ドラフト後の報告会

 2018年9月10日。


 日付が切り替わってからバーチャル空間にログインすると、すでにメンバーは全員揃っていた。


「すまない、待たせたな」

「オ、ダイヒョー! 待ってマシタ!」

「言うほど遅く……ゲッ、0時回ってんのかよ」

「いやー、ニュース追いかけてると時間を忘れるッスね!」


 空間には記事や動画のウィンドウが所狭しと浮かんでいる。どれもケモプロの今日――もう昨日か。とにかく、発表会の内容に対する反応の数々だ。


「会場ではそれなりに手ごたえは感じたが……どうだろうか?」

「上々だぜ。ごく一部に日本で12球団やれよ、っつー意見はあるが、他は特にねェな。一気に色々出したからニュースサイトもまとめきれてねェ感じだ」

「バーササンにJK説が出てたんデスケド、今実年齢が知れ渡って混乱されてマスネ」

「とにかく盛り上がってるッスよ。それにテレビにも出たし! ほらほら、これ!」


 ずーみーがウィンドウを持ってきて動画を再生する。ニュース番組の1コーナー。


『2019年。ケモノプロ野球は、アメリカで新リーグを発足します』


 冒頭で流れたのは俺の発表の様子だった。『ケモノプロ野球とは?』とテロップが入り、ごく短くゲーム画面と共に内容の紹介が入り、NPBの広報担当者の話に移る。こういったゲームとの取り組みから新たな層を野球に引き込みたい、というコメントで終わり、最後にアナウンサーが少し感想を述べて終わりだ。2分もない。……ずっとカメラ回していたのに、テレビのスタッフも大変だな。


「ついに先輩も地上波デビューッスね!」

「5秒映っただけでデビューでいいのか?」


 NPBの担当者が映っていた時間の方がずっと長い。


「ムフ。それでもテレビに出たことは重要だよ。それをステータスに感じる人は多いからね!」

「今時はネット配信があっから、そーゆー感覚は薄くなってる気がすッけどな」

「デスネ。それにケモプロはネットで見るものデスカラ。テレビ見てる人に宣伝シテモ?」

「知名度はあって損することはないよ! 取材依頼だってバンバンきてるんだからね!」

「……やっぱり合同インタビューにできないかな?」

「一度こちらの都合でキャンセルした以上、難しいでしょうね。取材する側としては、特ダネを引き出したいわけですし」

「それが仕事だものな。……わかった。うまくスケジュールを組んでくれ」

「お任せください」


 シオミの手腕に期待させてもらおう。


「とにかく、盛り上がってくれたならまずは一安心だ」


 ホッと息を吐く。


「なにせ……相当無茶をしたからな」

「まったくだぜ」

「ほんとデスヨ」


 ミタカとニャニアンがいち早く声を上げる。


「アマチュアリーグの拡大? 幼少期からの育成? 1シーズン終われば後は開発することが減るなんて言ってた自分を殴りたいね。ケモプロのAIはいわゆるSF的な『人工知能』じゃねェんだ、シチュエーションが増えればそれに対するロジックは組まなきゃならねェんだぞ」

「サーバーも倍どころじゃないデスヨ? 誰がセットアップすると思ってるデスカ? ある程度の対応はデータセンターの会社だから任せられテモ、クリティカルな案件だと現地に行かないとカモダシ……」

「負担をかけているのはすまないと思う」


 アマチュアリーグを拡大するということは、同時に動かすAIが増えるということで、その受け皿となるサーバーの増設が必要だ。ひとまず目指すところの高校、大学リーグは、時間を調節はするがそもそもの母数が多いので、プロリーグと同等の規模が必要になる。

 ――すでに機器の購入は進めているので、会社の資金はごっそり減った。全てが上手くいけば大丈夫なんだが……発表後に値上げした広告費でも申し込みが増えているから、なんとかなると思いたい。


「しかし、アマチュアの拡大は必要なことだ。見世物としては需要が低いだろう。だが、やらないといけない。今はいい。今はプロと新人の活動時間の差は1年しかない。0年と1年だから、すぐに追いついて戦力になれるだろう。しかし例えば10年後、活動時間10年のプロと0年の新人が同じチームに入ったとして……新人が活躍できるとは思えない」

「まァ、今の時点でもけっこー厳しいかんな」


 獣子園は一定の盛り上がりをみせたとはいえ、外部からも「へたくそ」だと指摘されていた。そこでどの程度プロと開きがあるのかをミタカがテストサーバーで試合させて確認したのだが、新人たちはボッコボコにされてしまったのだ。


「納得はしてるが、まァ愚痴ぐらい聞けやって話だ」

「そーデス、そーデス! ダイヒョーは愚痴を聞かされるベキデス! なんデスカ、北海道、北見市ッテ!」


 サーバー台数が増えるということは、サーバーを設置する場所が必要になるということだ。

 今のデータセンターにも追加の6球団分のスペースは確保していたのだが、高校、大学リーグをやるとなるともう足りない。なるべくなら同一のデータセンター、同一のフロアで場所を確保したい――となっても、都内で探すのは困難だった。

 ユキミが電脳カウンターズを売却する企業としてオニオンインターネットを引っ張ってきてくれたのは、ちょうど新たなデータセンターを探していた時だった。十分な広さのスペースが確保でき、さらに向こうのエンジニアも手伝ってくれるということで、今のデータセンターから引っ越すことが決まったのだ。


「最初の移設は立ち会わないといけナイシ、ソモソモチャリティーとか入れるから日程もシビアダシ?」

「そこはすまないと思っている」

「ゴメンね、ニャニアンちゃん。でもチャリティーは必要だと思うんだよね!」

「マ、イーデスケドネ……。今のデータセンター、2年後にはなくなるノデ、いずれ移設しないとデシタシ」

「えっ……なくなるのか?」

「古くて狭いヤツデスカラネー。別の土地に建て替えするんデスヨ。マーデモ、引越し割引もらってもソコはお高めだったので、そのまま移設するのはちょっとなーとは思ってマシタ」


 そうなるとますます、オニオンインターネットの参加はありがたいな。元々も安いのだが、さらに身内価格にしてもらえたし、スペースの便宜は図ってもらえるし。


「ブライトホストに送るサーバセットもこっちで作って送ってだし……忙しかったしまだまだ忙しいデスヨ。……いいんデスケドネ? 分かってマスヨ? デモ、言ってやりたいンデスヨ! ほら、ずーみーサンも言ってやりマショー!」

「じ、自分ッスか? そ、そッスねー……トリケモはこの夏用意してましたけど、来年ぐらいかと思ってたんで、この時点で動かし始めるのはなかなかしんどかったッスね」


 まさちーというアシスタントを得て浮いた時間で、ずーみーは『獣野球伝 ダイトラ』の書籍化作業だけでなく、鳥型のケモノ選手をケモプロに入れるための作業をしていた。


「アメリカでリーグを始めるにあたって、どうしてもひと目で分かるインパクトが欲しかったんだ」

「いや、分かるッス。分かるんスけど、もうちょっとクォリティと数を用意したかったかなって。……あと、本当によかったんスかね? トリケモをアメリカ専用にしなくて」

「今後のことを考えれば、専用はよくないからな」


 もしも3つ目の国がケモプロ参戦に名乗りを上げたら、その国専用の種族を用意するのか? という問題がある。まだ爬虫類、魚類というアイディアは残ってはいるが、では5カ国目はどうするのかということになるし、いずれ候補は尽きる。

 それに国が違うからといって種族を分けるのもよくないだろう。そういう対立に繋がるような要素は必要ない。新規に始めるアメリカを盛り上げる特色として、鳥系が多いぞ、というレベルで十分だ。日本のアマチュアリーグからのドラフトで鳥類が出てくるのは2年後になるので、しばらくはその特色も続くはずだ。


「そッスね……うん、喧嘩の種はないほうがいいッスね。えっと、うん、それぐらいッスよ。自分はアンディさんもダレルさんも手伝ってくれてるので……英語のやりとりが難しいんスけど、そこはアスカ先輩やライムちゃんに助けてもらってなんとか」

「二人ともクセが強ェからめんどくせェけどな。アンディはいちいちずーみーを褒める話が長ェし。ダレルの方はまァ要求はまともなんだが細けェっつか……ま、助けになってるならいーけどよ」

「いや二人ともすごいッスよ。アンディさんも経歴よく見たらいろんな3Dアニメの映画に参加してますし、ケモノへの理解も深いんで。たまに『いいのかなー自分が指示して』とか思うぐらい」

「ケモプロのメインデザイナーはずーみーだ。それはずっと変わらない」


 指示を出すのに慣れないかもしれないが、そこは自信をもってやって欲しいところだ。


「よし、んじゃ次、ツグ行け」

「えっ? えっと」


 オオアリクイアバターの従姉は威嚇のポーズで固まった後。


「……や、やることたくさんあって、楽しい……よ?」

「オマエな……」

「えっ、アスカちゃんはその、楽しくない……?」

「いやそらその、別に楽しくねェなんて言ってねェだろ」

「オ? アスカサンの貴重なデレシーン?」

「オマエ最近調子乗ってんなシメんぞ。……あと、ツグは体調管理きっちりな」

「うッ。……うん」


 アメリカ料理漬けの一ヶ月は、引きこもりにはだいぶ効いたようだった。日本に帰ってからはかなり食事に気を使ってはいるんだが……やっぱり食事をどうこうするだけでは限界が――


「そ、それで同志、次は契約更改だね!」

「ん? ああ、そうだな。コミュニケーションシステムを活用する初めてのイベントになる」


 以前からケモノ選手たちとコミュニケーションをとりたい、という声はユーザーから上がっていた。これまではケモノ選手たちを間近にしても何もできなかった。いちおう試合中は観客に対して反応するのだが、それは大勢に対してのコミュニケーションで、1対1のものではない。ケモプロタワーバトルでの対戦は1対1だが、間接的なコミュニケーションというところだ。


「まァ元々はヒーローインタビュー用のシステムだがな」


 ヒーローインタビューがないこともかなり不満をもたれていた。そこで特定の場面をユーザー投票で指定して、その場面についての感想を聞くというシステムを準備していたのだが、もし投票という仕組みがなければ1対1のコミュニケーションになる。

 それを利用してオーナーから選手に面接するという、契約更改システムを作ったわけだ。


「これもっとケモ選手と話したいッスねえ……」

「ユーザーに解放はぜってェしねェからな。AIの教育に悪い」


 ミタカ曰く、『ゲームを操作するプレイヤーほど人間らしくないものはない』らしい。人間の人間らしくない動きをAIが学習しないように、コミュニケーションをとる場面、とれるアクションを限定したとのことだ。


「しかし、契約更改の様子が見世物として成立しますでしょうか? 未だによく分からないのですが」

「現実だって交渉してきた選手に年俸を聞くためだけに記者が押しかけてんだぜ。他人事だからこそ面白ェんじゃねェか? ケモプロは中身も見せんだからまァ盛り上がんだろ」

「そういえば、あれって年俸って出てくるのはなんでなんスか? ていうか金額あってるんスかね?」

「ん~、だいたいあってるらしいよ? 球団は非公開にしてるけど、選手だっていろいろ思うところあって記者に言っちゃうんじゃない?」


 不満があれば不当な評価だと世間に言いたくもなるだろう。

 ケモノ選手だって同じだ。


「リストを見たが、電脳カウンターズの選手からの申し立てが多いな、やはり」

「AIに対して金額は全部公開してっからな。自分ところの財布事情は知ってても、やっぱ他所と比べりゃ文句は出るだろ」

「お金持ちのとこでも不満はあるのが不思議ッスね。東京の赤豪原せきごうはらガルはこんだけもらえるのに何が不満なんスかね?」

「さァな。その辺は本人に当日語ってもらおうぜ」

「楽しみだ」


 初めての試みなので不安もあるが、盛り上げていきたい。


「楽しみといえばさ!」


 ひょこりとライムが割り込んでくる。


「お兄さん、忘れてないよね? ビッグイベント!」

「……契約更改の前にか?」

「何かありましたっけ?」

「もう! ずーみーちゃんが忘れちゃダメだよ!」


 ライムはアバターの頬を膨らませた後、にんまりと――ゆっくりと雲のような笑顔に変形させた。


「楽しみだよね! ――サイン会!」

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