広大なるアメリカ

「アメリカって広大ッスねー!」


 空港に到着後、目を輝かせて言っていた後輩の現在の姿がこちら。


「ノースダコタ、マジなんもないッスね……」

「(おい、何もないと言ったか? それは本気で言っているのか)?」


 乾いた目をしてつぶやいたずーみーに、金髪を長めのボブにした男性――ビーストリーグのビスマーク・キャッツのオーナー、ブライトホストの映像配信事業代表、エリックが噛み付いた。その声音にずーみーはびくりと体を震わせて俺の背後に隠れる。


「な、なんか怒ったッスか!?」

「ノースダコタに何もないって言ったのが気に食わないソーデスヨ?」


 ニャニアンが横からおどけた調子で言うと、ずーみーは困ったように眉を寄せた。


「えぇ……でも仕方なくないですか? ここに来るまで高い建物なんてまったくなかったし、マックぐらいしかお店なかったッスよ?」


 看板を通りに出しているような店は確かに、見慣れた赤地に黄色のMマークだけだったな。


「アッハッハ。まーアメリカの土地は広いデスカラ。縦より横にデカくなるんデスヨ」

「(……ろくな店がないのは認めるが、一応他にも店はあったぞ。そもそも空港の周りなんてそんなものだ。成田空港だって似たようなものじゃないか)」

「ここと成田空港は同じだと言っている」

「えっ、成田って田舎なんスか?」


 ずーみーが目を丸くすると、エリックは鼻を鳴らして笑う。


「(無知なやつめ。あの空港の周辺はゴルフ場と畑しかないのだ。知らなかったのか)?」

「成田空港周辺はゴルフ場と畑らしい。知ってたか?」

「いや、成田エクスプレスに乗って到着まで寝ちゃってましたし、あとはもう空港の中でしたし、外の様子はほとんど見てなかったッスね……」

「ワタシも見てないデスネ。そもそも駅は地下デスシ」


 空港も中のほうが見るもの多いし、外までは気にしないな。


「さすがエリックさん。千葉のことには詳しいんスねえ」

「(くそっ、やられた)!」


 大げさに頭を抱えるエリックに、だんだん扱いが分かってきたのかずーみーは無視して腕を組む。


「空港の周りが田舎って、普通なんすかね? 乗り換えた空港はラウンジぐらいしか行かなかったんでよくわからないんスけど……」

「航空法ってユーのがあって、空港の周辺は高さ制限があるんデスヨ」

「なるほど。あ、でも」


 ポン、とずーみーは手を叩く。


「乗り換えた空港で入国手続きしたとき、ビスマークに何しに行くのって聞かれて、サイトシーイング観光って答えたらめっちゃ不審な目で見られましたよ? やっぱり、何もないのは間違いないッスよね?」

「(……お前は仕事をしにきたんじゃないのか)?」

「(仕事もするが、ずーみーの目的の半分は卒業旅行だ)」


 ◇ ◇ ◇


 日付変更線を越えて3月9日。


 俺とずーみー、そしてニャニアンは、ブライトホストがデータセンターを構える、ノースダコタ州ビスマーク市にやってきていた。長いこと飛行機に揺られて、すでに夕方。ブライトホストの社員食堂に歓迎パーティの用意があるというので、ぞろぞろと廊下を歩いているところだ。エリックは日本語のヒアリングがある程度できるらしく、日本語を通訳しなくていいのは楽でいい。


「すまないな、せっかくの卒業旅行で何もないところに連れてきてしまって」

「何もないところにつき合わせて申し訳ないデス」

「(おい。何もないって言うな)」

「自分が先輩たちについていくって決めたんで、大丈夫ッス! それに一人だけ別行動っていうのも不安でしたし」


 今回のアメリカ出張はこの三人で来た。ミタカもGDCには合流するが、残りは留守番だ。ライムはパスポートの問題で、従姉は引きこもり。シオミには俺がいない間の従姉の世話を頼んだ。短期なら冷蔵庫に食料をつめればいいんだが、一ヶ月となると無理だからなあ。


「(ハッ。バカにしていられるのも今のうちだ。うちの食堂には自信があるぞ)」


 そうエリックが言って入り込んだ社員食堂は、自信があるというだけあって天井も高く広々としたところだった。ブライトホストの従業員だろう人たちが集まっている。と、その中から一人出てきた。


「ユウ! ヒサシブリ!」

「チェルシーか――っと」


 ポニーテールを振り回してチェルシーが突進してきて俺を拘束する。両手でベシバシと背中を叩かれた。


「(元気にしてた? 会えて嬉しいよ)!」

「(今は苦しい)」


 ビーストリーグ、ボイシ・ブロッサムのオーナー、コイル・アミューズメントの社長、チェルシーはクスクスと笑いながら俺の体をぐいぐい揺さぶった。視界が揺れる揺れる。


「な、なななな……!」

「(ん~)?」


 背後でずーみーの声が上がる、が拘束されている俺は様子が確認できない。チェルシーは首をかしげて……俺から身を離す。


「(彼女はあなたの妹)?」

「(違うぞ)」


 えーっと後輩って英語でなんて言うんだろうな……と考えている間に、チェルシーはウンウンと頷くとずーみーに向かって話しかけた。


「(ごめんね。日本人には刺激が強かったかな? ユウとはビジネスの関係だから安心して)!」

「先輩! なんて!?」

「チェルシーと俺はビジネスパートナーだという話だ。動画で見たことあるだろう? ブロッサムランドのチェルシーだ」

「あ、ああ~……はい。見たことはあるッス」

「ヨロシクネ。(君たちが来てくれて助かったよ。早くついちゃったけど、何もないから退屈してたの)」

「(何もないって言うな! ここにはブライトホストがある。そうだろう)?」


 エリックが従業員たちに呼びかけると、バラバラにボソボソと肯定の言葉が返ってくる。

 エリックの背中に、冷たい視線が集まった。


「(クッ……まあ、いい。主賓のお出ましだ。パーティを始めるぞ)!」

「(おおっ)!」


 やけくそ気味のエリックの次なる呼びかけには、従業員たちも満場一致で返事を返すのだった。



 ◇ ◇ ◇



 パーティと言っても社員食堂での簡単な立食パーティだ。みんな仕事が終わってそのまま参加したのだろう、どんどん料理が消えていく。主賓扱いの俺たちは次から次に挨拶されて、終わった頃には目をつけていた料理が消えていた。……他の量のある料理は残ってるから、飢えはしないか。


「(従業員の不満は解消したほうがいいよ。レクリエーションの種類を増やしたら)?」


 みんなでテーブルをひとつ囲んで食べ始めると、チェルシーはフォークを揺らしながらエリックに言った。


「(言われるまでもない。ライブラリは充実しているしジムもある。ケモプロを映す専用のモニタも用意した)」

「(いいね。うちも休憩室でケモプロを映してるよ。でもみんな仕事に戻らなくなって大変)」


 チェルシーは肩をすくめる。


「(気づいたら大学リーグのスコアや優勝予想なんかが壁に貼られていて。楽しんでくれるのはもちろんうれしいんだけど。これでプロチームが発足したらどうなるのか、少し心配)」

「(ほう? その状況は続いているのか)?」

「(ん~……いいえ)」


 エリックは鼻で笑う。


「(だろうな。オンラインの視聴者数も前月ほどの伸びじゃない。野球ファンがメジャーリーグを見始めたからな)」


 メジャーリーグもNPBと同じく、二月下旬から三月中がオープン戦の期間だ。それまでのオフシーズンではビーストリーグの視聴率は順調に伸びていたが、現在そこまでの勢いはない。


「(ノースダコタには地元チームがないからな、他よりは伸びているぞ)」

「(うちもだよ。いい選手がいるからね。ユウ、日本はどう)?」

「(NPBのオープン戦の影響は大きいな)」


 NPBのオフシーズンと比べてあきらかにリアルタイムの視聴率は減っている。あらためて野球人気を実感するところだ。


「(特にサン選手とテンマ選手の対戦の日は、大幅に視聴率が減少した)」

「(ヤツか。こちらにも名前は聞こえているぞ)」


 サンニンタロウ選手。打倒テンマというかテンマ選手への復讐を公言する常識破りのプレイヤーは、早々にオープン戦でテンマ選手と戦うことになった。地方開催のオープン戦にも関わらず、チケット完売、満員の球場、地上波全国放送。


「(サンがヒットを打たれて負けた、ということまでしか知らないが、どういう対戦だったのだ)?」

「(リリーフで登板したんだが)」


 六回から登板したサン選手は制球が定まらず、四番に四球。五番DHでテンマ選手との対決になるが、ここでもストライクが入らない。一球目と三球目は顔面近くにボール。その後投げたシンカーをテンマ選手が打ち返してヒットとする。


「(――……で、その回は投げきったが1失点で降板した。調子が良くなかったようで残念だ)」

「(……それ、ビーンボールだったんじゃないか? 調子が悪いように騙していたんじゃないか)?」


 当てるつもりだった? うーん、どうだろう。


「先輩、何の話ッスか?」

「エリックが、サン選手がテンマ選手にボールをぶつける気だったんじゃないかと。先頭をフォアボールで歩かせたのは偽装だと言ってるんだが」

「あー、自分もあれはそんな感じに見えましたね」

「……そこまでする理由があるか?」

「甲子園準決勝での対決の映像とか、テレビで何度もやってるんで見ましたけど、めっちゃいいとこなしでしたねサン選手。それで恨んでるんじゃないスか?」


 人生かかってる試合ともなれば、それぐらいの感情が生まれるのだろうか。


「(ねえ)」


 首を捻っていると、チェルシーが声をかけてくる。


「(ユウはブロッサムランドに来るんだよね? ずーみーはどうなの)?」

「自分が何ッスか?」

「ブロッサムランドに来るかと訊かれている」

「あー……」


 ずーみーが申し訳ない顔をし、俺が事情を説明する。


「(マンガの連載もあるのでな。ずーみーがアメリカにいるのはGDCまでだ)」

「(獣野球伝! 残念だけど仕方ないね。日本も夏は学校が休みでしょ? ケモプロもオフだし、その時来たら)?」

「(ずーみーはもう卒業しているぞ)」

「(えっ、本当に)?」


 驚いて目を丸くするチェルシーに、ずーみーは苦笑する。


「まあこの先行く機会はそのうちあると思うんで、今回はお預けってことで」

「(かわいそうに。こんな何もないところに来ただけでバカンスが終わりなの)?」

「(何もないって言うな)!」


 ノースダコタに来たのはニャニアンのスケジュールの都合だ。ニャニアンはここでブライトホストのサーバー運営チーム、そしてチェルシーと、日米の連携やブロッサムランドのシステムについて打ち合わせをする。そしてGDCで行う講演の準備をして、会場のサンフランシスコへ入る予定だ。俺もエリックとチェルシーに用事があると言われて同行した形になる。しかし、ずーみーは特にここに用事はない。


「大丈夫ッス。この次の予定はちゃんとありますから」


 チェルシーから哀れみの視線を受けて、ずーみーはドンッと胸を叩く。


「次は動物園にいりびたりッスよ!」

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