天秤

「ふざけんな、クソが!」

「た、タカナシさん? どうしたんですか?」

「うるさい! お前も、お前も、お前もだ! お前ら全員、俺が連れてきてやったんだ! 俺が食わせてやったんだ! あのガキじゃない! せいぜい勘違いしたガキと一緒に沈んじまえ!」


 会議室からあっというまに人が消え、四人しか残らない。しばらくはオフィスのほうから怒鳴り声が聞こえていたが、それもやがて聞こえなくなる。重苦しかった空気も消え――これはユキミが窓を開けたせいだな。


「やれやれ、カズヒトさんもすごい怒りっぷりだねえ? さっさと出ていってくれて助かったよ」

「――助かったとお思いですか」


 ニヤニヤしながらユキミが言う、その背後から。亡霊のようにシオミが声をかけた。


「それなら認識を改めてほしいですね。いいですか、私は怒っています」


 底冷えのする声で。


「正直、ユウ様がここに連れてこられたということだけでも不快です。なぜカリストを助けないといけないのかと――いえ、助けるためにユウ様を利用したのかと怒っている。分かりますね?」

「ん、う、うん。いや、悪いことをしたね?」


 ユキミは両手をあげて硬直する。


「いや本当に最初は証言だけだと考えていたんだよ。ヒライズミさんの発言は予想外で。面白そうだから悪乗りしたことは認めるけど」

「──ふざけるな」


 シオミは秘書口調を──仕事の口調を捨てる。


「デマで被った被害は、百歩譲って下手人のやったことだとして引いてる。だが『面白そうだから』でさらに被害を拡大されてたまるか」

「シオミ」

「お前もだ、ユウ」


 シオミは俺に近づくと、肩に手を載せて力を込めた。


「いいか。あれはお前の友達じゃない。商売敵、縄張り争いをする相手だ。それを助けるのか?」

「……ライバル、という形の……」

「……なら少し黙っていろ。おい、シュウト」


 シオミは俺から身を離す。


「事情を説明するんだな。申し開きぐらいはさせてやる」

「……は、はい。わかりました」


 シュウトが椅子を軋ませて姿勢を正す。


「ユウさん。それから秘書さん。巻き込んでしまって申し訳ありません。ご迷惑をおかけしたこと、お詫びいたします。……どうしてこうなったか、ということですよね。最初からお話しします」


 シュウトは深く息を吸い込んでから話し始めた。


「会社を作るために叔父の力を借りました。叔父はゲーム会社に勤めていたんですが、名前や顔が表に出ないことに不満があって、親戚が集まる場ではいつもそのような愚痴を。なので、僕の話はチャンスだと思ったようです。経営に必要な人材は元の会社から引き抜いて、開発に必要な人材はいくつもの紹介会社を経由して、人を集めてくれました。最初に決めたオーナー企業も叔父の伝手ですね。そうして開発はスタートしたんですが、いろいろ条件が付くようになって……」

「条件とは何だ?」

「仮想通貨を使うとか、ギャンブル要素を入れるとか、将来のカジノ対応を見込む、とかですね。お金を出してもらうわけですし、そこは受け入れていきました。育成の楽しさと観戦にうまく絡めていければと。ただ……叔父たちはそう考えていなかったみたいです」


 シュウトは小さく息を吐く。


「ダイリーグが正式サービスをスタートして直後、課金額は伸びませんでした。仮想通貨がユーザーに課金をためらわせていると分析されました。そして、それを解消するために叔父やオーナー企業は、『注意書きを消せ』と」


 注意書き。DLM購入画面で出てくる、仮想通貨とはどういうものかとか、税金がどうこうとか、そういう説明のやつか。


「ユーザーに何も説明せず、意識させずにDLMを使わせろと。さすがにそんなことは受け入れられない。仮想通貨にはリスクもあるのに、その説明なしというのはあまりに不誠実だ。けれどこのままじゃ赤字になる、リリース直後にセールスランキングに乗らなければダメだと強く言われました。そして、DLMを説明なしで使わせることができないなら、日本円で――普通に課金できるようにしろと。今思えば、この時点でおかしかった」


 DLMをあれほど前面に押し出していたのに、一週間で方針を変えるのは確かに違和感があった。


「オーナー企業が推している仮想通貨の需要を低める施策をしろというんですよ? おかしいですよね。……でも、違和感はあってもそれしか手はなかった。時間もなかったですし。効果もすぐに出て二週目でセールスランキングに載ることができて、すっかり忘れてしまいましたけど」


 けれど、とシュウトは続ける。


「育成に対する課金は好調。でも球児園とプロリーグの視聴率が奮わず、広告収入はほとんどない、という状況になりました。僕が開発を、叔父がプロモーションをということで分担していたのですが……いつのまにか叔父はオーナーやスポンサー企業と一緒になって、僕を責めるようになりました。視聴率のための施策が足りていないと。改善策を出せと言い、出せば難癖をつけて却下して、いろいろ無茶を言う。……その頃は配慮の足りなかった僕が悪いんだと思ってたんですけど、今日になっていろいろ合点がいきました。……叔父たちは最初から、『面白いゲーム』を作る気じゃなかったんですよ」

「どういうことだ?」

「海外展開をすると叔父が言っていましたよね。おそらくそれが本命だったんでしょう。DLMは資金集めのため、ICOで売り抜けるためだけの道具。日本でのそこそこの成功……ユーザー数だとか高校生が作っただとか、そういうネームバリューをもって海外カジノ向けに作り直す。そういう計画だったんでしょうね。……そして、たぶんそのためにケモプロが邪魔だった」


 なぜそうなる。


「カジノ向けにアピールするためには、観戦者数が必要です。野球くじをやるのに、育成のユーザー数は目安になりませんからね。たくさんの人が見てますよ、というアピールがしたいわけです。だから叔父はケモプロから視聴者を奪う、と開発当初から言っていたのでしょう。そして……」

「デマを使ったと」

「だと思います。それにケモプロはこちらより早く海外展開を決めてしまいましたので、そこでさらに焦ったのでしょう。その後頻繁にライターと接触するようになって……デマを量産したんだと思います」


 ……確かにカジノで時間のかかる育成パートをするわけでもないから、育成パートのユーザー数は指標にならなさそうだな。


「そして言うことを聞かない僕が邪魔になったんでしょう。叔父たちは視聴率の不振を盾に、第三者割当増資をして叔父の仲間に株を持たせて、経営権を取ろうとした。それが今日の会議です」


 株式会社は持ち株の割合で経営方針が決まる。その比率を変えようとしていたということか。


「……話は以上です。これで説明になったでしょうか?」

「事情はわかった。だが」


 シオミは強く言葉を切る。


「だからと言って助ける理由はない。やはり私としては徹底的に潰す──」

「あの! それなんですけど!」


 シオミの言葉をさえぎって、シュウトが──こちらに目を向けてくる。


「ユウさん、いや、KeMPBが、うちの株主になるというのはいかがでしょうか?」

「……何だと? 何を考えている?」

「ケモプロとダイリーグ、お互い競合しない形で成長していけばいいんですよ。観戦はケモプロ、育成はダイリーグ。うちの利益がKeMPBの利益になれば、ユウさんが協力しても問題ないでしょう? 観戦要素を切り捨てるのは残念ですけど、そこは負けを認めないといけないですから」


 ………。


「そうだ、フレンドリーグ用チームの最初のコラボはケモプロとかどうでしょう? ライセンス料はもちろんお支払いします。ケモノキャラのパーツはうちにはないけど、なんとか間に合わせますよ。ユウさんはしっかり遊んでくれているようだし、いろいろ要望があれば、なんでも。だから──」

「……株主になって、カリストの経営に参加する?」


 俺がそこで口を開くと、シュウトは輝くような笑顔をした。


「そうです!」



「ダメだ」



「……え? い、いま、なんて?」

「ダメだ。カリストの経営には参加できない」


 動きを止めるシュウトと──シオミに向かって、俺は頭を下げた。


「悪かった。……いろいろ勘違いしていたし、誤解もさせたようだ」

「……な、なにがです」

「まず、経営に参加できない理由だが」


 棚田高校での事を思い出す。校長室でも言ったはずだった。


「責任が持てない。KeMPBとカリスト、どちらかを取らないといけないとき、俺が選ぶのはKeMPBだ」

「いや、まあ、そうでしょうけど、でも協業するぐらいなら……」

「責任が持てない。……さっき話した内容。ヒライズミも、シュウトもいい案だと思ってくれたようだが、あれはいちユーザーとして自分の要望だけを言ったまでだ。収益がどうなるかなんて考えてなかった、無責任なものでしかない」

「いや、そんなこと! あれは絶対盛り上がりますし、売り上げだって!」


 持ち上げすぎだ。


 外部から見れば俺は『ケモプロを作った男』なのだろう。


 けれどケモプロは俺のアイディアだけで作られたわけじゃない。従姉と考え、ずーみーにヒントをもらい、ミタカが不備を指摘し、ライムが手法を凝らし、ニャニアンが支えてくれた。今の成功は皆のおかげだ。


 断言してもいい。あの程度の指摘じゃ何の役にも立たない。


「……ダイリーグは、ケモプロを認めて、違う切り口で競争するライバルだと思っていた。認められたのは嬉しかったし、正々堂々と戦って勝つつもりだった。けれど」


 そう思っていたのは浮かれていた自分だけで、皆を不安にさせていただけ。

 シュウトだって、もう俺をライバルとは思っていない。


「正々堂々の意味をはき違えていた。俺がするべきことは手を差し伸べることじゃなかったんだ」


 みんなにも、シュウトにも、不誠実だった。


「もう言ってしまったことだし、うまく行くと思うのなら、そのまま使ってくれて構わない。俺の失敗だった。けど、カリストの責任は負えないし、負おうとも思わない。すまない。……シオミ」

「……人間関係の構築がヘタクソなんだ、お前は。……昔から」


 シオミは俺に立つように促す。


「さっさと行くぞ。ミタカなんて私より心配していたからな。改めて皆の前で決意表明しなおせ」

「わかった」

「ま、待ってください!」


 俺が立ち上がってシオミと共に出口へ向かうと、固まっていたシュウトが急に叫んだ。


「僕は、本気で──」

「シュウトが引き留めるべきなのは、俺じゃないだろう」


 出口に近づいて分かった。先ほどの騒ぎで心配したのだろう、何人ものスタッフが遠巻きに会議室の様子をうかがっていた。


「お互い説明する相手は別にいるはずだ」

「ぼ、僕は……ユウさんのことを尊敬していて、ケモプロが好きで!」

「そう言ってくれるなら」


 俺は最後にシュウトの顔を見る。シオミは何も言わなかった。


「いつか本当の意味で正々堂々と勝負できることを期待している。俺もそうなるよう、努力しよう」

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