いちユーザーの要望
「……どう、とは?」
「いやあ、外部の人の意見も聞きたいと思って。せっかく同じ野球ジャンルで大活躍している代表さんがいるんだからさ。ちょっと好き放題言ってみてよ。ダイリーグはどうしたらもっと儲かると思う? いや、別に気に食わない点とか、なんでもいいけど」
「ハッハッハ。面白いじゃないか。僕からも是非聞かせてほしいな、オオトリ君」
うーむ。
ユキミには「メールという言葉を伏せて証言してほしい」と頼まれていたので、その仕事が終わったあとはやりとりをぼんやり見守っていた。そこで急に話を振られると困るな。何も考えてなかった。
「……そうだな、いちユーザーとしては」
「んんッ」
隣でシオミが咳き込む。
「風邪か?」
「……違います」
シオミは片手で顔を覆ってかすれるような声で言った。
体調が悪いなら無理はさせられないな、さっさと終わらせよう。
「いちユーザーとしては、ダイリーグを楽しんでいる。育成も面白いし、フレンドリーグもようやく始められたところだ」
フレンドリーグ。プロの東西ダイリーグとは別にフレンド同士で開催するペナントレースだ。開催権というものを代表者が購入して、フレンドが1チームずつ持ち寄ってペナントを行う。
「ただ、フレンドリーグははじめるまでが辛かったな。12人いないとできないし……」
フレンド枠、最初はマウラしかいなかったしな。マウラが仲間内でリーグを開催するというのに誘ってもらって、ようやく11人のフレンドができた形だ。……リーグに参戦すると自動で追加されるからだけど。
「自分の球団用のキャラを用意するのも大変だった。他の人のキャラを選べばいいと言えばいいんだが、いまいち思い入れが持てないし」
チームメンバー全員育成するのに時間がかかる。それでいて、一から育てて思い入れのある自分のキャラより、他人のキャラの方が強くて活躍するのだからやるせない。
「あとは結果も、スコアだけ見てもいまいちよくわからなくて。何がすごいのかとか」
スコア、成績を見るのが楽しい、という話は聞くが、野球にそこまで詳しいわけじゃないからなあ。
「ふーん。じゃあオオトリくんは、カズさんと同じでフレンドリーグ縮小したほうがいいと思う?」
「そうだな」
「ッ……」
俺が頷くと、シュウトがびくりと体を震わせた。青ざめた顔でこちらを見てくるので――もう一度頷いてみせる。
「サーバー費用もかかっているということだし――今のままなら、値上げされたら継続は難しいだろう」
「へえー。それじゃやっぱりカジノに注力すべき? それとも育成のほう?」
「いや。今のままならということだ。フレンドリーグにはいろいろ要望がある」
好き勝手に言っていいみたいだし、言うだけ言って採用されたら得だな。
「まず、1人でも開催できるようにしてほしい」
「……フレンドリーグなのに?」
「名称はともかく、12人も集めるのは難しい。せっかく自分では操作しないで試合が進むんだから、1人で複数チーム用意してもいいと思う」
フレンド11人もいない人間には辛かった。
「それから、リーグのレギュレーションを設定できたりするといいな。今はキャラが重複していてもいいから、複数のチームに同じキャラがいたりするし……ユーザー側で工夫すれば避けられはするが、システムで制限していいと思う。重複なしとか、フレンドが育成したキャラだけとか」
「ふーん。他には?」
「あとはそうだな、キャラクターの育成のほうなんだが」
「おっ、シュウトくん肝いりのところじゃん。何? バランスが悪いとか?」
「いや、育成部分には文句はない」
強いキャラが作れないのは俺がへたくそだからだろうし。
「要望があるのは育成後のことなんだが――能力を下げたり、マイナス能力をつけたりできないだろうか?」
「……は?」
シュウトが目を見開き口をポカンと開く。
「そ、それは、シナリオクリア後にキャラを弱くしたいってことですか? な、なんでそんなことを?」
「能力が低かったり、マイナス能力を持ったままだとクリアしづらいから、だな」
クリアできないと育てたキャラはリーグで使えない。だから必然、能力が高いキャラを作る必要がある。しかし。
「プロを目指すならただ不利になるだけだが、正直プロに追いつける気はしない。ならもっと別の遊びがしたい、ということだ。マイナス能力は、キャラの個性づけに最適だ」
「個性……?」
「凡フライを打ちやすいとか、併殺打を打ちやすいとか、暴投しがちだとか、オーバーランするとか……『ゲームに勝つ』ことを考えたら不要な能力だが、それは選手を特徴付ける個性だ」
ケモプロの選手を見ていれば分かる。きっと誰もがミスしないスーパースターなら、ここまでファンに応援してもらえることはなかったはずだ。電脳の三熊がテキサスヒットを量産しながらもファンがついたのも、そういう個性だと受け入れてもらえたからのはずだ。
「だから個性づけとしてマイナス能力をつけたりしたいんだ。プロリーグを目指すなら不必要な機能だが、仲間内で楽しむならあると嬉しい。再現派も助かると思う」
「再現派……というと、プロ野球選手っぽいキャラを作る人たちですか?」
「プロ選手のいないゲームだからそういう人もいるが、フィクションの選手を作る人が主だな」
ダイリーグのキャラクターはアニメキャラっぽい感じで、パーツを選んで作ることができる。いろいろな作品のキャラ再現をする遊びが一部では流行っていた。
「例えば原作では悪球打ち専門のキャラが、ど真ん中をボカスカ打ち返していたら残念だろう」
「……それは、そうですけど」
「だからシナリオクリア後でいいから能力を下げれたらと思っている」
実はこの再現性こそ、ダイリーグの強みじゃないかと思う。パワプロでもそういう遊びがあるが、ダイリーグはやたら細かい能力がたくさんある。これは育成する側としては分かりづらいが、逆に『特徴』を選びやすく、いろいろなキャラクターの再現がしやすいのだ。外見のパーツ数もたくさんあるから、うまい人は再現率がものすごいことになっている。
「そうそう、再現派で思い出したんだが、かといって1チーム全員再現キャラを作るのは大変だろう? 1人でフレンドリーグ12チーム用意するなんて気が遠くなる作業だ」
「まあ……そうでしょうね」
「だから、あらかじめ用意してもらえたらなと思う」
「……? ッ! そうか!」
シュウトが眉をひそめ――弾かれたように立ち上がる。
「フレンドリーグ専用の、コラボチーム! いろんな野球漫画とかアニメとか……とにかく、そういうのとコラボして再現チームを用意する。好きな作品のチームと、自分のチームで対戦することができる!」
「野球漫画に限らなくてもいいと思うが、そういう感じだな」
よくあるコラボ施策かもしれないが、1チーム丸ごと、とか作品登場チーム全再現、とかいうことはさすがに既存のゲームでもされていないはずだ。
「なるほど、それなら、そうか……いける。チームの販売もできるし、話題性も上がる」
あ、チーム販売になるのか……安いといいな。
「版権交渉が大変だろうけど、やる価値はある。口コミで広がりやすいネタだし……難しいところはファンが勝手に作るだろうし……最初は休眠しているIPから声をかけてみても……いい、いいですね! 他にはありますか!?」
「そうだな。試合映像を見る時間が取れないんだ。かと言って、さっきも言ったが成績だけだとよく分からない。ケモプロでもやっているがダイジェストがあればいいな。自分のチームの、特に指定した選手関連のニュースが追えるとか……」
「ニュース! 新聞記事風……いや、ニュースサイト風がいいかな? 自動生成する感じで! 他には!?」
「他はそうだな――」
「プロリーグ」
スッと。一瞬考えをまとめるため口を閉じた隙に、ユキミがニヤッと笑って差し込んできた。
「部外者としては、イマイチ流行っていないプロリーグをどうするのか。それが知りたいね」
「そ……れは、プロモーション不足だったからで、来期からは予算をしっかりとって……」
「シュウト君はPR。カズヒトさんはカジノで価値を高める。さて、我らがオオトリ君はどうだい?」
「正直なところ、いちユーザーとしては」
言いかけて、そういえばここにそのプロリーグのオーナーの一部がいるんだと気づいたが――止まらなかった。
「大多数のユーザーにはまるで関わりがないというのが問題だ。自分のキャラが出場するわけでもなし。関わりがないから、興味がないから、見ない」
視聴ボーナスでもらえるアイテムがそこそこ役に立つので、寝る前にミュートして再生しておくか……という感じだ。スマホから視聴しないといけないというのも辛い。
「ふむ。でもオーナーさんたちはすぐにでも視聴率が欲しいんじゃないかな?」
「うーん……そうだな。手っ取り早く視聴率を上げたいなら……」
即効性のある施策、となると。
「プロチームを解放する、というのはどうだろうか」
「はっ? か、解放……?」
「裾野を広げると言った方がいいか。何部かに分けたリーグ制にして、ユーザーのチームも参加できるようにする。いずれユーザーのチームがトップリーグに食い込めるように。ダイリーグの進行ペースなら、昇格・降格も年に四回あって盛り上がるだろう。ユーザーのチームとは言ったが、それこそネーミングライツとして売れるようにしてもいいだろうし。公式チームとして参加できる何かの大会があってもいい」
「け、けど、それは……ユーザーにはいいでしょうけど……」
「視聴率が上がったとしても、ここにいるオーナーさんたちは承服しがたいだろうねえ。既得権益がなくなるわけだから。全体の視聴率があがっても、チーム数が増えれば特定チームの視聴率は下がるだろうしねえ」
シュウトが口ごもると、ユキミがニヤニヤとしながら言った。
「さて、そんなとこかい? オオトリ君。それじゃ――ヒライズミさんの判定を聞こうか」
「そうだなあ~、う~ん」
ヒライズミは腕を組んで宙を見つめる。
「正直、カジノはノウハウがない今の状態で海外に勝てるのか、って不安だったんだよね。向こうがずっと研究も進んでるわけでしょ? 当たればデカいだろうけどリスクも相当ある。じゃあそのリスクを負う必要があるのかどうか? 現状、課金はわりと調子いいんだよね。プロリーグが流行ってなくて、カリストの一人勝ちになってるっていう」
だからさ、とヒライズミは軽く言う。
「流行ってないところにメスを入れて、うまく拡大できそうな部分を増やす。堅実な成長が見込めそうなオオトリくんの案がいいな」
「なッ――」
「どうせ誰の案を選んでも、オールドウォッチさんが告発記事を出すんでしょ? それほど売上に影響はないと思うけど、悪評は立つよね。そんなの消し飛ばしちゃうぐらいのインパクトがあったらよくない? シュウト君のも悪くないけど、物足りないんだよね」
「ふっ、ふざけるな! お前、今まで支えてくれたオーナーさんたちをなんだと思ってんだ!」
「最近どこもあんま株価調子よくないねって思ってる」
声を上げたカズヒトに、ヒライズミはヘラッと笑って返した。
「自分は投資家だからさ。別に嫌われたって市場の株が買えなくなるわけじゃないし。今は自分の持ち株の価値を高める話をしてるんだよ。ていうか、この件が公になって君たちはついてきてくれるのかな? まあそういうところもあるかもだけど、それはそれでちょっと怪しいよね。さて――カズさんは反対だそうだけど、シュウトくんはどうする? やるなら、シュウトくんにつくよ?」
「僕は……」
シュウトは口を閉ざす。何かを言おうとして――やめる。
「これは受け売りなんだが」
その姿を見て、つい口を出してしまった。
「やりたいことがあるなら、人の都合を考えて止まってはだめだ。たとえそれで迷惑をかけても、それ以上の結果で報いればいい。……シュウトのやりたいことは何だ?」
「……僕のやりたいこと」
シュウトは――閉じていた口を開く。
顔を上げ、目を真っ直ぐ前に向けて。
「僕は――」
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