもがツグにいろいろ教えたがるわけよ。大人しいから話は文句言わずに聞いてくれるしな。ただ聞くだけじゃなくて理系の話が通じるってのもあって、そりゃもう大人気だったぜ――3日ぐらいは」
「3日だけ?」
「オウ。結果的に、ツグが原因でサークルは2週間で壊滅したぜ」
どんなサークルクラッシャーだ。
「初めは……そう。ツグにプログラミングの課題を出したヤツがいてな。大方、もっと接点を作ろうとしたか、頼られようとしたのか……まァ不純な動機だろうよ」
「マウントを取りたかったってヤツデスネ」
「ところがツグが完璧以上の回答を翌日持ってきてな。そいつの面目は丸つぶれ。他の奴らは面白がってツグに色々教えようとして、全プロジェクトのリポジトリを見れるようにしてやって」
ミタカは肩をすくめる。
「3日で誰も話しかけようとしなくなったぜ。『教えてやるつもりがすぐに自分の底を知らされる絶望』、とか言ってたヤツもいたな。サークルのヤツらの知識なんかすぐに飲み込んで、解決できなかった問題に解答を示してくる。そんなツグに自分の小ささを知らされるのが怖い、とさ」
「ツグサンらしいデスネー。アスカサンは?」
「自分の作業があったかんな。知らん間にそんなことになってて、気づいたときにはサークル内でツグが孤立してて……近寄れなかったな。別に、イジメってわけでもなさそうだったし、関わらんとこ、って」
友達でもなければそんなものか。
「んでそれから1週間後だな。サークルの全プロジェクトのリポジトリにプルリクが飛んできて」
「プル……?」
「要するに『オマエんとこのプログラム直したから適用しろや』って要求な。オレのグループのとこにも来たから見たが、ヤバかったぜ。既存箇所は完璧なリファクタリングがされてて、未実装箇所も仕様書通りにできてる。『なぜか動く』とかコメントされてる箇所には完璧に理由が書かれてたりな」
「つまり?」
「ツグがサークルでやってた全プロジェクトのプログラミングを直して完成させた。うまくいかなくて悩んでいた部分も、課題として放置されてた部分も、全部だ。しかも元のやつより数倍早く処理が終わるようになってたりな」
ミタカは引きつった笑いを浮かべる。
「その日はサークルメンバーが全員集まってきて、ツグに質問攻めだよ。曲がりなりにも『オレはデキる』ってヤツらが集まったサークルだからな。『余計なことしやがって』なんて怒り狂ってたヤツが、ビルド終わって完璧に動いてる様を確認して無言になったり……差分見て自分の書いた部分がほとんど残ってなくて魂抜けてたりな。とにかく、圧倒的な能力を見せたわけだ」
「完成したならよかったんじゃないか?」
「ああ、まァな。ただメンバーのプライドはボロボロさ。バグの出ないデバッグをやって、サービスをリリースして……そういう後処理が終わった後は、ほとんど誰も来なくなったね。そのサービスも運用人員が残んなかったせいで、出来はいいのにメンテされずに終わっていったっけか」
それがサークル崩壊、ということか。
「ミタカはどうだったんだ?」
「オレはむしろツグに興味を持ったね。オレと同じぐらいの天才がいたぞ、なんて分不相応なことを思ってたよ。そもそもこのサークルには、卒業後のゲーム制作で必須になる組織的な開発進行の経験を積みに来ただけで、作ってるモノのレベルは低いと思ってたしな」
ミタカはジョッキを煽って空にする。
「誰も来ないサークル部屋にぽつんと座ってるツグに声をかけてさ。それが始まりだった。ツグの寮に乗り込んで一緒に開発をして……そのうちサークルを潰したことが知れ渡って、学校中からいろんなやつが話を聞きに来て。寮の部屋じゃ狭いから広いところを探そうっつって、サークル部屋を乗っ取って改装してな」
「オ? 『次世代部屋』ってツグサンが潰したサークルの部屋だったんデス?」
「まァな。んで、気づいた時にはいろんな分野の天才がやってきては情報交換をする場所になってた。お互いの分野を紹介したり、相談したりな。ま、そうでなくても普通にダベったり」
ニャニアンやミシェルもその部屋のメンバーだったっけ。
「そんな中でもツグは別格だった。みんなツグが目当てで来てたぜ。もちろんツグだって人間だから、苦手なジャンルはある。人文系は全然だったな。ただプログラミングに落とし込めることに関しちゃ誰もかなわなかった。理解して、組み合わせて、活用する。その速度と効率がヤバい」
「そうなのか」
そういえばケモプロの技術的な要素も、論文を読んで作ったとか言ってたっけ。
「……ヤバいんだぞ? わかってんのか?」
「プログラマーはツグ姉やミタカたちしか知らないから、なんとなくすごいんだろうなとしか」
「……次世代部屋の連中で競技プログラミング……プログラミングの技術を競うコンテストを開いてるサイトを冷やかしてみようぜってなったことがあってな。んでオレを含め当然全員上位に入るわけだが、ツグはその誰よりも早く解答を提出して満点の判定を取った。ぶっちぎりの1位だったぜ。なんせ」
ミタカは力なく息を吐いてから続ける。
「問題文を読んでコードを書く時間しかかかってなかったからな」
「……普通では?」
「凡人には『解法を考える時間』が必要なんだよ。問題にはコードを実行するための制限時間も定められてる。時間をかければ答えが出る、なんてコードじゃダメだからスマートな解法が必要だ。それを考えて、試行錯誤する時間が、ツグにはまるでなかった。全参加者をぶち抜いて最速通過した。競プロの定石も知らない1日目でだ」
「どこから提出するの~? とか言ってたのぐらいデスネ、微笑ましかったノハ。主催からは問題流出――不正アクセスか何らかのチートを疑うメールが来マシタシ」
「トップ常連のやつが2時間かかる問題を瞬殺すりゃ疑うのが普通だろ。説明するのもめんどくせェし、騒ぎになるのもツグが嫌がったから、同一IPからの提出は全部なかったことにしてくれっつって消してもらって手打ちにしたがな」
「なんとなくわかった気がする」
なるほど従姉はとんでもなく優秀なのだろう。
「……ところでさっき言ってた、人文系ってなんだ?」
「おま……まァ大学行かなきゃあんま触れねェか。文学とか宗教とか言語、歴史、心理学とかだよ」
「ケモプロみたいな、人間っぽいAIを作るには欠かせない分野デスネ」
「ツグ姉は苦手ということだから、ミタカがその辺をやってくれているのか?」
「まァな。とはいえオレは専門家じゃねェ。次世代部屋にその分野の天才がいてな、ソイツにいろいろ聞いてゲームに応用してるだけだ」
「それは初耳だ。ケモプロの開発に関わっている人が他にもいるということか? 何か報酬を支払わなくていいのか?」
「オマエは気にしなくていい。たまにメシをおごるのでチャラって話になってる」
「そうなのか。せめてお礼をしたほうがいいかと思ったんだが」
「イヤ」
ミタカはふいっと視線をそらす。
「……やめとけ。アイツとはちょっと会わせたくねェ」
「わかりマス」
ニャニアンに分かられてしまった。……気になるが、今は従姉の話か。
「次世代部屋ができた経緯は分かったが、それがフジガミの話とどう繋がるんだ?」
「あぁ、話を戻すか。とにかくいろんなヤツが集まってきてな。とはいえ、じゃあ何か集まってプロジェクトをやろうぜ、っていう感じじゃなかったんだわ。いい感じに刺激が得られる場所、みたいな? ま、それぞれ分野が違ったから、一緒にやれるようなモンもなかったわけだが」
「個性豊かデシタネ」
「だからこそツグって天才に潰されずにやってこれたわけだろーな。さっきの競プロの話も一部のヤツらで、全員じゃねェし、ほんと多種多様だった。……あー、んでだ。しばらくはその程度で済むような話しかなかったんだが――ある日、故障したドローンを持ち込んできたヤツがいてな」
ドローンというと……小型のプロペラで飛行する機械か。空撮とかに使われている。
「タダで貰ってきたって言ってな。面白いから直して遊ぼうぜって盛り上がった。せっかくだからモーターを強化しようぜとか、カメラも載せよう、とかな。当時のドローンってのはまだ飛ばして遊ぶだけでカメラ搭載されてなかったし」
「そうなのか。今じゃそういう機械って印象なんだが」
「あァ。空中に静止するとか、障害物を回避する機能だってなかったんだぜ。操縦者の操作に実直に従って、壁があってもぶつかってぶっ壊れるようなヤツだ。つか一度直した後、それで壊れたしな」
ニャニアンがこっそりとミタカを指している。なるほど。
「そんでもっかい直すわけだが――その時、ツグが機体制御システムに手を加えた」
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