後輩の卒業式

 3月8日。


「当校理事長兼校長、タナダミサキより参加者の皆様にご挨拶申し上げます。校長、お願いします」


 全校生徒の集まった体育館で、壇上にミサキが登場する。自信に満ちた目でぐるりと生徒たちの顔を見回し――奥で保護者にまぎれて立ち見している俺までも見てから、微笑を浮かべる。


「卒業生の皆さん、保護者の方々――本日はおめでとうございます」


 私立棚田高等学校、平成30年度、第45回卒業式。


 今日は俺の唯一の後輩、ずーみーの卒業式だ。


 ◇ ◇ ◇


 あっさりした挨拶の後、恒例なのだろう棚田高校のこの一年の取り組みがミサキによって話される。


「――……来年度の新入生ですが、昨年以上に男子が少なくなっています。新三年生の男子はできるだけ後輩の面倒を見ていただけると助かります。また男子が減るということで部活の統廃合も必要になるでしょう。生徒会はよく話し合って決めてください」


 スポーツ系の部活も基本的に男女分けていないところが多いのだが、大会に出るとなればどうしてもレギュレーションが男女別になる。俺の在学中もスポーツのできる男子はいろんな部活に顔を出したりして人数を調整していたらしいが、難しくなってきた感じかな。


「そうそう、部活といえば新しい取り組みを始めました。電脳野球部を創立したんです」


 ざわ、と式場がざわめく。大部分が戸惑いの声だった。しかしミサキはそ知らぬ顔をして、プロジェクターに電脳野球部を――3Dモデル化された棚田高校に通うケモノ学生たちを映し出す。


「ご存じない方に説明いたしますとこちらは当校の卒業生が立ち上げた『ケモノプロ野球リーグ』というサービスで、擬人化された動物がするプロ野球の興行を観戦するものです。プロ野球だけでなく学生野球もあり、実在高校名を使ってプロモーションできるということで、棚田高校として購入させていただきました。夏の大会で活躍すれば各所、特に若者が見るニュースサイトに高校名が出るということで、広告効果を期待しています」


 ゲーム系ニュースサイトには確実に名前が出るだろう。……活躍すれば。


「こちら側の棚田高校もよろしくお願いします。もちろん、現実の野球部のほうも期待していますよ」


 にこりと笑ったミサキの視線の先で、ライパチ先生が汗をかいていた。今年も男子は二回戦敗退だったらしい……この人数で毎年一回は勝っているというのが逆にすごい気もしてきたが。


「さて……私の話はこれぐらいにして、次の話者に登壇してもらいましょう。卒業生から在校生へ、自身の経験を踏まえた進路についての助言です」


 恒例の進路を決めた卒業生たちによる、在校生へのアドバイスが始まる。次々に登壇しては経験を語る卒業生の話は、今年も興味深いものばかりだった。


 この伝統行事はレジェンド……棚田高校から生まれた漫画家のシノザキが卒業式にやらかしたことがきっかけになっているらしい。この間部室に来た時そう自慢していた。


 今年卒業する漫画家こと俺の後輩のずーみーにも、登壇しないかという話があったそうだが、ずーみーは断ることにした。未だにずーみーの正体は世間に隠されているものの、全校生徒が集まり保護者も来る式となればどうなるか分からない。――俺みたいな第三者もいるし。


「それでは続いて、在校生代表より卒業生へ送る言葉を……――」


 式は続く。俺は音を立てないように足を踏み変えながら、その様子を眺めていた。



 ◇ ◇ ◇

 


「あ~、疲れたッスね~」


 部室に入るや否や、ずーみーはそう言ってすばやく万年コタツにすべりこんだ。


「お、まさちー来てたんスか。早いッスね」

「しっ、師匠! ご卒業おめでどうございまズッ」

「うむうむ、おもてをあげい! ……ほらハンカチ」

「うう、ずびばせん」


 細っこい女子――ずーみーのアシスタント兼後輩のまさちーは深々と下げていた頭を上げ、手渡されたハンカチで目元を拭った。


「泣くことないじゃないッスか。まさちーとはこれからも仕事で一緒ですし」

「でも卒業ってなんかこう……寂しくないですか?」

「んー、まあ、去年ほどじゃないッスねえ」

「去年?」

「あッ、いや、なんでもないッス」


 ずーみーはブンブンと手を振って否定する。


「ほ、ほら、先輩も座ってくださいよ!」

「わかった」


 ずーみーがバシバシと尻の後ろの床を叩くので、抱え込んでコタツに入った。


「ゴホン。というわけで、まさちーとはこれからも仕事するんだから寂しくないッス」

「そうですけど。環境が変わるのがちょっと不安で」

「あ~……学校終わって五秒で職場、ってわけにはいかないッスからねえ」


 ずーみーはウンウンと腕組みして頷く。ここはフォローが必要か。


「働ける時間は減るが、交通費も出すし時給も上げるから、それで我慢してもらえないだろうか」

「あッ、いえ! 不満があるというわけではなくっ! ええと……その」


 まさちーは上目遣いでチラチラとこちらを見た後、声を潜めて言った。


「いッ……一緒に住むって、その、本当で……?」

「そッスよ! 四月からッスね! いやぁ、楽しみッス!」


 腕の中でずーみーはウキウキと体を揺らす。


 先月、仕事場兼住まいとして五人共同で賃貸の一軒家を契約した。普通の住宅として整備されていた家なので、現在は家主の許可を取って改装中だ。一般的な住宅向けの電源容量では収まらないということで、電気会社とニャニアンで打ち合わせを進めたりもしている。


「その……いいんですか師匠、えっと、親御さんとか何か言ったり?」

「みんなそういうこと言うんスよねえ。心配してくれるのはありがたいッスけど」


 ずーみーは唇を少し尖らせ、ずずっとずり下がって俺を見上げてくる。


「自分だけ親と面談って過保護じゃないッスか?」

「筋を通すべきだと思ったんだ」

「必要ないって言いましたし、その通りだったでしょ?」


 確かに、こちらの想定とはまったく違った展開だった。


 俺もシオミも、娘が進学せず本格的にKeMPBで働く、それどころか他の社員と一緒にシェアハウスに住むということには、ずーみーの両親に渋面をされると考えていた。一人娘が、立ち上げから2年も経過していない小企業の、それも従業員じゃなくて社員として働くのは不安を感じるのではないかと。


 そういうわけで先日、久しぶりにずーみーの家を訪れて両親にKeMPBの話など詳しく説明したのだが……。



 ◇ ◇ ◇



「――……というところがKeMPBのこれまでの業績になります。今後はBeSLBと共に行う海外展開、さらなるスポンサーの獲得などで成長していく予定です。何十年と続けていく為に」


 テレビを借りて資料を映し、俺はずーみーの両親にKeMPBについてプレゼンする。

 先日に鳥取でやったことの焼き直しだ。とはいえ、あの時以上に今日の方が緊張する。


「ずーみーはKeMPB設立当初より社員として参加しており、報酬はこのように配分しています。この報酬の原資はKeMPB全体の売上からとなり、ずーみーの著作物は含まれません」

「あら? ということは、娘の出した漫画の印税は?」

「ゲーム本体以外の創作物、『獣野球伝』の印税や『ササ様と学ぶ野球』のデザイン料などは、創作者……ずーみーに直接支払われます」


 ケモプロというゲームに関する部分や、そのプロモーションのデザインは『KeMPBの仕事』として扱っているが、KeMPBがなくてもできる仕事については『ずーみーの仕事』として扱っている。そのためその分の支払いはずーみーの懐に入る仕組みになっていた。


「オオトリさんはどうなのかしら?」

「俺ですか? ……俺も『獣野球伝』には編集として関わっていますが、『KeMPBとして行う監修』の一環なので個別の報酬はありません」


 ちなみにライムの写植や翻訳も同様だ。


「そうなの。ちなみに娘の収入は見せてもらえたけど、オオトリさんはどれぐらい稼いでいるか訊いてもいいかしら?」

「ちょ、ちょっと、おかーさん?」

「いいじゃない、興味あるし、訊いてみるだけならタダでしょ?」

「グラフは用意していませんが、ずーみーよりも報酬は低いですね。四月から社員の報酬額を底上げする予定ではいますが、現状は」


 俺が告げた数字に、小さなずーみーの母親は目を丸くした。


「代表さんなのに?」

「全員でお互いの仕事の影響度を査定した結果です」


 そこまでひどく差がついているわけではないが、代表だから一番貰っているだろう、というイメージとは違って意外だろうな。


「俺はともかく、ずーみーについては今後もKeMPBとしてバックアップし、活動の幅を広げてもらいたいと思っています。昨年度以上の収入になることは約束しても問題ないと」

「そう……わかりました。それで、娘が四月からシェアハウスに住居と仕事場を移すという話ですけど」


 来たか。


「はい。間取りはこちらです。ずーみーの部屋は二階のここで、各人の個室には鍵がかけられるようになっています。マスターキーはないので本人以外には開けられません。一階の共用部は風呂・トイレ以外すべてオープンスペースで死角はなくして……」

「駐車場があるみたいですけど、誰か車を?」

「いえ」


 シオミは免許を持ってるらしいが、車は誰も持ってないし。


「今のところ誰も使う予定はありません」

「そうなの? オオトリさんは今後免許を取ったりは?」

「忙しくて免許を取るスケジュールが確保できないので……」

「でも将来的に車はあったほうが便利だと思うわ。タクシーだと面倒なこともあるし~」

「おかーさん?」


 ずーみーが笑顔のまま冷えた声で言う。


「何か話がずれてない? 先輩の話じゃなくて、私の話だよね?」

「これまでどおりKeMPBの社員で、漫画も描いて、十分生活できそうだしいいんじゃない? 子供がやりたいことをやれるなら応援するわよ。それにシェアハウスも、他に女性が三人いるから別に二人きりってわけじゃないんでしょ?」


 ずーみーの母親は、ニヤッと笑う。


「――二人きりでもいいけど」

「んゃ!? なに言って!?」

「それぐらいオオトリさんを信頼してるってことよ。わざわざこんな資料まで作って説明しにきてくれるんだもの、いい人に決まってるじゃない。ねえ、お父さん?」

「ああ……うむ……」

「もっと詳しくオオトリさんのことを知って安心したいわよね? ミミコも気になるでしょ?」

「そりゃ知りた――ダメダメ! だからって今ここではイヤだから! そういうのはもっとこう……とにかくダメだからね!?」


 ……あれ? 特に反対意見はないのか……?



 ◇ ◇ ◇



「なんであんなことしたんスか?」

「すまん。俺もシオミも、少し過敏になっていたようだ」


 あの対応が普通なんだろうな。……いや、父親は苦い顔をしていたから油断ならないか?


「不快だったなら謝る」

「嫌だったとかいうわけじゃないッス。ただもーちょっと違う状況だったらよかったかなとか……」

「状況?」

「なんでもないッス! いやぁ、四月から楽しみッスねぇ!」


 バタバタとずーみーは手足を動かす。


「師匠、ここにある資料とか新しい仕事場に持っていかれるんですよね? どうしたらいいですか?」

「あ、自分は三月中に戻ってくるんで、その時荷造りするッスよ」

「はッ。それではその時お手伝いさせていただきまする!」

「俺も手伝うつもりだったんだが……すまん」

「いやいや、お仕事ですし、しょうがないッスよ」


 でも、とずーみーは俺を見上げてニッと笑う。


「卒業旅行は存分に楽しませてもらいますからね!」

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