【挿話】熱狂の記録(下)
『準決勝第二試合、九回裏。球場は最高潮に達しています! 九回表、テンマがコバヤシにまさかの代打同点ツーランホームランを浴びて2対2。同点となったこの試合。続投したサンから米沢南、粘りに粘って先頭がフォアボールでランナーを出すと、バントバントで繋いで、2アウト三塁。逆転のランナーを抱えてバッターボックスに立つのは――エース、テンマダイチ!』
肩で息をするサン。テンマも深呼吸をしてからバッターボックスに入る。
『テンマは初打席で初球ホームランを放っています。その後は敬遠をされていますが、七回は捕手ボークでの出塁から得点をあげました。西武竹沢、二年生、サン。この回はテンマをどうするか』
キャッチャーがベンチを見て、わずかに生気を取り戻した顔の監督が頷く。
『初球! ――ボール!』
次の瞬間、球場が揺れる。怒号、ブーイング、足踏み、悲鳴。
『初球はボール。キャッチャーは立っていません。しかし、お聞きください、この球場の騒ぎを。テンマが敬遠されるたび、球場から非難の声が上がっていました。そして今回。敬遠の意図は分かりませんが、初球がボールだっただけでこの状況です』
その騒ぎは、二球目、三球目がボールと判定されるたびに大きくなる。
『あーっと、グラウンドに物が投げ込まれました! 次々投げられていきます! 審判がタイムをかけました! これはいけません。グラウンドに物を投げてはいけません!』
審判がマイクでスタンドに呼びかけ、騒ぎがいったん落ち着く。
『今、審判と守備陣、各校のボールボーイが投げ込まれた物を拾って……おや?』
バットを置いて走っていくテンマ。投げ込まれたゴミを拾い、深くスタンドに頭を下げる。静まり返る球場。
『……テンマ、バッターボックスに戻りました。何か、笑顔でランナーに呼びかけています。プレイ再開です。打って変わって静かになった球場です……』
カメラはさわやかな笑顔を浮かべたテンマを、それを見つめる米沢南のベンチを、スタンドで両手を組んで祈りをささげる女子生徒たちを映す。
『九回裏、2アウト3ボール、ランナー三塁』
サンが、キャッチャーが監督を見て、変わらないサインに頷く。
『サン、第4球!』
投じられたのは外の球。誰が見てもボール。球場が息を吸い込み――
テンマが跳ぶ。
『当てた! 打球はフェアゾーンへ! これはピッチャーかファーストか微妙なところ! サン拾いに行く! テンマ走る!』
駆けるテンマの横で、サンが打球を拾う。
『三塁ランナーは還った! サン、タッチ――かわされた! 体勢崩れたが、一塁送球! ヘッドスライディング! これはどうだ、判定は!?』
コールはなかなか上がらない。一塁手が、サンが、テンマが、審判の顔を見るまでの長い時間をかけて。
『――セーフ! セーフです! 2対3!』
球場がうなりをあげ、サンは膝をつく。テンマの元にチームメイトが駆け寄る。
『テンマ、アウトコースのボール球に飛びつきました。ボールが転がったのは一塁線微妙なライン。キャッチャーの指示でサンが追いました。捕球しグラブでタッチを試みますが、テンマがそこから伸びてかわしました。そして最後は気迫のヘッドスライディング! サヨナラ内野安打! 山形県勢初の決勝進出! そして東北勢初の優勝に向けて王手がかかりました! 新星のごとく現れたニューヒーロー、テンマ! 今チームメイトと共に整列を……――』
◇ ◇ ◇
試合後。球場内にてテンマ選手へのインタビュー / 全国放送のテレビ局 2017年8月放送
『決勝進出、おめでとうございます!』
『ありがとうございます。チームのみんなのおかげですね』
『山形県勢初の決勝進出ですね』
『光栄なことだと思っています』
『そして明日勝てば初の東北勢の甲子園優勝ということになりますが、チームを率いる主将、エース、そして監督としてどういうお気持ちでしょうか?』
『気が早いですよ(笑)。ですが皆さんがそれを期待しているというのは自覚しています』
『決勝は父鬼高校とですが』
『タツイワ君となので厳しい試合になりそうですね。でも「明るく楽しく」が僕らのモットーなので、プレッシャーを気にせず立ち向かいたいと思います』
『今日は九回まで完封という試合内容でしたが』
『堅実な采配をされてこられたので、うまく対応できた結果だと思います。その分、九回は意外でしたね。おかげでやられてしまいました(笑)』
『最終回について聞かせてください。1アウトランナー二塁からの送りバントは、この展開を見越しての指示ですか?』
『いや、タカハシ君の判断ですね。ここまできたら打って来てくれとしか僕には言えないですよ。同点に追いつかれたのは僕の責任ですからね。もちろんやってくれると信じてはいましたが、結果的に僕に託してもらったのは嬉しいことです』
『二打席目から敬遠されたと思いますが』
『勝つことが全てという監督さんもいますからね。残念ですがそれは否定しません。立派な戦術だと思います』
『最後、跳びこんだのは自信があったからでしょうか』
『まだストライクカウントに余裕があったからですね(笑)うまくいってくれてよかったですよ。七回のイケダ君みたいに、僕らはチャレンジすることを良しとしてますので』
『そういえば二回は、本選初ホームランでしたね。おめでとうございます』
『あ、そうでしたっけ? ……いや、どの高校も強くて必死に戦ってきたので、あまり記録は覚えていないんですよ。予選では打っていたので、本選初という印象はなかったです。ありがとうございます』
『ここまで全試合完投ですが、疲れはどうでしょうか? 決勝でも投げますか?』
『状況に応じてペースを調整しているので大丈夫ですよ。最後だからと全力で投げて同点ホームラン、なんてことも今日はありましたけど(笑)八分の力で投げたほうが調子いいのかもしれないですね。ともかく、タツイワ君との対戦を視野に入れてここまできましたから、決勝も投げさせてもらいます』
『最後に、東北にお住まいの方に向けて一言いただけますか?』
『みなさんの気持ちは僕と同じです。決勝、見守っていてください』
『ありがとうございました。米沢南高校のテンマ君でした!』
◇ ◇ ◇
天才・天間大地、甲子園初本塁打 / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
(ホームランを打つテンマと、振り返ってスタンドを見るサンの写真)
ニューヒーロー・天間・サヨナラ内野安打! / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
(一塁に向かって駆けるテンマと、背中にタッチしようとして空振りするサンの写真)
力投・天間準決勝制する・東北勢初の優勝へあと一勝 / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
(投球するテンマと、空振りして膝をつくサンの写真)
◇ ◇ ◇
米沢南逆転勝利! 東北勢初優勝の快挙! / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
2017年夏の甲子園は一人のヒーローの劇的な勝利で幕を閉じた。怪物・龍岩試を擁する大阪父鬼を決勝で破ったのは、誰もが注目していなかった無名の公立校、山形米沢南。それを率いた天間大地こそがこの夏のヒーローだった。九回裏、2アウトランナー一塁から飛び出した逆転サヨナラホームランは間違いなくこの夏を象徴するアーチだった。全試合を完投しチームを優勝に導いた天間は、間違いなく今年のドラフト一位候補――……
(後略)
奇跡のアーチ・東北に優勝旗渡る / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
成った! 白河の関越え! / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
ヒーロー天間、怪物龍岩を下す / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
歴史的快挙! 米沢南・天間勝つ! / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
公立校の起こした奇跡、東北初の甲子園優勝 / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
甲子園初出場初優勝! 米沢南 / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
怪物敗れる 新たな英雄の誕生 / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
夏三連覇ならず! 名門父鬼涙の敗北 / 全国紙の新聞 2017年8月の記事
(他、同様の記事多数。多くの報道機関のトップニュースを独占)
甲子園にて初の東北勢の優勝、これまでの歩み / 野球雑誌 2017年9月の記事
『ニューヒーロー』天間大地、プロ注目 / 全国紙の新聞 2017年9月の記事
天間、6球団が指名か / 全国紙の新聞 2017年9月の記事
ドラフト 天間4球団、龍岩5球団指名 / 全国紙の新聞 2017年10月の記事
史上二人目の女子プロ野球選手なるか? / 全国紙の新聞 2017年10月の記事
天間入団会見。ライバルは龍岩? / 全国紙の新聞 2017年11月の記事
◇ ◇ ◇
第100回記念大会 埼玉、夏の甲子園初優勝! 去年の雪辱を果たす / 全国紙の新聞 2018年8月の記事
(前略)
――……1対5で私立西武竹沢高等学校が勝利した。西武竹沢は夏の甲子園に2年連続出場。初出場の去年は天間選手に準決勝で敗退したが、今年は埼玉県勢念願の夏の甲子園を制することができた。決勝を1失点で完投した三年・三人太郎(写真・三が苗字)は念願かなってかマウンド上で涙を……――
(後略)
異例の逆指名、三人太郎 / スポーツ系の新聞 2018年11月の記事
天間選手と対戦できるチームでなければプロにいかない。球界にそんな条件を突きつけた、今年の甲子園優勝投手、西武竹沢の三。二年生から活躍した彼は、条件に満たない球団に指名された場合、球界には行かず農家になるという。このような『逆指名』は本来あってはならないことで……――
(後略)
◇ ◇ ◇
/ ニュース番組のスポーツコーナーにて 2018年11月23日放送
『――……こちらが会見の模様です』
(画面切り替わり、長机に座る数名に大勢の報道陣が対する会見場の模様となる。中央に机に肘を立てて手を組み、睨みあげるようにしてカメラを見つめるサン選手。その隣に座るスーツ姿の男がマイクを持つ)
『契約金一億円の返還につきましては、サン自らの希望ということで、我が球団としてはそれを受け入れる意向です』
『次の質問を』
『サン選手本人に話させてください! さっきから一言も話していないのは、球団からの圧力ではないのですか?』
(体を後ろにそらせて話し合うスーツ姿の男たち。サン選手は身動きしない)
『では本人に回答させます。手短にお願いします』
(サン選手にマイクが渡る。肘を立てたまま両手でマイクを持つサン選手)
『この契約はサン選手から提案されたということですが、本当ですか?』
『は?』
(ジロリ、と質問した記者をサン選手は睨む)
『話聞いてた? そう言ってたでしょ。おじさんがウソついてるってこと? あんた怒られるんじゃない?』
(ざわざわ、と会場が騒がしくなる)
『……では、この内容に納得しているということですか?』
『あんた契約書に納得しないでサインすんの?』
『成績によっては年収がないということになりますが、そこは考えていないのですか?』
『いいんじゃない? 要するに基本無料。みんな好きでしょ』
(数箇所で笑いをごまかす咳払いがする)
『おれが出した条件の対価がこれってことで、おれはそれを飲んだの。わかる?』
『……ではテンマ選手との対決にのみ出場する、ということですか?』
『プロ舐めてる? 他の試合にも出るのは当然でしょ。何でおれの年収の心配されてるか知らないけど、勝てばいいだけだから』
『舐めてるのはサン選手では?』
(怒りをはらんだ声に、会場が静まり返る)
『こんな契約、野球選手として、いやスポーツマンありえない。甲子園で見せた涙はなんだったんですか。喜び、感動したんじゃなかったんですか。それをこんな私怨のような』
『今年の甲子園は楽だったから』
(サン選手が冷めた目で記者を見下す)
『こんなものなら妨害さえなければ去年だって勝てたじゃないか、と思ったら出ただけだから』
『は? 妨害……とは?』
『審判は敬遠にケチつけてボークにするし、観客はボール球投げるだけで文句を言うし。これが妨害じゃなきゃなんなの? まあでも、それを計算してやったヤツが一番許せないよね』
『計算? 誰がです?』
『テンマに決まってるでしょ。文脈で分かんない?』
『テンマ選手が妨害を誘導した? 東北の英雄に向かって、失礼にも程がありますよ!』
『あんたみたいのが英雄視するから、誰もあいつの本性を見てないんだよ。おれはね、あいつの化けの皮を剥ぎに行ってやるんだ』
『……実力で負けているのにですか? テンマ選手はあなたから2打点。西武竹沢の得点はベンチメンバーのまぐれ当たりのホームランで……』
(腰を浮かすサン。慌てて止めに入るスーツ姿の男)
『本人への質問は以上とさせていただきます!』
(画面切り替わり、ニュースキャスターのいるスタジオに)
『以上、会見の模様でした。異例の契約条件や発言に選手会にも動揺が広がっており……――』
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