【挿話】熱狂の記録(中)

第99回全国高等学校野球選手権大会 準決勝第二試合 米沢南 対 西武竹沢 / 2017年8月放送


『甲子園も残すところあと二試合。この試合の勝者が、甲子園の怪物タツイワとの決勝戦に臨みます。一塁側は後攻、山形県立米沢南高等学校。本大会で数多くのドラマを生み出したニューヒーロー、テンマダイチの所属する高校です。皆様に改めて説明する必要はないかもしれません。しかし言わずにはいられない! 米沢南は去年まで地方大会の二回戦が最高戦績でした。野球部員も少なく、監督を務めていた教員も一昨年に退職。野球部自体の存続が危ぶまれていましたが、そこで登場したのがテンマです。彼が選手と監督を兼任し、地元の生徒たちをまとめあげ、野球部を再生した結果、見事地方大会で逆転優勝。そして甲子園でも勝ち進み準決勝までやってきました。彼の双肩には野球部だけではありません。山形県、東北六県、そして初の「白河の関越え」という歴史的瞬間を目撃したい高校野球ファンの期待がかかっています!』


 円陣を組む米沢南。その中心になるテンマが、笑顔でチームメイトに話しかけている。


『対するは三塁側の先攻、埼玉県の私立西武竹沢高等学校。こちらも甲子園初出場。しかし近年設立されたこの高校は米沢南とは対照的に、全国から選手をスカウトして集めるなど学校を挙げて野球に力を入れている高校です。他県出身の選手がベンチの半数以上を占める中、地元出身の二年、サンニンタロウをエースとして勝ち上がってきました。関東勢の中では、埼玉と山梨だけが未だ夏の優勝を経験していません。西武竹沢にも地元からの熱い応援が寄せられています』


 強面の監督が、一列に並んだ選手たちに檄を飛ばしている。


『どちらも県の初優勝をかけての対決。準決勝でぶつかるには惜しい対戦カードかもしれません。しかし深紅の大優勝旗を持ち帰ることができるのはただ1校だけ! 決勝にコマを進めるのは果たしてどちらか! さあ両チーム整列しました。間もなく試合開始です!』


 ◇ ◇ ◇


『――……テンマ、連投の疲れを見せず危なげなく三者凡退に抑えました。一回の裏、米沢南の攻撃になります。マウンドに上がるのは西武竹沢の二年生エース、サン。前試合では八回から急遽登板し、チームのピンチを救いました。今日は先発での登板。調子はどうか』


 サン、マウンド上で帽子を取って挨拶して投球を始める。


『――……三球三振! 最後は角度のついたクロスファイヤー! すばらしいピッチング! サン、最後は三番のタカハシを三球三振に切って取りました! 連続三奪三振!』


 サン、ベンチに帰る途中で小さく拳を握る。


『米沢南の上位打線をあっという間に下しました、サン。米沢南、これはなかなか打てそうにありません。それにしてもサンは今日も好調ですね、前の試合も三振を……っと? そういえばサンは前試合、八回から登板して八回、九回を連続六奪三振のパーフェクトピッチングでした。となると、試合をまたぐので参考記録にはなりますがこれで九連続三振ということになりますね。サンが意識しているかどうかは分かりませんが、甲子園での連続奪三振記録は、こちらは一試合でのものになりますが十連続になります。これは次の投球も目が離せませんね……――』


 ◇ ◇ ◇


『さあ二回裏。米沢南の攻撃。前の回は三者三振に終わりました。サンの連続三振が参考記録とはなりますが十連続目のかかるこの打席。米沢南は四番、テンマダイチがバッターボックスに入ります!』


 テンマが打席に入り、キャッチャーがベンチを確認する。


『ベンチに動きはありません。これは勝負でしょうか。本大会、米沢南の打点はすべてテンマが絡んでいます。テンマを抑えてしまえば米沢南に勝利の目はない、そういう意図でしょう。二回表のサンの打席は、テンマがショートゴロに抑えました。この裏の対決はどうか?』


 サン、サインに迷いなく頷き、薄く笑う。


『二年生エースの左腕が唸る! 初球――』


 カキィン!


『打った大きい! これは伸びる! 入った! 先制! 米沢南、テンマダイチ、甲子園初ホームラン! 会場が割れんばかりの歓声です! 今ダイヤモンドを回ってホームを踏みました! 0対1! 米沢南、貴重な先制点はテンマのソロホームラン! すばらしいバッティング、迷いのないスイングでした! 西武竹沢、勝負を選びましたがテンマが一撃で決めました。快音が鳴った瞬間にわかるホームラン。テンマ選手はこれで本大会の打点が……――』


 ◇ ◇ ◇


『さあ四回裏、0対1、2アウト。バッターは先ほどの打席でソロホームランで先制点をあげたテンマ。バッテリー、ここはどう組み立てるか』


 西武竹沢の監督がベンチからサインを出し、キャッチャーが頷く。


『さあ第1球――ボール。キャッチャー立ちました、これは敬遠――』


 次の瞬間、球場が揺れる。


『1球目からテンマへの敬遠に観客のものすごい反応です。これは投げづらいでしょう』


 2球、3球と続いてキャッチャーが立ち、ボールが告げられるたび、スタンドから野次が飛ぶ。


『テンマ、それでも構えてタイミングを取っていますが……ボール。フォアボールです』


 テンマ、苦笑して一塁へ走っていく。


『米沢南は投打ともにテンマが中心のチームですから、こうして徹底した策をとられると追加点は難しいですね。さあ次は5番……――』


 ◇ ◇ ◇


『七回裏、0対1、1アウト。バッターボックスにはテンマ。後半になってテンマの投球も西武竹沢に捉えられ始めています。ここは追加点が欲しいところですが……第1球は――ボール。キャッチャー立ちました、ここも敬遠か』


 スタンドから怒声が響く。


『堅実な采配に定評のある西武竹沢のマツドメ監督です。ここまでテンマを打ち崩せていない以上、勝負の余裕はないということでしょう。第2球も――』


 カァン!


『ッ、これは一塁線! ――惜しくも切れました、ファール。テンマ、ボール球を踏み込んで打ってきました。外すのが甘かったか。入っていればスリーベースもありえたかもしれません。それほどの当たりでした。西武竹沢バッテリー、タイムを取ります』


 キャッチャーから指示を受けたサンは、眉を寄せながらも頷く。


『さあプレイ再開です。1アウト1ボール1ストライク。第3球は――ボール、大きく外へ外しました。これは手が出ないでしょう。西武竹沢、敬遠策を貫くようです』


 スタンドから野次が飛ぶ。


『第4球も大きく外して……おっと? これは、ボークですか!?』


 審判がコールを告げ、キャッチャーが振り返って確認するが、審判は首を振る。


『これは、捕手ボークです。捕手は投手が投球するまで、キャッチャーズサークル内に両足を入れていなければなりません。どうやら敬遠球を遠くに投げることを意識しすぎたか、三年のカワセ、捕手ボークを取られてしまいました。珍しいケースですね。テンマ、一塁へ向かいます……――』


 球場がざわめく中、試合は進む。


『――……さあ米沢南、チャンスを迎えています。テンマ送りバント成功で2アウトランナー二塁。バッターは六番のイケダ。ここまで無安打ですが、なんとかテンマを還したいところでしょう。塁上からテンマ、イケダに声をかけています』


 頷くイケダ。マウンド上のサンは冷めた目でそれを見据える。


『――……さああっという間に追い込みました。2アウト1ボール2ストライク。サン、ここから決めにかかるか。第4球――踏み込んだクロスファイヤー!』


 ガッ


『詰まった、ボテボテの三塁線! しかしこれは、どうだ、ギリギリか? サード送球……セーフ内野安打――いやテンマが来た! ファーストバックホーム! ……セーフ! 0対2――ランナー走っている! 二塁は! ……アウト! スリーアウトチェンジ!』


 球場に歓声とため息が交じり合う。そんな中、テンマがいち早くイケダに声をかけ拍手をすると、それが次第に球場全体に伝播していき、イケダは顔を赤くして頬を掻きながらベンチに戻った。


『結果を見ればイケダによるヒットエンドラン成功、そして果敢なチャレンジ失敗というところでしょうか。テンマ、サードの処理の遅れを見て本塁へ舵を切りました。結果はうまく捕手をかわしてのスライディングでセーフ。一方イケダもテンマの動きを見て二塁を攻めましたが、ここはさすが強豪校、動揺することなく周りがフォローしてアウトを取りました。しかし、大きな大きな1点が入りました。0対2、米沢南がリードを広げました。西武竹沢は追いつくことができるか……――』


 ◇ ◇ ◇


『――……試合は最終回を迎えます。事前の予想は西武竹沢が有利と言われていましたが、蓋を開けてみれば0対2、米沢南が王手をかけている状況。米沢南のテンマは、二回のソロホームラン。そして七回には敬遠を急いだ捕手がボークを宣告されて出塁すると、バッテリーの隙をついた見事な走塁でホームイン』


 マウンドに向かうテンマ。その顔は明るく、チームメイトたちの雰囲気もいい。


『一方、西武竹沢は策がことごとく失敗しています。三回のヒットエンドラン、四回の盗塁、五回のスクイズなど、仕掛ける手全てが見破られ封じられました。六回からは待ち球作戦のようですがうまくかわされ、これも功を奏していません。チーム、選手のレベルはすべて西武竹沢が上回っているという印象ですし、守備率や安打数の差を見てもそれはあきらかです。しかし、歯車がかみ合わない』


 西武竹沢のベンチが映る。監督の顔は真っ白になって、目はうつろだった。

 それでも試合は動き、スコアは進む。


『――……九回表、0対2。1アウトランナー一塁。米沢南、決勝進出まであと2アウト! 観客席の応援は最高潮に達しています! テンマ、ここまで完封というすばらしいピッチングで西武竹沢打線を抑えています。さあ、あと2人! ここでバッターは五番、ピッチャー、サンニンタロウ。エース対決です!』


 サンが打席に立つ。


『二年生ながら監督が最も信頼する投手、サン。五番に置かれていますがバッティングもいい選手です。初打席こそ凡打に倒れましたが、ここまで3打席1安打1四球』


 監督は動かない。ぼうっとした目でサンを見ている。


『ここはサンに任せるということでしょう。さあ第一球……見送りました、ボール。球速は135。テンマ、さすがに疲れが見えます。さて第二球は……打った! 切れました、ファール。三塁線に鋭く飛んでいきました。サン、球威の落ちつつあるテンマを捉え始めたか? 第三球! 高く上がった!』


 球場に悲鳴が上がる。


『切れた、切れました、ファール! あわやレフトスタンド、テンマ、危うい場面が続きます。しかし米沢南にこの場面を任せられる投手は彼をおいて他にいません。第四球、おっと大きく外れた。2ボール2ストライク。握力は限界か? いや、テンマの目はまだ死んでいません。第五球……』


 カァン!


『ライト線……ッ、切れました、ファール。サン、捉えているか。第六球はボール。フルカウント。先ほどの打者は粘られてフォアボールで出してしまいました。今回はどうか。第七球!』


 おおおおぉ、と会場が揺れる。


『空振り三振! 疲労で球速の落ちてきたテンマ、しかし最後はさらにブレーキをかけた変化球! サン、最後の打席は三振に倒れました』


 体勢を崩し膝を突いたサン、審判に促されてようやくベンチへ戻る。西武竹沢の監督は、顔を伏せて動かない。そこへ、複数の選手が詰め寄って何かを訴える。


『これで2アウト! 決勝進出まであと1人! さあ西武竹沢の次のバッターは……おっと、代打です。六番は代打、三年のコバヤシが入ります。えー……本選初出場の地元選手ですね。地方大会のデータもありません。西武竹沢、最後に伏兵を放ってきました。今日、マツドメ監督の采配はことごとくテンマに阻止されています。今回の策はどうなるか。ランナー、リードで必死にアピールしますが、もうここはバッター勝負しかないでしょう』


 打者が薄ら笑いを浮かべながらも、あきらかに力んだ様子でバットを構える。テンマは、冷静にサインに頷き――


『さあテンマ初球投げたッ!』


 カキィン!


『えっ』

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