東京セクシーパラディオン 対 島根出雲ツナイデルス 21回戦(下)
『さあ九回表、パラディオンの攻撃。スコアは1対2。しかしパラディオンは昨日、一昨日と最終回で得点を挙げて勝っています。その勝負強さを押し出していきたい。打順は九番から。ツナイデルスの投手は……おっと? 抑えに出てきたのは、
『1点差でクソ猿か。ええんか?』
『諦めの早い選手ですからね。抑えとしてどうかとは思いますが……他の投手の登板間隔を考慮してでしょう』
マウンドに上がったサル系男子は、唇をブブブと震わせる。
『今シーズンでは2点以上リードした場面で出てくることが多いダン。今日は1点差ですがモチベーションはどうでしょうね。……さあ投球練習が終わりました。九番バッターは……おっと、代打です。ライト、枝渡ガンモに代わり、
『新潟の長距離砲来たか』
マンモス系男子がバッターボックスに立つ。
『バッティングはええんやけど、守備はアレやしポジ一塁やし、足も遅いしな』
『ゴリラがいる限りスタメンは難しいですね。しかし代打として成績を残しつつあります。まずは塁に出て欲しいところ』
構えるマサルを見て、ダイトラはど真ん中にミットを構える。マウンド上で、ダンがニィッと笑った。
『さあ初球!』
カキッ!
『高く上がった! レフト――捕りました。1アウト。レミ、危なげない捕球でした』
『その後ろのイッヌはなんでここまで走ってくるんや……』
『指にかかったストレート、マサル打ち上げて1アウトです。続いてのバッターは一番、南北ジノ丸』
ジャガー系男子がバッターボックスに入り。ダンはクルクルと帽子を回してかぶりなおす。一球、二球とテンポよく投球が進み――
『――……ファール。フルカウントから粘っていますジノ丸。これで9球目』
『今日はクソ猿の出来がいいみたいやけど、ここまで粘れば折れてくるやろ』
兄ちゃんの言葉の通りか、マウンド上でダンは空を仰いで息を吐く。ダイトラの出したサインに頷くも、面倒くさそうに構えて――
『10球目!』
ガギッ!
『三遊間! マテン届いた、一塁送球するがセーフ……おッと、ザン子こぼしてしまいました』
『まー今のはちと送球も……おッ?』
『え!? ジノ丸、走った!? ザン子、投げ――られない、二塁誰もいない! マテンカバーに入るが悠々二塁――二塁も蹴った!? 三塁、三塁も誰もいない!?』
無人の三塁に、ジノ丸が滑り込む。
『こ、これは珍しい! 内野三塁打です!』
マウンド上でダンが帽子を地面に叩きつける。
『まーこれは怒る気持ちも分かるわ』
『リプレイです。三遊間の深いところへ飛んだ打球。これをサードとショートが交差するように追います。サード、マテンがキャッチして一塁へ送球。ワンバウンドしたボールをファースト、ザン子が弾き、ボールは後方へ。とはいえそこまで大きくこぼれたわけではなく、数歩で捕れる範囲です』
『まー、セカンドのカバーの判断が悪手になってしもうたな。弾いたのを見てすぐ一塁に向かってるわけやが……』
『そのため二塁ベースを守る選手が誰もいなくなってしまいました。その隙を見逃さず、ジノ丸が進塁。マテンがカバーに向かいますが間に合わないと見てザン子は投げません』
『そこも間違いやな。せめて投げておくべきやった』
『ですね。三塁へ走り出したときタッチできたかもしれません。ジノ丸、三塁に向かって走り出したときには、三塁も無人。ショート、ドーラは球を追った後に足を止めており……』
『最初から三塁のカバーに行ってりゃな。結局、鈍足ショートは間に合わずに三塁打よ』
『いやー、大きな送球ミスのない内野三塁打は珍しいですね! 記録としては……一塁までは安打ですね。送球が間に合ってなかったので、ザン子の捕球ミスは関係ないと。二塁、三塁の進塁は野選になります』
『なんならクソ虎が三塁にカバーに行くとかいう珍プレーかまして、内野ランニングホームランしてくれてもよかったんやがな。まあ、あいつは走らんか』
青い虎は本塁でムスッとしながら座っている。
『ジノ丸、すばらしい判断でした。これで1アウト三塁。ワンヒットで同点が見えてきましたよ』
『クソ猿ならこれで折れたでしょ。いけるいける』
『二番、レフト、赤豪原ビワ太。守備のツナイデルスは……監督からスクイズ警戒の指示が出ました』
『1点とかケチ臭いこと言わずに、ここは打って出るやろ。忖度監督は読めとらんな』
『とはいえ完全にその可能性を捨てるのも難しいですよ。さあバッテリーはどうするのか』
ダンはげんなりした顔をしながらダイトラのサインを待ち……サインが出ない。
『……ボール! ダン、投球が出来ずピッチクロックでボールカウントです』
『何やっとるんや』
ダンは大きな身振りで抗議の意を示し、タイムをかけてダイトラに詰め寄る。
『言い合いになっています。ダン、サインを出すように要求しますが……ん? このアイコンは?』
『申告敬遠するか? っつっとるな。んでふざけんな、と。で? うん。……好きに投げろ? は?』
『……ノーサインで、ダンの好きなように投げろ、と。ダン、意図を聞いていますが……審判が割って入ります。タイム終了です』
ダンはダイトラを見ながらも、しぶしぶマウンドに戻っていく。
『ノーサインねぇ。昭和の伝説って感じやが、どうなのよ実際』
『投げてから0.5秒以内に飛んでくるボールのコースも球種も分からずに捕るとか、やりたくないですよ。できなくはないでしょうけど、エラーどころか怪我する可能性だって格段に増えるでしょう』
ダイトラはサインを出さない。しばらく待ったダンは、ペッと唾を吐いて構えた。
『ダン、フォークを選択。捕ってみろといわんばかりの全力投球!』
ブンッ ダッ パシッ
『――空振り! ボールはミットの中! ダイトラ、ワンバウンドを見事に捕球しました。1ボール1ストライク。通常でも捕球の難しい、それもワンバウンドしたフォークボールでしたが……』
『配球を読んどったか? まあ、続けばええがな』
『3球目は……スライダー? データ上ほとんど投球したことのない球ですが』
チラリと三塁のジノ丸に目をやってから、ダンが投げる。
『ストライク! 胸元へのスライダー! それほど曲がりませんでしたが、逆にそのおかげでゾーンに入った形です。これで1ボール2ストライク』
『おいおいカンガルー弟、見送るなや』
『4球目は……これはボール。ビワ太、カーブを見てバットを止めました。2ボール2ストライク』
ダンはブフーッ、と息を吐き、じっとビワ太を見て思考する。
『5球目……選択したのはストレート。ダン、投げた!』
カッ
パシッ
『――……アウト! 最後は……記録はキャッチャーフライ。ビワ太、打ちに行きましたがボールの下を叩いてしまいました。こすってわずかにホップした球を、ダイトラ、座ったまま手を伸ばして捕球。アウトです!』
『クソ虎のくせにかっこいい捕球の仕方しよって』
『いやしかし、これは格好いいですよ! ファウルチップに近いフライですからね。捕るのは難しいし、それを平然と、こう、ハエ叩きのように捕るのはすごいです!』
『チップでも取ったら第三ストライクやからアウトに違いはないけど、浮いたからフライ判定か』
『ですね。それにダンの投球もよかったですね。いつものピッチングができてるんじゃないですか?』
マウンド上で、ダンはニヤリと唇を曲げて笑う。
『初回のパスボールがなんだといわんばかりのダイトラのキャッチングも見事です』
『悠長なこと言っとる場合か。2アウトやないかい』
『それもそうですね。次の打者になんとかしてもらいたいところです。三番、指名打者、赤豪原ガル』
態度の大きいカンガルー系男子が、バッターボックスにやってくる。
『打てよカンガルー兄。せめてゴリラに繋げよ!』
『そうですね。ゴリラならきっと……ん? ダイトラ、何か』
ダイトラがガルに声をかける。
『初球はど真ん中だぞ、……と? ミットを見せてアピールしていますが』
ガルは鼻で笑って投手のほうへ視線を戻し――ダンが頷くのを見て顔色を変える。
『初球投げた! ――空振り!』
ガルはどしん、と尻餅をつく。
『フォークに手を出しましたガル、空振りです。ああー、ガル、怒って何か言ってますが、ダイトラ、無視してます』
『ささやき戦術かよって感じやが。はー、この従兄弟、似たような球空振りしよってからに』
『先ほどの投球もノーサイン、ですね。ダンが頷いて見せたのはハッタリのようです』
肩を揺らして笑うダンは、じっと次の球を考え込む。
『2球目――インハイ、見送ってボール。カウント2アウト1ボール1ストライク。ジノ丸は……ホームスチールは難しいでしょうねえ』
『一回と完全に逆で、ダンが右でガルが左やからな。丸見えやし、やらんやろ』
『さあ3球目!』
ガキッ!
『高く上がったが――切れました、ファール』
『もうちょっと溜めとったら行ったやろ。次はいけるで!』
ガルは舌打ちしてバットを回す。
『逆転の望みをつなげられるか。1ボール2ストライクと追い込まれています。次に控えるバッターはゴリラ。ツナイデルスとしてはなんとしてもガルで仕留めたいところでしょう。さあまたもノーサイン。ダンが投げる球は何か、4球目!』
ガキィ!
『打った大きい!』
『おっしゃあ!』
ダンは帽子のつばを下げて息を吐く。
『レフトバック! これは入るか!? ジノ丸はすでにホームを踏んでいる!』
『行け行け行け!』
『――いや、レフト構えた。フェンス際、跳んだ! ――こぼした!?』
ジャンプしたレミのグラブに白球が一瞬消えて――飛び出してくる。レミの顔がサッと青ざめ――
『コギ六だ!』
その足元にコギ六が滑り込み――
『へ、ヘディング!?』
ボールがコギ六の頭の上で跳ねる。
『レミ、キャッチ、アウト! 試合終了、1対2で島根出雲ツナイデルスの勝利となりました!』
『嘘やろ……』
二塁に向かっていたガルは、審判のコールを聞いてヘルメットを地面に叩きつけた。
『最後はガル、レフトフライに倒れました。レミがジャンプキャッチを試みますが、グラブからボールがこぼれます。そこに滑り込んできたコギ六の頭をボールが直撃。跳ねたボールをレミがつかみなおして、アウトです』
目を回して倒れるコギ六を、レミが抱え起こす。
『コギ六は大丈夫でしょうか? ……あぁ、今自力で立ちましたね』
『こぼれ球やろ? フライを直接ヘディングした人間だって平気やったんやから問題ないやろ。どうせならフェンスの向こうに押し返してくれりゃいいのに』
『まあ普通に捕られてもアウトでしたからね。今日はダンがよくやったというところでしょう』
バックスクリーンに映るスコアを見てボーッとしているダンの背中を、ダイトラが乱暴に叩いてベンチに向かう。ダンは少しよろめいた後、ギャンギャン文句を言いながらその横に並んで歩いた。
『今日のヒーローインタビューは、見事セーブを決めたダンと、逆転のタイムリーヒットを打ったダイトラに決まったようです。ではカメラを切り替えて……――』
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