霞が関(中)

「我が国が来年オリンピックを主催するのは知っていると思う」

「さすがに知っている」


 フジガミに頷いて返す。2020年、東京オリンピック。公共交通機関を使えば嫌でも目に入ってくる広告の量だ。


「んー、知ってるけど、あれって成功するの? 東京都民として不安なんだよね~」

「その為に国が動いている」


 ライムが少しわざとらしく首を捻ると、フジガミは表情を崩さずに言う。


「国際社会の場でオリンピックの開催地になると決まったのだから日本として失敗するわけにはいかないのだよ。すでに東京だけの話ではない」

「ムフ。会場も他の県に分散してるもんね。埼玉、千葉、神奈川、静岡……茨城もだっけ? いろいろトラブルも報道されているけど?」

「上層部がどうであれ実務を担当する者は成功させる為に動いているということは信じていただきたい」

「フジガミさんは?」

「私は一つ先を考えて動いているので今日はその話をしたい」


 フジガミはじっとこちらの目を見て、言った。


「オリンピックに合わせてケモプロの試合を出展しないか」


 ――オリンピック。


「オリンピックに、ケモプロを?」

「不思議かな?」

「……eスポーツ関連の動きだろうか?」


 フジガミは頷く。


「国がeスポーツ関連に絡むのが不思議かね? 次の国民体育大会では文化プログラム事業としてeスポーツも取り扱うし国体の主催の一つは文部科学省となっている。実はどこがeスポーツを扱うかまだ決まっていなくて主導権を取るためにうちを含めて複数の省庁が各々奔走しているのだよ。そういう状況とあらばこのようなオファーも不思議ではないだろう?」

「いや、不思議だと思う」


 だってケモプロだぞ。


「eスポーツというのは、プレイヤーがゲームの腕前を競うものなんじゃないか?」


 ケモプロは人間のプレイヤーはいない。AIが、ケモノ選手たちが自分で判断して試合をする。


の定義はそのようになっているが今後どう転ぶかはわからないんじゃないかね? そもそもの話をするなら――」


 フジガミは鼻を鳴らす。


「IOCこと国際オリンピック連盟がeスポーツを種目として取り入れるかどうかは決まっていないなぜならいろいろな課題があるからだが理由が分かるかね」

「はいはーい! まずひとつに、人気のあるゲームに『暴力を喚起する内容が含まれている』ことが多いことかな! 若者としては『現実とゲームの区別ぐらいつけたら?』って思うけど、仮想とはいえ暴力を忌避するひとが多数派なら仕方ない?」


 オリンピックは別名、平和の祭典だったか。そこでヘッドショットがどうこうなんて、受けいれがたい層が多い気はするな。


「他は」

「著作権があるっていうのも問題だよね!」

「ん? 著作権がないとゲーム会社は困るんじゃないか?」

「作る側はそうだね、お兄さん。でも競技として開催するなら問題になるんだよ。例えば新作のゲームが出て、それがオリンピックの種目に選ばれたとして、競技者はまずどうする必要がある?」

「ゲームを練習する……いや、まず買うところからか」

「開発会社は大儲けだよね」


 ライムは雲のように笑う。


「ちなみに、野球だったら何から始める?」

「話の流れからして、道具を買うところからか」

「うんうん。で、それってさ――特定の一社が大儲けできるかな?」

「そうはならないだろう」


 バットもグローブもいろんなメーカーが作って売っている。なんなら精度は落ちても手作りや代替品で練習できないことはないだろう。道具の少ないスポーツだってあるし。


「ゲームを種目にするってことは、莫大な利権だよね。そういうことで抵抗を生んでるのもあるし、あとは競技の持続性かな。オンライン対戦のゲームだったら、会社が潰れてサーバーが動かなくなったらもうできなくなっちゃうでしょ? ソースがなくなるとかもそうだし」

「潰れるのか」

「まー、オリンピックの競技になったらめちゃくちゃ儲かるだろうけど、それで調子に乗って他の事業や投資に失敗するとかね。それでも他が助けてくれるだろうけど、とにかく他のスポーツと違うことを警戒しないといけないよね」


 野球のルールブックが世界中から消えることはないだろうし、万一そうなっても人々の記憶から再建可能だろうが、ゲームならデータが消失することはありうるし、再建は難しいということか。


「あとは単純に、流行らなくなっちゃうとかね。何年も前に告知して練習して出場が決まって……でもその時にはみんな続編とか別の新作を遊んでいて、オリンピックに注目してもらえないとか」


 流行り廃りの激しいゲーム業界ではありそうなことだ。


「ムフ。こんなところが一般的な課題かな? どう、フジガミさん?」

「いいだろう。では解決策も挙げてもらえるかね」

「んー、著作権がらみのところに関しては、わりと努力でなんとかなると思うんだよね。いっそオープンソースにしちゃうとか。あとは、昔のゲームで遊ぶとかね!」

「昔の……?」

「不朽の名作ってやつ? スピードラン……リアルタイムアタックって遊びがあるじゃん」


 RTAか。動画サイトで見たことがあるな。ゲームを早解きする遊びだ。


「昔のゲームならそう大きな利権にならないし、ハードもレトロゲームなら特許切れてるから機材問題もある程度クリアかも? RTAのイベントも海外だけじゃなく日本でも盛んになってきたし、何より『早くクリアしたら勝ち』って分かりやすさは魅力かもね!」

「なるほど。良さそうだな」

「あとは『暴力的』ってところについては、そうだね、まずは平和的なゲーム、それこそ『スポーツゲーム』なんかが受け入れられやすいんじゃない? 国体で使われるのもサッカーゲームだよね?」


 スポーツゲーム。ということは。


「フジガミもそう考えてケモプロに声をかけた、ということか? でも野球のゲームなら他にもあると思うんだが。普通に人間がプレイヤーとして遊ぶような……」

「ムフ。それに野球自体がオリンピックの競技として微妙だよね。12年、16年は採用されなかったし、20年も正式種目じゃないし、24年はまた採用されないし」

「そうなのか」

「うん。流行ってる国が少ないのと、あとはメジャーリーグが協力的じゃないのが理由だよ」


 メジャーが協力的じゃないのは大きいな。世界的なトップリーグの選手が参加しないのでは盛り上がりに欠けるだろう。


「現在一般的なスポーツゲームはオリンピックでは絶対に採用されないと私は考えている」


 フジガミは言い切る。


「あれには致命的な欠点がある」

「というと」

ゲームという点だ」


 ……なるほど、見えてきた。


「考えてもみたまえ現実の選手とゲームで再現された選手が同時にオリンピックに出場する奇妙さに巨大な舞台で自分以外の選手に操られ評価を左右される理不尽さ。スポーツ選手が主役の大会においてそんなことが許されると思うかね?」


 今でこそゲームに実在選手が登場するが、黎明期はいろいろな問題があったという。各団体が権利をとりまとめて選手名が使えるようになったが、今でもいい思いをしていない選手はいるだろう。能力値が設定される以上、その設定に不満を持つ選手もいるはずだ。

 ……以前、タイガとカナにそのことを聞いてみたことがあるんだが、タイガは何も言わなかったし、カナも文句は言わなかったが、その横でニシンがだいぶ憤慨していたな。二人の能力をもっと上げるべきだとか、あんな特殊能力がついてるのはおかしいとか。


「ケモプロは実在する選手じゃないから、その心配がないということか」

「その通りスポーツゲームとして唯一可能性があると考えているそもそもスポーツ系のシミュレーションゲームはいくら精密にしたところで観客からすれば『現実でやればいい』としか思えず観戦する価値もないと思わないかね」


 現実でできない組み合わせ、プレイヤーの思い通りの動きをさせることができるのがスポーツゲームの醍醐味だが、見る側からしたら知ったことじゃない――というか、現実と変わらないということか。


「だが現実にいないケモプロ選手であれば観戦する価値はある」

「ケモプロにしかいないから」

「その通り」


 しかしまだ分からないな。


「そこまではわかった。しかし最初の問題に戻るが、ケモプロはプレイヤーが操作するゲームじゃないぞ?」

「AIがスポーツすることがeスポーツだという定義が生まれる可能性もあるのではないかね。それこそ電子の世界のオリンピックの開催と言えるかもしれない」


 フジガミは不敵に笑う。


「どうしても人間の操作が必要なら介入できる部分を作ればいい例えばメンバーの選出や試合での采配などを競うぐらいならできるのではないかね」


 できる、だろうな。ミタカに文句を言われそうだから明言はしないが。


「しかしそれは後々考えることであってまずはケモプロの存在を内外に示してAIによるスポーツ興行の可能性を見せeスポーツに一石を投じたいというのがオオトリ君に声をかけた理由だ」

「なるほど」

「ん~、それでケモプロを選んでくれるってことは」


 ライムが首を小さくかしげる。


「フジガミさん、野球好き?」

「ケモプロには感謝しているよ野球の話が通じない後輩をルールマニアにまで育ててくれた」

「マニアというわけではないですが……」


 去年の4月に、ライムの企画でルールブックをほぼ丸暗記することになったイルマは苦笑する。


「まさかフジガミが、ここまでケモプロを気に入るとは思っていませんでしたよ」

「オリンピックの種目に野球が選ばれることは今後難しいだろうがケモプロなら可能性があると思っている。場所はとらないし天候の影響も受けない理想的な興行でもある。各国のケモノ選手の代表がオリンピックで戦うという未来を夢想してもいいだろう? そのための布石を打ちたいのだよ」


 フジガミは早口でそう言い、身を乗り出した。


「話を受けてくれる気になったかね?」


 魅力的な提案だと思う。


 オリンピックに対してネット上では冷めた意見もある。ロゴ、マスコット、競技場、市場移転などのゴタゴタに疲弊している。しかしそれでもオリンピックという4年に一度の祭典は、ネームバリューが大きい。ケモプロがそれに絡むことができるなら、巨大な広告効果があるだろうことは想像できる。


 だからこそ、二つ返事で頷くことはできない。


「ライム」

「なあに、お兄さん」


 KeMPBの広報担当者に聞かなければならないことがある。


「なんでオリンピック関係でキャンペーンを打とうとしなかったんだ?」


 魔法のような手腕で広報をして耳目を集めるライムが、オリンピックを利用することを考えていなかったわけがない。けれどしなかった。そこに何の理由があるのか?


「ライムが手を出さないのなら、それなりの理由があると思うんだが……どうだろう?」

「ん~、そうだね。KeMPBだけでオリンピックに絡みに行く、っていうのは無理があるっていうのが一番かな」


 ライムは手で――円マークを作って言う。


「なんてったって――お金が全然足りないからね!」

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