試作でバレンタイン

 二月中旬。バーチャル空間に集まって始まる報告会。


 まず口を開いたのは、アバターの表情からは読み取れない深刻な声をしたミタカだった。


「なァ、オレんちに荷物が届いたんだが」

「ああ、間に合ったか」

「イヤ、まァな? 分かってンだ。こういう日付だし。ただな、それでも不安になるだろ?」


 ミタカはスマホで撮影したのであろう写真を虚空に浮かべる。

 映っているのは、包みから飛び出た黒い棒。


「……このオコションとかいうやつ、食っても死なねェだろうな?」


 ◇ ◇ ◇


 2月14日。


「……毒物とか危険物は郵送できないんじゃないか?」

「オマエ、毒送るやつが伝票に毒物って書くかよ」


 書かないだろうな。


「オコション・サヴァイヴは毒物じゃないぞ」

「ムフ。すっかり劇物扱いだけどね!」

「オマエのせいだろが」


 オコション・サヴァイヴ。元ダイリーグのチームオーナーのめじろ製菓が、ライムにプロモーションを依頼して売り出したお菓子……お菓子? だ、一応、分類は。オコション・プロという名前からより「非常食」のイメージを強めた名前に改名した結果、オコション・サヴァイヴは――売れていた。


 主に罰ゲームというか、Youtuberの動画ネタとして。


 劇的なマズさによりリアクション芸をする必要がないほどのリアクションを引き出してしまうオコション・サヴァイヴは、口コミと類似動画の投稿でどんどん在庫を放出していった。中には『本気を出せばひと箱いける』とか豪語して箱買いする人までも――なお本気は見れなかった。


「誤解があるんだが、それはオコション・サヴァイヴじゃない。というか、普通のオコションは美味いぞ」

「信用できねェ……」

「……これ、普通のオコションなんデスカ?」

「めじろ製菓から試作品が送られてきたから、そのおすそ分けだ」

「ダメだろ!?」

「殺す気デスカ!?」


 警戒心が強すぎる。


「マズさ方向の試作品じゃない。チョコ味の普通のオコションで、『チョコション』というらしい。元々はバレンタインの限定商品として売り出すつもりだったそうなんだが」

「そんなの出てるなんて検索にひっかからねェぞ」

「オコション・サヴァイヴの方を追加生産することになって、生産ラインが確保できなかったそうだ。だから一般販売はなし。チョコションは来年に持ち越しだとか」

「マジかよ……」

「ムフ。売れ行きがよければ当然だよね!」


 悪魔的な広報をした担当者は、ヒツジ型アバターの顔を雲のように笑わせる。


「深夜番組でも採り上げられたし、絶好調って感じだよね! まー今はネタ的な売り上げが大きいけど、ちゃんと登山家とか、そういう本来目的としてた『プロ』な人にも売れてるよ? まだお試しだろうから、リピートかかるかが勝負だよね!」

「リピートかかるってこた、消費するってことだろ。何回遭難すりゃいいんだよ」

「珍しいところでは、海外からも発注があったって。ね、お兄さん?」

「ああ。中東から注文があったとかで、ちゃんと届くかヤクワさんが心配してたな」


 こっちに聞かれたって、さすがに中東に荷物を発送した経験はないんだが。あの時は相当混乱していたみたいだな。


「中東ねえ。そういやたまにアクセスあんな、ケモプロに。まともに見れる回線あんのかね」

「お金のあるところは整備されてマスヨ。マ、軽量版ならアフリカだってヨユーデスシ?」


 BeSLBの発表後、海外からのケモプロへのアクセスは増えている。野球人気はすごい。


「話を戻すが、とにかく、送ったのはマズくないチョコションだ。食べて確かめたから安心してくれ」

「……なんだ普通にチョコじゃねェか。チッ」

「ウマ。はー、ガッカリデスヨ」


 なんでだ。


「ムフ。プロモも成功して、KeMPBにも報酬が入ってきたし、面白い仕事ができたし、いいこと尽くめだね!」

「へいへい。んじゃ仕事すっか仕事。アレだ。B-Simの体験会の日程と場所決まったぞ」


 結局B-Sim……『野球映像・動作分析システム』は体験会を開くことになった。アツシに要望を集めてもらったところ、有料でもいいからやってほしい、という意見が多かったためだ。


「まずは3月23日の兵庫な。詳しくはチケット切ってあるから見とけ」

「兵庫か。東京のほうがたくさん高校がある気がするんだが、なんでだ?」

「なんでってオマエ……都合がいいだろ?」

「……何が?」

「何がって。え?」


 ……何かあったっけ?


「オマエ……センバツがあんだろ、センバツ。春の甲子園だよ!」

「ああ」


 そういえば甲子園は春もやるんだった。言われないと出てこないな。


「ああ、ってオマ……野球ゲーム運営代表がよォ?」

「なんか夏の甲子園と違って話題が急に出てくる感じだから、思い当たらなかった」

「あ、同志も? なんかそんな感じあるよね。なんでかな?」

「……まァ、文字通り『選抜』で予選は、実質あるっちゃあるが秋の大会だから期間が開くし、しかもそれが絶対じゃねェシステムだからな。夏みてェな盛り上がり方はしねェだろ。だからって忘れるなよな?」


 確か選考で選ばれるんだったか。よし、知ってる知ってる。


「つまり甲子園をやっていて有力校が集まっているからチャンスだということだな」

「ああいう高校ってスタメン以外も連れてきたリしてるんでしょ? あとスカウトの人とか偵察の人とかも?」

「そういうこった。ま、貸せってうるせーとこが集まってたのが大きいんだがな。会場押さえるのが苦労したらしーぞ、ソームラが。あとはもう一回東京でやれば十分だろ。来なかったヤツは知らね」

「しかし3月23日か……」


 俺はスケジュールを目前に呼び出して確認する。


「一度戻って来れなくはない、か?」

「いや、オマエは来なくていいだろ。飛行機代がもったいねェ」


 3月中旬にはニャニアンがサンフランシスコのイベントに登壇する。商談もあるしそれに同行することが決まっているのだが、4月はアイダホ州のブロッサムランドでのイベントも控えている。なので3月、4月はアメリカに滞在するスケジュールだ。


「現地はオレとソームラとロクカワと、派遣スタッフで回す。オレもとんぼ返りにはなるがな。つか、オマエが来てもやるこたねェよ」

「そうか……」

「あとは独立リーグのチームにも協力してもらえることになってっから」

「独立リーグ?」

「日本にもいくつかNPB以外のリーグがあるだろが。そこのチームにソームラの知り合いがいて、そのツテでな」


 そういえばあった。ケモプロの最初のオーナー探しで、独立リーグのチームがないことも条件に入れていたな。気にしたのはその時ぐらいで、以降はほとんど話題に上がらなかったから忘れてた。


「見込みのあるヤツがいたら運用部隊にスカウトしとくわ」

「独立リーグの選手を? いいのか?」

「中にはマジメにNPBへの昇格を目指してるヤツだけじゃなく、再就職までのつなぎでやってるヤツもいる。球団もセカンドキャリアのコネは欲しがってるからな。Win-Winってヤツだ」


 なるほど。


「わかった。任せる。他に何かあるか?」

「忙しいところ申し訳ありませんが、アメリカに行く前に一度鳥取に行っていただけますか」

「鳥取? ……スケジュールについてはシオミに任せているから問題ないが、何かあったのか?」

「マイナーリーグ化も絡むのですが」


 シオミのイヌ型アバターはメガネをクイッとさせる。


「サンドスターズのオーナー、鳥取野球応援会は鳥取県が主体となって地元の企業をまとめている団体ですが、そこで『上のほう』からスナグチさんに、球団売却を示唆する話が来ていると」

「えっ、マジッスか? 最近、サンドスターズ調子いいのに?」

「調子がいいからこそですね。高く売れるうちに売ってはどうか、と」


 驚くずーみーに、シオミは頷いて続ける。


「実際、オファーを受けている件数もサンドスターズが多いですからね。次点でツナイデルスですか」

「なんでその二つなんスか?」

「オーナー企業の規模……資金力が原因です。東京、伊豆、電脳……とまあ青森は本業の業界で上位にいるような企業ですから、買収するとなればかなりの金額が見込まれます。けれど島根や鳥取は地元企業の集合体で、設立したばかりなので資金力があるわけではありません。であれば買収額もそれなり……と思われているわけです」


 島根出雲野球振興会も、鳥取野球応援会も、ケモプロのために立ち上げられた団体だ。年齢はケモプロと同じ、まだ1才と少し。


「なるほどッスねえ。買収じゃなくて、二軍とか三軍を買ってくれればいいのに。そしたらマイナーリーグができるんスよね?」

「鳥取の二軍を買ってマイナーリーグに、というのは理想ですが……自分よりも企業体力のない球団の下につきたい、とは思わないでしょう?」

「う……確かに、抵抗あるかもしれないッス」


 そういうわけで島根と鳥取が標的になっている。この二つが残っているからこそ、他の球団の二軍を買いたいという話もなく、マイナーリーグ化は進んでいなかった。


「現実では選手の契約金をメジャーチームが負担しているので、マイナーにはその負担がないというメリットはありますが……ケモプロではメリットになりませんから」


 球団の売上に応じて分配する球団運営資金は、所詮ゲーム内通貨でしかないから、現実の企業の懐は痛まない。実際には何も負担していないことになるから、それで選手の異動の権利をまるごとメジャーチームに握られていても不満しかないだろう。


 ……マイナーリーグ化は少し考え直す必要があるだろうか?


「それで話を戻すが、俺が鳥取に行く理由は?」

「ありがたいことに、スナグチさんも鳥取野球応援会の構成員も、売却の意志はないとのことです。ですのでユウ様と『上のほう』とでお話いただいて、事業の理解を求める手助けをしてくれないかとスナグチさんから依頼がありました」

「……俺に?」

「俺なんかの話を? と思っているかもしれませんが」


 シオミはこちらを見て言う。


「会社の代表が直接出向いてくる、というのはまだまだ通用する手口です。特に『上のほう』には。自分の価値は見誤らないようお願いします」

「……わかった。県にとってのメリットとか、今後の予定なんかを話してくればいいんだな?」


 売るか続けるか、どちらの方がメリットになるのか。最終的にどうするかはスナグチたちが決めることだが、ファンのことを思えば続けてもらいたい気持ちはある。よく考えておこう。そういえば鳥取ってマンガ関係の取り組みが盛んだったか……。


「はい。それから、島根にもお願いします」

「……島根も同じような話が?」

「いえ。島根のほうは……ツグさんから聞いていませんか?」

「いや?」


 オオアリクイ型アバターの従姉を見るが、そちらもコテンと首をかしげる。


「……島根出雲野球振興会の代表補佐のイルマさんは島根県Web広報部の広報室長ですが、元から島根県の職員ではないということはご存知ですか?」

「そういえば最初に会った時、今年から島根に越してきた、とか言ってたな」

「東京から出向されてきたんですよ。ですからおそらく今年……か、もしかしたら来年の4月には、異動になるはずです。つまり、野球振興会からは外れることになります」

「……なんでだ? 特にイルマが問題を起こしたことなんてないぞ。むしろだいぶ助けられているが」

「ミスしたから、というわけではありません。『上のほう』への出世のためですね」


 こちらも上のほう、か。


「しかし異動なんて聞いていないぞ」

「辞令は1、2週間前に出ますからね。確定するまでは余計な心配をかけまい……というところではないでしょうか? とはいえ、ユウ様のスケジュール的に決まってからでは挨拶する時間がありません。引継ぎの用意はしていると聞いていますので、先に話し合っておきましょう」

「……わかった。広報部のメンバーも会食で会った程度で、あまり顔は覚えていないしな……イルマがいるうちにしっかりやったほうがいいだろう」


 野球振興会でも代表補佐の立場にいたのは、最初から異動を見越してのことだったのかもしれないな。


「……そうなるとスナグチさんも異動の可能性が?」

「言いにくいことですが……こういう異動が発生するのはその、出世コースですので、可能性は低いかと」

「そうか」


 いちおう聞いておこう、せっかく行くんだし。


「いやー、先輩も忙しいッスねえ。鳥取に島根にアメリカに」


 ずーみーは弾んだ声で言う。


「ま、自分もアメリカには行きますけどね! ザ・卒業旅行! 楽しみッス!」


 ずーみーも今年の三月で卒業になる。BeSLBのデザインチームが立ち上がったということで、ずーみーと意見交換を現地でやりたいという要望もあり、今回のアメリカ行きに同行してもらうことになった。話が決まった時からずっと「卒業旅行だ」と楽しみにしてくれている。


 それはいいのだが。


「ユウ様。分かっていますね」

「……ああ」


 やらなければならないことが残っている。もう少し早めにやるつもりだったのだが、忙しくてギリギリになってしまった。


「しっかり説明する」


 ずーみーの両親に。

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