消化試合のヒーロー(前)
10月13日。
フィールドを一望できるバックネット裏の席で俺は――
「やっぱりクラスでは男子の憧れの的だったりしたんでしょうか?」
――なぜかテレビのスタッフからインタビューを受けていた。
話は十数分前にさかのぼる。今回もエーコは球団内部情報を活用して事前にバックネット裏の席を押さえていてくれた。俺とカナの父、母、そしてニシンの父親は余裕をもって電車に乗って球場に到着し――座席を確認したところで、テレビクルーと鉢合わせしたのだ。
すぐにエーコが駆けつけて諸々対応してもらったが、球団としても今回の話を断るのは難しいとのこと。家族としてのコメントを出すぐらいであれば……ということで全員が承諾し、インタビューが始まる。カナの両親からコメントを引き出したところで――女性アナウンサーの矛先が俺に向いた。
「ところでこちらがオオムラ選手のお父様、お母様。それからニイミちゃんのお父様。あなたは?」
「俺ですか」
そういえば名乗ってなかった。家族にインタビューということで黙ってたんだが。
「俺はカナのおさ」
「学生時代の友達だよな~! 娘の同級生なんすよコイツ!」
ガシッと。ニシンの父親に肩を組まれる。
「なるほど。学生時代のご友人なんですね。……同級生? 女子高じゃないんですか?」
「棚田高校は共学です。男女比が偏っていますが」
創立以来ずっと共学だ。なんであんなに偏ったんだか。
「そうだったんですね。よければ学生時代の大村選手のことを教えてください! やっぱりクラスでは男子の憧れの的だったりしたんでしょうか?」
「いや、クラスは違ったので、よくわからないですね」
「そ、そうなんですか。でも、そう、とにかく男子の間で話題になったり?」
「さあ……男子の友達がいなかったので」
同じクラスに男子がいないわけではなかったが、接点はほとんどなかったな。特にKeMPBを始めてからは俺も学校を休みがちだったし。……ついでに言うと見栄を張ったが、女子の友達もいない。
「えぇ……じゃ、じゃあ、君はオオムラ選手のことどう思ってるのかな?」
「カナは大切なお」
「家族みたいなもんだよな~! 家族ぐるみの付き合いって感じ?」
「――そんな感じです」
アナウンサーの顔が引きつっている。……何か使えるコメントが必要なのだろう。
「……今日は精一杯応援したいと思います」
「……はい」
ため息と共に、アナウンサーは引き下がってカメラに向き直る。
「以上! ご家族のお話でした! オオムラ選手の出番はこの後すぐ! お楽しみに!」
◇ ◇ ◇
「ご協力いただきありがとうございました」
テレビクルーが去っていくと、エーコがこちらに頭を下げてくる。
「いやいや、構いませんよ。いつも娘がお世話になっていますので、まあこれぐらいならね」
「おっ、そんなこと言っちゃってカナパパ、密着取材の依頼を受けたときはご機嫌ナナメだったってママたちから聞いたけど?」
「む……うむ」
カナの父親は咳払いをする。後ろでカナの母親はクスクス笑っていた。
「娘の今は、娘が選んで勝ち取ったものだからね。親の出番なんてもう出る幕はないだろう? あれはそういう理由で断ったんだ。……相手の態度が悪かったから、だけじゃあない」
「あっはっは、言えてる。うちの娘も何も相談なしに就職決めちゃったしな~! ま、楽でいいけど。それよりさ~、ユウくん! キミ、あんまりマスコミを喜ばせるような発言はやめとこうな~?」
「しかし相手も仕事だし、ある程度の使えるコメントは」
「はっはっは、朴念仁か~。やれやれ、娘も苦労するなあ」
「まったくですな」
「……申し訳ない」
俺が謝ると、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「ああ、ツヅラさんにお礼が遅れましたな。今日は席を都合いただいてありがとうございます」
「いえいえ、娘さんの晴れ舞台ですし……席代は娘さんたちが出していますので、お気遣いなく」
「そうだったのか。それなら俺の席の分は自分で」
「君はありがたくおごられておきなさい」
稼ぎが少ないとはいえそれは情けないような気もする。……おごられてありがたい状況は確かなんだが。
「堅苦しいこと考えずに、試合を楽しんで、二人を応援してね」
「……わかった」
「それでは、私はここで失礼します」
そう言ってエーコは去っていく。
「娘が助けられているのがよく分かる。彼女にマネージャーになってもらって正解だったよ。さて、ユウ君、腹ごしらえの準備をしよう。何を食べようか? うまいピザの店があるらしいんだが……まあ、いろいろ見て回ろうか」
「わかりました。……ああ、それと、後で少し相談があるんですが」
「ふむ? 遠慮することはない。いつでも話したまえ。とりあえず今は飯だな。長くなるから混まないうちに準備せんと」
「俺、メロンパン買いにいっていっかな? あれウマそうだったよな~。カナママさんもどう?」
「クリーム挟んであったアレかしら? いいわね!」
試合開始は17時30分から。試合は夕食の時間と重なる。食糧確保は重要だろう。
……それがきちんと喉を通るかどうかはまた別として。
◇ ◇ ◇
/ニュース番組のスポーツコーナーにて 2018年10月13日放送
「順位の確定したパ・リーグは早くもペナントレースが消化試合に入っています。消化試合ではこれまで出場機会のなかった選手が出てくることがあるのですが、今日はなんと約7ヶ月ぶりに出場する選手がいます。史上2人目の女子プロ野球選手、オオムラカナ選手です」
(オープン戦でバッターボックスに立つカナの写真)
「オオムラ選手は3月のオープン戦に代打で出場。しかし先輩のタイガ選手に打ち取られ凡退。それ以来二軍で経験を積んでいました。7ヶ月ぶりとなる一軍での試合。番組はオオムラ選手に意気込みを聞きました」
(VTRに切り替わる。球場のフェンスを背に答えるカナ)
『とても大きなチャンスをもらえたと思っています。(カット)とても名誉なことだと。(カット)プレッシャーもありますが、ベストを尽くしたいと思います。応援、よろしくお願いします』
(先発は天間選手ですが? というテロップ)
『(カット)ペナントの順位は確定してしまいましたが、次の試合には天間選手の10勝がかかっています。勝ち星を上げられるよう、チームメイトとしてしっかりがんばります』
(VTRからスタジオに戻る)
「オオムラ選手のコメントでした。2人のルーキーの挑戦に注目したいですね。それでは次の……――」
◇ ◇ ◇
指定の席に座って、ラジオアプリを起動して片耳にイヤホンを挿し込む。球場の喧騒が半減して、変わりにアナウンサーの声が聞こえてきた。
『ご覧ください。レギュラーシーズンも終盤、すでに順位も確定した状況で、球場は超満員の熱気に包まれています! やはりその要因は2人の選手でしょう。ドラフト1位、今年のパ・リーグ新人王最有力候補、テンマダイチ選手! プロ入り後即ローテーション入りし、今年度の成績は9勝5敗。高卒新人での10勝という大記録にあと1つ。勝ち星がつくかどうか、ファンは注目しています。そしてもう1人は、育成ドラフト13位、史上2人目の女子プロ野球選手、オオムラカナ選手! 7ヶ月ぶりの1軍、公式戦は初出場です! この2人を見ようと集まった観客、外野席はもはや歩く隙間もありません。果たしてこの試合どうなるのか。解説は野球評論家のマルオカさんです。マルオカさん、いかがでしょうか?』
『非常に興奮しています。実は私、オオムラ選手がオープン戦に出場した時も解説をさせていただいているんです。非常に縁を感じますね』
『おおっ、そうなんですか』
『オオムラ選手はオープン戦にこそ1試合だけ出場しましたが、これまで二軍で活躍してきました。今年度の成績ですが、まさにね、「二軍の女帝」が皮肉にならないですよ。二軍での首位打者、最多本塁打、最多打点、最高出塁率――これ、今年おそらくどれかひとつ、いやもしかしたら全部獲りますよ』
『それは、いわゆる三冠、いや四冠王ということに!? すごいじゃないですか! なぜ話題にならないのでしょう?』
『熱心なファンでもなければ、日本では二軍は注目しませんからねえ。それに二軍は公式記録ではなく参考記録ですから』
トップリーグをやっているときに二軍の成績なんて報道している暇はない、ということもあるだろうな。実際、ケモプロでも二軍はほとんど話題にならないし。
『あとはやはり、一軍と二軍の間にある大きな壁です。二軍で通用したからといって、一軍で通用するとは限りませんからね』
『なるほど。そういう意味では、オオムラ選手にとって今日の試合は試金石といったところでしょうか。本日は六番、指名打者でのスタメン出場になりますが』
『球団も試したいんだと思いますよ。オオムラ選手の一軍起用は、興行的にも難しいですからねえ』
『というと?』
『実は二軍の観客数は、この一年大きく増えています。一部球場はいまだに全席入場無料ですが、きちんと席を販売できる球場もあり、つまり収入につながっているんですね。ただ、オオムラ選手が出場しない試合は平年並みです。オオムラ選手が一軍に昇格すると言うことは、二軍の観客数減に繋がるだろうと言われています』
『なるほど、それは悩ましいですね』
『しかしこれまで指名打者を任されていたトム・フリーマンが怪我で帰国してしまいましたし、今年の球団は低迷してクライマックスシリーズには出れず。来年度の飛躍に繋がる強打者はぜひ欲しいわけです。私は、球団はオオムラ選手に大いに期待しているのだと思いますよ』
そういえば最近、三振して怒ってバットをへし折ろうとして失敗して怪我した外国人選手がいたとか、そういう話題があった気がする。……名前は覚えてないし、まあそんな間抜けな理由では帰国しないだろう。
『先発のテンマ選手についてはいかがでしょうか?』
『いや文句なしの新人王ですよ。勝ち星を逃した理由の大半も、降板後の逆転ですからね。本当に高卒新人なのかという完成度のピッチングです。打席数は少ないですが、打撃も悪くない。守備も本職に負けていません。いや、さすがはニューヒーローですよ。まだ19歳、末恐ろしい才能です。今日勝てば10勝、ぜひ成し遂げてもらいたいです』
『果たしてニューヒーロー・テンマ選手は勝ち星を上げることができるのか! 注目の一戦、まもなく試合開始です!』
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