新年の品評会

 2019年1月3日。


「おじゃましまーッス。……えっへっへ」

「どうしたんだ急に笑って」

「いや、お休みに仕事場に入るってなんか面白いなって思って」


 事務所の中に入りながら、ずーみーはきょろきょろと辺りを見回す。確認するまでも無く、今日はKeMPBの事務所も年始で休みだ。誰もいない、がらんとした空間になっている。


「って、寒いッスね」

「暖房をつけるからちょっと待ってくれ」

「うーん、広い部屋に二人だけ、そして仕事のためでもないのに暖房! 背徳感って感じッス!」

「かと言って凍えて風邪をひかれても困るしな」


 壁のパネルを操作して暖房をオンに。機器が低く唸り始める。


「しばらくしたら暖かくなるだろう」

「待ってるのもなんですし、さっそく始めましょうか!」


 そわそわと足を動かしていたずーみーが、手に持っていた袋を机の上に、どしりと載せる。


「冬コミ、戦利品の品評会を!」


 ◇ ◇ ◇


 2018年の年末。俺とずーみーは東京ビッグサイトに赴き、コミケに参加していた。1日目はもがこれ関連のものが多いためニャニアンも参加したが、残りは二人でケモプロ関連の出展を回った形だ。


 実は8月の夏コミこそそうしようと思っていたのだが……そのために空けていたスケジュールはBeSLBの件で吹き飛んだ。忙しい夏を過ごし、最近なんとか落ち着いてきて冬コミに参加することができたというわけだ。


「いやー、量が去年の冬の比じゃなかったッスねえ! ケモノだけじゃなくて、スポーツ系でも出てたり、成人向けも、うへへ」

「……成人向けは大変だったな」


 ずーみーは高校三年生。すでに誕生日を迎えて18歳になっている。だから成人向けを買うことには何も問題は無い、のだが。


「立派な大人だってのに、失礼ッスよね!」


 そう頬を膨らませる小さな後輩を、誰も18歳と認識できなかった。身分証を提示するのはやめたほうがいい、とススムラに言われていたので証明する手段も無く、結局当初の予定では二手に分かれて回るつもりが保護者として付き添うことになったのだ。


「先輩がいてくれて助かったッスよ」

「いや。俺も迷惑をかけたし」


 顔が売れてきた、ということだろうか。出展者にKeMPBの代表だと騒がれることが何度かあった。それもあってずーみーをずーみーと呼べなかったのは不便だったな。


「んじゃお互い様ってことで。さて、とりあえず、コレとコレとコレは面白かったッス」

「ふむ」


 冊子の山から数冊並べられる。


「野球モノは登場人物が多いから、自分もあまり把握してないようなマイナーカプが描いてあると『おぉっ』って感じッスね。あとあんまり野球知らないんだろうなって人も、がんばって野球シーンとか描いてあると色々な人に届いてるなって思うッス。ほらこれとか」


 キャラの掛け合いを描く上でどうしても外せない、ということで描いた野球シーンだろう。ピッチャーがキャッチャー用のグローブをしているのはご愛嬌だ。


「基本的にカプの日常モノとかが多かったッスけど、力作もありましたねー。コレとかすごかったッスよ」

「ずいぶん頭身が低いな」

「ケモショタの少年野球モノッスね。今から十年前って設定で、登場人物はプロの若い頃も出てきますけど、ほとんどオリジナルで」


 それでこの厚さか。すごいな。


「あとコレは成人向けのやつッスけど、話がめっちゃエモかったんで読んどいてください」

「わかった」


 こういうやり取りがあるから、この品評会をどこでやるか迷ったんだよな。さすがにずーみーの家でやるわけにもいかないし。


「あと野球系のところで見つけたんスけど、これも力作ッスよ。『ケモプロ野球名鑑・鳥取編』」

「野球名鑑?」

「選手リストみたいなもんスかね。名前と、顔のイラストと、年齢身長体重、ポジション、成績とかがまとまってるやつッス」


 得意コースとか投げた球種のデータまで載っているのか。うーむ、しかし。


「……こういうデータならケモプロでもすぐに出せる画面があるはずだが」

「選手に対する一言コメントとか、その辺を自分で書きたかったんじゃないッスかねえ。あとは紙面のデザイン? めっちゃそっくりらしいッスよ?」

「顔写真、というかスクリーンショットじゃないんだな。特徴を捉えたイラストでいいな」

「そりゃ、同人誌ッスからスクショはダメッスよ」


 ずーみーは神妙に頷く。


「去年スクショを同人誌に使って頒布しようとした人がいて炎上したりもしましたし」

「……ああ、そうか。出来がいいから出版物かと勘違いした」


 非営利目的、他の著作物と被らない範囲での利用――例えばブログに使うとか、ゲーム画面を印刷してケモプロの広報に使うとかであれば許可している。けれどケモプロを使って他の商品を広報するとか、KeMPBの著作物であることを伏せての利用、公式と間違われるような使い方はダメだ。その辺はミタカとシオミでキッチリ規約を作っている。ライムもファン向けに分かりやすい解説をしていたはずだ。この野球名鑑を見ると、その効果があったということかな。


「というか、需要があるならこちらで企画したほうがいいか? 今度議題に上げておくか」

「どうッスかねえ? 物理のフルカラー本なら使いやすい気もしますけど……」


 それから何冊かピックアップしては、あれこれと話し合う。


「コスプレもすごかったッスねえ。まさかケモプロ合わせがあるとは」

「精巧なマスクだったな。あれ高いんじゃないのか?」

「結構するそうッスよ。でもケモプロは顔以外ほぼ人間じゃないッスか。だからマスクの他はユニフォームと手袋だけでいいからやりやすいって……っと! そろそろ時間じゃないッスか?」

「そうだった。テレビをつけるか」


 事務所には大型のテレビを用意している。これも事務所を品評会の場所に選んだ理由だ。


 当初事務所の備品としてテレビが挙げられたのは意味が分からなかったのだが、「災害時に情報を入手する手段としては今も現役」という説明を聞いて納得がいった。それにテレビとしてだけではない使い道もある。


 電源を入れて画面を操作して映し出したのは――ケモプロ。スティック型デバイスを接続して、いつでも視聴できるようにしてある。


「今日はニューイヤートーナメントの最終日ッスからねえ。楽しみッス」

「意外な組み合わせが残ったよな」


 ダブルエリミネーション形式でのトーナメントを勝ち進むのは3チーム。全勝で待ち構える昨年の覇者、伊豆ホットフットイージス。敗者復活戦を勝ち進んだのは、鳥取サンドスターズと――


「ペナントダントツ最下位の青森が残ったのは確かに意外ッスねえ……1位とのゲーム差10でしたっけ」

「10.5だな」


 しかも青森ダークナイトメア・オメガは、現在1位の東京セクシーパラディオンを敗者復活戦の第一ステージで下している。この番狂わせに青森のファンは喜ぶより前に困惑しているとか。


「実況は誰のをつけようか」

「んー、ふれいむ☆さんも安定してるんスけど、青森の試合はヤミノちゃんがいいッスかねえ。今日は特別ゲストもいますし。やー、それにしてもやっぱ大画面は迫力あるッスねえ」


 資料を映したりすることもあるだろう、ということで大型テレビを用意した。……結果、誰の家のものよりも大きいテレビが事務所に鎮座している。……家にあっても困るサイズだからいいか。


「でもちょっと、二人で見るのは寂しいかもッスねぇ。ライムちゃんも来ればよかったのに。旅行中なんでしたっけ?」

「里帰りだそうだ」

「え、アメリカまで?」

「いや、日本だ。福島とか言ってたな」


 例の、都心のオートロックのマンションを借りるのに名義を貸してくれている親戚のおじさん、の家だという。


「おー、フルーツ王国じゃないッスか。おみやげ……には今の季節じゃ無理ッスかね?」

「何か買ってくると言っていたが、農家じゃないそうだし、フルーツではないだろう」

「楽しみッスねぇ……お、試合も始まるッスよ!」



 ◇ ◇ ◇



『ハーッハッハッハ! 眷属のみんな、待たせたな! 青森ダークナイトメア・オメガ公式実況者のヤミノウィングだ! 今日はな! 実はスペシャルゲストがいるぞ! その名も、ダークナイトメア・オメガ仮面だッ!』

『ハーッハッハッハ! ご紹介に預かった、青森ダークナイトメア・オメガのオーナー、青森ダークナイトメア・オメガ仮面だ! 我がチームの健闘を聞きつけてお邪魔させていただいた!』


 カラス系女子のアバターと、ダークナイトメア・オメガ仮面の仮面(有料販売アイテム)をかぶったアバターが実況枠に表示される。


『ヤミノくん、今日はよろしく頼むぞ!』

『まかせてよ、おじさん!』

『ハッハッハ。おじさんはやめてくれたまえ』

『おじさんにはマジ感謝してるんで!』

『ヤミノくん? 打ち合わせどおりオーナーで頼むよ……?』


 カラス系女子は聞いていない。


『さって! 今日はニューイヤートーナメントの最終日だな! 我らが青森ダークナイトメア・オメガはファーストステージで惜しくも電脳カウンターズに敗れはしたが! 敗者復活戦ファーストステージ、セカンドステージを勝ち抜き! なんと敗者復活戦サードステージまでやってきたぞ! やるじゃんか、な!?』

『ハッハッハ。このまま優勝したらセールをしてもいい!』

『おじさんさすが太っ腹だな! えーと、サードステージの対戦相手は鳥取サンドスターズ! 今年ドライチで入団した赤城あかぎ八太郎ハチタロウと、不動の四番西伯サイハクの強力打線が手ごわそうだな!』

『ハッハッハ、うまくチーム力を向上させたという印象だな!』

『ドライチが三軍に行ったおじさんは、笑っちゃいけないと思う』

『はい』


 ドラフト一位で指名された雪道ゆきみちルークは、開幕戦の後に二軍へ行ったもののそこでも成績を残せず、三軍へと降格していた。


『ルークもそうだけどさ、我が軍は負傷者も出てるからこの試合心配だぜ。特に正捕手、第二捕手も第一試合で負傷退場して、今やってるのは第三捕手ってやつだもんな?』

『いや、うむ。捕手の後がないのは本当に困るよ。新人の凍土とうどナガモ君には頑張ってほしいところだ』


 投球練習のボールを受けるのは、小柄なマンモス系女子。キャッチャーマスクの下ではメガネをかける、今年のドラフト八位。


『まあ、悪いことだけじゃない。新人を助けようと、周りの選手たちが奮起してくれているようだからね』

『確かに、敗者復活戦からの気合の入りようは違うな! クロゼもホームラン打ったし! あれはクンイットーをさずけていいな!』

『ハッハッハ、違いない!』

『よーし、試合開始だぜ! 眷属ども、気合い入れていけよ! 青森ダークナイトメア・オメガ対鳥取サンドスターズ、先行はサンドスターズからだ!』


 二人は意気揚々と実況を開始し、終始高笑いをともにして、そして――


『……あー、試合終了。勝ったのは、鳥取サンドスターズだ。応援ありがとう、眷属たち。これで配信は終了――』

『まっ、待ちたまえヤミノ君! まだ! トーナメントの最後までやる約束だろう!?』

『えーでもダークナイトメア負けちゃったしな……』

『……バイト代、いや、そういう態度なら公式配信者としての認定を取り下げ――』

『さあ次の試合は、敗者復活戦を勝ち抜いた鳥取サンドスターズ、対、全勝で待ち構える前年度の覇者、伊豆ホットフットイージスだ! 残念ながら我らがダークナイトメア・オメガは敗れたが、眷属たちよ、この戦いを最後まで見届けようじゃないか! ハッハッハ!』

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