誘致の条件
ケモプロのサービスを導入する。
つまりケモプロの新リーグを10億で自国に誘致する、という考え方だ。
「なるほどッス。……あれ? BeSLBってそんなにライセンス料払ってもらったんでしたっけ?」
「海外進出は初めてだったし、そこまでもらってないな」
BeSLB本体となるバーサも資金が潤沢というわけではなかったし、こちらも箔をつけたいという思惑があった。ライセンスを締結はしたが、一括でたくさん払ってもらうのではなく売上に応じて支払いをしてもらう形式にしてある。BeSLBが儲かるように、KeMPBも協力してやっていくことを約束した形だ。
「今回は一括ってことッスか?」
「そういう話になっている」
「ムフ。それで10億出してくれるんだから、ケモプロの価値も高まってきたよね!」
「BeSLBがあることが大きいだろーな。んで、どこの国の誰だよ、買いたいっつーのは?」
「まずひとつ目は」
フジガミから受け取った資料をめくる。
「韓国のゲーム会社だ」
「ホー。韓国デスカ」
「順当ってとこだァな」
ニャニアンとミタカが頷く。
「順当ッスか?」
「オウ。アメリカ、日本に次いで野球が流行ってる国だかんな。オリンピックでも優勝経験あるんじゃなかったか?」
「うんうん。観客動員数はMLB、NPBに次いでKBO、Korean Baseball Organizationが多いんだよ。韓国は2008年北京オリンピックで金メダルも取ったね!」
「あー、なんか聞き覚えあるッス、KBO」
社名を決めるときに「Kって韓国っぽい」という理由で調べたっけ。
「なるほど世界で三番目に観客動員数、つまり野球ファンがいる国ってわけッスね? なら確かに順当って感じッスね!」
「ネットも強いデスシネ。条件的にはバッチリデス」
「それでケモプロ導入にあたってこういう条件が提示されているんだが」
資料をミタカに渡す。それを見てミタカの眉間に皺がより始め、近くに寄った従姉とニャニアンも眉をハの字にした。
「……えっと、できなくはない、よ?」
「プログラム的にはな」
ためらいがちに言う従姉に、ミタカは頷く。
「まず、ローカライズしろ、っつーのは問題ねェ。つーか当然やる。ただそれ以外の要望が……」
「10億払うんダカラ、これぐらいヤレ、という感じデスカネ?」
資料にはかなり大量の変更要望が載せられていた。
「儲けたいっつー気持ちは伝わってくるが。選手に栄養課金できるようにっつーのは生臭くねェか?」
「栄養課金ってなんスか?」
「栄養って言うのはね! まだきちんとドラフト制度が整備されてなかった頃、プロ野球球団がアマチュア選手に『栄養費』って名目で入団前からお金をあげてたことがあるんだよ。要するに袖の下だね!」
「今回は応援したい選手に課金で強化アイテムを送れるようにしてくれ、という要望だ」
一時的に筋力が上がるとか、そういう効果をつけてくれという。
「えっと、つまり課金でドーピングするってことッスか?」
「ゲームのルールに盛り込むんなら、ドーピングがあってもいーけどな」
「えッ、いいんスか!?」
「そもそもなんでドーピングが現実世界のスポーツじゃ禁止されてるかっつーと」
目を丸くするずーみーに、ミタカは指を立てながら説明する。
「まず、というかこれが一番デケェとこだが、健康によくねェっつーことだな。通常時以上の力を出せるようにすんだから反動はあって当然だし、実際ある。次にフェアじゃねェってとこか。例えば『この試合にさえ勝てばいい』ってやつが体壊すほどのドーピングしたらどうよ?」
「次の試合のことを考えてる選手は勝ちづらい、ッスかね?」
「んじゃ対抗してドーピングするぜ、って流れになると、選手生命が全体的に短くなるわけだな」
「おぉ……行き着く先が地獄ッスね」
「最後に倫理面ですね」
シオミがメガネを直しながら言う。
「スポーツに薬物を使って挑む……というのが社会通念上好ましくないという」
「風邪薬がドーピングにひっかかるっつーのもあるけど、まァ極端な例だな」
「オ、倫理といえば、むしろ遺伝子ドーピングデスヨ!」
ニャニアンが手を挙げて言う。
「筋肉が増えやすくなるトカ、赤血球が増えるトカ、そういう遺伝子を導入スルヤツ!」
「改造人間ッスかね?」
「まァいくつか手段があるが、健康的にも倫理的にもマズいっつーのが現実世界のドーピングだ。ただ、ケモプロ……っつーかゲームに関しては、ゲームと割り切るんならあってもいい」
ミタカは口をへの字にする。
「強化アイテムとかゲームにはよくあンだろ。オマエもパワプロで一試合だけパワーの上がる謎のバットとか使うだろ?」
使うな。使っても勝てないが。
「あれもよく考えたらドーピングだろ。ペナルティは全くねェがな。つまりゲームでのドーピング、一時強化に関しちゃ、健康面の設定をしなきゃいいだけなんだよ。んで健康に問題がないなら、あとは倫理だが」
「フェア……じゃあないッスよね。人気のない、課金してもらえなかった選手は強化されない」
「弱肉強食っつったらそれまでだけどな」
課金されないような選手は淘汰する、というのが向こうの主張だ。
「ハッハッハ。先にドーピングの件を見ると、課金して神風を吹かせるってアイテムが優しく見えマスネ」
課金すると球場の上空に追い風やら向かい風が吹かせられるらしい。同時使用された場合は、課金額が高いほうが優先されるとか。
「まァなんつーか、いろいろ金儲けの手段が考えてあンな。逆に感心するぜ」
「これは着せ替え……選手着せ替え機能? ユニフォームのデザインをカワイクしてほしいとかじゃなくて? はぁー、ユーザー側の視点で反映ッスか……」
「ゲームならではの発想デスネー」
提案されている内容はまだまだある。しばらく内容を話し合い、ようやく最後の提案まで行って確認を終える。
「……と、これで全部だな」
「なんというか、すごくお金儲けに本気だって感じだったッス。……ちょっと疲れるぐらい」
「まァ、儲かるだろうなって感じはするぜ。悪くはねェ」
ただ、とミタカは言葉を区切る。
「ユーザーが課金疲れしねェかどうかが気になるな。短期間なら儲かる気はすっけどよ」
「でも、能力のドーピングしても、結果は確実じゃないから……怒られるかも?」
「この件、やるってんならオレからの提案は一つだ」
「なんだろうか」
「鎖国しろ」
やはりそういう結論になるか。
「この仕組みを入れて長続きする気がしねェ。韓国じゃうまくいくかもしれねェが、日本人向けじゃねェだろ。オマエの目標は何十年と続けることだろ? なら、韓国独自仕様、選手の交流もナシって感じに鎖国しねェとダメだ。選手がドーピング前提の学習をして汚染されッからな」
「KeMPBとBeSLBでも、条件は同じにしている」
アマチュアリーグの仕組みに多少違いはあるが、それ以外は何も変わらない。
「それなのに交流をしない、条件の違うリーグを入れるのはおかしいと思う。向こうの提案内容にも交流戦のようなイベントが盛り込まれているし」
「そうだよね~。せっかく3ヶ国目ができるなら、交流戦もやったほうが盛り上がるし? ワールドシリーズをのけ者にするのは違うよね~」
「それにいくらゲームを鎖国したところで情報は入ってくる。お互いの違いに不満も出てくるだろう」
「んじゃどうすンだよ」
話し合って結論が変わらないなら、用意していた答えも変わらない。
「韓国は市場として魅力的だが、今回の相手会社からの提案はケモプロの寿命を縮めるものだと思う。着せ替え要素も、服まで判定に関わっているケモプロにはそぐわない。だから――断る」
沈黙が降り、ミタカとライムが肩をすくめる。
「ま、しゃーないわな」
「だね。ケモプロが長続きできないなら本末転倒だし?」
エネルギーに満ちていた提案ではあったんだが、方向性の違いというやつだな。
「今回話をくれた会社とは縁がなかった、ということだろう」
「まァ何件かあンだろ? 気を取り直して次行こうぜ。もう韓国はねェのか? 別の国か?」
「韓国からはこの一社だけだ。次は」
資料をめくる。
「ちゅうご――」
「ねェな」
「ないデスネ」
………。
「中華人民共和国だ」
「いや正式名称で言い直してもねェからな? 無理だろ、中国は」
「なんでだ? 中国の人口は日本の十倍ぐらいあって世界一位だろう。市場としては大きいと思うから、検討ぐらいしてもいいと思うんだが」
「確かにでけェ市場だよ。ネットの普及率もかなり上がってたな。いくらだっけ?」
「55%ぐらいデスカネ」
「んじゃまァ、ネット人口はだいたい7億人ってとこだな」
日本の総人口なんて比べ物にならないな。
「けどよ、人が多いだけじゃダメだろ。中国で野球が流行ってるなんて聞いたことねェぞ?」
「んー、プロリーグはまだないね。アマチュア1リーグがあって、政府にプロとして認めてもらおうって段階? 普及しつつある、東京オリンピックに向けて力をつけつつある、ってフジガミさんは言ってたけど」
「プロリーグもない国じゃ、人気も推しがしるしデスネ」
「推して知るべし、な。まァ野球人口のことを置いといてもだ。まずでけェ疑問がある」
ミタカは手のひらを上にする。
「キンタテがあるのに、どーやってケモプロの存在を知ってコンタクト取ってきたんだよ?」
「……キンタテ?」
「グレートファイアウォール。簡単に言うと、国家規模のインターネットフィルタリングシステム、デスカネ」
「アスカお姉さん、それを言うならキンジュンだよ。金の盾と書いてキンジュン」
「うっせェ、いいんだよキンタテで」
「それでキンタテがあると何が問題なんだ?」
「キンタテでケモプロは弾かれてんだよ」
……弾かれる?
「フィルタリング、ということだから……中国からはケモプロにアクセスできないということか? 何でだ?」
「何でってそりゃあオマエ」
ミタカは神妙な表情で言う。
「プニキがいるからだろ」
「……プニキが?」
「いるだろ、黄色い熊」
いる。今年のドラフトの目玉。百森農業高校の
「中国ではプニキは禁止されてんだよ。お偉いさんがプニキのことをすこぶる嫌いらしくてな」
そんな理由で禁止されるようなものだろうか?
「現に中国のIPからケモプロへのアクセス、ある時期を境にパッタリなくなったかんな」
「突破する手段はいろいろあるみたいデスケドネ、キンジュン」
「ムフ。たぶん中国の人がケモプロを知ってるのは、『ササ様と学ぶ野球』のおかげだよ! あれは普通に中国でもネット配信で見れたからね!」
なるほど。ササ様にはケモノ選手は出ていても、プニキっぽい選手は出ていなかったな。
「それにしてもプニキだけで……」
「プニキが原因じゃなけりゃ、同性愛だな。そういう要素があるコンテンツ、特にBL系は規制が厳しいかんな」
ケモノたちは結婚相手に必ずしも異性を選ばない。いろいろな理由から同性と結婚することを選択するものもいる。
「なんで規制されてるんだ?」
「そういう方針なんだろ」
国それぞれの考え方があるということか。まあ日本でもたまに問い合わせフォームから、滅茶苦茶な文章でそういった要素を批判してくる人もいるしな。逆に『ぜひ今度こういう集まりがあるので講演してくれ』とかいう運動家からの問い合わせもあるが……。
「なるほど。話を聞いて、要望書に書かれている内容に納得がいった。どうして『ケモノを人間化してくれ』とか『完全に独立したリーグにしてくれ』とか書いてあるのかと思ったんだが……」
「オイ。その条件じゃ最初っからありえねェだろが」
「いちおう聞いておこうと思って」
要望の書かれた書類を渡す。韓国からのものより薄いそれをめくって、ミタカは眉間に皺を寄せた。
「ソースを売れだァ? それで自分たちで勝手にやるって? ねェわ」
「ナイデスネ」
ニャニアンもきっぱりと即答する。
「ソースを渡すのだけは絶対ねェ。以上だ」
「そうか。渡すだけで10億ということだからいちおう検討してみようと思ったんだが……」
「ダメだ」
ソース。ゲームの設計図。それだけは絶対に渡さないという。いくら機密保持契約をしてもダメだと。
「わかった、忘れよう。あまりに話がうますぎて、何か裏がある気もしたしな」
「ソーデス。ウマい話にはウラがあるもんデスヨ! ホラホラ、他にはないんデスカ?」
「あと一カ国かある」
資料をめくる。
「たぶん作業量も少なく対応できると思うんだが」
「ホウ。どこデス?」
問われ、答えると――ニャニアンはぴしりと硬直した。
「――インドネシアだ」
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