東京セクシーパラディオン 対 島根出雲ツナイデルス 21回戦(中)

『さあゴリラの打席。やはりここはヒットを打って先制点が欲しいところですね』

『せやな。ホームランでもええで。……まあ、捕手がクソ虎とだと打率が落ちるんやが……』

『さあサインが決まったようです。初球は』


 ブンッ


『空振り! ど真ん中から落ちるスプリット! ビスカ、珍しく初回からエンジンがかかっている様子です。ゴリラ、スイングしましたが空振り、1ストライク』

『そりゃあれだけ色々あれば目も覚めるわな。オネンネしてなきゃ普通にいい投手やからなあ……ちと厳しいかもしれんが。ん?』

『おっと、これはジノ丸……ゴリラが不調と見て……ホームスチールを計画!?』


 ジノ丸は思考アイコンを浮かべながら機をうかがう。


『ビスカは左やし、ゴリラが右バッターボックスに入っとるから、死角は多いしいけるか?』

『そうですね。三塁はビスカにとって背中、ダイトラからもゴリラの影になって……っと? いや、ダイトラ、気づいている!? 一歩下がって視界を確保していたダイトラ、どうやらジノ丸の意図に気づいている様子!』

『クソ虎のくせに!?』


 ダイトラはフンッと鼻を鳴らしてサインを出す。


『ぶ、ブラッシュボール。ダイトラ、ゴリラの顔面ギリギリへのボールを要求しています』

『は? おいやめーや、万一当たったらシャレにならんやろが』

『ビスカ、少し考えて頷いた!』

『ウソやろ!?』

『投げたッ! ……ゴリラかわしてボール! 危ない……は? ダイトラ、ビスカに怒鳴りながら投げ返します』

『警告くらってるんだから気をつけろ? いやお前が要求したんやろがクソ虎』

『ビスカ、失投しただけだと逆ギレしています。……まあ、確かに抜けスラのように見えましたが、要求はストレートでしたよね』

『より、見せるようにしたんやろ。いやらしいなオネンネ』


 ダイトラとビスカはしばらく言い合いを続け、審判に注意されて黙り込む。グラブを構えてサインを要求するよう顎で示したビスカに対し、ダイトラが右手のひらを上にしてゆする動作をした。それを見たビスカが不承不承ながらロージンバッグに向けて手を伸ばし、三塁に背を向けたまま腰を曲げ――


『ジノ丸走った!』

『罠やぞ!?』


 ビスカがすばやく投球モーションにうつる。タイミングは完璧。のそりとダイトラが腰を上げ外に外したボールを――



 ガキィ!



『ッ打った!? ライト線切れ、ない、フェア! ご、ゴリラタイムリーヒット! ジノ丸、ホームに還りました! 先制点はパラディオン! 1対0!』

『ワイは信じとったでゴリラ!』


 一塁に立つゴリラに歓声が集まる。


『リプレイです。ビスカがロージンバッグを取ろうとして……ああ、これ手にボール持ったままだし、目線はダイトラを向いてますね。そしてジノ丸がスタート、ダイトラの合図でビスカが投球。うーん、これは完璧にアウトのタイミングでした』

『ゴリラが打たなければな。いやー、やられたかと思ったわ。外し方が甘かったな。クソ虎はキャッチングだけはええんやから、いっそ足元にでも投げればよかったんちゃう? さすがに打てんやろ』

『警告がありましたから、これ以上の微妙な球は二人とも嫌がったんでしょうね。しかし、味方がホームスチールを敢行している状態で、間に合わないと見切ってヒッティングに行くとか、恐ろしいゴリラですね』

『それはもうゴリラよ』

『いやー、仕掛けられた罠を力でねじ伏せてやった形ですね。これはバッテリーに動揺もあるんじゃないでしょうか』

『追加点ありえるな!』


 と実況解説は盛り上がったものの。


『引っかけた! サード、一塁送球してアウト。東京セクシーパラディオン、一回表の攻撃はゴリラのタイムリーヒットで1点に留まりました』

『はー、なにやっとんのやシカ王子は。ホイホイひっかかりよって。オネンネとクソ虎のほうがよっぽど冷静やったぞ……まあこの二人のメンタルがやられる、っちゅーのはないか、うん……想像できんわ』

『追加点は難しいかもしれませんね。この先制点がどう生きてくるのか。試合の流れに注目です』



 ◇ ◇ ◇



 試合はその後投手戦の様相を見せる。ビスカも兄ちゃんが褒めるほどのピッチングで打者を抑え、どちらも0得点のまま回を進めた。試合が動いたのは――八回裏。


『打った一二塁間抜ける! ランナー三塁回った、バックホームどうか!? ……セーフ! 平乾ひらかわイネコ、手痛いタイムリーを浴びました。これで同点、1対1! 八回裏にして試合が振り出しに戻ってしまいました!』

『はー。まあ1点はしゃあない。打線の責任や。援護がないのが悪い』


 一塁上でヒットを打ったセンザンコウ系女子、ザン子が、島根ベンチに向かって手を振る。それに応えて、ネズミ系女子が拍手をした。


『ザン子は打撃成績を上げてきている感じですね』

『さすがにプロに慣れてきたんやろ。獣子園じゃ四番やったし、いいバッティングしとったで』

『イネコには踏ん張って欲しいですね。獣子園ではベスト8まで導きドラフト4位入団。今期は中継ぎとして起用されています。成績は今のところ冴えませんが、今日はなんとかこの回を守り抜いて次に繋いでほしい。次のバッターは、六番ライト、岩ノ間テル』


 ガヤガヤとわめきながらラーテル系男子がやってくる。捕手のクマ系男子、暗洞ボンドは辟易した表情を浮かべた。


『毎打席うるさいですね』

『ゴチャゴチャわめいてるだけの三流や。三振にしたれ!』


 ボンドはテルの様子を見てニヒルな笑みを浮かべると、サインを出す。一球、二球。あっという間にカウントが進み――


『平行カウントまで追い込みました。1アウト2ボール2ストライク、ランナー一塁。ボンド、次はインハイのストレートを要求。イネコ頷いて――投げた!』


 ガドカッ!


 バットを振った瞬間、テルは足を跳ねて飛び上がる。


『あーこれは痛い! テル、ファールボールが右足に当たってしまいました。自打球です。タイムがかかりました。審判が……あー、これは続行不可能のようですね。交代でしょう』

『レイに続いてまた外野が負傷とかツイとらんな。ん? 島根の控えの外野ってあと誰や?』

『今、スコアボードに名前が出ましたね。代打、寒野かんのレミ』


 島根ベンチ内で、まだらな毛色のネズミ系女子が自分を指差してキョロキョロする。その肩を、キリン系男子のガンタが叩いてベンチから送り出した。


『レミは一軍の公式戦、初出場です。バッターボックスに向かうのもぎこちないですね。大丈夫でしょうか』

『かといってこのカウントで代打要員出すのもな。いずれ経験は積まないかんし』


 バッターボックスで震えるレミに、一塁からザン子が声をかける。しかしレミには聞こえていない様子だった。


『まー島根には悪いがアウト1つ貰ったも同然やな、こりゃ』

『おっと、ベンチから指示が……どんな球でも初球を打て? ははあ、思い切りましたね』


 イヤホンに手を当てていたレミが、こくりと小さく頷く。


『ほう。忖度監督もマシな采配するやん。あのまま縮こまって見逃しより、空振りの方が百倍マシやからな』

『あ、どうやらダイトラが監督に進言したみたいですね』

『……なんちゅーかうまくいってほしくない気持ちでいっぱいやで』

『なんでですか……。と、サインが決まった様子。イネコ投げ――ランナー走った!』


 パキッ!


『げぇ!』

『流したライト前! ランナーは三塁へ、エンドラン成功! 驚きました。島根の新人、レミ、初打席初球を叩いて初ヒットです!』


 一塁上で、胸に手を当ててレミは深呼吸する。三塁ではザン子が、そんなレミに向けて親指を立てていた。


『いやー、すばらしい結果ですね』

『そんなに褒めなくてもええんちゃう?』

『はっはっは、僕は初打席で打てなかったんで』

『お、おう。やめろやたまにそういうの放り込んでくるの……試合の話にもどしてくれる?』

『はい。えー、八回裏、1対1、1アウト一塁、三塁という状況です。ピンチを迎えましたパラディオン』

『まあ普通ならピンチやな。普通なら』

『次の打者は――』


 ザッザッ、とベンチから大きな体が出てくる。


『ネクストにおれよな、ダメ虎……まぁ居なきゃあかんっちゅー決まりはないが』

『七番、キャッチャー、山茂ダイトラ! 本日ここまでノーヒットです』

『1アウトやし、スクイズはあるな。この虎バントはうまいし。いや、ここはそういうの無視して打ちにいってゲッツーくらってくれると助かるわ』

『初球――大きく外しました。ボール。スクイズを警戒して内野は前進守備。第二球――きわどいがストライク! 見逃しでカウント1ボール1ストライク』

『仕掛けるなら次やな』

『ですね。おっとベンチ動きました。島根のアラシ監督、スクイズのサイン』


 ザン子が咽頭マイクを押さえて短く了解を返し――


『おっと? ダイトラは打たせてくれと言ってますね?』

『ワイは支持するでクソ虎! ゲッツーや!』

『アラシ監督、折れません。スクイズ敢行です! イネコ、構えて――走った!』


 ネコ系女子が投げた瞬間、走り出す。三塁のザン子が――東京のファーストとサードが。


『ウエストだ!』


 キャッチャーが立ち上がる。ダイトラは舌打ちし――


『ッ弾いた! ファール、ファール! スクイズ失敗! ダイトラ、外されたボールに飛びついて弾きました』

『はー、守備のときもこれぐらいやったらどう?』


 ジャンプしてボールをファールゾーンに弾き出したダイトラは、その勢いで反対側のバッターボックスに着地してたたらを踏む。


『1アウト1ボール2ストライク。ツナイデルスがスクイズを試みましたが、パラディオン、読んでいました。ダイトラが弾いてファールにしなければ、アウトが取れていたでしょうね』

『うっかり前に飛ばしてくれてもよかったんやけどな。ホームゲッツーいけたやろし』

『内野陣、いい動きでしたからね。さあスクイズを阻止したパラディオン、ここからしっかりアウトを取っていきたいところです』


 マウンド上でイネコがふぅっと息を吐く。


『スクイズ強行は……ないようですね。ツナイデルスのアラシ監督、打てとのことです』

『ほーん。もっかいスクイズやられたほうが嫌やったけどな。ま、クソ虎ならなんでもええか。はっはっは』

『内野はゲッツーシフトです。さあイネコ、第四球!』


 ギラリ、とダイトラの目元がカットインで表示される。


 続く、打撃音。


『打った鋭い打球! ライト抜けた! 三塁ランナーホームイン! 逆転!』

『嘘やろ!?』

『続いてのランナー、三塁コーチャーはゴー! 回った!』


 減速しかけていたレミが、再加速して三塁を蹴る。


『今中継からバックホーム! どうだ!? 判定は――……アウト!』


 捕手、クマ系男子のボンドが息を吐きながら立ち上がる。その横で倒れるレミは、ホームに届かなかった手をぎゅっと握った。それをザン子が引っ張り上げて、肩を組んでベンチに帰っていく。


『ダイトラ、タイムリーヒットが出ました。2アウト、1対2、ツナイデルスがこの回2点で逆転!』

『ゲッツーしないとかこの虎、中身違うんちゃう……? アメリカで入れ替わってきとらん?』

『打率は低いとはいえ0ではないですからね。こういうこともある、と切り替えていってもらいたいです。さあ次は八番、羊囲コギ六』


 ダダーッ、とイヌ系男子がバッターボックスに走ってやってくる。


『八回裏、1対2、2アウトランナー一塁。これ以上の追加点は避けたいパラディオン。嫌な流れを断ち切りたい』

『いや、まさか、こむら返りコギ六に限ってはないやろ……ないよな!?』


 カキィ!


『――打ち上げた! ふらふらっと上がったセンターフライ! ロージィ、落下点で構えます。……キャッチアウト! コギ六、ライトフライに倒れ、今前を走っていたダイトラの背中に衝突しました』

『歩いとったぞこの虎』

『何はともあれ、3アウト、チェンジです。九回表、パラディオン、1点差をなんとしても追い上げねばなりません!』

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