炊飯器と報告会
4月25日。
家に帰ったら、炊飯器が床を自律走行していた。
「ケイコク! シンニュウシャ、ハッケン!」
しかも喋ったし不審者扱いされた。さらに何かものすごい風切り音を立てて威嚇された。
「いや、俺はここの家に住んでいる者なんだが」
風切り音がすごい。
「おっ、ちゃんと動いてんな、よしよし」
その音を聞きつけてかミタカがひょいっと顔を出す。いや、よくないが?
「なんなんだ、これは」
「まーチト待て。今登録すッからよ」
「先輩、お帰りなさいッス!」
ミタカがスマホを弄る間に、後輩が出迎えてくれる。謎の炊飯器型の何かは、まだうるさい。
「うし、登録できたぜ」
炊飯器型の何かが、スンッ……と唐突にうなるのをやめて、くるりと方向転換すると、キュラキュラキュラ……と部屋の中に去っていく。
「なんなんだあれは」
「オモチャだよオモチャ。見たことねェの? ロボット掃除機」
掃除機だったのか。炊飯器かと思った。
「ロボット掃除機というのは、もっと平べったいものだと思うんだが」
「マ、ベースにしたのは背の高い機種だかんな」
話しながら家の中に入る。作業場には既に全員が揃っていた。
「二人とも、あの掃除機を届けるために来たのか?」
「ついでだよついで。報告会やんだろ? んじゃそのついでに持ってこようってな」
「ワタシも動くところが見たくて来マシタ」
ニャニアンが頷く。炊飯器……ロボット掃除機はダイニングの方をウロウロしていた。
「結構前に会社……前までオレが外注で入ってたゲーム会社な。そこの懇親会でやったビンゴの景品でもらったンだよ。ちなみに新品じゃなくて中古な」
「そういうことならミタカの家で使えばいいんじゃないか」
「家具にめちゃくちゃ体当たりされて、PCもそのせいで電源落ちたから一日しか動かしてねェ」
止めないといけないんじゃないかあのロボット掃除機。
「んでそれからずっとしまってたんだけどよ。広いフロアのある家を借りるって話になったろ? そこでコイツの存在を思い出してな。ここで有効活用しようと思ったわけよ」
「掃除なら俺がしてるぞ。それに家具に体当たりされるのはここでだって困る」
「わあってるっつの。その辺の問題は解消済みだから安心しろ」
「解消済み……というと?」
「アイツはハックしてある」
……四苦八苦?
「アレ、ハードの基礎スペックはあんだが、ソフトが弱いのが問題でな。んだから、ハック――改造して制御ソフトウェアをこっちでいじれるようにしたわけよ」
「バッチリ保証対象外になりマシタ!」
「ムフ。ベースのモデル、4年ぐらい前のだから保証期間とっくにすぎてるよね」
「んだからオモチャだっつーわけよ。好きなようにいじくりまわしていいオモチャ。元手はタダだしな」
なるほど。オモチャだと言う理屈は分かった。
「それで改造をしたと」
「最初は制御系をハックするだけにしようと思ってたんだけどよ、ムッさんに相談したら色々付け足されてな。ここ、別に下にもぐりこんで掃除するような場所ねェだろ? だから背を高くしていろいろ突っ込んである」
「ミシェルか」
HERB Projectの最高技術顧問。従姉の大学時代の友人のミシェル。忙しいと聞いていたが……。
「大学じゃこーゆー遊びは日常茶飯事だったかんな。なァ?」
「デスネ。懐かしかったデスヨ」
「わ、わたしも、楽しかった」
従姉も関わっているのか。と俺が見ると、従姉は体を縮めて上目遣いする。
「えっとその……飼っちゃだめ?」
犬猫じゃないだろう。
「まだちょっとぶつかっちゃうかもだけど、ちゃんと賢くしていくから……」
「便利な掃除道具が増えるということだよな? 別に構わないぞ」
「よかった~」
ガン!
「イテ」
……ダイニングの方で机の脚にぶつかったらしい掃除機は、少しコミカルな悲鳴を上げて、キュラキュラと方向転換した。
「……だ、だいじょうぶ。ああいうの、自分で学習していくから。ね?」
「……学習してぶつからないようになるならいい。ところで何度か喋ってるんだが、ロボット掃除機ってああいうものなのか?」
「日本メーカーの出してるのには喋るのあるけどな。こいつは後付けだ」
「エムサンが面白がって、ワザワザ」
「特許とか大丈夫なのか?」
「ムフ。販売するわけじゃないから平気だよ」
言われてみればそうか。
「何か注意点とかはあるか?」
「市販のロボット掃除機と変わらねェよ。ルート探索を強化するからまずねェとは思うが、バッテリー切れのときはベースステーションに持ってってくれ。あとはゴミが溜まったら……――」
細々とした説明と、ベースステーションなるものを確認する。掃除は俺の仕事だからな。ミタカも俺の負担を減らそうと思って持ってきてくれたんだろう。たぶん。……いや、なんか、八割以上『オモチャ』を試したいからって顔してるな?
「――……ロボット掃除機のことは分かった。それじゃあさっそく」
「決めないといけないッスね!」
張り切ってずーみーが身を乗り出してくる。はて、何かずーみーが中心の案件があったか……。
「この子の名前を!」
………。
「掃除機の」
「名前は必要じゃないッスか」
「ムフ。そうだね! 改造したから商品名も使えないし、呼び方には困るよね?」
そういうわけで名前を決める会議になった。俺の出した「炊飯器くん」は即座にボツになり、ミタカは元の商品名に「マークツー」を足したがって却下された。ニャニアンが「似てる」という理由で提案した「マックプロ」がそこそこ健闘した後、最終的に――
「ここがお腹で、全体を見るとペンギンっぽいじゃないッスか? だからペンギン系の名前がいいと思うんスよね。えっと、キマユ、マカロニ、ガラパゴス、オウサマ……」
「オウサマ? コウテイじゃなくて?」
「いるんスよオウサマペンギン。ペンギンの中でも一番大きいと考えられてキングって名前がついたんスけど、その後もっと大きいのが見つかって、そっちはエンペラー、コウテイペンギンになったっていう経緯ッスね」
「ムフ。この子は改造で建て増ししてるから、どのロボット掃除機よりも一番大きい?」
「まァ、家庭用じゃこれ以上分厚いヤツは出てこねェだろーな。業務用ならともかく」
「じゃあコウテイッスかね?」
「敬称を略するトカ、不敬じゃないデスカ?」
名前が皇帝陛下に決定した。掃除をする皇帝ってどうなんだ。
「陛下に塗装とかしてもいいッスか? ペンギンカラーにしたいッス」
「オ。じゃあワタシ手伝いマスヨ。センサーとか避けないといけないノデ」
……みんな楽しそうだからいいか。
「そろそろ本題に入ろうか」
皇帝陛下の件が落ち着いたので、報告会に入る。いくつかの案件の報告を受け、方針を決めた後、こちらの番となってフジガミからの話――オリンピックについての報告をする。
「ハン、オリンピックねェ……年寄りが盛り上がってる印象しかねェけどな」
「オ役人サンは大変デスネ」
「ミタカもニャニアンも、あまり興味がない感じか?」
「逆に、一番スポーツ観戦に行ってるお前に聞くけどよ。夏場の屋外球場とかどう思うよ?」
「身体的に辛い」
暑いし焼ける。日焼けしないようにするのも大変だ。
「そのうえオリンピックのメインスタジアム、冷房ねェぞ。そこに満員の観客だ? 行きたかねェな」
「だから興味がないということか」
「いや。別に、見て面白いとは思うぜ? 肉体を駆使した競争っつーのはプリミティブな刺激だからな。ただ現地に観戦っていうのはねェな。冷房効いた部屋できちんと編集された放送を見れば十分だろ?」
確かに、よほどの理由がなければそうするだろう。ドームのない球場で雨が降ってきた時なんて、「これがケモプロなら」とつい思ってしまう。
「だァら、東京でやるっつわれても冷めンだよ。どうせテレビで見るのに、わざわざ東京で? オレはもう仕事をケモプロ一本に絞ったから関係ねェけどよ、観光客と混ざって通勤とか、混雑しすぎて怒りしか沸かねェだろが」
「うんうん。いろいろ緩和策を実験してるみたいだけど、どれもちょっと微妙だよね~」
「んなわけでそこまでオリンピックに興味ねェヤツは、ますます盛り上がれねェって感じじゃねェか? いっそもっと僻地でやってくれりゃあな、高みの見物でいられただろうに」
「しかしそうなると集客の問題があるだろう」
選手は観客に見てもらいたいだろう。新記録を出した時に大歓声が上がってほしいはずだ。あるいは――親しい顔に応援して欲しいとか。
それが僻地、人が集まらないところでやるというのは……主役の選手たちがいい気がしないんじゃないだろうか。
「まァ東京でやりゃ集客はバッチリだろーな。それは間違いない。だからオリンピックに乗るのは手としてアリだ。アリだが……」
「10億の借金はデカいッスね」
「だな。今の資本の何倍だっつー話だよ」
他のスポンサーだってポンと払える金額ではないだろうが、KeMPBは単独では逆立ちしたって出せない金額。それがオリンピックの商標を使うために必要になる。
「しかし数少ない機会ではあります。資金が貯まるまで待っていたら間に合わないチャンス。そういう考え方もできますよ」
「オマエはそれでいいのか?」
シオミが言い、ミタカが睨みつけてくる。
「フジガミとの話し合いの場では否定した。いくらチャンスとはいえ失敗すればKeMPBを失うことになる。だが逆に言うと成功すれば見返りは大きい。KeMPBはもっと大きな会社になるだろう。だから皆の意見も聞いておきたい……と思ったんだが」
俺は皆の顔をぐるっと見回す。
「借金をして、KeMPBの経営に他社が影響力を持つ。そうなることについては……皆反対のようだな」
「えっと、同志がそうしたいなら……」
一人だけ、従姉が小さく手を挙げるが、俺は首を振る。
「俺は会社を大きくしたいわけじゃない。ケモプロを何十年と続けていきたいだけだ。そのために必要な成長はするべきだが、それ以上を無理する必要はないと思っている」
「欲がないねえ、お兄さん」
ライムが茶化すが、何十年と続けること自体が十分な欲だと思う。
「フジガミからは複数の企業や投資家を紹介されているが……そちらの検討はやめておこうか」
「ムフ。いくら優良そうに見えても、どういう裏があるかわからないもんね。お金を貸すっていうのは善意だけじゃ成り立たないよ!」
「資金の調達、っていうことなら、クラウドファンディングはどうッスか? ケモプロの立ち上げの時みたいに」
「ねェな。ゲーム系で最高額って確かシェンムー3の7億いくらだぞ? 億までいくプロジェクトでさえ少ねェのに、サービス中のゲームで10億はありえねェな」
リワードを用意したとしても、ユーザー側の利点が少ないものな。
「借りたり寄付してもらうのはやめておこう。もう一つの方法について検討するべきだと思う」
それはフジガミが用意してくれたもう一つのリスト。
「ケモプロのサービスを――自分の国にケモプロを導入するため、10億を支払うと言っている海外企業について」
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