視察

「こちらがコワーキングスペースになります。各席電源、LANポート、もちろんWi-Fiも完備です。――お仕事中の皆様、失礼いたします。しばらくご協力くださいね」


 ぞろぞろと入ってきた一団に、机に向かってノートパソコンやスマホをいじっていた人たちが、一瞬ぎょっとした目を向ける。しかしすぐに事前のアナウンスを思い出したのだろうか、それとも仕事が忙しいのか、目線はそれぞれの端末に戻っていった。


「(なるほど、これはいい)」

「(うちのオフィスもこうしたいものだ)」

「(狭くないかね?)」


 ――あるいは集団のほとんどが外国人だったからかもしれないが。


 12月8日。東京都内にあるビジネスホテル、ホットフットイン系列のひとつに、アメリカ人の一団がやってきていた。

 ホットフットインは全国にビジネスホテルを展開するチェーンブランドだが、グレードが大きく三つに分かれている。全国に多く配置されているビジネスホテル、大都市に少数展開している観光客向けホテル、そして中都市や都内に展開しているワンランク上のサービスを提供するビジネスホテル。ここは後者のうちのひとつだった。


「こちらのスペースは利用者なら、フロントでお渡しする端末で解錠してご利用いただくことができます」


 老若男女取り揃えたアメリカ人の一団に、ホットフットイングループの社長の孫娘にして名物女将、トリサワヒナタが案内する。その着物女子の横で、単体で見ればダサい服を見事に着こなすライムがリアルタイム翻訳をしていた。


「奥の大モニターでは常時ケモプロの試合を映しています。ここからは音が聞こえないですが、指向性スピーカーを利用していますので、近づけば観戦を楽しむことができますよ。そこにある椅子を自由に移動させて好きな場所で見ていただく、という形ですね」

「(オカミ! あの店は何だい?)」


 集団の一人がコワーキングスペース内にある店を指す。ずいぶん嬉しそうな声色の「オカミ!」だった。

 ともかくそれは目を引いた。落ち着いたワーキングスペースに、派手なデザインの看板がかかっているのだから。


「あちらは伊豆ホットフットイージスの球場内の店舗をイメージした食品・飲料の売店です。買ったものはこの場で飲食可能ですよ。ホットドッグやサンドイッチといった軽食は以前から提供していたんですけど、球場のもの、となったらより興味がわくでしょう? 包み紙も球団ロゴをプリントしてあるんです」

「(バーチャルとリアルの境界?か )」

「(コーラとホットドッグをもらえるか? おお、ドーナツだ。どこで調理しているんだ?)」

「(コンビニと同じ仕組みだろう)」


 興味を持った人が早々に群がっていく。ホットフットイン側の通訳ができる男性スタッフがそれについていったのを確認して、ヒナタは言葉を続けた。


「それからそうですね……あとは外にグッズコーナーもあります。またフロントで部屋のキーとしてお貸ししている端末にはゲスト用のケモプロがインストールされていて、こちらでもケモプロをお楽しみいただけるという仕組みです。この端末サービスは、弊社でも一部の系列店だけですけど」


 ユーザー登録はできない仕様になっているアプリで、観戦専用だ。ホットフットインだけでなく、希望する店舗にはいくらかの使用料を取って提供している。ミタカ曰く、バージョン管理の手間を考えたらトントン、らしい。


「あの、皆さん。この後お食事のご用意もありますから……その、食べ過ぎないようにしてくださいね!」

「(これくらい余裕だろう、ガハハ!)」


 あまりの売店の人気にうろたえだしたヒナタの背中を、大柄な女性がバンバンと叩く。


「(ワガハイが現役の頃には、ホットドッグ5本はカウントに入らない!)」

「(今はやめてくださいね、太りますよ)」


 女性――バーサはムッと口をへの字にして、後ろから口を出したマギーを睨みつける。


「(まあ怖い。どう思います、ニャニアンさん?)」

「(日本語には『おやつはBetsubaraに入る』という言葉がありマス)」


 緑がかった髪をした異国風日本人――ニャニアンは腕を組んで、流暢な英語で神妙に言う。


「(Betsubaraを直訳すると、別の胃。つまり食べ過ぎるとツミナンツになるという、ハイブロウなジョークデスネ)」

「(興味深いです)」


 ……なんか間違ったことを言っている気がするが、回りまわって正しい気もするので、指摘しなくてもいいか。



 ◇ ◇ ◇



 BeSLB、ビーストリーグは10月からアマチュアリーグの配信を始めてはいるものの、本番は来年から。いまだ球場には広告が無く、スポンサー集めと視聴者の獲得に力を入れている、仕込みの段階だ。

 そんなスポンサー集めの一環として、先行している日本ケモノリーグがどのようにマネタイズしているか、実際の現場を見て回る視察ツアーが組まれた。様々な企業の担当者が来日する、その最初の視察先として選ばれたのがホットフットイングループというわけだ。


「今日は協力してくれて助かった。改めて礼を言わせてくれ」

「いえいえ、これもケモプロのためですから」


 ホテル内の視察が終わり、宴会場で会食が始まる。バーサの豪快で簡潔な音頭でさっさと始まった会で、俺は隣に座るヒナタに礼を言った。


「それに、こちらのグループの利益にもなることですし」

「利益?」

「内緒ですよ? 海外展開しようって動きがあるんです。だから今回のような、その国のビジネスマンから生の意見を聞けるのはとても参考になって。おばあちゃんも張り切っているでしょう?」


 別の席ではヒナタの祖母、トリサワミドリが通訳もなしに談笑していた。さすが一代で旅館からホテルチェーンブランドを築き上げた女傑。英語なんてお手の物ということか。


「そういえばこちらへの到着、日が暮れてからでしたけど、どこかへ寄られてから来られたんでしょうか?」

「ああ。パワプロを見てきたんだ」

「ぱッ……パワプロ?」

「パワプロ・プロリーグというイベントが開催されているんだが」


 老舗野球ゲーム、パワプロ。それを用いたプロゲーマー同士の戦い。1チームをドラフトされた3人の選手が交代しながら操作し、ペナントリーグを戦う。その最終節が今日行われていて、その視察に行ってきたのだ。


「各球団のマスコットがいたり、本職の実況アナウンサーがいたり、元プロ野球選手の解説がついたりと、プロ野球のイベントだ、という感じがしたな。それでいてゲームの仕様の解説も入ったりして分かりやすかった。リーグ優勝のかかった試合もあって、人もたくさん来ていたし、見ごたえがあった」

「(興味深かったぞ。ガハハ!)」


 向かいに座るバーサが豪快に笑う。


「はぁ、なるほど……」

「BeSLBは今プロモーションの最中だから、いろいろできないか模索しているところなんだ。まだまだ知名度が足りていないからな」


 日本ではある程度軌道に乗ったケモプロだが、アメリカではまだ事情通向けといった感じだと報告を受けている。最終的には応援してくれる人の数が存続を決める……とにかく知ってもらわないといけないわけだ。


「確かに、最近いろいろ動いてらっしゃいますね。そろそろ遊園地との連動が始まるんでしたっけ?」

「アー、ブロッサムランドの話デスカ」


 隣からニャニアンが首を伸ばしてくる。


「そうだな。ケモノ選手たちがゲーム内のブロッサムランドを訪れて、その様子が現実のブロッサムランドからARで見れるという、そのための施設の改修がそろそろ終わりそうだと報告を受けている」

「マーカーつけたり、色々、センサーつけたりデスネ。システム的にも連携取らないといけないカラ、開発も大変デスヨ。マ、目処は立ちマシタケド」

「もう実装するんですか? その……まだペナントレース中で、遊びに行くような状況じゃないと思うんですけど」

「段階を踏んでいこうと思っている」


 日本ケモノリーグはペナントレース中。アメリカビーストリーグはチームも決まっていない。この状況でブロッサムランドとの連携を開始しても、名前の売れたケモノ選手は誰も訪れず、集客目的も果たせない。


「まずは日常的に、地元アマチュアチームを行かせることにする。1日1チーム、1時間の交流だな。これは試験的なもので、うまくいくかどうかの確認だな。これで問題なければ、どこかのタイミングでケモノリーグのチームをアイダホ州内の球場で試合させて、その後ブロッサムランドを訪れる、ということをするつもりだ。そのタイミングでプロモーションも打つ」

「チームの日米間サーバー移動のテストも兼ねているデスヨ」


 ニャニアンはフッと遠い目をしながら言う。


「日本のデータをアメリカに移して、そこで更新されたデータを日本に戻して反映するトユー……交流戦が始まれば日常的にやる処理デスケド、トラブらないか気が気じゃナイデスヨ」

「バックアップは取るんだろう?」

「更新データが戻ってこないと『なかったこと』になって、それをAIに反映するのがつらいんデスヨ。連続性が失われるとアスカサンもうるさくテ……」

「でもいいですね! 遊んでいるツツネさんとか見てみたい……是非、そのテストケースにはイージスを!」

「スケジュールの都合なんかもあるが、検討しておこう」

「(チャンピオンが来るなら歓迎だ。チェルシーも喜ぶだろう)」


 なるほど。昨年度王者のチームが、というお題目ならより効果的だろうな。


「他には何かありますか?」

「売店で売っているのを見たから知っていると思うが、ケモプロロゴのレモネードが出荷中だな」


 ストレート・レモネード社は全米にレモネードを販売している。そのパッケージデザインがBeSLB結成とほぼ同時に、両リーグと自チーム……フレズノ・レモンイーターズのロゴ入りのものになった。ひとまずはロゴで興味をもってもらい公式サイトに誘導するとのこと。来年スタメンが決まれば、選手のイラストなどが使われる予定だ。


「輸入させてもらっています。お土産としてもよく売れていますね。ああ、お土産といえば……おもちゃ屋さんの方はどうでしょうか?」

「まだ自チームのユニフォームも決まっていないからな。開発は進めているそうだが、本格稼動はチームが固まってからだろう。店舗でケモプロの宣伝はしてもらっているが」


 アンカレッジとノースダコタでは、ライブビューイングをやって知名度の向上に励んでいるらしい。地元チームが無いからこそという施策だそうだ。ただ現時点では研修生同士の練習試合なので、あまり盛り上がっていないとか。


「ヨゾラは機内でケモプロを流すことから始めたい、と言っていたんだが……」

「あら、進んでいないんですか?」

「録画映像ならすぐできるんだが、マルセルいわくリアルタイムじゃないと価値が無いということでな」

「飛行機で使える通信帯域が厳しいんデスヨ。映像でストリーミングはできなくはないンデスケド、ソースルト他の利用分がガクッと減りマスカラ。衛星通信網が確立すればイケると思いマスケド、いつになることやらデスシ」


 なんでも衛星をたくさん打ち上げて、それによる高速通信網を地球全域で作る計画が何社かで立ち上がっているらしい。地球上のどこでもブロードバンド通信……という夢のような話だが、整備されるのはまだまだ先のようだ。


「ナノデ、飛行機にケモプロ専用マシンを置くことにシマシタ。ゲームクライアントなら通信量は映像より格段に少ないデスカラネ。ところがソーなると、飛行機上で『確実に動く』マシンを用意しないといけないワケデ……ストリーミングの仕組みも従来のメディアとは違いマスシ……」


 ミシェルに機材を依頼、配信システム側をニャニアンを中心としたチームで開発。そこへ話を聞きつけた航空機の製造元や従来システムの開発元も絡みはじめ、予想以上に大きな話になっている。着実に進んでいるが、実際に乗客が見ることができるのはいつになることか。


「ラッピング機もいろいろ決まってからだからな。まあじっくりいくか、というところだ」

「いやー、ハッハ。仕事が増えて増えて減らないデスヨ」


 ニャニアンは乾いた笑いをする。


「これまで個人で受けてた保守業務とかは委託シテ、ヨーヤク時間がとれてイマスケド……」


 ニャニアンは今まで、学生時代からの伝手で様々なサーバーの保守業務を請け負っていた。何かあればすぐにデータセンターに行き、サーバーの復旧をする。昼も夜も関係なくだ。そういった業務をようやく全て他の業者に引き渡したのが最近の話。ケモプロ関連のサーバも、保守業務はオニオンとブライトホストに任せることになったので、深夜に叩き起こされることはなくなったという。

 ――その代わり現時点の収入は減ったそうだが。……4月までなんとか待ってほしい。


「デモデスネー、オカミサン。このヒト達、その上でさらに働けというんデスヨ? ヒドいと思いマセンカ?」

「え、えぇ……?」

「(喜ばしいことに審査に通過しましたから、ニャニアンさんにはよい講演を期待しています)」

「ハハ……」


 マギーに念を押され、ニャニアンの笑いはさらに水分を失う。


「あの、マギーさんはなんと?」

「応援しているんだ。BeSLBのプロモーションの一環で――」


 その様子を心配したヒナタに、俺は簡単に説明する。


「――ニャニアンは来年の三月、サンフランシスコで行われるゲーム開発者会議で講演するんだ」

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