永久の一葉

 2018年9月9日。ケモノプロ野球ドラフト会議兼発表会当日。


「――……以上でアップデートと今後の予定について、私からの発表を終わります」


 俺がそう言うと、手を動かしていた記者たちはホッと息を吐いた。かなり長い発表になってしまったから、だいぶ疲れているようだ。申し訳ないな……。


「は~い! それでは最後に!」


 ……申し訳ないなあ。


「電脳カウンターズ球団代表、ユキミさん。青森ダークナイトメア代表、ダークナイトメア仮面から二点、発表がありま~す! お二人とも、どうぞ~!」


 俺からは終わるけど、まだあるんだよな。


「どーも。皆さんお疲れのところ悪いね」


 壇上に上がって、キタミからマイクを受け取ったユキミはニヤッと笑う。


「ま、すぐ済むからさ。僕からの発表は――日刊オールドウォッチは電脳カウンターズの運営から手を引きます、ってことだ」


 会場が静まり返る。


「まあ、予想していた人も多いんじゃないかな? なにせカウンターズがいちばんの貧乏球団だってバラしちゃったからねえ。ドラフトもうちだけ獲得人数6人だし」


 ケモプロの球団は今後選手に契約金を払うことになる。その原資は球団が販売するケモプロ関連商品の売上からだ。ケモプロはゲームなので選手に支払うお金は何もないところから生み出すこともできる。だが、それはしない。選手のモチベーションに関わる――球団や選手の個性に関わることだからだ。ケモプロを通じて儲けたところがより大きな財布を持ち、選手へと還元していくのは当然のことだろう。


「ま、ケモプロさんは良心価格なんでね。契約を続けることもできるし、ウチにあわせてケモプロ内通貨の基準も決めてもらったんで、維持はできるけど。それでも他の球団と差が開きすぎだと思ってね。貧乏球団のままじゃ選手もかわいそうだろ?」


 実のところ日刊オールドウォッチ本体は業績が上がったそうだ。Webメディアとしてのアクセス数は倍増どころではないらしい。アクセスが増えれば広告収入も増える。……ただし、ケモプロを経由していないのでその分の売上はルール上、ケモプロ内に反映されない。ケモプロを通じて売られる有料メルマガや、多少のキャラクターグッズは売上がよくなかった。

 日刊オールドウォッチの収益の一部をケモプロに反映する案も出たが、それを言うなら他の球団もケモプロと関わらないところの収益がある。線引きが難しく、結局当初定めたルールどおりに進めることとなった。


「そういうわけで、もっと財布の大きな会社に引き継いでもらうことにしたんだ。株式会社オニオンインターネットのカジヤマさん、こっちへ」


 関係者席から一人の男性が立ち上がり、トコトコと壇上に上がる。まるまるとはちきれそうな腹を揺らしながら、ユキミの隣に立った。


「こちらがオニオンインターネットの代表取締役のカジヤマさん。知ってる人もいると思うけど、北海道でデータセンター事業とかプロバイダー事業をやっているところだ。おっと、じゃあ球団名に北海道がつくようになるかって? そこんところどう? カジヤマさん」

「あ、えー、えっと」


 ボーリングのピンみたいなおじさん──カジヤマはキタミからマイクを受け取り、それをもじもじと動かしてから咳払いした。


「どうも、オニオンのカジヤマです。まあその、うちは北海道の北見市に本社があるんですけど、本業はインターネットなので……電脳カウンターズの球団名は、そのままでやらせてもらいます。これまで見てきて、愛着もあるので、はい」

「だってさ。ま、北海道にはプロ野球球団もあるしね」

「はは、まあ、ええ。あ、でも、その、北見つながりで、キタミさんが応援してくれるなら、北見カウンターズに……」

「う~ん、考えちゃう。けど浮気はよくない! ので、タミタミは変わらずダークナイトメアを応援してますっ」


 マイクを外して「今のところは」とか呟いている。……キタミ、ダークナイトメアのドラフト指名のたびに顔引きつらせてたもんな。


「え、ああ、うん……はは、冗談です。はい」

「そうそう、地震の影響はどうなんだい? というか、よく来れたね?」

「え、いや、まあ、東京に支社があるんで、自分は当時そこにいました。現地はちょっとまだ電気来てないんですけど、自家発電装置を動かす燃料は十分にあるんで、ええ、データセンターは大丈夫です」

「なるほど。さすがオニオンさん。備えは万全といったところかな? それでどうだい、今日の発表は」

「えっと、そうですね、ビーストリーグの発表は知らなかったので驚きました。うちも、データセンターをやっているので、ケモプロさんと協業していくんですが、はい」

「はっはっは。いい買い物だったろ? 僕も早く知ってればもっと高く売り渡したのにねえ?」


 ユキミに――というかケモノリーグのオーナーたちに話を伝えた時点で、すでに球団の譲渡の話はまとまっていたんだよな。


「ま、ちょっとてこずってる電脳県……あ、覚えてないだろうけど、エイプリルフールに電脳県を作るって話をしたんだよね。まあウソにしちゃってもいいけど、他の球団が本当にやった中でうちだけウソでしたってのもお寒いしさ。電脳県を作るプロジェクトは、オニオンさんに引き継いでもらうから」

「ええ、はい、うちの若いのに好きなのがいるんで……近いうちに」

「だってさ。期待しておいてよ。ま、今年は貧乏球団だけど、オニオンさんは色々売り物があるしね?」

「まあ、はい。クラウドサーバーとか、レンタルブログとか、ドメインとか、まあ、ケモプロさんから特別価格で買えるように」

「そんなわけで、来年は金満球団になれるよう、応援をよろしく。ああ、球団を売り渡しはしたけど、ケモプロさんの記事はアクセス数がいいのでね。記事は継続して書いていくよ。いやあ、オーナーじゃなくなったから今まで書けなかったことも書けちゃうなあ」


 ニヤリとユキミが笑う。……なんだろう。うちに対しても普通にズバズバした記事を書いてた気がするが……あれで手加減していたということかな。


「カジヤマさん、他に何かある?」

「ええ、あー、ないですね」

「というわけで、マイクをお返しするよ」

「はい。電脳カウンターズからの発表でした! ありがとうございました! さ~、続いては? 台本でも内容が伏せられていて、タミタミは緊張しています! 青森ダークナイトメアからの発表でーす!」


 さ……ダークナイトメア仮面がマイクを取り――ボフッと仮面に当てて騒音を出した。


「失礼。あーあー」


 マイクを確認して――ダークナイトメア仮面は首の後ろに手をやる。


「ハッハッハッ! 今日の重大発表を締めくくるのは我がダークナイトメアだ! この会の締めくくりにふさわしい、特大情報をお見舞いしてさしあげよう!」


 後ろに手をやる。


「ック……む……。っと、ハッハッハ! ええと、そう! タミタミくんもきっと満足いただけるだろう! 2019年リーグのダークナイトメアは違うということを……ック、この……」


 ……手がつりそうだな。大丈夫か……?


「……ッ、ここかッ、よしッ。ハッハッハ! 2019年! 青森ダークナイトメアは進化を遂げるッ!」


 パチッ、と留め金を外す音がし、仮面の内側から漆黒のマントが落ちてくる。それをバサリとはためかせて――ダークナイトメア仮面は床に這いつくばった。


「どこだ? どこだ? クッ、見えん……あ、あった! よしッ」


 何か探し出して、立ち上がる。その手で掲げられたのは――漆黒のリンゴ。


「漆黒のリンゴは新たなステージへ! 新品種と共に、ダークナイトメアは生まれ変わるッ!」


 バサッ、とマントをひるがえすと、壇上のスライドが変わる。



「その名も――ダークナイトメア・オメガ! 今この瞬間より、青森ダークナイトメアは新品種の登録完了を祝い、球団名を青森ダークナイトメア・オメガとするッ!」




「ハイ本日は皆様ありがとうございました発表会はこれにて終了となります忘れ物のないようお気をつけてお帰りください代表へのインタビューをご希望の方は合同になりますが部屋を用意してありますので受付までお申し込みください三十分後に開始いたします」

「タミタミくん!?」


 ◇ ◇ ◇


「ユウさん、お疲れ様でした」


 一気に人の少なくなる会場で、流れに逆らってやってきたのは着物の女性――ヒナタだった。俺は壇から降りて同じ床に立つ。


「とてもいい発表会でした。内容は先に知っていましたけど、それでもワクワクしましたよ」

「ありがとう。楽しんでもらえたならよかった。そちらも長い間座っていて疲れただろう」

「いえいえ。立ちっぱなしのユウさんのほうがお疲れでは?」

「歩いたり演台に手をついたりしたし、それほどじゃないな」


 足を動かさず立っていろ、という話だったら無理だった。体を動かせるならこれぐらいの時間は問題ないな。


「頼もしいです。ところで、この後の懇親会には参加されるんですか? インタビューがあるとか……」

「遅くなるが、なんとか顔を出すつもりだ」


 今年は発表会の時間を長く取ったから、インタビューの時間と懇親会の時間を分けられなかった。


「最初から参加できないのは申し訳ないが……」

「いえいえ、お仕事ですから。でも、必ず来てくださいね。シェフに張り切って料理を用意してもらいましたから。なんて、フフ、いつもは板長が……って言うところなんですけど」

「会場の手配も助かっている」


 去年に引き続き会場はホットフットイングループのホテルだ。照明の操作なんかもスタッフにやってもらって、ずいぶん助かっている。


「そういえばユウさんは好物とかありますか?」

「食べ物のか?」


 うーん。アメリカから帰ってきたときはとにかく米が食べたかったが。食べたら満足したしな。


「そうだな……」

「ほらっ、ユキミさんとかすごく食べるじゃないですか。好きなものがあったら取っておいてあげようかなと――」

「すいません、オオトリさん」


 ずい、と。


 何か早口で喋り始めたヒナタの前に、セクはらのウガタが割り込んできた。


「ついてきていただきたいんですが。今すぐに」

「構わないが――インタビューの時間までには戻れるだろうか?」

「キャンセルしてもらえますか」


 強く。有無を言わさぬ様子で、ウガタは言った。


「向かう先は──病院です」



 ◇ ◇ ◇



 高坂孝雄様、と書かれたネームプレートを前に、俺は足を止めていた。


 病室の扉を開けようとして、2年前のことを思い出す。従姉と出会うほんの数日前。あの時扉の先にあったものが脳裏に浮かんで、手が動かない。あれは――


「やだも~! あはははは!」

「かなわんな~! がっはっは!」


 ……扉を貫通してきた笑い声に何もかもが吹き飛んで、俺は勢いよく扉を開けていた。


「おっ。社長さん、久しぶりですな!」

「やっほ、お兄さん! 元気ぃ?」

「……なんで、ライムがここにいるんだ?」

「ムフ。今日帰国したからだよ?」


 スーツケースにまたがって、ライムは雲のように笑う。


「そしたらチャットで、お兄さんがタカサカおじさんの入院してる病院に行くって書いてたから、らいむ心配して先回りしちゃった」

「いやあ、大したことはないんですがな。オガタのやつが大げさに言ったようで」

「大げさだと思ってるのは部長だけですよ」


 ウガタがげんなりした顔で病室に入ってくる。


「鏡でも見たらどうです?」

「スラッとしたやろ?」


 ベッドに横たわっているタカサカは、かつて腹回りにたっぷり抱えていた肉を失っていた。病院着が膨れずにいるのが嘘みたいな気がする。


「手術した、と聞いたが」

「数日前の話ですわ。もちろん、この通りピンピンしとりますぞ!」


 タカサカは点滴をしてない方の腕でポーズを作って笑い――俺とウガタの顔を見てバツの悪い顔で頭をかいた。


「なんや、成功したのにそんな辛気臭い顔して」

「心配したんですよ。ねえ、オオトリさん」

「すぐにこの目で確認するべきだと思った」


 記者たちからのインタビューはキャンセルし、懇親会には欠席することにして、ウガタと一緒に会場を出てタクシーに乗って。


「道中で話は聞いたが……それでも来てよかったと思ってる」

「ほら、オオトリさんもこう言っているでしょう。だいたいしばらく出社しないと思ったら、会社に内緒にして手術を受けるって……」

「見舞いとか来られてもめんどうだし」

「僕にぐらい教えてくれてもいいじゃないですか? どれだけ大変だったか!」

「こう、急にやせて出社したら皆驚くかなーと思わんか?」

「思いませんよ! 奥さんから『夫が死にそうで』とか連絡受けた気持ちが分かりますか!?」

「あのドラフトの結果見たら死にたくもなるやろ! なんや、人がせっかく来シーズンもがんばろ思ってドラフト託して手術受けてみれば、外れ外れ一位て! どんだけクジ運ないんや!? そりゃ家内も、絶望するわしを見て心配もするわ!」

「だいたい部長の指示書どおりでしょう!? それにクジ運って言われても――」


 ぎゃあぎゃあとやりだす二人に手を出せないでいると、そっとライムに袖を引かれた。二人で病室を出て休憩室へ行く。


「……ま、元気そうでよかったよね」


 小さな机に向かって腰を下ろして、ライムはぐったりと体を伏せて言った。


「お兄さんは、ウガタさんからどこまで聞いてる?」

「何かの病気で、手術をしたと。手術は成功したがあまりに元気がない様子に心配した奥さんが連絡してきた、ということぐらいだな。ライムは?」

「来たときちょうど、タカサカおじさんの奥さんと主治医さんがいたから、もうちょっと聞いたよ。まあ、早く気づけたほうだって。検診をサボッてなければもっと簡単だった、って怒られてたけど」

「手術も成功して治ったんなら、もう大丈夫なんだろう」

「完治はしてないよ」

「……治ってないのか?」

「切って取っただけ。これから化学療法も続けないといけないし、5年以上再発しなくてようやくカンカイしたことになるんだよ。いわゆる5年生存率ってやつだね。タカサカおじさんの場合は――」


 ライムの挙げた数字は、命をかけるには不安を捨てきれないものだった。


「……あの様子だととてもそうとは見えなかった」

「ま、それでいいと思うよ。タカサカおじさんもそう思って欲しいから、そうしてるわけだし」


 確かに会うたび心配されてたら気分もよくないだろうな。


「あー、さすがに疲れちゃった。もー、タカサカおじさんたら、驚かせてくれるんだから。この間会ったとき、ちょっと痩せたかな~とは思ったけどさー」

「俺はライムがここにいることにも驚いているんだが。……パスポートの期限は8月末で切れるんじゃなかったか?」

「ムフ。そうだよ」


 ライムはパスポートを取り出す。


「こっちのパスポートの期限はね」


 ワシの絵のパスポートを開くと、期限は今年の8月末まで。


「でもこっちのパスポートは――日本で発行したやつは9月末まであるのでした! イェーイ、トリック大成功!」


 菊の絵のパスポートは確かに期限内だった。……そういえばこっちは確認してなかったな。


「なんで期限に開きがあるんだ?」

「日米で同時にパスポート発行しないといけない理由もないし?」


 それもそうか。


「ま、もうちょっと向こうで仕事しててもよかったんだけどさ。こっちはこっちで忙しくなりそうだし、それに――お兄さんを寂しがらせてもいけないなって思って」

「助かる」


 今日の合同インタビューをなしにしてしまったから、結局個別にインタビューを受けて回らないといけなくなりそうだし。すでに取材の申し込みメールもバンバンきているからな……。


「ビーストリーグの発表はしたが……まだまだ気は抜けない」


 景気のいい話を並べはしたが、結構無茶もしている。

 ケモプロが何十年と続くかどうかは、いまだ分からない。


「……まずは今シーズンを完遂しよう。タカサカもそのために手術を受けたんだからな」

「そうだね! なんだかんだ言ってこういう時、心の支えって必要だよ。スポーツで人に希望を与える……それってさ、なんか、すっごく――『らしい』って思わない?」

「心の支えか」


 ケモプロがそういう存在になれたのであれば。


「それなら、ずっと続けないといけないな。支え続けるためにも」

「お兄さんならできるって。なんたって、らいむがついてるんだからね!」


 そう言って、ライムは雲のように笑うのだった。

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