霞が関(下)

「金が足りないから……オリンピック絡みの広報を諦めた?」

「アンブッシュ・マーケティングだって言われたらめんどくさいことになるからさ~」


 アンブッシュ……待ち伏せ?


「『オリンピック』って商標なんだよ、お兄さん」


 なるほど。思わず手を打ってしまった。


「世界的なイベントで、公共的なイメージがあるからその発想にならなかった。そうか、商標か」


 よその商標である以上、オリンピックという言葉はケモプロ内で使えないな。


「オリンピック関連は厳しくてさ~。直接商標を使うだけじゃなくて、オリンピック関連だと想起させるような言葉でもアウトなんだよね。ケモプロ2020年大会記念杯! とかだけでもマズいかも」

「2020年にある記念すべき大会、といえばオリンピックであることが容易に連想できますからね。名称への使用でなく、説明文に『オリンピック開催期間に合わせて~』と書くことも禁止です」


 シオミが頷いて補足する。


「そーやって、イメージを流用して、便乗して商売することをアンブッシュ・マーケティングって言って、オリンピックでは特に厳しく取り締まってるんだよ。ねえねえ、規制のための特別法って日本でも作るの?」

「個人的には、既存の法制度で十分だと考えています」


 イルマが答え、ライムは「そっか」と小さく頷く。


「ま、ともかく勝手にオリンピックって言葉は使えないんだ。だから絡まないつもりだったわけ」

「だが街中ではよく、オリンピック関連の広告を見るぞ。どこどこは東京2020オリンピックのサポーターです、とかなんとか」

「その文字通り、そこがサポーター……スポンサーだから許されてるんだよ」


 タブレットを操作し、ロゴの一覧を見せてくれる。名だたる大企業ばかりだな。


「世界規模のマーケティングの許される長期契約のワールドワイドオリンピックパートナーがまずあって。次に東京オリンピックに限って活動できるゴールドパートナー、オフィシャルパートナー、オフィシャルサポーターっていう三段階があるんだよね」

「なんとなく聞いたことがあるな」

「で、一番権限の少ないオリンピックオフィシャルサポーターでも、年間10億円以上の契約金が必要らしいんだよね!」


 10億。……1年前、KeMPBを買収するときに持ちかけられた金額以上か。あの時点でのKeMPBの成長の見込みを含めての価格だった。今どれだけの価値がKeMPBに認められるのかはわからないが、ひとつ言えることは。


「……10億は持ってないな」


 KeMPBはそれをポンと出せる企業ではないということだ。


「そういうこと。だから話を出さなかったんだよ。そもそもKeMPBはまだ小さい会社だから、サポーターになったところでケモプロだけじゃ契約金以上の利益は見込めないからね。いろんな企画に絡める、いろんな業種の子会社を抱えているような企業がやるものなんだよ」

「例を挙げますと……都市鉱山――廃棄する精密機器から貴金属を取り出してメダルを作ろうというプロジェクトがあったでしょう? あれは回収ボックスの設置や訪問回収、分別、解体、抽出に至るまですべてスポンサー関連企業が行っています。総じてそのような体制になっているのですよ」


 なるほど。その例だとどの分野にもKeMPBとして絡める仕事がないな。


「手を出さなかった理由は分かった。それで、今回の提案だが」

「難しいよね」


 ライムは唇を一瞬結ぶ。


「日本の省庁にはオリンピックの名称を使う権利があるんだけど、だからってケモプロを使ったイベントは開けないと思うな。ケモプロのイベントをやるなら、どんな形でもKeMPBがスポンサーになる必要があると思う」

「道理だろうケモプロという商品をオリンピックを使って広報する形になるのだから」


 フジガミは満足そうに頷き、問いかける。


「ではどういう方法を取ると考えるかね?」

「ムフ。正解したらごほうびあるかな? んー、そうだね。こんな方法はどうかな? ピョンチャンを参考にしてさ」

「ぴょん……?」

「ユウ様、前回の冬季オリンピックの会場です」


 確か韓国だったか。


「Intel Extreme Mastersっていうeスポーツの大会があるんだけど、2018年のピョンチャンではIOC、国際オリンピック委員会の公認を受けて開催したんだよ。オリンピックチャンネルっていうところで公式放送もされたんだ」

「……え、もうeスポーツってオリンピックの種目になってるのか?」

「んー、その大会についてだけ、オリンピック関連のイベントだよ~って認めてもらっただけ。競技として認められたわけじゃないんだ。それはともかく、注目する点はね。その大会で使用されたゲームのうちひとつがStarCraftⅡだってことだよ!」

「スタークラフト……RTSリアルタイムストラテジーのゲームだったか? SFの」


 確か10年前ぐらいに発売されたゲームだと思う。よくeスポーツの大会で高額賞金がどうこうと話題になっていたはずだ。


「あれの開発会社ってBlizzardなんだけど、Blizzardもその親会社もピョンチャンオリンピックのスポンサーじゃないんだよね。ついでに言うと大会主催のElectronic Sports Leagueもそう。ま、Intelはワールドワイドパートナーだけど」

「一番権限のあるスポンサーだったか」

「この前例にならって、どこかのスポンサーが主催するIOC公認の大会を開いてもらって、そこで複数あるゲームのうちひとつとしてケモプロを展示してもらう手が考えられるよね。2020年は東京でIntel Extreme Mastersをやるって噂もあるし、もしかしたらそれに混ぜてもらえるのかな?」

「フン。他の案はあるかね?」


 フジガミが鼻を鳴らして先を促し、ライムは口を回す。


「ケモプロ単独でってことなら、オリンピックをイメージさせないタイトルでやるしかないね。それだけに契約金を払うのは長い目で見ても厳しいし。んー、ドコソコ省後援、ナントカ大臣杯とかどう?」

「アリなのか? 大臣杯って……」

「いろいろやってるよ? プロ野球の日本シリーズとか、あれは内閣総理大臣杯だし」


 知らなかった。ペナント……旗? をもらえるだけじゃないのか。……旗も見たことないな。


「ケモプロの場合、実物はいらないから杯を作る予算が必要なくていいね! んー、も期待していいのかな?」

「そこまでで。フジガミさんも止めてください……彼女、とんでもない要求し始めますよ」

「なんだ面白かったのに」


 イルマがやんわりと間に入り、フジガミは眉を寄せてそれを非難する。しかしイルマの顔が引きつるのをみて、それ以上追求するのはやめたようだ。


「クジョウ君の予想はおおむね正しい。ケモプロには3つの道を提示したいと考えているひとつは合同のeスポーツイベントへの出展だ。オリンピックの名はつかないし時期もずれるが耳目を集めるイベントになることは保証しよう」

「んー、それってまだ企画中のイベントかな? うん、次は?」

「我が庁が後援する単独のイベントを開いてもらう。大臣杯も約束するし日時も好きなように決めていいがやはりオリンピックの名は使えない」


 前者は相乗りだから負担が少なくて済む。後者はある程度の予算がもらえるがこちらの負担も相応に大きい、という感じか?


「3つ目はなんだろうか?」

「オリンピックのスポンサーにならないかね?」


 ――うん?


「……10億も出せないという話を先ほどしたと思うんだが」

「会社なら資金調達の方法はいろいろあるだろう」


 シオミに目をやる。難しい顔をしながらも、口を開いた。


「……銀行からの融資を受けるか……社債の発行、もしくは株式会社化して株式を売る。そういう方法がありますが、いずれも相手があっての話です」

「いくつか紹介できる」


 フジガミが間髪入れずに言う。


「興味があれば海外の企業も紹介しよう」

「海外の?」

「私としてはケモプロがeスポーツとしてオリンピックに登場する未来が見たいのだがそのためには日本とアメリカ以外の国でもケモプロが始まる必要があるだろう。その気があるならこの件を足がかりとしてはどうかね」


 確かに、オリンピックと言っておいて出場国が2カ国だけなんてことになったら笑いものだろうな。


「……オリンピックか」

「正攻法で行くほうが効果も高いと考えられる」


 確かにそれはそうだろう。オリンピック期間中にイベントをやるんだったら、オリンピックの名前がついていたほうが目を引く。というか、なければほとんど無視される気がするな。


「先ほどクジョウ君が10億以上のリターンがないと言ったが我々の後援があれば別だろう」

「んー、そうだね。計算しなおしかな」


 ライムは即答しないが、見込みはありそうな感触だ。


 しかし。


「ユウ様」

「分かってる。資金を出してもらうということは、それが誰にしろ、KeMPBに対して影響力を持つということだよな?」


 買収とは違って、会社は俺たちのものだ。けれど貸してもらった金は返さないといけない。期限までに返せなければ結局会社を売却して返済、というようなことにもなるだろう。


「KeMPB、ケモプロは何十年と続けていくものだ。その方向性は俺たちが決めていくもので、他の会社の影響は受けたくないと考えている。申し出はありがたいが、身の丈にあわない出資は断らせてもらう」

「借金をして成長のための投資をするのは一般的なことだが嫌だというなら仕方ない」


 フジガミは頷いて少し体を後ろに引く。


「だがもう少し考えて欲しいね資金が貯まるまで次のアクションを起こせないようでは取り残されてしまうこともある。今日結論を出す必要はないから持ち帰って検討してみないかねそれに海外からは何件かケモプロの自国での開催に口利きをしてくれないかという依頼も受けているのだよ」

「今のところ三ヶ国目は――」

「そちらの事情もあるだろうから興味があればでいい。いつでも紹介しよう」


 そう言ってフジガミはちらりと会議室に備え付けられた時計を目にする。


「今日はこんなところだろう。持ち帰って検討してもらいたい」

「わかった」


 ホッ、と隣でシオミが息を吐く気配がした。


「イルマも言ったとおり私は野球ファンでケモプロのファンでもある。悪いようにはしないし応援している」

「ありがとう」

「世間話になるがKeMPBは今後どうするのかね?」

「どう、というと」


 フジガミは息を小さく吐く。


「ゲームをリリースして運営に入ったということは開発の手が空いているのではないかね。今後の話が表に出ていないようだがどういう仕事をしていくか気になってね」

「開発チームのことなら……ゲームを作る案件を探している」


 ミタカいわく、なかなか神ゲーになりそうな案件がないそうだが。


「他にはないかね? ではあくまでエンターテインメント業界で仕事をしていくわけかそれならいいだろう」

「……? いいだろう、とは?」

「フン。気づいていないか」


 フジガミは静かに言って、口を閉ざす。


 ……意図が分からない。


「エンターテインメント業界以外の特に海外からの仕事を受けるようであれば一報してくれるかね」


 なんでKeMPBの次の仕事をフジガミが気にするんだ?


「ユウさん」


 俺が何を問うべきか迷っていると、イルマが苦笑して口を挟む。


「妹の友人が一緒にいるので、フジガミの考えているようなことにはならないと思うのですがね。念のためです。気分を害されたら申し訳ない」

「いや、それはいいんだが……」

「理由は妹の友人に聞いていただければ、おそらく理解していただけると思いますよ。こちらからはちょっと」


 ミタカと……ニャニアンにか。


「わかった。どのみち今回の件について相談しないといけないし、確認してみよう。……今日は話ができてよかった」

「こちらこそ。職場は変わりましたが、島根の時と気持ちは変わりありません。ケモプロの発展を願っていますよ」


 握手を交わし、退出する。フジガミは忙しいらしく、イルマを連れてさっさとどこかへ行ってしまった。案内についてくれた人についていき、建物から出る。もうすっかり外は暗い。


「面白そうな話だったね!」

「そうだな」

「それになんだか謎な宿題も出されたし? お兄さんも大変だね」

「話を聞くだけだろう。それより」


 首をかしげるライムの目を見て言う。


「ライムに聞かなきゃいけないことも忘れてないぞ」


 ライムは――ぺろりと舌を出すのだった。

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