クリスマス自慢

「――……大変恐れ入りますが、こちらの電話窓口はゲーム内アイテムの購入に関するお客様ご相談窓口となっております。そのようなご用件でしたら、会社公式ホームページにございますお問い合わせフォームをご利用ください」


 事務所の扉を開けて中に入ると、凛とした声が聞こえてきた。声の主はヘッドセットをつけたヤマンバギャル――イサ。


「いいえ。代表にそのようなお約束はございません。……はい。そうですね。問題ないかと思います。恐れ入りますが、次のお客様がお待ちですので、失礼させていただきます」


 毅然とした口調で電話を切り――


「ちっすー。代表ちゃんじゃーん。めずらし! どしたの?」


 席を立つと、いつもの口調で話しかけてきた。


「少し時間ができたから寄ったんだ。今の電話は?」

「えいぎょー。社長を出せ、約束をしてるんだ、って。いや、ねーし! そもそも事務所に代表ちゃんいないっつーの!」


 ケモプロはゲーム内でアイテムを販売しているため、特定商取引法の対象となる。電話番号を公開する義務があるのでそうしているのだが、最近はその番号にかかってくる営業電話が増えてきていた。基本的にメールでしかやり取りしないし、俺の携帯の電話番号を知っているのはオーナー企業ぐらいのものなのだが。


「うまく対処してくれているようで、助かっている」

「おっ、『貴重なデレ』ってやつ? いただきましたー! アッハッハ、ウケるー」


 誰だ、吹き込んだの。……ちゃんと感謝するべき時にはしているはずだぞ。


「ところでソレ何持ってんの?」

「ああ。そうだった」


 手に持っている袋を持ち上げて差し出す。


「差し入れのケーキだ。今日はクリスマスだからな」


 ◇ ◇ ◇


 12月25日。俺はクリスマスムードの商店街を抜け、KeMPBの新事務所にやってきていた。


「マジ? 気が利くじゃん! よっしゃ、コーちゃん、アッちゃん、休憩にしよ! 代表ちゃんがケーキ買ってきてくれたって!」

「ちょい待ち、このメール返したら……おし」

「代表、ありがとうございます!」


 作業していたロクカワとアツシが、手を止めてミーティング用――兼食事用のテーブルにやってくる。


「ケーキとか、トリ代表にしては気が利くやん」

「こういう差し入れはしたほうがいいとアドバイスを受けてな」

「……お、オウ。そういうの正直に言わんでもええんやで?」

「アッハッハ。オオトリさんらしいじゃないですか。ちなみに誰に入れ知恵されたんです?」

「シュウトからだな」

「シュウト……て、ダイリーグの社長やないですか。何しとるんやアンタ」

「仕事の話はしてないぞ」


 『育成野球ダイリーグ』を運営する株式会社カリストは、日刊オールドウォッチの告発と自社からの発表により、ケモプロに対して捏造報道をPR会社に依頼していたことが明らかにされた。


 その結果当然のように炎上し、周辺は荒れに荒れ、ダイリーグのオーナーの大半が離脱することになった。それでもシュウトは会社を支え、新しい施策を発表し、『ダイリーグを続ける』というメッセージを発信し続けている。その結果なのか、それとも今遊んでいるユーザーは捏造問題にあまり興味がなかったのか、売上は想定より下がらなかったそうだ。


 騒動がひと段落して、シュウトからは改めて謝罪を受けた。そしてその場でLINEを交換した。シオミ曰く、人付き合いの練習台に使い潰せとのこと。仕事の話、内部情報は禁止。そうなると何を話していいかわからない。ので、たまに公に発表されたニュースのURLを送りつけあっている。自慢合戦専用LINEみたいな感じだ。


「あっちが事務所内でクリスマスパーティをしている画像を送ってきて、『KeMPBではやらないのか』って聞いてきて。いや皆忙しいしな、と返したら、せめて差し入れぐらいはしたほうがいいと言われたんだ」

「年下に人付き合いをアドバイスされとる……」

「クリスマスに働かせてるんだから、せめてねぎらうべきだと言われた」

「大きなお世話や!」


 ロクカワは机を叩いて抗議する。いや俺が言ったわけではないんだが。


「ハハハ。まあねぎらわれるだけいいじゃないですか。僕なんて退団するって言ったら10年付き合ってた彼女にフラれて、初めて予定の無いクリスマスでしたし。こうして皆で楽しめるなら儲けもんですよ」

「お……オウ。なんか悪ぅかったな」

「そういう先輩はどうです?」

「こないだまで引きこもりの人間やぞ? クリスマスなんて……あー、まぁ、ハトコがウチに来てからはケーキぐらい家族で食べとるが、それぐらいやな」

「うちはダンナもいないし、息子は友達んチのクリパにいってっし。ま、コーちゃんと同じで夜に親子でケーキつつくぐらい? だからこーいうの久々じゃん。ん、なんか保冷材いっぱい入ってっけど、これどこのケーキ?」

「コンビニで買ってきた」

「いやどこのコンビニなんっつー……別にええけど」


 値下がりしてないケーキを買ったのは初めてだ。店長にも久しぶりに会ったが元気そうだったな。


「ほいほいっと、切り分けたよー。飲み物は各自ね。代表ちゃんはうちのお茶分けたげんね」

「ありがとう」

「四等分とか贅沢ですね」

「いいじゃんいいじゃん。残しても腐っちゃうしごーせーにいこ。ほいじゃー、メリークリスマス! イエーイ!」


 ペットボトルで乾杯する。


「お、結構ウマいな。あ、そいや、ワイらはともかくトリ代表はどうなんよ? クリスマス」

「こうして仕事をしているぞ」

「いやこの後とか。あー……例えば、オオムラ選手とかどうなん?」

「確か去年は部活の後輩とパーティだったか。今年はそういうことをすると指導と取られてしまうかも、とかで、それぞれの実家でケーキを食べるぐらいだと聞いている」

「へー。野球選手ってオフはファンサしてるもんじゃないの? カナちゃん主催のクリパとか盛り上がりそーだけど。どうなの、コーちゃん」

「あー……そーいうケースもあるっちゃあるな。球団がシーズンシートの契約者を対象にしたパーティを主催して、そこに選手を参加させるとか。ただまあ、オオムラ選手には鬼ジャーマネがついとるし、そういうのはやらんやろ」

「そうなの? 人が集まりそうなのに、意外ー」

「あのジャーマネはタイガ選手のときからそういう……野球以外の仕事は断る主義でな」


 ロクカワはフォークを止めて話し始める。


「有名っちゅーか、魅力的な選手にはスポンサーが勝手についてくるもんなのよ。まあこれが善意のスポンサーだけならええんやけどな。ワルいヤツもいて」

「悪いスポンサー……ってどういうことだ?」

「支援してやってるんだからこっちに融通利かせろ、って言ってきたり、あるいは勝手に『俺はオオムラ選手と懇意にしてる』って名前使ったりやな。最悪の場合やとヤクザと関係ができたりするやで」

「僕もそういう噂、先輩から聞きましたね。本当かどうかは知らないですけど」

「特にタイガ選手もオオムラ選手も女性やしなあ、儲からんかもしれんけど、変なスポンサーがつかんように立ち回ったほうが無難やろ。今年の契約更改も順調にアップしとったし」


 ちなみに二人の更改は交渉を専門家に任せている。ケモプロ選手は今回は選手本人がオーナーと交渉したわけだが、そのうちこちらも代理人が必要になってくるんだろうか。


「給料アップってこと? いーねー……あっ、給料って言えば、コーちゃんとアッちゃんは今日が初の給料日じゃーん! ――って、アタシがさっき振り込んだんだけど! アッハッハ! ウケるわー。あとで口座確認してねー」

「お、おう……せやったか。いや、ありがたいんやけど、ええんか? 今月から働き始めて、まだ一ヶ月経ってないのに」

「末締め25日の当月払い、って決まってるんだからいーんだよ」


 25日より先の日数の分の給料は先払いする、という方式だ。最初に雇用した従業員――まさちーの財布が当時意外とピンチだったのでこの方式を選び、基準となっている。


「給料って翌月払いだとばっか思っとったから、なんか慣れんわ……」

「これから先も長く働いてもらうんだ。数日ぐらい誤差だし、気にしなくていい。それより二人とも、仕事には慣れただろうか? 何か不自由はしていないか?」

「僕は特には。ミタカさんからも『一人でやれる』とお墨付きもらいましたし、取引先は古巣みたいなもんですからね。今後はアマにも営業かけていく予定ですけど、そこも勝手知ったるって感じですし。まあ、一般的な会社に就職するのが初めてなんで、その辺は戸惑ったりしてますけど」

「いやここは一般的とちゃうやろ……自分は、まあボチボチ。元々以前やってたのと同じ仕事やし、電話がない分気が楽っていうか。いやワイが片付けないとトリ代表とかの手をわずらわせることになるんで、その辺は責任感じてやっとりますが」


 最初の一週間ぐらいは覚えてもらうことも多くて、半分ぐらい俺が片付けた。けれど今はほとんどロクカワにやってもらっている。


「量はどうだろうか?」

「今後問い合わせが増えてくるなら、増員を視野に入れて欲しいわなぁ」


 増員か。それぞれ休みたい日もあるだろうし、どの部署も人を増やしたほうがいいだろうな。


「あとは……」

「うん?」

「いや、ちょっと迷ってるメールがあって……」

「何番のやつだ?」


 問い合わせ番号を教えてもらって、スマホで確認する。題名は『兄ちゃん、就職おめでとうやで!』。


「ほら、就職するんで今までみたいなケモプロ実況配信ができなくなるやないですか。んで、なんも言わずに活動やめるのもなーってことで、Twitterで活動休止と、KeMPBに就職したことを報告さしてもらったでしょ? ……そしたら、こう」


 何通かこういう祝いのメールが、問い合わせメールに混じってくるのだという。


「先輩人気者ですねー」

「うるさいわ甲子園経験者。ワイは悩んどるんや。お堅いテンプレメール返すべきかもしれないけど、それはそれで不満もたれそうで……広報のJKは『ンゴンゴ返事してあげたら?』とかありえんこと言うけど」

「俺もそれでいいと思うぞ」

「えぇ?」

「兄ちゃんがKeMPBに就職したことは公にしている。問い合わせ全てに『兄ちゃん』として返信するのはおかしいが、『兄ちゃん』を求めている人には応えてもいいだろう。ファンサービスの一環だ」


 ソシャゲ運営の中には、ゲームの登場人物になりきって問い合わせに回答するようなところもあるらしいし。


「いや、ファンサービスて。ワイはもうKeMPBに就職したし……今後配信する気はないんで、別に」

「なんで配信しないんだ?」

「いや、運営の中の人が実況とか、お寒いでしょ」

「それを言ったら俺はかなりの回数、中の人として出演してるわけだが」


 お寒いと思われていたらちょっとヘコむ。


「今もファンメールを送ってくれる、それだけ『兄ちゃん』は人気なわけだ。また配信してもいいんじゃないか?」

「いや……でも、時間的にも厳しいんで。家に帰るとナイター半分始まってますし」


 休日にやれば……と言おうとして、さすがに今の立場で言うと、休日出勤の業務命令と受け取られそうだなと思ってやめる。……業務命令? ふむ。


「それじゃあ、仕事としてやるとか」

「……は、はい?」

「ケモプロ全体のことを考えると、兄ちゃんという人気配信者がいなくなるのは惜しい。だから仕事として配信するのはどうだろう? 例えば、ここに機材を用意して」

「お、いいですね! そしたら僕が解説やりますよ、先輩」

「……ワイらの仕事は他にあるやろ」


 ノッてきたアツシから少し距離をとって、ロクカワは頭を掻く。


「まァ――余裕が出てきたら考える、てことで」

「わかった」


 ニャニアンに防音室について相談しておこう。


「――……ああ、こんな時間か。そろそろ失礼しよう」

「次も打ち合わせだっけ? おつー」

「お疲れ様です!」

「仕事終わらせな。はァー、メールな……」


 やがてケーキを食べ終わり、俺は次の予定に向かって事務所を出発する。


「……ぁっ」


 通りに出てタクシーを捕まえて乗り込んだところで、ふと気づく。


 ……シュウトに自慢し返すために写真を撮ろうと思っていたのに、忘れた……。

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