ケモノプロ野球、2019シーズン開幕戦(中)

『……打った! これはセカンド深いところ、二塁間に合わない! 一塁送球……アウト! ダークナイトメアの新人、スナ雄、2打席連続ヒットとはなりませんでした。本日3打席1安打。しかしランナーは進んでいます。五回表、0対0、2アウト、ランナー二、三塁。ツナイデルス、三回に引き続きピンチでこの打者を迎えます――六番、ライト、雪道ルーク!』


 シカ系男子が、口を一文字に引き締めてバッターボックスに立つ。


『ここまで2打席ノーヒットですが、バットには当てています。三塁ランナーの黒男監督も打てのサイン。先制点なるか。ブソン、振りかぶって第一球――』


 ブソンが投げ、ルークが振る。バットは空を切り、球は前に飛ばない。ポンポンとカウントが進む。


『……平行カウントになりました。荒れ球おじさん、今日も盛大に荒れています。えー、そうですね。この打席、ストライクゾーンに入った球がありません。が、際どいところを振ってしまって、カウントは2アウト2ボール2ストライク。おそらく次の一球が勝負どころ、で――は?』


 ずらずらと。

 ルークの頭上の吹き出しに、アイコンが流れていく。止まることなくぐるぐると流れ続ける。


『こ、これは……思考が空回りしている、という表現でしょうか? 長い思考を見せるのはゴリラやロカンによくあることでしたが……流れが速いので分かりづらいですが、どうやらここからのシミュレーションがどうやってもうまくいかない様子ですね……』


 コースを予想し、バットを振る。ファール。あるいは空振り。他のコース。ゴロ。アウト。打ち方を変える。ファール。立つ位置を変える。アウト……――


 ルークはぶるぶるっ、と首を振った。ギリッ、と奥歯をかみ締め、口角を上げる。


『こ、これは』


 短くまとまった思考の吹き出しが、ルークの頭上で存在を誇示する。アイコンはたったの三つ。


『ど真ん中にくる、フルスイング、ホームラン……!? わ、割り切りすぎじゃない!?』


 ツッコミが入っても思考は変わらない。ブソンが構え、ルークがバットを強く握り締める。


『ルーサーは……釣り球で取れると判断。外した球を要求……ブソン、頷いて、投げ――あッ!?』


 目を見開いたルーサーのカットイン。

 ボールは指示したコースではなく――ど真ん中へ。


 ギリッ、と、ルークのどろりとした瞳がカットイン表示され、バットが吸い込まれるように動く。



 ――パァン……!



『――……空、振り! 三振! スリーアウトチェンジ! 雪道ルーク、この打席は三振に……は?』


 カラン。


 ルークはバットをファールグラウンドに投げ出し――一塁へ向かって歩き始めた。それを見たほかの選手たちは、動きを止める。ある者はギョッとした顔で。ある者はスコアボードを仰ぎ。ある者は審判に目をやって。


『えぇ……ルーク選手、空振りしましたが一塁へと歩き始めました。今、塁審が止めに入ります。アウト、ベンチに戻るように告げました。ルーク……なにやら両手を見て……スコアボードを見ています。これは……あッ、黒男監督』


 ルークの肩を、三塁にいたイヌ系男子――黒男が叩く。ぼうっとした様子のルークを、黒男は抱えるようにしてベンチに戻った。


『……ルーク、黒男監督に連れられてベンチに戻りました。と、控え室のほうへ……? あ、交代です。五回裏、青森の守備はライトが雪道ルークから湖森こもりヨウスケに代わります。なんか……』


 実況――ナゲノはぽつりと呟く。


『新人の中でも態度がデカくてあまり好きじゃなかったけど……なんか、辛いわね』



 ◇ ◇ ◇



『さあ試合は六回裏。ここまで、青森に惜しい場面が続きましたがスコアは0対0。そろそろ得点したいところのツナイデルス、迎えるピッチャーはエース・ノヴァクに代わり青森の中継ぎ陣から、森川もりかわママン!』


 黒い毛のマングース系女子が、くねくねした動きでマウンドに上がる。


『オフシーズンにはかつての料理研究家という経歴を生かし、ケモ女子選手とお料理会をするなど色々盛り上げてくれました。今シーズンの仕上がりはどうか。バッターは一番、灘島マテン!』


 イタチ系男子が静かにバッターボックスに立つ。


『ここまで2打席無安打の3打席目です。キャッチャー、ロカン考えます。考えますが……』


 ロカンの頭上に浮かぶ吹き出しの数、並ぶアイコンの数が初回と比べて明らかに少なくなる。


『だいぶ……そうですね、「煮えてきた」感じです。投手交代で切り替えて欲しいところですが……さあ初球!』


 地面をこするようなアンダースローで投げた球がミットに収まる。


『初球カーブは外してボール。テンポよく第二球――ファール。1ボール1ストライク。第三球は――おっと!』


 ふわっと浮いた球がやわらかくミットに収まる。


『変化球が抜けましたが……見送ってボール。ロカン、ここでストライクを取る予定でしたが……あッ』


 ロカンが迷わずサインを出し、ママンが頷く。その様子を見たマテンが、バットの握りを変える。


『第四球――やはり同じコース! 打った! ライト前ヒット! 島根のニンジャ、本日初出塁!』


 塁上でマテンは静かに腕を組んだ。


『ロカンの悪いところが出てしまいました。最初の組み立てどおりに事が運ばない、そして試合後半で疲れてきたところになるとミスのカバーを単純なリトライでしてしまおうとする。そんな癖を読みきったマテン、綺麗にライト前に運びました。前半なら組み立てなおすし、リトライでもうまく投げる投手なら問題ないんですが……』


 ロカンはじっと考え込みながら次のバッターを待つ。


『何はともあれ先頭バッターが出ましたツナイデルス! さあ繋いでほしい! 切実に! 二番、林縁はやしぶちイブヤ!』


 ――が、ナゲノの願いに反してイブヤは凡退に終わる。


『うぅ……1アウトランナー一塁。続くバッターは三番、草刈レイ。四回にノヴァクからヒットを打ち今日は2打席1安打。この打席はどうか――初球行った!』


 カァン! 白球は内野の頭を越える。


『センター前ヒット! 配球を考えたからって読みきれるわけじゃないってことよ! 初球打ちぬいてツナイデルス、1アウトランナー一、二塁のチャンス! さあ四番の仕事よ! 四番指名打者、田中エイジ!』


 目つきの悪いモグラ系男子が、やや猫背でバッターボックスへ。


『こちらも今日は2打席1安打。なんとかワンヒットで先制してほしい! 対するダークナイトメアバッテリーは……慎重というかいつも通りに時間をかけて組み立てを決めました。変化球を多投するようですがどうか――』


 配球が決まってからはテンポの早いバッテリーが、ポンポンとカウントを進め――


『第五球――エイジ打った! ライト前! 浅いがどうか、マテン三塁蹴る! ライトバックホーム! 滑り込んだッ――セーフ! セーフです! やった! 先制点はツナイデルス! 0対1!』


 一塁上でエイジは肩を揺らして暗く笑う。守備につくム次郎はそれを見てびくりと距離をとった。


『さあまだチャンスは続いている! 1アウトランナー一、三塁。五番、高原ルーサー! 打てる正捕手、イケメン・アルパカ! 畳み掛けてほしい!』


 アルパカ系男子がバッターボックスに入り、ちらりとロカンを見やる。


『ロカンの長い思考時間ですが……対するも捕手! ルーサー、同じ時間を使って考えます。さあ初球! ……見送ってストライク! わずかに内側でしょうか。しかしルーサー動じません。第二球……』


 カンッ!


『引っ張ったッ! 三塁線抜ける! レフト前ヒット! 三塁ランナーはホームへ! 0対2! 繋がっている! 繋がっているわよツナイデルス打線! 今季はやってくれると思ってた!』


 ベンチに帰ってきたレイが後輩たちから祝福を受ける。


『これでルーサーは3打席1安打。いやー、五番起用は正解だったんじゃない!? いまだ1アウト一、二塁。繋いでいってほしいツナイデルス。さあ次は新人だ! 六番、乾林ザン子!』


 ウロコの生えた女子がブンブンと素振りしながらバッターボックスに入る。


『獣子園ではその打撃力でチームを引っ張りました。オープン戦でも成績は残しています。しかし今日は青森のエースに封じ込められました。ここまで2打席ノーヒット。チャンスを生かしてほしい!』


 ザン子は舌なめずりしてバットを構える――も。


『……三振! スリーアウトチェンジ! ザン子、コギ六、新人選手二人をバッサリ切っていきました、青森のママン。……コギ六は地面でくるくる回ってないで早く守備に行きなさい……』


 ナゲノは諭すように言う。


『……ともかく、この回ツナイデルスは2点を挙げました! 貴重な2点、守っていきたいところです。終盤戦、七回表は二番からですが……こちらもピッチャー交代! ブソンから――きたっ、巣穴野すあなのラビ! 昨年度最優秀中継ぎ!』


 体の小さな垂れ耳ウサギ系男子が、マウンドへ向かう。


『それ以上の交代は……交代はなし! よし! 捕手は引き続きルーサーです! これは開幕戦、ツナイデルスが大きく勝利に近づきました! わかってるじゃない、忖度監督!』


 ナゲノの危惧している捕手は、未だにブルペンで控え投手の球を受けていた。


『今日は勝てるぞツナイデルス! 七回表、しっかり守っていきましょう!』

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