代表の平均的な日曜日

 4月21日。


「ん。あぁ、おはよう、お兄さん」


 朝起きて部屋から出ると、作業スペースで電気もつけずに、ライムがPCの前に座っていた。


「おはよう。寝てないのか?」

「まあね」


 アメリカのチームと打ち合わせをする案件の多いライムは、明け方まで起きていることが多い。……向こうは土曜日だから、今日はビジネスではなさそうだが。


「朝食は食べるか? それとも寝るか?」

「んー。軽く食べて寝る! シャワー浴びてくるね!」

「わかった。洗濯物は出しておいてくれ」

「は~い」


 朝食の支度をしつつ、ランドリールームで洗濯機を回す。ボタンひとつで洗剤も柔軟剤も適量入れてくれたうえ乾燥までしてくれるのは楽だ。アパート住まいの時に使っていたのは、もっと手間だったからなあ。


「おはよう。手伝うことはあるか?」


 二階からシオミが降りてくる。メガネもかけていないし、まだ仕事モードではないようだ。


「いや、こっちは大丈夫だ。今日は日曜だし、仕事も午後からだろう? ゆっくりしてくれ」

「そうか。しかしな。二人暮らしの頃とは仕事量が違うだろう?」

「協力してもらっているから大丈夫だ。しかし、たまにとはいえシオミに任せることがあるのはどうかと思っている。シオミにも仕事はあるわけだし」

「それを言ったらユウ、お前もだぞ?」

「……やはり専門家を雇ったほうがいいかな?」


 特に料理だな。栄養に気を使った食事を作っているつもりだが、あくまで素人考えだし。不在の時は作り置きを食べてもらうことになるしなあ。


「そうだな。雇うなら、この家の生活スタイルを考えると直接家事使用人を雇うのがいいだろう」


 検討はしたことがあるのだろう。


「あとで詳しく聞かせてくれ。……ああ、そうだ。手伝って欲しいことを思い出した」

「なんだ?」

「起こしてきてくれないか?」


 天井を指して言うと、シオミはニヤリと笑い、「任せろ」とだけ言って二階に上がっていった。入れ違いで、トトトッ、と二階から小さな人影が降りてくる。


「先輩、おはようございます!」

「おはよう。起きてたのか」

「ッス。あ、ライムちゃん、おはよう!」

「ずーみーちゃんおはよー」


 しっかり乾いたライムが浴室から出てくる。ダイニングの椅子に二人を座らせて配膳を始めると、上の階からドスン、という音が聞こえた。けれどもう慣れたもので、誰もその正体を問いたださない。


「待たせたな」

「うぅ……おはよう、同志。ずーみーちゃん。ライムちゃん」


 パジャマ姿の従姉が、シオミに押されて目をこすりながらやってくる。食事を一緒にしたいというのは従姉の希望で、だからこそ多少乱暴に起こされることには文句が言えないようだ。


「ああ、おはよう。それじゃあ」


 集まった顔を見渡して言う。


「朝食にしようか」


 ◇ ◇ ◇


 仕事モードに切り替わったシオミから今日の予定を確認しつつ、朝食を済ませる。


「わかった。予定通り昼前に出て帰りは夜、という感じだな。食事は冷蔵庫に用意しておこう」

「じゃあ夜は先輩が帰ってくるまで待ってるッスよ!」

「規則正しく食べたほうが健康にはいいらしいぞ?」

「いやーまだ大丈夫ッスよ」

。ええ、そうでしょうね」

「……時間を守って食べるッス」


 シオミの冷えた声に、ずーみーはカクカクと頷く。


「とはいえ、先輩がいないと昼ごはんって時間ズレがちなんスよねえ。気がついたら時間過ぎてたりで……今日はまさちーもお休みだし」


 ずーみーのアシスタントをアルバイトでやっているまさちーは、学校が終わるとここにやってきて作業している。もともとが学校の放課後に作業をしていたので、作業のメインは平日だ。土曜日は来ることもあるが、日曜は休みである。


「ライムちゃんは」

「寝るね! お昼はいらないかな」

「ッスよね。じゃあお昼はツグ先輩と二人ッスか」

「う、うん。ひょうだね」


 従姉はパンをかじりながら頷く。


「ツグ姉はいつもどおりか?」

「うん。特に急ぎの作業はないよ」

「わかった。なら」


 俺は時計を確認してから告げた。


「一休みしたら一緒に運動しよう」


 ◇ ◇ ◇


 作業場に2台置かれたフィットネスバイクを、テレビでケモプロを見ながら従姉とひたすら漕ぐ。

 健康診断で前年より悪い数値を出したのを見て、従姉もやる気にはなっている。とはいえ嫌なものは嫌らしく、誰かが誘って一緒にやらないとやらない。なのでなるべく俺が付き合うことにしていた。


 設定した時間をなんとか完走し、ヒィヒィ言って動かなくなる従姉を置いて先にシャワーを使わせてもらい、身だしなみを整えてからシオミと共に外出する。


 平日は営業活動が多いが、土日はイベント対応が多い。最初の頃はオーナー企業主催のイベントが多かったが、最近はユーザーが主催するイベントにも呼ばれるようになった。公式運営側として手ぶらというわけにもいかないので、些細なグッズを用意してブースで物販をさせてもらったりもする。

 こういう対応をしていると、コンビニでのアルバイト経験も生きているなと思う。レジ打ちなんて一年近くしていなかったが、意外とさび付かないものだ。


 企業が主催のイベントでは、その後に会食が入ることが多い。今日はそういうこともないので、シオミと二人で食事をする。都内であればシオミが知っている店も多く、それを案内してもらって少しずつ覚えていっているところだ。いつか役に立つ……とシオミには言われている。そのわりにこちらがセッティングしなければいけない会食ではシオミが「これが仕事ですから」とすべて手配しているので……いつかっていつだろう?


 そんなことをぼんやり考えながら、最寄り駅に帰ってくる。近くにあるスーパー牛虎ヴルトラで買い物をして家に向かう。五人分の食材ともなると毎日買うようにしても重い。距離が短いからタクシーを呼ぶのももったいない気がするし……車を買えばもっと安い店で買い溜めできるだろうか? しかし節約できる金額よりも、車の維持費の方が高そうだ。


 そんなことを考えているうちに、家に着く。


「ただいま」


 留守番していた三人がそれぞれ返事を返してくれる。帰ってきたと、自然と思えるようになってきた。


 ◇ ◇ ◇


「23時かららしいッスよ」


 トイレを済ませて自分のプライベートルーム……一階の作業場からふすま一枚隔てただけの和室に戻ってくると、こたつに入ったずーみーがタブレット端末を弄りながら言う。

 コタツ。ニシンの家から貰い受けたちゃぶ台兼コタツ。アパートで通年活躍していたそれは、今俺の部屋に置かれていた。……アメリカから帰ってきたらすでに置かれていた。従姉は要らなかったのかと思うと、今横でコタツに入っているのでそういうわけでもないらしい。


 まあわずかに俺の部屋の方が他のプライベートルームより広いので、置き場所としてはちょうどいいかもしれない。和室、ここだけだし。


 そんなわけで休憩を取るタイミングになると、ずーみーはコタツにもぐりこみに来る。そのまま作業をしたりもする。部室と似たような感じでやりやすいのかもしれない。従姉も同じかな。


「手早いな。編集とか大変だろうに」

「節目ッスからねー。気合入ってるんでしょう」


 俺もコタツに入ると、ずーみーが背中を預けてくる。顎の下がもさもさした。


「――お、そろそろッスね。自分、映すッスよ」

「頼んだ」


 ずーみーが腕を伸ばして端末を机の上に置こうとする――が届いていないので、その手から取り上げて置く。小さな後輩は「へへっ」と笑いながらずりずり這い上がって画面を見れる位置に来た。


 画面に映るのは、ニュース番組調のスタジオ。右手に恰幅のいい中年男性のイヌ系アバター、左手に小さいメガネ男子のウサギ系アバターが座る。


『2019年4月21日放送、ケモノ放送局から飛び出したケモプロ専門番組、ケモノ放送局SPOOORTS! メインキャスターのグリンドと』

『同じくニットです。よろしくお願いしま~す。今日は特別編成で~す』

『うむ。ケモプロも最終節に入るからな。その直前特番といったところだ』

『あれ? グリンドさん、ねぎらいの言葉はなし?』

『さっき言っただろう。なんで今言わせようとする?』


「この二人の薄い本もあったッスねえ」

「仲がよさそうだものな」


『ケモプロはここから各球団との4連戦が続く。その間に「ゴールデンシリーズ」、去年の「ゴールデンファイナル」にあたる5連戦総当りがゴールデンウィークに挟まる形だ』

『ドラフトの時はゴールデンファイナルって言ってたのにね』

『アメリカ遠征があって調整が入ったからな。まあ過密スケジュールに余裕ができたと思えばいいことじゃないか?』

『見る側としては毎日やってほしいと思うけど』


 毎日試合すれば4ヶ月で終わるな。過労でケモノ選手が倒れそうだが。いちおう休養日はずらして、なるべく毎日プロの試合があるようにしているんだが、お気に入りの球団が出ていなければなかなか見る気も起きないか。


『では最終節に向けて、現在の順位を見ていこう』

『はい、こちらで~す』


 順位表のパネルが出てくる。


『一位は鳥取サンドスターズ! 60勝まであと少しだな』

『調子いいよね。砂キチお姉さんも喜んでたよ。やっぱり、打撃面でヤッタロこと赤城あかぎ八太郎ハチタロウが活躍しているのが大きい?』

西伯サイハクとの三番四番できっちり得点できているのは確かに大きいが、投手陣の強化も躍進の一因だろう』

『メンヘラコウモリちゃんイイよね!』

『シロくんのことそんな風に言うんじゃない』


「言われてますね~シロ子ちゃん」

「獣野球伝の影響もあるんじゃないか?」

「いや~、ハッハッ」


 コウモリ系女子、サンドスターズの新人投手の葉隠はがくれシロ子は、オフの日にやたらと別球団――伊豆の温泉水おんせんすいバラスケの背後を追っているところを目撃されていた。それを目に付けたずーみーがストーカーっぽいキャラ付けをした結果がメンヘラ呼ばわりだ。


『投手陣が全面的に補強されて、打撃の主軸が揃った。王道の強化が実を結んだということだろうよ』

『ちょっと普通に強くなっててつまんなくない?』

『砂キチお姉さんが泣くぞ。……次にいこう。二位は東京セクシーパラディオンだ』


 ケモプロはなるべく見るようにしているのだが、時間が足りない。ユーザーがこうして展開をまとめてくれるのは本当にありがたいことだ。


『一位とのゲーム差1.5。いくらでもひっくり返る状況だな』

『三盗マニアのジノマルがずるい』

『出塁すればほぼほぼ三塁まで行っている印象だな。赤豪原せきごうはら従兄弟がそれを確実にワンヒットで返す、というのが最近の得点パターンか』

『それを凌いでもゴリラがいるってね。ずるいねー、東京は!』

『野手はいいんだが、投手陣が今一歩、という声が多いな』

『新人がいまいちパッとしないよね。って言うと贅沢! って感じだけど』

『さて次は三位、伊豆ホットフットイージス。一位とのゲーム差は4だが……』

『ロビカスショックの6連敗がつらい』


 アメリカ遠征で地元大学チームと戦ったイージスは、ロビンというナックル投手に完封負けを喫していた。そこから日本に帰って6連敗。


『島根と東京、特に東京が相手で連敗っていうのが辛いよ。それでひっくり返ったようなものだしさあ!』

『うむ。帰国後の崩れっぷりといったらなかったな。なんとか直近の青森戦は、1勝1敗1分に持ち込んだが』

『青森もなんか調子悪かったしなあ……今後が心配だよ』

『ここから持ち直すにはどうしたらいい?』

『投手陣は崩壊してないから、とにかく打撃だよね。早く調子を戻して欲しいよ。いっそロビカスと対戦した選手は少し休むとかさ……ルビィちゃんは残してもいい。かわいいから。へへっ』

『そうか』


 イヌ系ケモノ――グリンドが、ウサギ系ケモノ――ニットからやや距離をとる。


『さて四位は電脳カウンターズ。一位とのゲーム差は6だ。やはり抑えの木又きのまたヤマダの活躍が目立つか?』

『センターラインが三熊じゃなくなったのも大きいと思うよ。おかげで守備力はだいぶ上がったよね』

『ここから上位に行くためには何が必要だろうな』

『イグマ監督がDHを降りることじゃない? もっといい打者がいると思うよ』

『……それは難しいだろうなあ』


「イグマ監督が降りるのはありえないッスね。めっちゃ楽しそうに打席に立ちますし」

「勝てないなら代わるべきじゃないか?」

「壊滅的に悪い、ってわけじゃあないんで……」


 もっといい選手はいるかもしれないが、ということか。そういう采配も電脳の持ち味だろう。


『五位は青森ダークナイトメア・オメガ。一位とのゲーム差は7.5だ』

『2月からの追い上げがすごいよね』

『一時期10以上ゲーム差があったよなあ。ポイントはどこだろうか?』

『中継ぎが機能するようになった、とは言われてるよね。そうしたら先発・抑えは強いチームだし』

『ノヴァク、ガルの先発二枚看板に加えて、新人の夜林よばやしアイくんも成績を上げてきているな』

『あとは打撃力がもっと欲しいよね。低得点進行でファンはハラハラするんじゃないかな』

『まだまだ優勝は狙える、か?』

『残り25試合だし、なんか島根に3タテ食らってから失速気味だし、難しいんじゃない?』

『ふむ、では最下位の島根出雲ツナイデルスに行こう。一位とのゲーム差は8だ』


 パネルを示した後、グリンドはもう一枚のパネルを表示する。


『去年の同時期の成績がこれだな。最下位は青森のゲーム差16。これを見るとだいぶチーム間の差が縮まっているように感じるな』

『っていうか、島根は去年もゲーム差8なんだね。四位だけど』

『おお、偶然だな。去年はそこから優勝争いに絡んだんだから……やはりまだ全球団に可能性はありそうだな』

『グリンドさん、玉虫色の発言はどうかと思うよ』

『キャスターとしてな? 過度な肩入れはいかんだろう? なあ?』


「各球団とも、戦力がそろってきたということかな?」

「青森とか今年もダントツ最下位って言われてたんスけどねえ……」


 ダークナイトメア・オメガ仮面がかわいそうなぐらいボロボロに言われてたな。


『島根も最近調子がいいんじゃないか?』

『青森と伊豆を3タテしたからね。でも伊豆はロビカスのせいだし、青森もアメリカ遠征の疲れなんじゃないの』

『島根も遠征組だぞ?』

『……なんでかなあ』


 遠征してない球団も、日本でアマチュア球団との交流戦をやったし、試合数は変わらない。無難に全球団、プロ側が勝ったのであまり盛り上がらなかったが。


『注目の戦力としては、最近打撃成績を上げてきている乾林かんばやしザンかね?』

『僕キツ目の顔立ちの子苦手なんだよね』

『君の性癖は聞いとらんよ……』

『打撃はいいけどよく捕球ミスしてる印象がある。キリンのお兄さんの方が安定してたんじゃない? 一塁手で捕球が悪いのはダメでしょ』

『彼女の今後の課題だろうなあ。さて、順位と全体的なまとめはここまでにして、今週の試合のハイライトを……』


 試合のハイライトだけでなく、オフの選手の様子なども取り上げて番組は進む。


『――……ケモプロの話題といえばもうひとつあるな。皆さんは「ササ様と学ぶ野球」というアニメを覚えているだろうか?』

『あの逆さ猫を忘れるとか無理でしょ。今でも脳内再生余裕だよ』

『なんと「ササ様と学ぶ野球」が全11話、再放送決定との発表があったのだ!』


「おっ、その話もしてくれるんスね」


 ずいぶん前に決まった話だが、情報公開になったのはつい最近だ。


『今回はネットではなくCS局での放送だ! ゴールデンウィークの10連休に、初日が第一話と第二話、以降一話ずつ放送とのことだ。すばらしいな、ニットくん』

『連休が長いし、テレビ局も休みたいんだろうね。番組表見ると再放送の編成すごいし』

『ニットくん!?』


「言われてるッスよ」

「そういう事情もあったみたいだな」


 この件に関してはテレビ局とNPBの方で話が始まったらしい。KeMPBに話が来た段階ではほぼ決まりだった。再放送だから新しい作業もほとんどない――視聴者プレゼントやら再放送キャンペーンやらの策定で、広報担当のライムが忙しく働くことになったが。


『なんと初日放送には、KeMPB代表とササ様のオーディオコメンタリーが副音声で流れるらしいな』


「収録、この間終わったんでしたっけ。お疲れ様ッス」

「クモイさんと喋っただけだけどな……台本もほとんどなかったし」


 時間はかかったが難しい仕事じゃなかった。それより本題は次だろう。


『さらに5月6日には、ゴールデンシリーズの最終戦がCS放送決定だ! テレビにケモプロが初進出ということだな!』

『これはめでたいね』

『しかもノースクランブルだぞ』


 ケモプロの野球中継を、テレビ放送で。CS放送なのでチューナーは必要だが、無料放送してくれるとのことで契約していなくても見ることができる。


「楽しみッスねえ」

「ツグ姉、注文が多くて大変じゃないか?」

「大丈夫だよ、うん」


 生放送になる。放送事故は許されない一大プロジェクトだ。ケモプロにはカメラを自由に切り替えて映像を作る機能があり、これを用いて画面を作るのが基本構想。しかし本職からすると物足りない部分があるらしく、プロジェクト開始からいくつもの要望が上がってきている。そのため従姉が中心になって追加開発を行っていた。


「わたしより、アスカちゃんとニャニアンちゃんが大変そう、かな」

「あー、そッスねえ」


 二人は何度か制作会社にレクチャーしに行っている。テスト収録のたび同席しているような状態だ。


「特にニャン先輩、なんか、最近元気ないッスよね」

「そうか?」

「そッスよ。声が疲れてる感じがするッス。ていうか先輩は実際に会ってますよね?」

「テストに立会いに行った時に会っているが……仕事自体は楽しそうにやってたぞ? ……ああ、いや」

「何かあったッスか?」

「いや、言われてみれば難しい顔をしていることがあったな」


 スマホを見ているときとかすごい顔してた。


「……となると、あれかな。問い合わせメール」

「メール?」

「最近インドネシア語の問い合わせが増えているんだ」


 ケモプロはサービス立ち上げの段階から、日本語と英語。そしてニャニアンがネイティブだからとついでにインドネシア語に対応している。そのためごく稀にインドネシア語での問い合わせがあり、ニャニアンに対応してもらっていた。それがGDC以降で少し増えている。


「Google翻訳である程度は分かるんだが、精度の問題もあるし……返信はニャニアンにしか書けない。忙しいし最近は任せきりだったが……負担になっているのかもしれないな」

「GDCでニャン先輩って写真が表に出ましたよね? セクハラされてるんじゃないッスか?」

「そういう可能性もあるのか」


 考えたことなかったな。そうなると言葉が分からないからと丸投げしていたのはマズいか。ニャニアンを信用していないわけじゃないが、それで傷つくようなことがあったらいけない。


「過去のメールも含めて、あとでチェックしておこう」

「うッス――ふぁ」


 後輩は大きなあくびをする。気がつけばケモノ放送局の配信も締めに入っているし、日付も変わりそうだ。


「そろそろ寝たほうがいいんじゃないか?」

「うーん、ここで寝たい……」

「風邪ひくぞ」

「うう……秘書先輩にも怒られますしね……しょーがないッス」

「ツグ姉も」

「う、うん。配信も終わったしね、うん」


 もぞもぞと後輩がコタツから這い出ていき、従姉ものそりと立ち上がる。従姉はまだ作業場に戻るようだ。俺は……明日は月曜、仕事が待っている。


「おやすみ」


 告げて、ふすまを閉める。……そういえばこのふすま、俺が寝るときしか閉じてないな……。

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