ノリのいい経営者たち

 2018年7月27日の深夜。日本にとっては昼過ぎの午後。


 アメリカと日本を繋ぎ、いつものとおりKeMPBのメンバーで行う報告会。


「――……ということで会議の結果、アメリカ側は現地法人で行く方向になった。KeMPBとライセンス契約をしてアメリカリーグを提供するという形だな。財布は別々だが、アメリカ側が成長すればこちらにもライセンス料として還ってくる……という。どうだろうか?」

「どうもなにも。一日で話が進みすぎだろ……」

「すごいッスね!」

「これをサプライズしようとしてたライムサンが怖いデスヨ」

「ムフ。結局はお兄さんから切り出されちゃったけどね!」


 悪びれずにライムが雲のように笑う。


「でもでも、いいアイディアでしょ? インパクトをもって覚えられる6球団になるよね?」

「日本と、アメリカという違いがあるからな。これ以上のインパクトはないだろう」

「そりゃそうだろーけどよ。……たく。とりあえずやれるかどーかで考えるか。んで、何を考えてる? 全部吐け」

「わかった。出てきたアイディアとして……――」


 会議に参加していなかった従姉も含めて、アメリカ版ケモプロでやりたいことを伝えていく。


「ハン。確かにそりゃやらない手はないな。だがそうなると……――」

「ブライトホスト、デスカ? ンー……マ、知り合いに評判聞いてみまショー」

「あ、じゃあアメリカ専用にするってどうスか!?」

「確かに売りになるが、アメリカだけというのは不自然だ。だから……――」


 話すことでアイディアは形になり、磨かれていく。


「う、うん。できる……よ?」

「まァ、やれないことはないわな」

「ラクショーデスヨ」

「いけるんじゃないッスか?」


 従姉たちが実現してくれる。


「んじゃまァ――やる、でいいんじゃねェか。アメリカリーグ」

「デスネ。アゲていきまショー!」

「わかった。本格的に詰めていく」


 アメリカでケモプロを提供する方法を。


「あ、ところで先輩。名前はどうなるんスか?」

「名前? 選手名なら――」

「あいやそっちじゃなくて。リーグの名前ッスよ。日本はケモノプロ野球リーグッスよね? アメリカのは?」

「ああ、それなんだが、実は意見が割れていてな」


 ちょうどいい。ここでもアイディアを募っておくか。


「ケモノプロ野球リーグは、正確にはサービス名だな。ゲーム名と言ったほうがいいか。だから今リーグ名はない。日本で2リーグ12球団になったら、その時改めてリーグ名をつけようと思っていた。では今回アメリカで発足するリーグはどうするか。日本は『ケモノプロ野球リーグ』をリーグ名としてしまうか? それとも、日本も新しいものを考えてるか? これはアメリカ側の社名とも関わる問題だ」

「こっちゃ、ケモノプロ野球機構の略称でKeMPBだな」

「社名の第一案としては、KeMPB of Americaという社名が出た。リーグ名ではKemono Japan LeagueとKemono America Leagueというのが出てきたな」

「ニンテンドーみたいッスね」

「オブアメリカ、は分かりやすいデスケド」

「無難っちゃ無難だが……無難以上じゃねェな」


 そういう意見はこちらでも出て、それだから決まらなかった。


「他にはどんなのが出たんだよ?」

「Animal Professional Baseball Leagueとか……」

「一覧にまとめましたので、こちらを」


 シオミがウィンドウにリストを表示してくれる。


「はー、いろいろ出たんスねぇ……」

「同志、このFurryってなに?」

「英語でいうところのケモノだそうだ。擬人化のほうの意味の」

「オタク以外には通じないけどね!」

「その点、日本語のケモノは便利ッスよねぇ。カタカナ表記にしただけですし」


 カタカナにするだけで擬人化要素が含まれるのは、便利なのか複雑なのか。


「Animal多目だけど、Beastもいくつかあるッスね」

「直訳して獣、野獣だな。ネイティブとしてはどうだ、ライム?」

「んー。Beauty and the Beastとか、The Boy and The Beastっていうのもあるし、擬人化されててもBeastだ、って感じはなくはないかな? 規格外にすごい、とかもBeastって言うし」

「『美女と野獣』は……確かに二足歩行だし擬人化だな。The Boy and The Beastというのはなんだ?」

「ムフ。『バケモノの子』だよ」

「細田監督の! あれもいいケモノッスよねえ! サマーウォーズもやっぱOZッスよね。ケモアバターたちのかわいさといったら! いやでもOZもよかったッスけど、やっぱ原点はデジモンッスよね。短編映画なんスけどやっぱりあれが――」

「止まれ止まれ、話が終わんねェだろ」

「あでもあれッスよ! Beastがいけるっていうなら!」


 ずーみーはワタワタと手を動かしてホワイトボードを虚空に出現させると、ペンを持って動かす。


「これをこうして、Bが体でSが尻尾で……あ、KeMPBと合わせるならeもつけて……」


 ロゴを描き上げる。一番目立っていなかった社名の略称、BLBに、eとSを足して。


「KeMPBに対して、BeSLB! べすえるびー、って、どーッスかね!?」



 ◇ ◇ ◇



「2019年。ケモノプロ野球はメジャーリーグの地、アメリカで新リーグを発足します」


 2018年9月9日。第二回ケモプロドラフト会議の後の発表会で、俺はBeSLBのロゴを背景に説明する。


「こちらのロゴ、BeSLBはアメリカの新リーグを運営する現地法人の社名になります。Beast League Baseballを略して、BeSLBです」


 シャッターを切る頻度が上がる。こちらを見る記者の雰囲気が変わる。メモを取る手が早くなり、どこかに連絡を入れるものも現れた。


「これに伴い、日本で開催するものをケモノリーグ、アメリカで開催するものをビーストリーグと呼ぶことになります。ケモノリーグ6球団に対し、ビーストリーグも6球団で興行を開始します。日本プロ野球では5月から6月にかけて交流戦が行われますが、ケモプロでも同様に、2020年シーズンより交流戦をスケジュールに組み込みます」


 交流戦が入ることで、試合数が現実と近くなってケモノ選手と野球選手の比較も進むだろう。


「そしてペナントレースの最後には、お互いのリーグ一位同士が戦う、ワールドシリーズも」


 ちなみにメジャーリーグの一位を決めるのもワールドシリーズという。ワールド、世界の広さは人それぞれというところか。ケモプロは二国間を跨ぐので、文句のつけようもないワールドシリーズだろう。


「ではその交流戦、ワールドシリーズで戦うビーストリーグの球団を紹介します。動画を用意しましたのでご覧ください」


 照明が落ち、ふたたびプロジェクターがBeSLBのロゴを映し出す。日本向けと海外向けの2バージョンがあるのだが、今会場で流すのは日本語版だ。英語版はこの放送終了後にWebで公開される。


『2019年。ケモノプロ野球、アメリカへ上陸――開催されるリーグ名は、ビィィーストリィィィーグ!』


 巻き舌で威勢のいいナレーションが声を張り上げる。


『ケモノ人間たちの熱き野球ドラマ、その舞台となるのは次の6球団! それでは紹介していこう! まずは革命的レモン農家がやってきた! 「ケモプロにはレモネードが足りない。ストレート・レモネードを飲め!」 ライバルはダークナイトメアか!? カリフォルニア州フレズノ郡からやってきた! フレズノ・レモンイータァァァーズッ!』


 Fresno Lemon Eaters のロゴと、レモンを手にしたフランクのうろんな顔が映し出される。文字のみでロゴも仮だが、実にそれっぽい感じだ。


『じゃがいもの国から、天才メカオタク美少女社長が社運を背負って参戦だ! 花なきテーマパークに再び花を咲かせられるか!? コイル・アミューズメント社が運営、アイダホ州エイダ郡に新たなチームが! ボイシ・ブロッサムズッッ!』


 Boise Blossums のロゴとコイルの写真が映し出される。チェルシーはなぜかスパナとはんだごてを両手に構えていた。……その二つ、同時に使うことあるか?


『へい、僻地一丁! 北極ならウチにあるけど? アァン!? ここはカナダでもロシアでもねえよアメリカだ! 世界に羽ばたく超売れっ子建築家、ダレル・グリムスがケモプロにまさかの参入! ケモノ世界にもドンドン建てまくる!? アラスカ州、アンカレッジ・ハンマァァァズッ!!』


  Anchorage Hammers のロゴとダレルの写真が映し出される。あいかわらずダレルは白いワイシャツが良く似合っていた。


『夜を翔ける翼が舞い降りる! 新規新鋭のLCC、Yozora Airwayが登場だッ! 社長、始球式オナシャス――って、それバスケェ! デラウェア州ニューキャッスル郡より出航! ウィルミントン・ヨゾラッ!』


 Wilmington Yozora のロゴの横で、長身のマルセルが野球ボールを、バスケットのスローイングの要領で投げていた。……GIF動画だった。めっちゃバスケしてる。似合ってるが……似合ってるからいいか。


『クリスマスシーズンには店舗周りで大忙し、白いお髭のおじいちゃん! サンタ・ジョージがケモプロを身近にする! アメリカの巨大おもちゃ量販店、トイワードが日本支店に先駆けてケモプロに上陸だッ! プロ野球発祥の地、アメリカの埼玉ことニュージャージー州ハドソン郡からバーチャルに来たぞッ! ホーボーケン・ホワイトベアァァァーズッ!』


 Hoboken White Bears のロゴと共に表示されるのは、クマミミを雑にコラージュされたジョージだ。すごく雑だ。……雑なのがいいんだろうな、うん。


『アメリカの埼玉? そんならこっちはアメリカの千葉県だッ! 何にもないが土地はある! 超巨大データセンター・ブライトホストの意地を見せてやろう! 満を持しての最後の球団、ノースタコタ州バーリー郡に我はあり! ビスマーク・キャァァァァッッツ!』

『誰が千葉県だッ!』


 Bismarck Cats のロゴと同時に、エリックが叫ぶ動画が映し出される。発音が完璧だった。本人の声だよな……練習したのか、そのセリフ。


『以上、6球団が熱き戦いを繰り広げる! ビーストリーグ、2019年開幕! 乞うご期待!』


 動画が終わる。照明は戻さないで、俺だけにスポットライトが当たった。


「以上が、ビーストリーグに参加する団体とその球団です」


 実は俺も初めて完成した動画を見た。なかなか……面白かったな。記者たちには情報過多だったかもしれないが。


 この調子なら次の動画も期待できるな。


「さて、ビーストリーグは先ほども申し上げましたとおり、現地法人のBeSLB LLCが運営いたします。この会社の社員としてKeMPBは名を連ねていますが、代表社員ではありません。BeSLBについては、現地の人間に主導していただきます」


 俺が代表社員となるという選択肢もなくはなかったが、時差の問題もあるし、適格者がいれば任せるべきだと判断した。


「それでは、BeSLB代表社員からのビデオメッセージをご覧いただきます」


 スポットライトが消えたので、俺も少し足を踏み変えてプロジェクターが映す映像を見上げる。


 黒い背景にBeSLBのロゴが現れて――



 投げ飛ばされた。



 バンッ、と、ロゴを投げ飛ばした人物が机を叩き、カメラに顔を近づける。

 そのこめかみからは、ツノが生えていた。牛の……バイソンみたいな上を向いたツノ。


『オロカナ、ニンゲンドモ』


 そして彼女は悪い笑顔を浮かべて言う。


『ワガハイ、ノ、ナ、ハ、バーサ・クルーガー。Beast League Baseball、ノ、オサ、ダ!』

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