ニャニアンとぬいぐるみ

「イェーイ、ダイヒョー、飲んでマスカー!?」

「これ以上の水分は遠慮したいところだ」

「ハッハッハ! ワタシもデス! お腹タプタプデスヨ!」


 深夜。BeSLBの視察団との会食を終え、ヒナタやバーサたちと少人数での二次会――という名の打ち合わせをホテル内のバーで行った後。

 俺の部屋に酒瓶を抱えてやってきたニャニアンは、それを無造作に机の上に置いた。飲む気は無いのか、そこから離れてベッドに腰掛ける。


「マーマー、ダイヒョーも座ってくだサイヨ」


 バシバシとベッドシーツを叩くので、俺もニャニアンの隣に腰掛けた。


「イヤア、久しぶりによく飲みマシタ」

「深夜呼び出しの仕事がなくなったとき、祝い酒をしたと聞いたが」

「一人酒は寂しいもんデスヨ……量も飲めなくなってタシ。それにアラート対応はなくなりましたけど深夜メンテはありマスカラネー……結局飲む機会もナカナカ。ハッハ。ダイヒョーはいかがデス?」

「ソフトドリンクしか飲んでないぞ」

「オー、ソウデシタ! よく社長業やってて飲まずに済みマスネ?」

「ちゃんと断れば分かってくれるぞ」

「ダイヒョーは人に恵まれていマスネー……」


 はあ、とニャニアンは息を吐く。生暖かいアルコールの匂いが部屋に広がった。


「そうだな。確かに、いい人たちと出会っていると思う」

「一種の才能デスヨ。ワタシなんて大学まではサッパリデシタカラ」

「そうなのか」

「ソウデス。マ、だからデスカネ、大学時代の友人は大切デス」


 ニャニアンはウンウンと頷いて、しばらくうつむくと、急にこちらに顔を向けてきた。


「ナノデ、直談判しに来たわけデスヨ。分かりマスカ?」

「……友達と遊びたいから、仕事を減らしてほしい?」

「ノーノー。ワタシじゃありマセン。……アスカサンのことデス」

「ミタカ……の仕事を減らす?」

「イエの話デスヨ!」


 イエ……イエ……家か。


「ツグサンとずーみーサンとライムサンと、あと秘書サンとで一緒の家に住む話をしてるデショウ」

「しているな」

「そこにアスカサンを混ぜてくだサイ、という話デス」


 ううん?


「その話をしていたとき、ニャニアンも聞いていたと思うが……ミタカは反対派だったぞ?」


 俺は報告会での会話を振り返る。


『はァ? シェアハウスするだァ? やめとけやめとけ。今はよくても後で後悔することになんぞ』

『後悔、というと?』

『そりゃ、オマエ、アレだ、その……人間てのは心変わりするモンなんだよ。特にオレらはプライベートで仲違いしたとこで、ケモプロっつー仕事では協力しなきゃいけねェだろ? 気まずいにもほどがアンだろ。こうやって距離を置いてる間はそりゃ仲良くできっかもしれねェけどな? 一緒に住むとなりゃプライベートの部分も関わってくる。衣食住の譲れねェ部分で衝突したらオシマイだぞ』

『なるほど。つまりプライベートはきっちり確保できるようにしたほうがいい、ということか。参考になる』

『イヤ……イヤそりゃ、そうだが……おま、オマエだってツグと暮らしてて不便なことあるだろ!?』

『広ければいいなと思うことはある』

『じゃなくて、例えば……そう、洗濯物のたたみ方が気に入らねェとか、味付けが気に入らねェとか』

『俺がたたんでいるし、料理もしているが』

『そうだったよコイツ……』

『ツグ姉、何か不満があったりするか?』

『えっ。ぜっ、ぜんぜん……?』


 ……という感じで、最終的に『勝手にしろ。オレは住まねェからな』とミタカのシェアハウスへの不参加が決まったのだった。


「いいデスカ、ダイヒョー。アスカサンはデスネ」


 ニャニアンは少し赤い顔の前で、人差し指をビッと立てる。


「ツンデレ、なのデス!」

「……つまり……この場合……ミタカは一緒に住みたかったのか?」

「正確には、ツグサンと一緒に住みたいんデスヨ。大学でもずっと一緒デシタカラ。でもそれを素直に言えないんデス。なぜなら、ツンデレダカラ」


 そういえばケモプロ開発で、アパートに三人で泊まって合宿していた時期もあったな。狭いとか色々文句を言いながらも、確かにずいぶん楽しそうだった。

 

「あとはダイヒョーとも住むことになるからてのもあると思うデスケド……」


 邪魔か。そうか。


「……とにかく、ミタカの部屋も用意しておけばいいんだな?」

「イエ。アスカサンはツンデレナノデ。一度断ったことを改めるのは無理デショウ。なので、共用の仕事スペースに、アスカサンの機材も置ける場所を確保しておいてクダサイ。寝泊りはツグサンの部屋の床とかでも喜ぶと思うノデ」

「わかった」


 やることが分かれば簡単だ。それとなく従姉の近くに場所を空けておけばいいんだろう。


「――と。そういえば、まだニャニアンには確認していなかったな。ニャニアンはどうする?」

「オッ。忘れられたのかと思ってマシタヨ」


 フフフフ……とニャニアンは目を細めて笑う。


「せっかくのお誘いデスガ、都心へのアクセシビリティがいちじるしく低下するのでお断りシマス。まだまだデータセンターには行かないといけナイシ、オタショップもイベント会場も近いデスカラネ、今の住まい」


 都心部からこっち――東京の端っこに来るのは確かに不便さがすごいだろうな。それを一切考慮せず、即断でこちらに来ると豪語したライムみたいなのもいるが。


「都心に近ければご一緒するんデスケドネー……近くなりマセン? テイウカ、いっそ都内に新築しマセン?」

「予算が厳しいな」


 引越しする、ということを聞きつけたダレルが、それなら設計を任せてくれと営業してきたりもしたが……あの豪邸が建てられるようになるのはいつになることやらだ。


「フフ。それじゃ、未来の話デスネ。気長に待ってマス」

「期待に応えられるようにしよう」


 俺が頷くと、ニャニアンは笑って――大きくあくびをした。


「ファ。さすがに眠くなってきマシタネ……」

「部屋まで帰れるか?」

「うーん、めんどクサイ!」


 ニャニアンは叫ぶと、ばたりと後ろに倒れてベッドに寝転んだ。


「ここで寝てもいいデスカネ?」

「いいぞ。部屋を交換するか」

「ンー、別に一緒に寝てもいいんデスヨー?」

「狭くないか?」

「ゲスカワくん抱き枕として使ってあげマスヨ!」

「変な体勢で寝ると疲れが取れないぞ」

「ワタシは元気になれマス!」


 うーん。そういえば最近仕事を多く任せている。俺の体力よりニャニアンの休息を優先するべきか……。


「ククッ……」


 考えていると、ニャニアンが体をくの字に折って笑い、大きく息を吐いて起き上がった。


「よっこいショ。マ、冗談デスヨ。疲れたシ、めんどいシ、一緒に寝てもいいデスケドネ。シャワー浴びてないケド、ダイヒョーは別に汗臭いとか文句言わないデショ」


 いやあまりに臭かったら言うと思う。今はそんなに臭ってないけど。


「ダイヒョーはなんかこー……ダイジョーブ、って感じがするんデスヨネー」

「買いかぶりすぎだ。この間だって危うく他社に関わりすぎたことで──」

「あ、そういうんじゃナイデス。そっちは危ういデスネ」


 危ういか……。


「マ、急に深刻な感じで謝ってきたから逆に心配になりマシタケド。反省してるならワタシはイイデス。ミナサンもソーデショ。テユーカ、そっちのことじゃなくてデスネ」


 なんだろう。ダイジョーブ……科学の発展に犠牲を強いたりしたことはないが。


「要するにダイヒョーは……ぬいぐるみみたいな? ウン。そんな感じがするってことデス。ナノデ、ツグサンもアスカサンも安心してお任せシテマス」


 ニャニアンは立ち上がると、扉へ向かって歩き出した。


「そゆことデ……おやすみなサイ」

「ああ、おやすみ」


 扉が閉まる。


 残されたのは――机の上におきっぱなしの酒瓶だった。

 ……さて、これどうしよう。ワインって常温に置いていいのか? それとも、冷蔵庫に入れておいたほうが……?



 ◇ ◇ ◇



【最終回直前! 「ササ様と学ぶ野球」監督インタビュー】 / アニメ系ニュースサイト 2018年12月20日の記事


 明日21日に最終回を迎える「ササ様と学ぶ野球」。最初の頃こそ低予算アニメと揶揄されたにもかかわらず、今や人気コンテンツとなった本作。直前には一挙振り返り放送も予定されているので、見るなら今! そこで今回は、本作の監督を務める萩中天平さんにインタビューを行いました。最終回前に、気になるアレコレを聞いてみましたので是非ご一読ください!


(画像:ハンチング帽をかぶったハギナカ監督)


――「ササ様」はどのようなきっかけでスタートした企画なんですか?


監督:最初は今年の二月ぐらいですね。もがこれ(※最上川これくしょん。©NoimoGames)のPVを作ったご縁でNoimoさんとは付き合いがあったんですけど、Noimoさん経由でケモプロさんから「こういうアニメ作らないか?」って相談があって。


――それが「ササ様」?


監督:ケモプロ(※ケモノプロ野球リーグ。©KeMPB)を題材にしたものではありましたけど、「ササ様」じゃなかったですね。ケモプロの3Dモデルをそのまま使ったプロ野球モノというか……「獣野球伝 ダイトラ」(著:ずーみー 刊:ワルナス文庫)と同じアプローチをアニメでやろう、という感じの企画でした。野球シーンはケモプロの機能を使って撮って、ケモプロでやっていないシーンを2Dか3Dで新録しようというような感じですね。


――それはそれで挑戦的な企画ですね。


監督:恥ずかしい話、そこで初めてケモプロを知って、とりあえずゲームからどんな画が作れるのか確認してみました。ゲーム画面をそのままテレビ用コンテンツで使うのは光のお父さん(※ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん(c)2017 『一撃確殺SS日記』、スクウェア・エニックス/『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』製作委員会)という前例があったのでいけるだろうと。


――試してみてどうでしたか?


監督:撮影用の機能が充実していて驚きました(笑)。マシンの性能を上げればアニメとしてもまあまあ耐えられる画質でしたし。あとゲーム中では選手たちに「声」はついていないんですが、喋っていると思わしきところで口パクはしているんですよ。だから声をつけるのも無理なくできそうだなと。


――可能性はあったと。ではなぜその企画はなくなったのでしょう?


監督:この当時から「野球学習モノ」というコンセプトはあったのですが、ゲームで用意されている部分だけでそれは成り立ちません。必ず新規の画が必要になりますし、それには予算も時間もかかりそうだ、という返事をしました。それでケモプロ側に検討してもらった結果、その方向はなくなったんでしょうね。次に来た話が「ササ様」の原型でした。四月ごろの話ですね。


――放送開始まで六ヶ月ですね。この超短期スケジュールで動かれたのはなぜでしょうか。


監督:デモを見て衝撃を受けたんです。ずーみーさんの描いたササ様に、雲居さんの声がついた短いムービーなんですが、もう「このキャラを世に出さないといけない」と。またアニメのコンセプトとしても、短期間で制作できる条件が揃っていました。


――条件というと。


監督:アスキーアート、というかやる夫(※インターネット掲示板2ちゃんねる発祥のアスキーアートキャラクター)スレのノリでやる、というコンセプトで。つまりケモプロを使った3D以外は二人のキャラクターが画面上にずっと出ていればいい、と、そういうスタイルだったことが大きいです。絵も使いまわしていいし、中割りもほとんどいらない。ぶっちゃけ数枚描いてしまえば一話の2D作画は終わりですから。


――そのスタイルにすることは予算と期間の都合だったんでしょうか。


監督:いえ、まずスタイルありきで、結果として低予算・短期間で制作できただけですね。あとは、ほとんどを内製できるチャンスだと思ったんです。今のアニメ製作現場ってとにかく外に仕事を出してそれを回収して作る……みたいな感じで、全部を一箇所で作るということはないんですよ。けどこの作業量なら社内で全部やれるんじゃないか、若手に経験を積ませるいい機会じゃないかと、上のほうを説得しまして。学生サークルのつもりか、って怒られましたけど(笑)ササ様を見てもらって、最終的には、ゴーと。


――結果的にこのスタイルに人気がついてきたと。アスキーアートによる二次創作の盛り上がりもすごいですね。こちらは狙い通りでしょうか?


監督:これはちょっと狙いました(笑)。とはいえ、「二次創作が流行るだろうな」という予感があった程度です。アスキーアート版を同時配信してほしい、というのはケモプロ側の要望だったので。まあ「きっとやる夫スレに混ざっていくんだろうな」と思っていましたが、予想通りです(笑)。


――アスキーアート版の制作はどのようになっているんでしょう?


監督:アスキーアート版のオーダーを受けて、まずは仕事を受けてくれるAA職人(※アスキーアートを作成する人)を探すところが大変でしたね。というのも、いにしえのAA職人さんたちは掲示板でしかコンタクトが取れない人も多くて、そこでこういう話をするわけにもいかず。幸いにもTwitterを活用されている方も増えていて、それでコンタクトを取ったのが「モニャ(=ΦÅΦ=)ス」さんというAA職人です。


――アスキーアート、再現率が高いですよね。文字だけとは信じられない。


監督:キャラデザの段階からモニャスさんには参加してもらって、「どういう絵ならアスキーアート化しやすいか」というところからもアドバイスを貰いました。そしてとにかくこっちの作った原画をどんどんモニャスさんに回して、アスキーアートを作ってもらう、という進行ですね。正直なところアスキーアートの方が時間がかかっていましたね(笑)


 (中略)


――最後に、最終回を前にした視聴者の皆さんに一言。


監督:実はニンゲンは植物人間で、ササ様はニンゲンが見ている夢。最終回ではニンゲンが目を覚まして……なんていうどこかで聞いたことのあるようなニセ最終回が出回っていますが(笑)そういうことはやらないんで。まあご期待ください。最終話「野球しようぜ!」、お楽しみに。

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