カウンター(下)

「ははっ、ハハハ! ばっか、ばああぁぁーか! 何がリークだって? っひひひ! りっ、リークしてるのは、そっちじゃないか。アハッ、アーッハッハ!」

「……なんだって?」

「ぶふっ、ははっ、やめ、やめろよ。『なんだって?』って、くくっ。シュウト、教えてやれよ。どこの会社が解約を申し込んできたって? ひひっ……ハハハハ!」

「……ユキミさん」


 机を叩き涙を流して笑うカズヒトから目をそらして、シュウトは苦々しげに言った。


「解約の話があったのは、ソラフルとカラボックスです。……そのブログ記事に載っている、ニホノデバイセズじゃありません」

「……は?」

「ぷふーッ! くっ……だっはははは! ばーか、ばあぁあか! 『は?』じゃないっつの、笑かすなよッ! ヒッヒッヒッ……! いやあ、茶番、サイコーの茶番だったよ! ぐくっ……ぶふふふ!」


 カズヒトは口の端に泡を吹きながら、呼吸も荒くまくしたてる。


「どぉぉせ、メールを見てさあッ! 勘違い――じゃねえや、そう、こっちに仕掛けてやろうって思ったんだろ? ざあんねん! デマのリーク元はケモプロ! 証拠もバッチリのこっちゃって、もぉおお言い訳できねえなあ!? あっはっは! いやー、まさかニホノさんも離脱を考えているなんて思ってもなかったけどねえ!」

「リーク元がケモプロと決まったわけじゃ」

「はあああ? メールが届いたのはケモプロだけでぇえす! ニホノさんの離脱を知ってるのはケモプロだけッ! いやー、怖い、怖いねえ! 自作自演で敵対会社を潰しにかかるとはさああ! お粗末なやり方で陥れようとしやがって――この落とし前どうつけてくれるんだよッ!」


 ドンッ、と机が叩かれる。室内がシンと静まり――



「メールって何の話だい?」



 ユキミの一言に、さらに静寂が深くなる。


「……言っ」

「てないよ。オオトリ君は『連絡があった』と言っただけだ。ジャーナリストの端くれとして、もちろん今の会話は録音している。聞き返してみるかい?」

「ッ、イマドキ連絡って言えばメールだろうが!」

「自信満々に『メールが届いたのはケモプロだけ』とも言ったね。どうしてメールの存在を知らないカズヒトさんが言い切れるのかな?」

「それは、そうだろうと思って言っただけだ!」

「実はそのメール、古典的な手法で送られてきた送信元偽装メールでね。送信元がカリストが借りてるレンタルサーバーの情報と一致するんだけど、どうかな?」

「ふざけるな! 改ざんできるデジタルデータなんて証拠になるか!」

「はあ……わかったわかった。この場では何も認めない、と」


 ユキミは肩をすくめる。


「まあ、いいんだ。カズヒトさんに認めてもらうために説明したわけじゃない。手札を切りつくす前にひっかかってくれて時間も短縮できたし、さっさとケリをつけようか」

「何を――」

「今回の記事だけじゃない。ずっと前から──以前の会社に勤めていたころから、カズヒトさんは似たようなことをやっているようだ。学生に記事を書かせるとき、ずいぶん自慢していたようだね。『業界の評判なんて俺がどうとでもできる』、とか、『噂を使えば弱小開発ぐらいいくらでも潰せる』、とか? なかなか興味深かったよ。常習犯、ってところかな? まあその証拠はもう少し掘らないといけないんだけど、今回の調査結果としてはこれで十分だろう。さあ、シュウト君。君の仕事だ」

「……そう、ですか。……そう、ですね」


 シュウトは手を握り締めて口を開く。


「……叔父さん。取締役を辞任してもらえますか?」

「なんッ」

「辞任してくれないのなら、解任議案を提案します」


 カズヒトが目を剥き、細かく震える。シュウトはそれから目を離さず言葉を続けた。


「ゲーマーとして……ケモプロのファンとして、捏造記事を指示するような人を会社には所属させられない。……叔父さんがいなければ、カリストはなかった。僕はそう思っているし、恩義も感じています。でも、このままにはできない。だから辞任してほしいんです。それならまだ穏便に済ませられますし、株もそれなりの価格で買い取ります。でも、受け入れてくれないなら……」


 シュウトは唇をかんでから、けれどしっかりとした目でカズヒトを見つめる。


「……解任議案を提案し、解任します。辞任ではなく解任となれば、世間に対して『何かあった』と言っているようなものですが、仕方ありません」

「お前……」

「もちろん、解任には条件があります。うちでは議決権の3分の2以上の賛成が必要です。……議決権、つまり株式の保有率は、僕が3分の1。叔父さんが3分の1。そして」


 室内の注目が一人の男に集まる。細身でくせ毛の髪の男性。腕を組み首をかしげて事態を見守っていた、ヒライズミに。


「ヒライズミさんが3分の1。端数はありません」

「つまりね、カズヒトさん。僕らは別にハナから君の説得を目的にしていたわけじゃないのさ。ヒライズミさんに理解してもらう為に話していたんだよ」

「……なるほどお」


 ヒライズミは頷く。


「だからこのタイミングか。このまま第三者割当増資をして取締役を増やしたら、ハッキリ言ってカズさん派の運営になるとは思ってたけど。今なら自分とシュウトくんだけで議決できるものね。いや、すごいなあ。てことは今日の議決を引き延ばしてたのは演技? 騙されたなー、ウキウキで皆と今後の提携の話とかしてたから何か心変わりでもしたかと思ったんだけど、ははあ」

「状況はわかってくれたようだね」

「うん。まあ、やりとりを見てれば、どうもカズさんやっちゃったなって分かるよ」


 そしてヒライズミは首をかしげて言った。


「で――それって何か影響ある?」


 ◇ ◇ ◇


「えっ? ひ、ヒライズミさん?」

「いや、つまりカズさんはお友達に社内情報をバラして、ケモプロの悪い記事を書くよう頼んだんだろ? それも以前からずっと? まあ、あくどいコトするなーとは思うけど、逮捕までいくような話じゃないよね? ケチなカズさんが横領してるわけがないし」

「ふむ」


 ユキミは顎に手をやって唸る。


「まあ、確かに刑事方面でオオゴトにするのは難しいかな。実を言うと横領していてくれたほうがよっぽど話は早かったんだけどね」

「だよね。それにさ、特にそっち被害受けてないでしょ。夏ごろならともかく」


 ヒライズミは楽しそうに笑う。


「なんたって海外進出して、アニメをやってと話題沸騰中のケモプロさんだ。その程度の記事でチクチクやられたところで今や痛くもかゆくもないんじゃない? カズさんが潰せる『弱小開発』なんかじゃなかったってことだ。いやほんとすごいよねえ……つくづくあの時金がなくなっちゃったのが惜しいなあ」


 ヒライズミはケモプロのオーナーになる予定だった。破産寸前になって連絡が取れなくならなければ、サービス開始時、ユキミでなくヒライズミがオーナーだったかもしれない。


「あと、実はうち――カリストにもそんなに影響ないんじゃない?」

「ふむ。ルックプロモーションともども炎上はするだろうけど……実際のところ、売上に影響があるかと言われたらそれほどじゃないだろうね。ユーザーの大多数は興味がないだろうし、しばらくすれば忘れるだろう」

「だよね。いや、悪いなーとは思うよ、ケモプロさんには。でもなあ、それを公表されたところで、カリストはまだ上場もしてないわけだし、株価が落ちるってわけじゃないしさ。うーん……でも……シュウトくんはカズさんのやったことが許せないんだ?」

「……ええ」

「もし僕がカズさん側についたら会社を辞めるの?」

「そういう覚悟は、しています。僕は……ダイリーグを続けたいけど、叔父さんが許さないでしょうから」

「なるほどね。じゃあ自分が言えることはひとつだなあ」


 ヘラッと。軽く笑って、ヒライズミは言う。


「カズさんとシュウトくん。どっちのプランなら自分の持ち株に価値がつくのかで決めるから、お互いどうしたいのか教えてよ」


 その提案は予想外だったのか、シュウトは何かを言いかけて固まる。


「清廉潔白でいけりゃそりゃあいいけどさ。お金を稼ぐのは時にイビルにならないといけないと思うし、カズさんのやったことは自分的にはそこまでオオゴトじゃないかな。ユーザーも気にしない人が大多数じゃない? ってことで」


 ヒライズミはカズヒトに顔を向けた。


「どっちについたほうが儲かるかな、って視点で決めさせてもらうよ。カズさんは、資本を増強して海外に打って出るんだっけ?」

「――ああ、そうだよ」


 カズヒトは――落ち着きを取り戻したのか、それとも開き直ったのか。椅子に深く座ってニヤニヤとしながら言った。


「野球人気があってカジノが合法な、北米と中南米、アジアに向けてアプリを提供する。そのための開発とローカライズ、プロモーションに金を使う。日本向けのクジはヤメだ。各所いろいろうるさいし、どーせ無料分のDPしか突っ込まれないから時間の無駄。ああ、無駄にサーバを使ってるフレンドリーグとかも廃止だな。ま、いきなり廃止はクレーム来るだろうからガッツリ値上げして追い出すか」

「ふーん。フレンドリーグの利用者はけっこういるみたいだけど?」

「最大12人でやるのに課金は主催者1人だけって無駄だろ。ま、まず全員課金必須にして、って感じか。仲間内で簡単に抜けられないような状況にしたところで値上げして続けてもいいけど、それは様子を見てだな。ま、大した額にはならないからどうでもいい。とにかく、カジノアプリが本番だ。売上予想はこの間の資料の通りだ」

「なるほど、なるほど」


 ヒライズミは頷いて――顔をシュウトへ向ける。


「シュウトくんは?」

「……本当に、そんな基準で判断を?」

「自分の本業は投資家だからねー。ぶっちゃけ、野球とかゲームとかどうでもいいんだ。儲かりそうなら乗るし、ダメそうなら手を引く。それだけの話だよ。これまでだってゲームに詳しくないから口出しはしてこなかっただろ? でも今回は自分が判断しないといけないわけで……それなら得意分野で決めていいだろ?」


 シュウトはしばらく黙った後、机の上で手を強く握り締めて口を開いた。


「ユーザーに説明したことは全部実現するのが、ゲーム会社として誠実だと思います。だから表に出した情報は、僕は全部実現するつもりで動いていました。課金が仮想通貨だけというのも、任せてもらえれば浸透させられる自信はあった。それをすぐに方針転換して円決済にしたのは、短絡的には売上に貢献したと思いますが、それまでの間にDLMを買った人たちに不信感を与える結果となった」

「またその話か、シュウト。DLM決済のみは失敗だったんだよ、ダメなのをすぐ切り替えるのは必要なことだ」

「その代わりユーザーの信頼を失ったと言いたいんです。だからもうそんなことがないようにする。ユーザーとの信頼関係をきちんと築いて、気持ちよく課金してもらう。長くサービスを続ける為に」

「フン」


 カズヒトが鼻を鳴らす。シュウトは無視して話を続けた。


「フレンドリーグは続けます。野球くじもDPのみに絞って早期に実装します。いずれ日本でIR施設ができたときに対応するのはいいとして、今の予算を海外に使うべきじゃありません。継続して、育成を遊んでもらう為に新シナリオ、カード、システムの開発、コラボなんかの施策をとっていくべきです。プロリーグの方もギャンブルの種としてだけではなく、もっとプロモーションしていい循環を作らないと」

「フレンドリーグが予算を圧迫してるのはシュウトくんも知ってると思うけど、そのまま?」

「……多少の値上げはやむをえないでしょう。ですが、無理なく続けてもらえる価格設定にします。とにかく、ユーザーから信頼を得て、グッズやイベントなんかの横の広がりを作っていかないと」

「なるほどねえ」


 ヒライズミは頷く。


「う~ん……」


 そして唸って――



「オオトリくんはどう?」



 なぜか俺に話を振ってきた。

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