ポテトの国のブロッサムランド
4月6日。スタジオでの撮影。
「(こんばんは。スコッティ・ペックです。昨日に引き続き、『ケモノプロ野球リーグ』の試合をお届けします。ゲストは引き続き、チェルシーとユウです。昨日の二試合はどちらも日本のプロチームの勝利となりましたね)」
「(ブロッサムズは惜しかったわ)!」
金髪七三分けのスーツを着た男――実況者のスコッティに、チェルシーは両手を握って悔しがってみせた。
「(確かに、接戦でした。ツナイデルスが最後の最後に突き放しましたね。特にキャッチャーの彼がよかった。日本では打てる捕手は貴重と聞きましたが、最後のホームランもすばらしかったですね)」
「(ええ、本当に。彼に負けたようなものよね――)」
チェルシーはムッとしかめ面をする。
「(
ダイトラの顔マネだろうか。
「(ダイトラはスリーベースさえ出ればサイクル安打成立でしたね。目と肩もいいんでしょう。何度も盗塁阻止をしていました。あんな選手がいて現在リーグ最下位とは。ケモノリーグのレベルの高さを感じます)」
まるで別人を語っているように聞こえるが、事実ダイトラは昨日の試合、島根出雲ツナイデルス対ボイシ・ブロッサムズ……練習生の所属しているブロッサムズとの戦いで大活躍だった。アメリカの空気が合ったとでも言うのだろうか。
「(要注意の選手よ。ね)?」
こっちを見て言ってくるが……チェルシー、分かってやってるよな? 目がいたずらをたくらんでる感じだぞ。
「(今後も注目したいですね。さて本日は交流戦最後の試合。日本からは昨年度リーグのチャンピオンのプロチーム、伊豆ホットフットイージス。そしてアメリカからはアイダホ州のアマチュアチーム、ポテトアイス大学になります。これは……ユーザー公募の名前のついた大学ですか? ポテトアイスとは)?」
「(日本にはダイガクイモ、というお菓子がある。ダイガクはUniversity、イモはPotatoという意味だ。カットしたイモを溶けた砂糖でコーティングしたものだな)」
「(またもポテトを使ったお菓子ですか。それでは、アイスは)?」
「(そのダイガクイモをペーストにしたフレーバーのアイスクリームがあるんだ)」
「(なるほど。氷ではなくアイスクリーム)」
どこかで誤訳として流行った言葉らしい。大学芋を『イモ大学』、しかもアイスクリームと書くべきところを略してしまったので『イモ氷大学』なわけで……リハーサルで何度も聞いたはずのスコッティはまたもゲラゲラ笑っている。
「(失礼しました。こちらもポテトを愛する我が州にぴったりの大学名です)」
「(ダイガクイモに使うのもPotato《ジャガイモ》じゃなくてSweetPotato《サツマイモ》だぞ)」
「「(えっ)?」」
えっ、じゃあないんだ。
「(さてチェルシー、この組み合わせについて説明してもらえますか? 現在五位のダークナイトメアはアマチュア大学チーム。最下位のツナイデルスはブロッサムズ。しかし、去年のチャンピオンチームと戦うのはなぜアマチュア大学チームなのでしょうか)?」
「(ブロッサムズでもツナイデルスに勝てなかった。やっぱり経験の差は大きいわ。だったら、特別な何かがないと勝つ可能性がないでしょう)?」
「(ということは、ポテトアイス大学には何か秘密が)?」
チェルシーは、ニヤッと笑う。
「(イージスには特別なボールを見せてあげる)」
◇ ◇ ◇
4月7日。
「イベント登壇、お疲れさまデシタ!」
「オツカレ!」
「ニャニアンこそお疲れ様だ。大変だっただろう」
「イヤァ、ハッハッハ……まだ今晩の帰りがありマスケドネ……」
アイダホ州ボイシ市の外れ。郊外に居を構える遊園地、ブロッサムランド。広場に仮設されたイベントスペースで、来場者に今回の取り組みについてチェルシーと二人で話し、いったん昼休憩ということでアーケードに併設されたレストランにやってきていた。
「マ、アマチュアじゃ散々往復してマスシ。ちょっとしたトラブルはありマシタケド、想定内デス。問題ないと思いマスヨ」
前日、前々日の二日間。日本ケモノリーグから伊豆、島根、青森の3チームが海を渡ってここ、アイダホ州のアマチュア大学チーム、およびボイシ・ブロッサムズと試合を行った。ケモノ選手たちのサーバー移動がトラブルなくスムーズに行えたのは、ニャニアンたちインフラチームの念入りな準備のおかげだろう。
「ダイヒョーこそ、三試合も実況して、今日もイベントに出て、この後取材デショウ? 辛くないデスカ?」
「なんだかんだで、慣れたな」
GDC以降はバーサに同行して取材に営業。休みといえば移動時間ぐらい。それに比べれば同じホテルに連泊して予定通りイベントをこなすことぐらいなんてことない。
「それに昨日一昨日の実況はプロの実況者がメインで、俺とチェルシーは解説だけだったし」
メジャーリーグも既に開幕している。それでも普段メジャーの実況をしているプロを呼んでくるあたり、チェルシーの本気度が伺えた。
「(チェルシーは疲れたか)?」
「(全然! この後もたくさん働くよ! そのためには食べないとね)!」
ニッとチェルシーが笑う。そのタイミングで、テーブルに料理が運ばれてきた。
「(そうだな。人もたくさんいるし、早く食べて席を空けないと)」
イベント効果だろうか。ブロッサムランドにはたくさんの人が訪れていた。レストランも空席が無いほどの盛況だ。中には日本人らしき姿も見える。このイベントに合わせて来てくれたのだとしたら感謝しかないな。
「(ここはVIP席だから時間は気にしないで。楽しんでね)!」
「(なかなかおいしいデスヨ、ダイヒョー。これを早食いなんてバチがあたりマス)」
「(バチ)?」
「(バチというのはデスネ……――)」
ニャニアンがしたり顔で解説するのを、チェルシーはフンフンと頷いて聞いていた。……ここ最近のチェルシーの日本語のレパートリーは、確実にニャニアンの影響だな。
「(それにしても以前来た時とはずいぶん変わったな)」
前回訪れた時は、VRジェットコースターがある以外『古臭くてさびれた遊園地』といった感じだった。けれど今はチラッと目を横にやるだけで違いが分かる。横目で見たディスプレイには――俺の席でケモノが食事をする姿が映っている。
「(あれは普通のディスプレイだっけ)?」
「(そうだね。このレストランは分離型だから)」
分離型。つまり人とケモノが同じ空間にいないタイプのアトラクションということだ。
ケモノ世界にもブロッサムランドを作り、現実と交差させ、ARアプリでケモノと人間が同じ遊園地を遊んでいる場面を提供する。そうコンセプトを固めて開発を進めていったのだが、プロトタイプが出来上がったところで問題が発覚した。
人間とケモノが重なって表示されると、見栄えが良くない。
人間を貫通してケモノの手足が見えたりする様子は、あまりいいものとはいえなかった。これからブロッサムランドに訪れる客が増えれば、より人間の中にケモノがめりこんでいくところが見かけられるようになることは簡単に想定できた。
そこでこの問題を解消するため、ケモノには「人間を避けてもらう」ことにした。園内にカメラを増やして人間の位置情報を取得し、ケモノ世界側に避けるべき障害物として設置する。こうすることで雑踏の中でも、ケモノは比較的人間の少ない場所を移動するようになって自然さが増して――次の問題が発生した。
人気のアトラクションに人間が集まりすぎて、ケモノがそれを障害物として認識するので乗り込むことができない、という。
ケモノと一緒に遊園地を歩き、ARアプリを通して見れば隣の座席にケモノがいる……というのが当初のコンセプトだったのだが、実現しようとすると隣の席を空席にしないといけない。でなければ、人間に重なって乗り込ませるか。
この園に来る人間が全員ケモプロファンで、ケモノと同席したいと考えているなら隣の席を空けてもいいんだろうが、さすがにそうはいかない。長蛇の列の人気アトラクション、VRジェットコースターの乗客を半分にしたら暴動が起きるだろう。ブロッサムランド側としても収入が半減だ。ケモノは現実のお金を支払わないのだから。
そこで解決策として出されたのが『分離型』だ。人間とケモノで、利用する施設を分ける――と言っても物理的には分けない。バーチャルで分ける。例えばこのレストランのように、ケモノ世界での店内からは人間を消し、ケモノ専用スペースにする。お互いの世界はこうして所々に設置されたディスプレイを通して見ることができるわけだ。
この仕組みのおかげで、ケモノもアトラクションに乗れるようになった。VRジェットコースターのように車両が出るタイプのものはもっと簡単で、バーチャルな『ケモノ専用車両』を運行すればいい。待機列もケモノと人間で別々なので、列に並んでいる間にARアプリで隣のケモノの姿を見ることができる。またケモノ専用車両はバーチャル内で併走するので、走行中も楽しめるだろう――周囲を見る余裕があれば。
「(通りは『同居型』だったな)」
通りに面した『窓』からは、人ごみにまぎれて歩くケモノの姿が見える。サンディエゴの事務所で見たものと似たような仕組みだ。観覧車のような比較的余裕のあるアトラクションも同居型で、これはスマホのARアプリで隣にケモノが座るのを見ることができる。
「(アーケードもよかった)」
アーケードの壁の一部、そして天井はほぼ全面ディスプレイになっていた。上を見上げると、雑踏の鏡像の中にケモノたちの姿が混じっている。
「(いいでしょう! あれは鏡面ディスプレイだよ。すっごくお金かかったよ)!」
「(あぁ……その、大丈夫か)?」
「(必要なことだからね)」
チェルシーは肩をすくめる。
「(全員がARアプリを起動してくれたらいいけど、そういうわけにもいかないし、何より手軽に『一緒にいる』と感じてもらわないと面白くないし? そうしたらこうやって『窓』を、いろんなところに、たくさん用意しないとね。『窓』ならスマホじゃなくても一緒に写真が撮れるし、面白いでしょ)」
「(確かに、常にスマホを使ってくれとも言えないな)」
そんなことしたらバッテリーもすぐに無くなってしまうだろうし。
「(お金なら、問題ないよ。大きな融資が通ったからね! 金額は……――)」
数字を聞いて……頭の中で何度か計算した。単位聞き間違えてないよな? 日本じゃ見たこともない桁数なんだが。
「(それは……とてもたくさんだ。よく融資してもらえたな)」
「(設備投資はお金がかかるからね。でも、これぐらい普通じゃない)?」
「(普通か……)?」
「(ケモプロ、ビーストリーグにはそれだけ成功の可能性があるってことだよ)!」
期待されているということか。ケモプロだけでなくブロッサムランド自体の評価もある気がするが……それにしても桁が違う。平然としているチェルシーは、なかなか覚悟が決まっているな。
「(他の企業からもVRジェットコースターの仕組みを応用したアトラクションの開発依頼を受けてるし、お金は大丈夫だよ。まだまだ作りたい施設がたくさんあるし、ブロッサムズがプロになったらああやってバーチャル側だけじゃなくて着ぐるみも作りたい……んっ? あれってイージスの選手じゃない)?」
チェルシーが通りの『窓』を指す。
「(そうだな)」
「(元気ないデスネ)」
伊豆ホットフットイージスの選手たち。ツツネやバラ助は――めちゃくちゃ肩を落として歩いていた。
「(そりゃあそうだろうね。なんせ)」
チェルシーはニヤッと笑う。
「(特別なボールを投げたからね)!」
◇ ◇ ◇
「(三者凡退に終わった一回の表。裏はホットフットイージスの攻撃になります。バッターは一番、
スコッティの実況に合わせてカメラが切り替わり、ハイエナ系男子がバッターボックスに向かう様を映し出す。その表情は余裕に満ち溢れていた。
しかし、一球目からその表情は崩れ去る。
「(ストライク! 空振りです)」
初めは首をかしげて。
「(ストライク! またしても空振り! 2ストライク!)」
困惑を顔に浮かべて。
「(……3ストライク)!」
最後には完全に混乱して、なかなかベンチへ帰ろうとしなかった。
「(たった3球でアウトです! ポテトアイス大学、先頭打者を三球で仕留めました)!」
そして次も、その次の打者も似たような形で三振をとられる。
バッター三人が疑問符を浮かべて回が切り替わり、そしてあっという間に二回の裏。
「(――3ストライク!
尻餅をついたバラ助が、顔を赤くしながらベンチへ戻る。それと入れ替わりになる打者は、冷静に顔を引き締めた。
「(さあ次のバッターは五番、指名打者。ケモノリーグでも屈指のバッティング技術を持っている選手です。彼女が打てなければ、イージスの得点は絶望的でしょう。打撃のキーマン、チーム魂を持つオオカミ、
クオンは初球を様子見する。速度の乗らない球を見送り――ストライク。思考のアイコンが浮かぶ。いける、同じ球なら次は打つと。
「(第2球――)」
投じられたボールを、クオンは目で追い、バットを振って――
「(ストライク)!」
目を剥いてクオンはキャッチャーとピッチャーを交互に見る。
「(氷土クオンでもこの球は捉えられない)!」
キャッチャーから投げ返されたボールを、オレンジ色の顔をしたトリ系男子が受け取る。
「(これはとんでもない選手が出てきました。すばらしい才能です)」
スコッティは興奮した様子で叫ぶ。
「(ポテトアイス大学の、
◇ ◇ ◇
「(彼らには悪いけど、チャンピオン・チームを倒してすごく盛り上がったよ)」
伊豆、島根、青森の3チームが海を渡り、交流試合に挑んだわけだが、伊豆だけが地元大学チームに敗退した。ここ最近は連勝続きで調子が良かっただけに、伊豆のファンの驚きと落胆は相当なものだった。
イージスを下したのは、アイダホ・リージョンシリーズ・ファーストディヴィジョンに属する――つまりアイダホ州大学リーグの一部リーグに属する強豪校。
「(まさかナックルを投げる投手がいるとはな)」
ナックル。現代の魔球。無回転に近いボールが不規則に変化するこの変化球の投げ方が、シャーマンによってケモプロ世界に持ち込まれたのが去年の7月。それらしいボールを投げる選手もちらほらと出てきてはいたが、成功率、変化量共に微々たる物で成績を残せてはいなかった。
そこに現れたのが、ポテトアイス大学に所属する一人の投手。彼によってポテトアイス大学はリーグで好成績を残していた。今回のイベントで戦った伊豆ホットフットイージスも、捕手の後逸が多発したため完全試合こそ免れたものの、ヒットを打つことは誰一人としてできずに0得点の完封負け。
「(しかも、名前がロビンとは)」
Robin R Nearwoods。コマドリをモチーフにしたケモノ選手。
「(そうそう。『プニキ』だっけ? 『クマのプーさん』が野球ゲームになってるとは知らなかったけど、最強の投手がクリストファー・ロビンっていうのは面白いね)」
チェルシーはクスクスと笑う。
「(なんでクリストファー・ロビンのことを、ファーストネームじゃなくてロビンと呼ぶの)?」
「(プニキでの表示名がロビンだからだろうな)」
あとは……アニメだと常にフルネームで呼んでいるが、クリストファーよりもロビンの方が日本人的には言いやすいというのもあるかもしれない。短いし。
「(いい名前を授かったってことね。ドラフトで取れることを祈らなきゃ)」
ドラフトは9月。まだ大会――カレッジ・ビーストシリーズも控えていることだしこれから色々な選手が出てくるだろうが、少なくともロビンがプロに選ばれないということは無いだろう。
「……ん」
ふと。店内に配置されているディスプレイのひとつに視線を感じる。ケモノ世界のレストランを映すディスプレイの中には――青い虎。
「ダイトラじゃないか」
「(オー、問題選手の登場デスネ。何か話してマス)?」
「(そうだな。見てみよう)」
スマホを取り出してアプリを起動する。分離型の場所ではスマホを『窓』代わりにケモノ世界を見れるようになっていた。
レストランの一席に、ダイトラと……ラビ
「(どうやら昨日のイージスの試合について話しているようだな)」
「(そうね。ロビンの話みたい)」
ケモノ選手の言葉は日本語でも英語でもない。アイコンの羅列だ。そこにはロビンの顔アイコンと、ナックルの変化球アイコンがしきりに表示されていた。
「(プロもロビンに注目しているってことね。……ん)?」
ストン、と。
空席に一人、ケモノが座り込む。4人は顔を合わせて、そのケモノを見つめた。
「(この子は誰だっけ)?」
「(青森ダークナイトメア・オメガのキャッチャーだ)」
メガネをかけた小柄なマンモス女子。
その彼女は席に座ると、真っ直ぐにダイトラを見て話し始めた。アイコンの内容からして、昨日のイージスの試合について。ただし、ロビンについてではなく。
「(……ポテトアイス大学の打席について話してるの)?」
「(後半、点を取られたところについてだな)」
回数、カウント、出塁状態。打者に対して、何を投げさせるか? ナガモが問いかけ、ラビ太とノリ、ウルモトが顔を見合わせる中――これまで黙っていたダイトラが短く答える。
「(ど真ん中? 彼らしいね。いいとは思えないけど……)」
「(でも納得したみたいデスヨ)」
ナガモは頷くと、次のシチュエーションについて話し始める。ダイトラが答え、ナガモがまた長々と問いかける。いつの間にか、黙っているのはラビ太たちになっていた。
「(キャッチャー同士、話が合うのかな)?」
「(かもしれない)」
「(話が合う相手は大事だよね。私もユウやニャニアンが来てくれてよかったよ。もう少し滞在していかない)?」
「(悪いが)」
チェルシーは唇を尖らせる。
「(チェッ。そんな態度じゃ『バチ』が当たるよ! ……いつか家に遊びに行ってもいい)?」
「(もちろん、歓迎しよう)」
ニャニアンは住んでいないが、その時は呼べばいいだろう。それぐらいのスペースはある、はずだ。各人の引越しは順調と聞いている。
……シオミと一緒に引越し作業をしている従姉から毎日「助けてぇ……」とかメッセージが送られて来るんだが、たぶん大丈夫だろう。うん。
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