ケモノプロ野球、2019シーズン開幕戦(下)

『――……打順は先頭に帰って一番、北砂ジャック。ツナイデルス、粘られて出してしまったフォアボールをきっかけにピンチを迎えています。八回表、2アウトランナー一、二塁。あとアウト1つですが、青森の掃除屋ことジャックは侮れません』


 ルーサーとラビ太が念入りにサイン交換する。


『0対2と2点リードしているツナイデルス。回跨ぎしているラビ太、ここは凌いで逃げ切ってほしい。初球――見逃しました、ストライク。第二球――外しました、ボール。ジャック、冷静に見送ります。第三球――』


 カンッ!


『打った三遊間――クモン飛びついた! ナイスキャッチ……が、クモン、投げない!?』


 高めに弾んだ球を飛びついて捕ったモモンガ系男子は、着地と同時にうずくまる。


『……打者は悠々一塁へ。2アウト満塁となりました。塁審がタイムをかけますが……』


 うずくまったまま身動きをしないクモンに、イブヤとマテンが近づき、顔を見合わせる。


『リプレイを見てみましょう。ジャックが打った球は三遊間、わずかにショートよりの速く高いゴロ。クモンが飛びついてキャッチというファインプレーですが……ああ、着地で足を捻っているわね。今救護班が担架を持ってきました。クモン、負傷退場となります』


 ベンチでアザラシ系おじさんの監督が指示を出す。


『ニンジャ見習いクモン、負傷退場です。代わってショートの守備につくのは……土屋つちやドーラ。今日は代打枠かと思われましたが、ショートでの出場です』


 どすどすと、ブタ系女子の金髪黒ギャルが守備に向かう。


『島根のギャル二遊間が帰ってきました。今日はクモンの活躍もあって堅守を見せてきたツナイデルスですが……このピンチを凌げるか、凌いで、凌ぎなさいよ!?』


 結論から言うと凌げなかった。


『……ランナー還って1対2。青森ダークナイトメア・オメガ、1点を返しました。大上川ハギル、狙ったかのように交代したての鈍足ショートを狙いました。あっさり抜かれてセンター前ヒット。レイが前に詰めるのが速かったので1点で済みましたが、未だ2アウト満塁……!』


 一塁上でオオカミ系男子がゲラゲラと笑う。その様子を横目に、ファーストのザン子はチッと舌打ちした。


『続く三番バッターは砂林黒男兼任監督。ラビ太、二者連続でかつてのチームメイトと対峙します。彼らに対しては成績的にも苦手としているデータが出ています。しかし、ここぞというところは抑えてほしい! 初球――ストライク! よしよし、逃げてないわね!』


 黒男は小さく鼻を鳴らしてバットを構えなおす。


『次はストライクからボールになる変化球。第二球を――投げたッ!』


 ガッ!


『ひっかけた! これはドーラでも楽勝!』


 ドドドッ、と重い足音を立てて前に出たドーラは、しっかりとボールを捕球する。そして。


『一塁送球! ッ!?』


 バシッ――と。音を立ててボールが跳ねる。


『後逸……ッ! ザン子、グラブで弾いてしまった! パスボールです! 今必死にボールを追いかけます……追いついて、ホームへ送球。ランナーの動きが止まります、が、この1プレーの間に還ったランナーは2人……! 3対2、青森、逆転です! 八回表、2アウト、ランナー二、三塁!』


 ザン子が腰に手を当ててうつむく。ベンチのネズミ系女子、レミがその様子を不安そうに見つめる一方で、従兄のガンタは冷静にそれを見ていた。


『逆転を許してしまったツナイデルス。しかしそれでもまだピンチは続いています! ランナー二、三塁で迎えるは四番、大川クロゼ!』


 体の大きなウシ系女子がバッターボックスに入る。


『ここまで4打席3安打。七回での対戦では抑えたもののあわやホームランという当たりでした。この打席が2回目の対戦。次の五番はここまで1安打の新人、スナ雄。となれば、ここは満塁策もありかと思いますが……っと、ルーサーがその提案を持ちかけましたね』


 しかし、ラビ太は首を振る。


『ラビ太、ここは勝負!? ルーサーは……受け入れました。い、いける? 信じていいのよね?』


 サイン交換を経て、ラビ太が投球する。ブレーキのかかった変化球――


『ッ切れました、ファール! 一塁線に猛烈な打球が飛んでいきました。さすが青森の主砲です。今日はバックアップのツネ蔵もベンチですので、文字通り打線の大黒柱を担います。二球目――これは際どい、コールは……ボール。1ボール1ストライク』


 さらにもう1球大きく外し、四球目。


『クロゼ、ここで打つ気です。バッテリーの選択は……内角高めのストレート。通るか――第四球!』


 ガキッ!


『打ちッ――上げた! 高く上がったピッチャーフライ! ラビ太、構えて――取りました! スリーアウトチェンジ! ツナイデルス、ようやくピンチを脱出しました! 八回表、3対2で終了です。1点のリードを許しましたが、ここから逆転なるか。目の離せない展開になってきました!』


 ホッ、と息を吐いたザン子がベンチに戻ると、レミが駆け寄ってくる。それを苦い顔で押しのけて、ザン子はベンチに腰掛けた。


『八回裏、ツナイデルスの攻撃は二番、イブヤから。上位打線、ここから繋いでいってほしいところです!』



 ◇ ◇ ◇



『――……ストライク、アウト! 島根の抑え、落木おちぎハナノブ、最後はなんとか三振で仕留めました。九回表、青森の得点は0点! ということは、これで!』


 ナゲノは気合をこめて言う。


『……あと2点取ればツナイデルスの勝利です! 3対2で迎える九回裏。八回は青森抑えのエース、左腕、幹成みきなりドイルにしてやられましたが、まだあと1回あります! まだ負けたわけじゃない!』


 マウンドに立つヤマアラシ系男子が、ミットを顔の前に持ってブツブツと呟く。


『さあ先頭打者は六番、乾林ザン子ですが……さすがにここは交代でしょうか? 今日はここまで3打席無安打です。打撃力を見込んでの起用だったと思うのですが、さすがに今日の調子では……と?』


 未だにベンチに座ったままのザン子に、レミが近づいていく。


『レミが慰めの言葉をかけていますね。やっぱりこれは交代――』


 ガタン。ザン子が音を立てて立ち上がり、レミをそっと押しのける。そして腕を組み唸っているアラシ監督のもとへと行き――深く頭を下げた。


『ザン子――続投を直談判! エラーの挽回がしたい……仲間に申し訳が立たない、と。……いい子ねぇ、見た目は怖いのに。アラシ監督は……ガンタに意見を求める? あ、アンタねぇ……』


 ナゲノが呆れた声を出している間に、キリン系男子のガンタは考えをまとめると――


『……ガンタ、腹痛をアピールしていますが……これは……演技がドへたくそですね』


 目は泳いでいるし、まるで腹が痛そうに見えない。


『普段はこういうことしないんですが……従妹にチャンスをということでしょうか』


 結局、交代は無く、センザンコウ系女子がバッターボックスに向かう。


『さてロカンの長考からです。ザン子は……打つという意志だけはありますね。さあサインが決まって第一球! ……ボール! ザン子、バットが出掛かりましたが止めました。よく見た! が、次々来るのがロカン流! 第二球! 空振りストライク! 打ち所でしたが、力みすぎたか。カウント1ボール1ストライク。この調子を見ると何球かボール球で釣りたくなりますが……煮えてるロカン、さっさと次へ。インコースいっぱい! ……ストライク! これはザン子手が出なかった。1ボール2ストライク。さあ四球目は内から外へのスライダー……!』


 ガッ!


『ファール! 体にぶつかるんじゃないかと思うほどの切れ味のスライダー。ザン子、なんとか手を伸ばしましたが、ファールです』


 ザン子は顎の下の汗をぬぐう。


『さあ次の投球は……先ほどのスライダーで仕留めるつもりだったロカン――修正なし、再度同じコースにスライダー! ドイル、頷きますがギアを1段上げて仕留めにかかる模様。第五球!』


 投球された瞬間、ザン子はスライダーと見破る。しかしもし間違いだったら、踏み込めば体に当たる。そんな疑念のアイコンを――振り払って、踏み込んだ。


『打った! ザン子、公式戦初ヒット! ライト前になんとか運びました、ノーアウト一塁! 逆転の目が出てきました!』


 一塁ベース上で、ザン子はグッと拳を握る。


『続くバッターは……交代ですね。七番、代打、岩ノ間いわのまテル』


 ラーテル系男子が、何かわめきながらバッターボックスへ向かう。


『いつもながらうるさいわね……とはいえ、代打の仕事をきっちりこなしてもらいたいところです』


 果たしてその願いが通じたのか、粘ったテルはフォアボールで出塁する。


『結果が同じなら問題なし! ノーアウト一、二塁! 球数も多く投げさせたからオッケー! このまま繋いでいって頂戴! 八番、土屋ドーラ! 守備はマズいが打力はある! なにこれ、タイミングバッチリじゃない!?』


 見た目に違わぬ強打者のドーラがバッターボックスへ。


『初球から行っ――た……いきましたが……はい。差し込まれましたね。インフィールドフライが宣言されました。アウト。フライもム次郎が丁寧にキャッチ。1アウト……む、む、む』


 ナゲノが呻く。


『……もう打撃がいい選手って残ってないのよね。次のメリーが誰と交代したところでそこまでって感じだし……ドーラがせめて進塁打ならバントで繋いでって感じだったけど……これは、今日はもう……ん?』


 ベンチでアラシ監督が動く。内線を取って、どこかへと連絡する。


『え、代打? 誰? 誰かいる? ――は?』


 スコアボードを見て、ナゲノはしばらく言葉に詰まる。


『だ……代打……山茂やましげみ


 控え室に繋がる扉が開き、ヌッと入ってきた巨体が、バットとヘルメットを取ってフィールドに乗り出す。


『代打、山茂ダイトラ……ダイトラです! 嘘でしょ……』


 ツナイデルスの第二捕手が汗の湯気を立てながら、ゆっくりとバッターボックスに向かう。


『……確かにたまに変な当たりはでるけど! オープン戦でサクラナからホームラン打ったりしたけど! 前年度の打率はボロボロよ!? いいの? アラシ監督!?』


 ナゲノの悲鳴を他所に、試合は進む。ロカンは相変わらず長考し――


『あぁ……ダイトラは早々に初球内角低めにワンシームと決め付けて、打つ? いやいや……え、本当に内角低めワンシーム!?』


 ダイトラの出した結論と、ロカンの決めた配球が一致する。


『え、嘘、当たった、いける!? ドイル、構えて投げてッ!』



 ガッ。



『――ロク、ヨン、サン!』


 スパスパと華麗にボールが回る。


『ダブルプレー、ゲームセット! 青森、最後はお手本のようなダブルプレーで試合を締めました。ダイトラ、配球は読んだが打てなかった。ボテボテのショートゴロで……ゴロで併殺……何しに出てきたのよォ!』


 ナゲノだけでなく、観客席からもブーイングの嵐が巻き起こる。

 その対象の青い虎は、フンッと鼻を鳴らして――悪びれることなく、のしのしとベンチに戻っていき控え室への扉の奥へ消えていった。


『……ペナントレース初戦。青森対島根の試合は、3対2で青森ダークナイトメアの勝利に終わりました。まだ、まだペナントレースは始まったばかりです。今年こそ優勝を目指して、応援していきましょう! 以上、実況はふれいむ☆がお送りしましたッ! ……もうなんなのよぉ!』

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