カウンター(中)
「で、でもわざと領収書を忘れるってことは、何か理由が――」
「そう。理由がある。つまりね、領収書の紛失なんてのは、本命を隠すためのただの撒き餌だよ。調査の手が及んだ時、無駄な時間を浪費させるためのね。ま、そんなとこだろうとは思ってたんで、すぐやめたわけだ」
なんだろうな。今ものすごく、ユキミに帽子とコートを着せたい。
「僕が探してた本命はこれだ」
サッと出されるいくつかの領収書。
「……ファミレスの領収書、ですか?」
「他はどれも結構なお値段の領収書だけどね、これらはファミレスだしそんなに高くない。同じ場所で何枚かあるけどだいたい同じ内容だ。ただの外食を経費にしていたら横領になるけど……叔父さんはこんなに大食漢なのかい?」
「メニューは……二人分以上はありますね。いえ、昼食をこんなに食べる人ではないです」
「では残念ながら横領じゃないね。申請書によるとお相手は、ルックプロモーション株式会社、っと。何度も食事するような仲のいい会社なんだ?」
ユキミが問いかけると、カズヒトは苦々しく口を開いた。
「Webに強いPR会社で、前の会社から付き合いがある。広報戦略の相談に乗ってもらっているんだ」
「とのことだけど、シュウト君。ルックプロと取引はあるかな?」
「……いえ、ないですね」
「案件になるまでもない相談なんだ。今は仕事を発注していないが、言っただろうシュウト、付き合いだよ。あそこの会社とはずっと俺が窓口だったんだ。いつか力になってもらうこともあるかもしれない。それで付き合っているだけだ」
「ハハハ、ずいぶん仲がいいんだねえ」
「失礼だぞ! 何が言いたいんだ!」
「じゃあ聞いてもらおうか。事情を知らない人もいるだろうし」
ユキミはコキコキと首を鳴らした。……折れないか心配になるからやめてほしいなそれ。
「僕の本業はカウンターメディアでね。メディアについて報道するのが仕事なんだ。例えば行き過ぎた取材だったり、記事の捏造だったり、あるいは誤報だったり。そういうのを記事にして飯を食っている身なんだ。そんなわけだからいろんなメディアから煙たがられているんだけど、まあ相手がハッキリしているほうはいいんだ、殴り合えるから。面倒なのは匿名で運営されている『まとめブログ』とかでね。匿名だからか発言も過激だし、こっちが誤りを指摘しても改めることはない。……ま、それでも」
ニヤッと得意げに笑う。その顔を、部屋中の人間が見つめていた。
「運営者を特定する方法はないわけじゃない。ゲームに関する悪質デマサイトはかなり潰してきたから、もっと業界から感謝されていいと思うんだけどね。ま、潰したと言っても全部じゃないし、放っておけばすぐ増える。嘆かわしいなと思いながらも状況を見守っていたんだけど……今年の三月ぐらいからかな。そういったまとめブログで、ケモプロに対するデマや捏造記事が増えてきた」
特にゴールデンファイナルの直前辺りは、八百長だと大いに騒がれていたな。最終日までペナントレースの決着がつかないのは、こちらとしても想定外だったんだが。
「そうとくれば僕の出番だ。いつも通り捏造記事を発信しているまとめブログを潰す為に調査を開始して、運営元まで特定した。ここまで来たら分かると思うけどね、そう、ルックプロモーションさ」
「企業が、まとめブログを……?」
「個人ブログの体をとって企業が運営しているなんて、よくある話さ。ただまあ、ルックプロは規模が違ってね。ルックプロはあくまで場の提供者であって、執筆者ではない……というスタンスなんだ。ルックプロが個人のライターに『こういう情報について記事を書きませんか』と持ちかけ、ライターが記事を提出し、ルックプロ管理のブログに掲載するというね」
このスタイルにはいくつか利点がある、とユキミは言う。
「まず普通の調査ではブログの運営元はルックプロとしか分からない。そこに記事の文句を言いに行っても、ルックプロは『ライターが書いたことなので自分は知りません』としらばっくれる。さらに突っ込んでも『ライターの情報は個人情報なので教えられません』、しまいには『ライターに依頼していた担当者が退職したので調べようがありません』と、責任の所在をあやふやにできるのさ」
「それは……ライターを守ることができる、ということですか?」
「あるいは切り捨てやすくなるね。ルックプロでは一件あたりの記事の単価は一定期間内のPV数で決まるんだ。そうやってライター間での競争を煽る。PVの稼げないライターはさっさとお役御免さ。……ま、そういう仕組みが『過激な記事を書いてしまうライターも残念ながらいます』なんて言い訳にも繋がるんだけど」
ユキミはフウ、と息をひとつ吐く。
「やれやれ、だいぶ説明に時間を割いてしまったね。まずひとつ結論を出そう。それから調査を進めて、ルックプロにケモプロの捏造記事を出すよう依頼したのはダイリーグ……株式会社カリストだということを特定した。六月ぐらいかな」
アメリカ行きの直前ぐらいの話だ。ユキミがデマサイトの告発をしようと持ちかけてきたのだが……その時点でカリストだと分かっていたのか。知らなかったな。
「……なぜその時点で動かなかったんですか?」
血の気の通っていない顔でシュウトが呟くように訊くと、ユキミは肩をすくめた。
「逆に言うとそこまでしか特定できてなくてね。『組織』は分かっても『個人』までは特定できていない。捏造を否定してケモプロの立場を回復する、という目標を達成するためには材料が足りない。このままルックプロを告発しても、さっき言ったとおり『ライターが勝手にやったことです』で逃げられてしまう。それに当時は僕もケモプロ関係者だったからね。立場的に発言力も微妙だった。より強い材料を探して調査は進めていたんだけど、なかなかね……でも」
ユキミは机の上の領収書に手を添える。
「シュウト君がカズヒトさんの横領を疑って、僕に資料を渡してくれたことで最後の手がかりが見つかった」
「それが、ファミレスの……ルックプロとの会食の領収書? つまり……叔父がルックプロにケモプロのネガティブキャンペーンを依頼していた!?」
「――ということで、どうかな、オオトリ君?」
え、ここで俺に振るのか。
真相についてはタクシーの中ではカズヒトがルックプロを使ってケモプロを攻撃していた、ということまでしか説明されていないし、今までの話はその補強として聞いていたんだが……。
「……どう、というと、そうだな。
「えっ?」
「そういう会社だとしても、会社は会社だろう。ファミレスの食事をおごられただけで仕事をしてくれるのか? 特に取引もないなら、ファミレスだけが報酬ってことになるんだが」
「……確かに、そうですけど……他の仕事で便宜を図る、とか……」
「心当たりがあるのか?」
「……いえ」
シュウトは黙り込む。俺もそれ以上は特にひっかかることがなくて、ユキミに話の続きを求めた。
「うん、そういうことだ。ルックプロ本体が仕事を受けている可能性はない。では誰がファミレスの食事程度で仕事をしてくれるかというと――ライター本人さ」
「ライター……」
「さっきライターの記事の単価がPV数で決まるって言ったろ? これがなかなかシビアでね、最大にバズってようやく四桁円ってところだ。そんな金額でどういう人たちがライターをやってるかというと、基本的にまとまった時間が取れない人さ。たとえば、学生とか主婦とかね。特に金に困っている人ほどこういう仕事に手をつける傾向がある」
そういう人たちから搾取するのがやつらのやり口さ、とユキミは吐き捨てる。
「捏造したライターを特定できることを示せば、まとめサイトの管理者としてのルックプロは終わりだ。匿名性が守られないと分かれば、ライターが集まらなくなる。そう、これが決定的な証拠ってやつだ」
ユキミが懐から取り出した写真。ファミレスの外から撮られたそれには、カズヒトと大学生ぐらいの男が食事しているところが写っていた。
「彼がカズヒトさんの会食相手だ。貧乏学生ってやつでね。以前ルックプロがカズヒトさんに紹介したライターの一人だ。カズヒトさんはこの学生にご飯をおごることで、ケモプロに対するネガティブな記事を書かせていたのさ」
「は……? ご、ご飯程度で?」
「貧乏学生を舐めちゃいけないよシュウトくん。1日200円以下の食費でやってるような人間に、ファミレスでの豪遊なんて魂を売るには十分な報酬さ」
200円。自炊したって難しい。三食満足食べられるわけがないだろうな。
「領収書があれば店と時間帯が特定できる。いつも同じお店だったからやりやすかったよ。今日、彼にはきっちり証言してもらった。記事を書いたことも認めたよ」
「……でたらめを言っているだけだ」
口を閉ざしていたカズヒトが、ひび割れた声で言った。
「確かにそいつとはルックプロさんの紹介で会った。ゲーム業界志望って聞いて、たまに面倒を見てやっていた、それだけだ。デマに関わっていたなんて知らなかった。残念だ」
「ふうん? 内部情報を話したりもしていないのかい?」
「コンプライアンスぐらい守ってる。何が言いたい?」
「これは昨日投稿された記事だ」
ユキミはプリントアウトした記事を懐から取り出す。
「内容は、ケモプロがダイリーグからオーナー企業を引き抜こうとしている、というものだ。企業名も特定されている。……オオトリ君。ケモプロがこの会社を引き抜こうとしているのは本当なのかい?」
「いや。確かにその会社から連絡はあったが、それだけだ」
「どういう話か聞いてもいいかな?」
「ダイリーグとの契約を今期で解約するので、うちに広告を出したいと」
シュウトが目を丸くする。
「それを誰かに話したかい?」
「社内では共有しているが、それ以外には誰にも。言いふらすような話でもないだろう」
「カリストさんはどうかな? 解約したい……オーナーをやめたいって話はあったかな?」
「……はい。知っているのは僕と叔父と……当事者の企業の代表だけのはずです。最近の話だし、まだ確定ではないということなので、相手方の社内でも知っている人はいないはず……」
「つまり情報をリークした人間は限られている。つまり――君だよ、カズヒトさん」
ユキミは記事を開いて、カズヒトに突きつける。その記事を見てカズヒトは頭を抱えて机に伏し、シュウトは――困惑した顔で二人を交互に見る。
「ルックプロのライターを個人的に使ってライバルであるケモプロの妨害をしてきた、その黒幕が君だ。君がケモプロに連絡させて、それをライターにリークしたんだ。……何か言い訳はあるかな?」
ユキミはニヤリと笑い、カズヒトは小刻みに震えて――
「ぷッ――く、ハハハハハ!」
――噴き出して、笑った。
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