ケモプロの中の事務所

「うおー、めちゃくちゃ色々あるッス!」


 青空の下、ずーみーは叫ぶ。


 ……何もないところから来たからその反動だろう。ずいぶんテンションが高い。周りからチラチラ見られているが、お構いなしに笑顔をこちらに向けてくる。


「先輩先輩、ボーッとしてないで、早く行きましょう!」


 躍動感溢れる巨大なライオンの銅像の前で、ずーみーは対抗して躍動感のあるポーズを取る。


「世界一の動物園、サンディエゴ動物園に!」


 ◇ ◇ ◇


 ノースダコタ州で3日、エリックと共に広報で各地を回った。各地といっても日本のような密度ではなく、ほぼ移動時間だったが……ともかく人と会い、地元チームが今後誕生するということをPRし、既に楽しんでいるファンからは応援されてきた。


 その間ずーみーが何をしていたかというと、獣野球伝の執筆作業だ。他にすることも特になく、自主的な缶詰状態となった結果、描きこみの密度がいつも以上になったらしい。


 3月12日。講演の準備や開発作業のあるニャニアンたちをノースダコタに残して、俺とずーみーはカリフォルニア州サンディエゴへと移動した。国内なのに乗継があることにずーみーは驚いていたが、確かに日本じゃ離島に行くとかでもないとやらないか。


「世界一ッスからね! 早く行かないとたくさん見れないッスよ!」

「今週いっぱいは来られるだろう?」


 GDCは18日から。それまではここに滞在することになっている。

 けれどずーみーは、「どーん!」と言いながら俺に体当たりして腕を取り、こちらを見上げてきた。


「わかってないッスねえ。先輩と二人で回れるのは今日だけじゃないッスか」

「ああ。そうだな。せっかくの卒業旅行に付き合えなくてすまない」

「ほんとッスよ、もー!」


 しかし動物園巡りの他にもやらないといけないことは山積みだからなあ。


「ま、それは仕方ないって割り切ってるッス。それより行きましょう! めちゃくちゃ歩くッスよ!」

「地図を見たけど広いな……動物園ってどこもこんなに、展示と展示の間が離れているのか?」

「そーゆーもんじゃないッスかね? 上野も多摩もズーラシアも似たようなもんッスよ。そりゃガラスケースに入れて並べたら歩かなくてすみますけど、生き物ですし。動物ごとに必要な環境は様々だし、ストレスにならない広さと距離ってもんがあるんじゃないッスか?」


 動物園なんてこの間の伊豆シャボテン公園しか行ったことがないから比較対象がなかったんだが、そういうものか。


「世界一の動物園、か。つまり、広さが世界一?」

「広いとは思いますけど、飼育している動物の種類の数が世界一のはずッスよ」

「なるほど。おお、キリンが放し飼いになっているぞ、さすが世界一だな」

「あれはどう見てもドウゾウ、いや、作り物ッスよ」


 そんなくだらないやりとりをしながら歩みを進める。展示に近づくとずーみーはメガネの奥で目を輝かせて、あれこれと動物に関する話をした。


「詳しいな。ガイドいらずだ」

「へへ、そッスか? でもまだまだッスよ。おっと、待ってくださいッスちょっと写真を」

「それなら後から……」

「今日撮らないとダメなんスよ。はい、先輩はそこに立って。大きさの比較用!」


 資料写真を撮る。交代してずーみーを入れても撮った。たまに他の観光客から「二人を撮ってやろうか」と声をかけられるが、それは丁重に断る。


「そのまま持ち逃げされるという手口があるらしいからな」

「安物のデジカメにしろってアスカ先輩に言われましたけど、これで大丈夫ッスかね? まあスマホよりは無くしても問題ないッスけど。日本ならともかく、アメリカでスマホ紛失とか生きて帰れる気がしないッスね」


 スマホを使うのはセキュリティ的にもありえない、とミタカに再三釘を刺されている。


 園内を歩き回り、動物を見て話し、レストランで食事をする。そしてまた歩いて、ケモプロについて話して、気がつけば夕方になっていた。


「う~ん! たくさん見れたッスねえ!」

「全部は回れなかったな」

「ま、それは後々」

「まかせっきりになるが、頼んだ」

「ウッス! まかされたッス!」


 「でも」、と先を歩いていた後輩は、夕日の中で振り返って首をかしげる。


「また一緒に来てくれてもいいんスよ? ……仕事抜きで」

「他ならぬ後輩の頼みだ。いつでも付き合おう」


 ずーみーはもしゃもしゃと頭を掻く。


「ん。……じゃ、行きましょうか。……仕事に!」



 ◇ ◇ ◇



「(ずーみー! 会いたかったよ)!」

「うわッ」


 大きなメガネをかけた細身の男が、長い腕を大きく広げて突進してきたのを、ずーみーは俺を盾にして避ける。男は絶望的な表情をした。


「(神よ……)」

「(アンディ、そんな迫り方をしたら当然ですよ)。こんにちは、ユウサン、ずーみーサン。サンディエゴにようこそ」


 男――BeSLのデザイン部門に属するアンディを押しのけて、黒髪をポニーテールにした女性が出てくる。小さな顔でニッと大きなスマイルをした。


「初めて会いましたね。クレオ・トリヤマです、よろしくお願いします」

「クレオさん! リアルでは初めてッスね、よろしくッス!」


 ずーみーはひょこりと俺の影から出ると、女性――クレオと握手した。


「新しいスタッフか。話には聞いていたが」


 ケモプロのデザインの仕事は多い。鳥類というジャンルが新たに増えるケモノ選手だけでなく、各地の球場などの建物、小物など、作らなければいけない素材は山ほどある。もちろん広告に使うビジュアルも必要だ。

 そういうわけで、アンディを中心としてアメリカの案件に対応するデザイン部門をBeSLBで用意している。とはいえ完全に独立した部門ではない。ケモプロはずーみーデザインを貫いてきた。アンディたちが作ったものも、最終的にずーみーが判断を下す立場にある。


 そういうわけで連絡を取り合う必要があったのだが、アンディは日本語ができないしずーみーは英語ができない。俺やライム、ニャニアンが間に入るのもスケジュールの都合で難しいことが多かった。そこで最近シャーマンが採用してきたスタッフがクレオ。デザインも出来て、バイリンガル。貴重な人材だ。


「クレオが参加してくれてずいぶん助かっていると聞いた。これからもよろしく頼む」

「いえいえ、へたくそな日本語でずーみーサンには迷惑をかけています」


 クレオは俺とも握手を交わす。


「父が日本人で、教えてもらったのですが、日本語を喋る機会が少なくて」


 これが父です、とスマホで写真を見せられる。顔がでかい。写真には三人写っていて、真ん中がクレオだろうから……。


「母親似なんだな」

「よく言われます」

「でも髪は父親譲りなんだな」


 家族の中で金髪なのはクレオの母親だけだ。


「そうです。ハーフだと遺伝子の……あー……まあ、黒くなりますので。はい」


 そういうものか。


「(何を話しているんだい? 僕もまぜてくれ)!」

「(家族の紹介をしただけよ。アンディの他にも紹介しないといけないでしょう、忘れてない)?」

「(そうだぞ、我々もずーみーと話をさせてくれ)!」

「(ボスがこんなに小さいとはなあ)!」


 アンディが呼び水になってか、わらわらと数名集まってきてずーみーを囲う。ネット越しにはすでに会っているのだろう、紹介はスムーズに進んでいるようだった。


「(あ、あの、僕がね……あぁ)」


 その人の輪から、一人押し出されてくる。ぽつんと取り残されたその男――アンディと目が合った。


「(……えっと……まず、事務所の案内をしようか)?」

「お願いしよう」


 ◇ ◇ ◇


 カリフォルニア州サンディエゴ。空港と動物園から近いビジネス街に、BeSLBはデザイン部門の事務所を抱えていた。仕事はケモプロ内の素材、広告のデザイン。そして、資料集め。


「(動物園が近いのはとても助かるよ)」


 スタッフの中には写真専門の人もいて、サンディエゴ動物園に通っているという。そこで動物の写真を撮り、ケモプロ用の資料にしてもらっている。

 ずーみーはこれまで動物図鑑やネット上での画像検索で資料を探していたが、それには二つ問題があるという。点数の少なさと、特にネット上の画像はその動物が本当に正しいかどうかの信頼性に欠けるということだ。そこでいっそデザインチームで資料集めをしようということになり、撮影が進められている。動物園なら専門家が種類を分けてくれているので、同定の必要もない。


 今のところは内部資料だが、ケモプロの選手データと組み合わせて外部サイトで公開することを検討している。この選手のモチーフはこれ、この動物をモチーフとした選手はこれ、といった形でリンクさせるわけだ。無料にするつもりだが念のため、被写体を管理している動物園側の確認を取ろう、ということである程度形にしてから話を進める予定になっている。


「(この辺は家賃が高いからあまり長居はしたくないけどね)」

「(話は聞いていたが、それほどか)」

「(事務所だってこんな狭いところを借りるのが限界だよ)」


 ……いや普通に広いと思うんだが。アメリカは基準が違うのかな。確かにノースダコタのブライトホストの事務所に比べたら狭いか。


「(まあ、あの『窓』があるから詰まった感じはしないけどね)」


 そうやって指差したのは、夕方の通りを『映す』窓だった。すぐ近くを人影が横切る。ここは一階じゃないし、通り過ぎた人影も人間ではない。


 あの窓に映っているのはケモプロ世界の大通りで、横切ったのは休日を楽しむケモノ選手たちだ。


「(すぐ近くにケモノがいる。ケモプロ世界の中に入り込んだようでとても興奮するよ。作ったものがこうして窓の外に現れるんだから、モチベーションにもなるね)!」


 窓のない部屋を借りることになり、その殺風景さをどうしようかと考えて用意したのだそうだ。当初は単なる風景を映すシステムだったそうだが、話を聞いたミタカと従姉でシステムを組みなおしたらしい。


「(ところでずーみーはGDCまで僕らと仕事をするって聞いてるけど、ユウは何をするんだい)?」

「(ああ、俺は……)」

「(ユウはワガハイと一緒の仕事だ)」


 事務所のドアが開いて、がっちりした体の女性が入ってくる。


「バーサ」

「ヒサシイナ、ユウ!」


 バーサはニヤッと笑って俺を両腕で抱え込み、手のひらで背中に打撃を複数回与えた。痛い。


「(どうだ、サンディエゴの事務所は)?」

「(話には聞いていたが、スタッフがたくさんいて驚いた)」

「(シャーマンが集めてくれてな。ヤツは頼りになる)」

「(これだけいると、給料とか大変じゃないか)?」

「(ハッ。それがなんだ。儲ければいい話だ)」

「(私としては日本のチームが少人数過ぎると思います)」


 バーサの後ろから現れた黒人女性――マギーが言い、バーサもそれに頷く。


「(ユウが問題がないならいいがな。こっちはもっとスタッフを増やす。フランクなんて元メジャーリーグのスカウトを雇ったぞ)」

「(メジャーのスカウトを? ……なんのために)?」

「(スカウト以外の何がある)?」


 ケモノ選手のドラフトのために、スカウトを雇ったのか。人間相手の目利きはケモノ選手に通用するのかな? 


「(よく雇えたな)」

「(メジャーリーグに関わる人間は多い。引退を考えていたスカウトが、デスクワークに切り替えるのは良い流れだろう)」


 なるほど。ケモプロなら球場に行く必要もないし、体力がなくてもできるな。


「(オフシーズンの仕事としてもメジャーに紹介しています。こちらは日本と違って、オフは長いですから)」

「なるほど」


 話を聞くと日本でやるような秋のキャンプはなく、秋から2月までまるっと休み。懐の寂しい選手は、その間に別の仕事をしたりするらしい。日本だと……どうだろう。B-Simで関係は築いているし、その辺から相談したらいいかな?


「(ユウ。それより彼女を紹介したい。驚くぞ)」


 ニヤッとバーサが悪い顔で笑う。新しい人材かな?


「(ここだけの秘密だ、いいな)?」

「(わかった)」

「(よし。入ってきてくれ)!」


 バーサが声をかけ、一人の女性が入ってくる。


「………」

「(驚いたか? まだ確かに決まったわけではないが、彼女がBeSLに入ることは世間を騒がすだろう)!」

「(……誰だ)?」


 バーサは目を剥き、紹介されている女性は苦笑する。


「(シャーマンは、ユウは知っていると言ったぞ)!?」

「(……すまない、名前を聞いてもいいか)?」

「(もちろん)」


 そして彼女は名前を告げる。


「(私は……――)」

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