プロ向け製品
「実は弊社……めじろ製菓はまだまだ小さな会社で。広報室も私が兼任している、というか、私が社長になるまでは地元の小さな店って感じで……なので、ケモプロを成功させたKeMPBの広報さんの力を是非お借りしたく」
「広報会社に頼めばいいんじゃないか?」
「それが全て断られてしまって」
金を要求されるとかじゃなくて、断られるってどういうことだ。
「……危険なことならさすがに」
「いえ! 危険とか違法ではないんです!」
「うわ、ヒノリさん。すっごい怪しい言い方ですねそれ」
「元凶のくせに他人事みたいに……!」
パフェの容器の底をさらいながら言うジョージに、ヒノリはギリギリと歯軋りした。
「ジョージが元凶で、うちの広報の力を借りたい……?」
「少し長くなるんですが」
前置きして、ヒノリは話し始めた。
「先ほども言ったとおり、父の後を継いで私が社長になるまで、めじろ製菓は小さなお店だったんです。伝統、って言ったら聞こえはいいですけど、ずっと何も変わらない商売をし続けてました。儲かってはいましたが職人さんもそろそろ高齢で、倒れたら他に何もなくなって潰れてしまう。そこで工業化と全国展開をすることにしたんです」
「ふんふん。新潟の製菓会社っていっぱいあると思うけど、よく成功したね!」
「それが……まあ、こいつのおかげで」
興味なさそうにスプーンを回すジョージを指して、ヒノリは続ける。
「米菓って赤ちゃん向けの商品はともかく、二十代までの若者には受けが悪くて、三十代以降から消費量が上がるんです。なので若者に受け入れられる商品を開発しようと思って、まずはターゲットをゲーマーに」
「それで出てきたのがオコションなんだ?」
オコション。米が原材料のシリアルバーといった感じのお菓子だ。
「はい。ゲームをしながらでも栄養補給できるものを、というコンセプトで、米菓のおこしを元に、レーション……軍用糧食をイメージ。そういう内容でこいつに開発してもらって出来たのがオコレー……オコションです」
ジョージが作ったのか。製品開発部の部長は伊達じゃないということだな。
「あの、ちなみに食べられたことは……?」
「ある。ゲームのイベント会場で配っていたサンプル品だが。口当たりもよくておいしかったし、何よりボロボロこぼれないで食べやすかった」
「あっ、ありがとうございます!」
ヒノリは頭を下げる。
「そういう評価をいただいて、なんとか工場に投資した分を補填できる見通しが立ったんです。けど、その後ダイリーグのオーナーになることになって、新商品の開発に手をつけたのが問題の始まりで……」
「新商品……?」
「ダイリーグがプロゲーマーを作り出す、という方向性でしたので、新商品として『プロ』向けの少し高級なオコションを開発したんです。オコション・プロという名前で」
「聞いたことがないな」
「そうでしょうね……まともに広報していませんから。ハハ……」
「すればいいじゃないですか」
くるくるとスプーンを回していたジョージが、ふとこちらを向いて首をかしげる。
「自信作ですよ、オコション・プロ」
「どこがよ!? イベントで先行配布したら『マズい』『ゴミ』って言われて、その評判が出回ったからダイリーグのクーポンをつけて箱売りしても全然数が出なくて、倉庫に山積みのアレのどこが!?」
「プロ用じゃないですか、間違いなく」
「ううっ、頭いたい……」
ヒノリは頭を抱えて突っ伏した。
「オコションで成功して、他の商品の開発でも評判がいいから、オコション・プロの開発には誰も口を挟まないで進んでしまって……こいつが暴走した結果、とんでもない商品がとんでもない在庫量になって。でも、作ったからにはなんとかしたいんです……オコション・プロをなんとかしたい。あれでも食べ物だし、廃棄はしたくないし、廃棄したら損失が。でもどこに相談しても『こんなもん売れませんよ』って……! だから、KeMPBの広報さんの力を借りたいんです! 広報さんの手腕、とんでもないっていつも噂されてますし、オコション・プロもなんとかしてもらえるんじゃないかと……!」
なるほど。ずいぶん評価されているようだ。いや、他に当てがないのかもしれないな。……それにしても。
「なんだか散々な言われようなんだが……本当に食べ物なのか?」
「……原材料はすべて口にして問題ないものです」
なんでさっきから怪しい言い方するんだ。
「ふーん。ねえねえ、今持ってる?」
「あッ、はい。一応……」
ライムが促すと、ゴトリ、と、ヒノリのバッグから黒い棒みたいのが出てくる。ソーセージみたいに真空パッケージされた……お菓子?
「……えっと……食べてみますか?」
「やりますねヒノリさん。ここ飲食店ですけど、持ち込みした物を食べさせようだなんて」
「あッ、そ、それはそのッ」
「ムフ。サンプルの試食ぐらいだいじょーぶだって。ちょっと待っててね!」
止める暇もなくライムは店員を見つけて近づくと、しばらく言葉を交わしてから満面の笑みを浮かべて戻ってきた。
「オッケーだって!」
「そうか」
「これで気兼ねなく試食できるね、お兄さん!」
そうか……ん?
「……俺?」
「この仕事を請けるかどうか」
ライムは神妙な顔をして頷く。
「お兄さんが食べて判断してもらえるかな?」
「俺が」
「うん。そうしてくれると、すっごく参考になるんだ!」
何か考えがあるということか。そういうことなら食べてみるか。マズくても食べ物は食べ物なわけだし。
「そういうことなら、もらおうか」
「あっ」
オコション・プロに手を伸ばすと、ヒノリが何か言いかける。だが目を向けると、ブンブンと首を横に振った。
「あっ」
切り口に手をかけて開けたところで、ヒノリがまた口を開きかける。しかし首を振って否定するだけだ。
「食べるぞ」
「あっ」
オコション・プロに歯を立て……――
………。
「どうしたの、お兄さん。止まってるけど」
止まってる。普通のシリアルバーのように噛み切ろうとして止まっている。
「……ユウ様? ……震えてます?」
震えてる。体が勝手に。
口の中に入れて歯を立てた瞬間、動きを止められた。歯に味覚ってあるのかもしれない。全力で、歯がこれ以上の進行を拒んでいた。匂い? 薬臭さ? 鉄? 刺激……?
「お兄さんお兄さん」
硬直する俺の視界に、ライムが割り込んでくる。スマホを構えて、雲のような笑顔で。
「『試供品の試食をしてもいいけど、あまり騒がないでください』って言われてるからね!」
なぜ、今言うんだ。
いや、待て、落ち着け。食べ物、食べ物なんだこれは。全神経が否定しているが食べ物だ。そう言っていた。その――そう、匂いはアレだけど一度食べてしまえばそれほどでもない系のやつかもしれない。踏み切れ、思い切りだ。
顎に無理矢理力をこめる。めしゃ、という音がして噛み切られ――
「ぉッ……!? ……がッ?」
……苦甘しょっ薬ヌメザリグチャ薬粒粘塗料薬蜜滑薬粉菌棘痺冷薬苺炭ッッッッ!?
「お兄さん泣いてる?」
視界がぼやけているのは涙のせいか。全然気づかなかった。口の中で物体が動くごとに背筋に悪寒が走り、口が吐き出そうと蠕動する。頭の後ろが痺れる。
「ん゛ッ――ぉ゛ぉ゛……」
駄目だ。吐いたら二次被害だ。騒ぎどころじゃない。営業停止になる。
震えながら口の中のナニカを噛み、すりつぶして、待避線を張ろうとする喉の奥に送り込む。
――飲み込んだ。永遠に終わらないかと思える一口だった。
「お水飲む?」
「……くぇ゛」
テーブルの上で手がつけられていなかったお冷を全て飲み干してようやく、体の震えと寒気が収まった。
深く、息を吐き出して――言う。
「マズかった」
「でしょう」
ジョージの表情は何も変わらない。だがウンウンと頷く仕草からは、悪気は感じない。
「なんであなたは得意げなのよ……すいませんでした、オオトリさん。もっと強く言っておけば」
「いや、構わない。食べると決めたのは自分だ。それに毒というわけでもないだろう。……ないよな?」
「食べ過ぎたら太るぐらいですね。カロリー増し増しですから」
「わーお、えげつないカロリー書いてあるよ! お兄さん、もう今日はご飯食べなくていいかも?」
ライムが包装に書かれている数字を見せてくる。うん。
「それとは関係なく、しばらく何も食べたくない」
「そうでしょうとも」
ジョージは深く頷く。ヒノリはそれを見て、頭を抱えた。
「なんで……どうしてあなたはこれが売れると思ったのよ……?」
「なんで売れないんですかね? ヒノリさんの要望どおり、『プロ』向けに作りましたよ?」
「うぅぅ……」
何度も繰り返してきたやりとりなのだろう。ヒノリは諦めて沈む。
「……ライム」
「なあに?」
「参考になったか?」
「うん、バッチリだよ!」
ライムは雲のように笑い、のろのろと顔を上げたヒノリは首をかしげる。
「……参考に、なった? え? オオトリさんが参考にしたのでは?」
「うちの広報担当者はライムだ」
「えっ」
「KeMPB広報担当のクジョウらいむでっす!」
ヒノリはまじまじとライムを見る。
「えっ。……妹さんかと」
たとえ妹だとしても、ただの妹を仕事に連れてくるのは変だろう。
「ムフ。残念だけど違うんだよね。ところで、オコション・プロの広報、やってもいいかなって考えてるんだけど、ジョージさん、もうちょっと話聞かせてもらっていい?」
「ほほほほんとうですか! ぜひ!」
「ヒノリさんはしたないですよ」
「まあまあ! それでさ、『プロ』向けって話だけど――」
ライムが尋ね、ジョージが答える。テンポよく進む会話の中で、ヒノリは目を丸くしたり、顔を赤くしたりした。
「――うん、いけるね! それじゃ、契約を詰めようか。シオミお姉さん」
「用意はしておきましたが……これ以上仕事を抱えて、本当に構わないのですね?」
「そりゃ忙しくなるけど、今後を考えるとこういう縁は拾っておきたいし。それに」
ライムは雲のように笑う。
「――面白そうなお仕事だと思ってたんだよね!」
◇ ◇ ◇
【オコション・サヴァイヴ公式ホームページ】 / 2019年2月公開
(黒い背景を基調とした重厚な感じのWebサイト)
オコション。日本の伝統的米菓『おこし』と、軍用糧食『レーション』の発想から生まれた、新たなゲーマー用栄養補給食。
その手軽さと食べやすさから多くのゲーマーに受けいれられたオコション、それを製造するめじろ製菓の次なる目標。
オコションを超える、『プロ』向けのオコションを……――
開発担当者は語る。
担当:プロ向けということで、本気を出しました。いくつもの競合製品を取り寄せて、食べ比べたり。
――どうしてこうなったのか、というのが素直な気持ちです:社長
担当:そして『プロ』に必要な要素を考え、確信に至りました。
――こういう方向性に行くなんて、会社の誰も考えてなかったと思うんです:社長
担当:必要なのは、二度と食べたくない『まずさ』だと。
オコション・サヴァイヴ―― それは究極の、プロ向けの
担当:
――気づいてほしくなかった:社長
担当:軽量で、カロリーが高い。オコションは優秀な栄養補給食です。しかし、そういった特殊な状況では力不足です。カロリーはもっと必要だし、何より『おいしいから食べ過ぎてしまう』。
そこで開発担当者が求めたものが、『まずさ』だった。
担当:遭難時に食べ過ぎない。そのためには『一口しか食べられない』というまずさが必要だと考えました。さっそく、オコションのカロリーを増やし、その上で『おいしさ』を無くし、保存性と『まずさ』を向上する開発を始めました。
――どうしてそういうことするの……:社長
担当:そうして出来上がったのが『オコション・サヴァイヴ』です。軍用品としてももちろん、登山家の行動食としてもオススメできます。一本リュックに仕込んでおけば、3日は生存期間を延ばせるものに仕上がったんじゃないかと自負しています。
その『まずさ』は試食したユーザーの声を見れば明らかだ。
(Twitter投稿の埋め込み)『ゴミを配られたかと思った』『口が受付を拒否した』『食べ物に見せかけた何か』『一口かじった瞬間吐き出したわ』『飲み込んだら死ぬってすぐ分かった』『薬事法違反してない?』
(※オコション・サヴァイヴは以前オコション・プロとして展開していました)
担当:想定どおりです。
――どうしてこうなった:社長
圧倒的『まずさ』によって驚異的な
しかし、その『まずさ』は本物なのか?
本気を出せば、一本食べきるぐらいは余裕なのでは?
担当:ありえません。極限状態ですら『一口で十分だ』と思わせる『まずさ』。それがオコション・サヴァイヴです。自分でも試しましたが、三日絶食したぐらいじゃ二口目もいけません。
でも一人ぐらいは、「この味がクセになる」とか言う人もいるのでは?
担当:頭がおかしいですよ、その人。
――やめて:社長
しかし開発担当者が味音痴という可能性もある。
そこでめじろ製菓広報室はその性能を確かめるため、社長に実食してもらった。
――やめて!?:社長
(動画:【めじろ製菓】激マズ行動食!オコション・サヴァイヴを社長が責任とって食べます。お残ししたら罰ゲーム、の埋め込み)
いかがだっただろうか。疑問の余地は消えたことだと思う。
製造元の社長でさえ認める『まずさ』により
在庫は十分用意してあります。
(画像:倉庫に山積みの箱)
一生分セット(1箱)ならお得なお値段!
軍隊、登山家、物好きな人。注文お待ちしております!!!
おまけ
(動画:KeMPB代表がオコション・サヴァイヴを試食した結果、の埋め込み)
(かじった瞬間に動画で見て分かるレベルで血の気の引くユウの顔)
(チワワよりも小刻みに震えるユウ)
(涙目になりながら硬直した顔面でなんとか咀嚼するユウ)
(嚥下中のめまぐるしく変わる表情、ひたいににじむ汗)
(嚥下し終わって脱力するユウ……――)
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