仕事の依頼

 1月中旬。


「それでは報告会を始めよう」


 バーチャル空間にはいつものメンバーが集まっていた。従業員は増えたものの、報告会に出席する顔ぶれは変わらない。……開催が深夜になることが多いし、残業してもらうわけにもいかないしな。


「はいはーい! らいむね、事務所にお土産置いてきたよ! お菓子いろいろ!」

「へェ……て、事務所にかよ。今から行って残ってんのか?」

「イサからあっという間になくなったと聞いています」

「……ソームラだな? あのヤローめっちゃ食うからな」

「好評だったならよかったよ!」

「オマエ、知ってて報告したな? アァ?」

「ムフ」


 アツシはよく食べるんだよな。さすが元プロ野球選手といったところか。ちょうどいい、そっち方面の話から始めよう。


「B-Sim、Bassのプロ野球各球団への納品は終わったんだったな」

「あァ。機材はそろったし導入も終わったぜ。ソームラにはさっそくサポートをやらせてる」


 電話やメールで、各球団の職員から操作方法などの問い合わせを受けてもらっている。故障した機械の受け取りや発送もだな。


「今後はプロ12球団以外にも売り込んでいくんスよね?」

「ンだな。独立リーグのチームとか、アマチュア……ま、いわゆる甲子園に何度も出場するような強豪校にだ」

「オー。やっぱり強豪校はお金もちデスネー。日本人の甲子園好きは異常デス」

「……っつーわけでもねェんだな」


 ミタカのキツネ型アバターはガシガシと頭を掻く。


「問い合わせ自体は来ンだが……Bassはともかく、B-Simは『売れ』じゃなくて『貸せ』なのがちっとな」

「レンタルしたいって事ッスか?」


 今のところBass――動画解析は月額制。B-Sim――選手の投球動作を取り込んで結果をシミュレートするシステムは、機材の販売と年間サポートという形態をとっている。しかし問い合わせの大半は貸して欲しい――レンタルしてほしいという内容だった。


「面倒くせェんだよな。費用を抑えたいのは分かんだが、レンタルとなると返却の面倒も見ねェといけねェし。第一、カメラ以外は消耗が激しいから返してもらっても困んだよ」


 キャプチャ用のスーツもミシェルが工夫して数サイズにまとめているが……あのぴっちりスーツを中古で着るとなるといろいろ考えてしまうだろうな。あとは、ボールか。汚れに弱いし、再利用はやっぱり憚られるだろう。


「んー、費用を抑えるだけなら、分割払いでなんとかならない? プロ球団もそうしてるとこあるよね?」

「そっちには信用があっけど、学校法人はチトなァ。ま、イサねェちゃんの負担が増えっけど、やるならそっちの方がマシかね。あァでも、少し借りてやっぱ返すから金払わねェわ、って言ってくるかもしんねェな」

「しっかり規約を作って説明する必要がありそうですね」

「なんですぐ返すんだ?」

「そりゃ、うまく扱えなかったとか、思ってたのと違うとかだろ」


 なるほど。要するに試す機会が欲しいのか。


「人手は必要だが、体験会を開くというのはどうだろう? それなら消費する機材も1セットで済むし、納得して契約してくれて、返されることは減るんじゃないかと思うが」

「Webに解説動画上げてんだから、それ見りゃいーだろと思うんだけどな。自分で使ってみねェと納得しねェヤツもいるし、体育会系こそそーゆーヤツが多いんだよな……」

「ムフ。そんな人でも名前を知って問い合わせてくれるのは、広報のおかげだね!」

「半分ぐらいNPBの威光な気はすんがな」


 プロ野球で導入されているから、という理由で問い合わせてくる人は確かにいる。いろいろ値引きの交渉をした結果、両システムをNPBが使っていることを宣伝させてもらうことが条件に盛り込まれた。それが生きてきたということだろう。


「んで、体験会? やってもいいたァ思うが、今は人手が足りねェだろ。一時的に人を派遣してもらって、って手もあるが……その都度レクチャーじゃ質は落ちるし毎度一からやり直しっつーのは非効率的だぜ」

「んー、時期を絞って短期で全国を回る、とかどう? 毎年やるものでもないだろうし?」

「先行してるアメリカの方を参考にしテハ? というか、あっちはどうなってるんデス?」

「マイナーリーグの方もあるからな。まだ行き渡っていない。とはいえ、似たような問題はあるかもしれないな」

「すぐに結論は出そうにありませんね。BeSLBからもヒアリングしつつ、比較検討する資料を作っておきましょう」


 いずれにしろ取引相手が増えればサポートの仕事も増える。増員は考えておかないとな。


「……増員といえば、メールサポートの人員も増やさないとな」

あんちゃんさんのメールが好評だよね!」


 ケモプロ実況者の兄ちゃんに向けて送られてきたサポートメールに、ロクカワには兄ちゃんとして対応してもらうことにした。結果、返信メールがSNSに晒されて、ノリのいい公式サポートだとか、公式がいかんでしょだとか言われて拡散し、さらなるメールを呼び込むこととなった。ユーザー増に寄与したのはありがたいことだが、メールの回答がロクカワだけで処理できなくなってしまったので、俺も再びメール処理に回っている。


「本人は恐縮していたけどな。騒ぎになってすまないと」

「それだけ兄ちゃんさんが実況を通じてケモプロファンを作ってくれたってことだよ! ムフ。また実況してくれって声も大きくなってるし、早めに実現させたいね! アツいうちに仕掛けていかなきゃ!」

「だからッテ、防音室とかいう無茶振りはやめてほしかったデスヨ?」


 ニャニアンの猫アバターがものすごい笑顔で言う。声は笑っていなかった。


「……ナゲノがアパートを自分で改造したと言ったから、わりと簡単なのかと」

「レベルによりマス。マァ、人の声だけみたいデスシ? 浮かせなくてもいいそうデスカラ、いいデスケドネ? いきなり『防音室を作ってくれ』じゃ心臓が止まりマスヨ! タダデサエ忙しいノニ!」


 最初に相談した時、「イマカラ!?」ってすごい声出してたもんな。


「ただでさえGDCの準備で急がしいんデスヨ……新しい仕事を増やさないで欲しいデス」


 GDC。Game Developers Conference、アメリカで行われるゲーム開発者会議。BeSLBから広報の一環で講演してほしいと依頼を受けたのが夏のこと。準備期間は少なかったがミタカがAI関係で、ニャニアンがサーバー関係で資料を提出したところ、ニャニアンの方が審査を通過。そのまま本採用となった。3月にはニャニアンと再びアメリカ行きだ。


「まったく貧乏暇なしとはこのことデスネ」

「お仕事を増やせばお金持ちになるよ! いろいろお仕事の話はきてるから遠慮しないでね!」

「……参考マデニ、何の仕事デスか?」


 ニャニアンが警戒しながら尋ねると、シオミがいくつかのウィンドウを表示した。


「ナナオさん向けの話は、あまりインフラ構築を表に出していないので来ていないですね。一番仕事の依頼が来るのは、ホヅミさんです」

「ふえッ? じ、自分ッスか?」

「何度か訊いただろう。ケモプロ以外で、広告デザインとかキャラクターデザインの仕事がきているがやってみるか? と。あとは本の表紙とかゲームキャラとかもあったな」


 ずーみーのケモノデザインを、という依頼が来ることは多い。やはりケモプロの絵といえばずーみーというイメージなのだろう。大通りの大きな看板に、というような依頼もあったな。


「あ~……そんなこと聞かれたような気もするッスね。ケモプロがシーズンに入ったんで野球伝の連載もあるし、ケモプロ関係のデザインチェックとか、選手の調整とか、そもそもの選手の原型の作成とかもあって忙しいんで、今は無理なんで全部断ってくださいと言ったような」

「全部断ってるぞ」

「……え、結構きてるんスか、そういうの?」

「そうだな」

「だ、大丈夫ッスか? その……」

「穏便に断っているから大丈夫だ」


 断るとなぜか怒ってくるところもあるのだが、そういうところと仕事をする気は起きないしな。


「あらためて依頼したいとか、いつでも声をかけて欲しいとか言われている。問題は起きてないぞ」

「そ、そッスか……ならよかったッス。えっと、卒業したら時間できると思うし、アンディにもチェックをお任せできる感じになってきたんで、そのうちもっかい話を聞かせて欲しいッス」

「つーか、ずーみーぐらいになりゃ個人宛にガンガン依頼きてんじゃねェか?」


 イラストサイトのトップランカー、ケモノ絵師として名高いずーみーだ。確かにそういうことはありそうだな。


「あー……イラストをネットに投稿し初めてしばらくは感想返しとかもしてたんスけど、そのうち追いつかなくなるし変なこと言ってくる人もいるしで、面倒ごとになりそうだったから窓口全部閉めてるんスよ。確かに仕事の話とかもきてましたけど、まだ小学生でしたし興味なくて」


 となると、今現在ずーみーに繋がりそうな窓口はKeMPBしかない。なるほど依頼が殺到するわけだ。


「じ、自分の話はいいんスよ。他には何かないんスか!?」

「テレビと……ああ、ゲームを一緒に作らないか、という話もあったな」

「ゲーム? KeMPBとッスか?」

「ゲーム内アイテムにサイコロとかを追加したことがあっただろう?」


 ミタカとライムが一緒になって特急で作って販売していた。挑戦だとかなんとか言って。


「それを使ったユーザーの動画を、アナログゲーム系の会社が見たようでな。ケモプロ内でユーザーが遊べるTRPGやボードゲームを一緒に作らないかという提案があった」

「へー。ボードゲームって人生ゲームみたいなやつッスか? TRPGっていうのは?」

「俺も詳しくは知らないんだが」


 どちらもリアルで人数を集めてやるものだという。友達のいない俺に経験は皆無だ。サイコロを販売したい、と言われて始めて解説動画を見た。


「VR環境でやりやすいシステムのゲームを作りたい、とか言っていたな」

「まァ何かあるたびにルルブ――ルールブックをめくらねェといけねェ既存のシステムは、いくらHERBコントローラーがあってもしんどいだろーしな」


 ミタカは腕を組んで言う。


「VRの……コンピューターの補助がある新しいシステムが欲しいっつーのは分からなくもねェ。ただイチから開発ってなると時間も手間もかかっからな……あんま乗り気になれねェ。それだったら既存のシステムを移植してくれっつー依頼の方がマシだわな」

「そういうもんスか」

「そーゆーもんだよ。麻雀みたいに仕様が枯れてりゃ楽勝だぜ。新規ってなるとなァ……マイルーム内限定のSDKを配布するっつー手もあんだが……」

「……サダコ?」

「ソフトウェア・デベロップメント・キットでSDKな。マイルーム内のアイテムを作るためのツール一式って認識でいい。SDKを配布すれば、他のやつらでもアイテムが作れるようになる。それで作ってもらってストアに載せるとか、なんならもっと公に――UGCを強化するってことでユーザーが制作物を売れるストアを作るって方向もあるが……」

「何か問題があるか?」

「二つあんな」


 ミタカは空中に肘をついて言う。


「ひとつはVRソーシャルの分散を危惧してる。オレたちが考えることじゃねェが……UGCを生かせるVRソーシャルが複数あって、それぞれ仕様が異なると、クリエイターが分散してユーザーも分散しちまう。それはVRにとってあまりよくねェと考えてる」

「んー、でもお客さんの奪い合いは仕方ないんじゃない? ビジネスのサガだよ。それに今のSNSだってそれぞれ住み分けができてるじゃん」

「VRはまだユーザー総数が少ねェ。既存のSNSはブラウザのタブなりアプリを切り替えればすぐに渡り歩けるが、VRソーシャルはそんな軽いもんじゃねェからな。正直なところ、ブラウザ……Webに位置するVRソーシャルが一個あって他はそのサービスになる、ってな状況になるのが理想だね」

「じゃあその位置にケモプロがいけばいいんじゃない?」

「ケモプロのメインコンテンツは野球観戦だろ。それよか、最近出てきたTHE SEED ONLINEみてェなのがその位置に近いな。ケモプロはこーゆーVRソーシャルから利用される側でいーんだよ」


 他のVRソーシャルもUGCが許されているものは、ケモプロが見れるような仕組みを提供している。ユーザー数拡大を見込んでのことかと思っていたが、ミタカには他の考えもあったようだ。


「つーか、野球観戦ゲーム内で遊ぶゲームを作れってなんだよって話だぜ。まァ、ある程度ケモプロに、野球観戦をしないユーザーが集まるのは想定してはいたけどよ」

「そうなのか?」

「ケモプロをVRソーシャルとして考えると、『会話以外のメインコンテンツのあるVRソーシャル』になんだろ? 今のVRソーシャルでは珍しい方なんだよ。ケモプロは『とりあえず野球を見ろ』とやることがハッキリしていてユーザーが迷わない設計になってるわけ。無料だからとりあえずやってみよう、っつー層にやることを示せるのはデカい。たとえ野球にあんま興味がなくてもな」


 なるほど。野球なら会話のきっかけにもなるだろう。


「野球以外を押し出して、ケモプロとしての芯がブレるのもよくねェだろうしな」

「そうだな。二つ目は?」

「相手にやる気があるか分かんねェ。……ぶっちゃけアナログゲーム関連がコンピューターゲーム化で成功した事例より失敗した事例の方が多い気がする。日本は特にな。SDKを渡したとこで使いこなせるヤツがいるかも疑問だし、外注するとしても満足な予算を相手が出せるか分からねェ。結局ストアで販売すればKeMPBにも責任はあるわけで、クォリティの低いものを出されてもな」

「デスネ。ユーザーにSDKを公開すればやる気のある人が作るかもデスガ、ストアのクオリティコントロールを考えるとめんどいデス」


 やるなら本気でやらないと難しい、ということか。けれどケモプロが本気を置くべきところはそこじゃない、とミタカは考えている。


「わかった。ミタカも乗り気じゃないということだし、やはりいったん断っておこう」

「えっ」

「どうした、ツグ姉」

「え、えへへ……あの、ルールブックめくるのが面倒だって聞いたから、会話中の発言から必要になるルールブックの該当部分を自動で表示するようなね、仕組みを……作っておいたんだけど」

「……ミタカ」

「あー……まァ、作ったんなら何か活用する方法を考えとく」


 あるものは利用しないとな。


「そうそう、乗り気じゃないって言えばさ!」


 ひょっこりと、ライムのヒツジ型アバターが上半身を大きく傾ける。


「なんだか面白そうな話もあったよね!」

「……乗り気がしない面白そうな話?」

「そうそう」


 ライムは雲のように笑う。


「ダイリーグのオーナーだった、めじろ製菓さんからさ!」

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