はじめる、リーグ運営(後)

「(それでは、次は自分だ)」


 チェルシーの隣で杖を突いて立ち上がったのは、もじゃもじゃした白い髭を伸ばした老年の黒人男性だった。なんとなく、赤い帽子と服を着たら似合うだろうなと思う。しかしどこかで見たような……。


「(足が……悪い? ので、ここから話す)」

「それなら俺が行こう」

「(結構だ)」


 手のひらを向けられて制される。


「(ジョージ・ヘイワードだ)」


 距離はあったが、声は朗々と響いた。聞き取るのに問題はなさそうだ。


「(ユウ。本当にケモプロを何十年も続けるのか)?」

「もちろん、そのつもりだ」

「(その計画には、欠けているものがある)」


 ジョージはたっぷり時間をかけて言った。


「(子供のためのおもちゃだ)」

「おもちゃ……」


 その言葉でようやく思い出した。そうだ、この特徴的な髭、見たことがあるぞ。


「(私はトイワードを経営している)」

「店内の写真で見たことがある」


 シャーマンに案内されたおもちゃ屋、『Toyward』の店内だ。にっこり笑ったおじいさんの写真がでかでかとあって、この人はなんなんだと思っていたが、社長だったのか。


 ちなみに店内の公式のアクティビティとして、消せるペンでの落書きや、子供の好きそうなアイテムのマグネットを貼り付けることが行われていて大人気で――


「ブフッ」

「Yuu?」

「――失礼、なんでもない」


 髭の中から本人マスク、しかも落書き済みを出すのは反則だろう。手際が鮮やかすぎて俺以外誰も見てないようだし。……手品とか好きなのかもしれない。


「(風邪を引かないように)」


 すました顔でとぼけて言って、ジョージは続ける。


「(もし何十年もケモプロを続けるなら、家族の一般的な話題になる必要がある。親にとって子供は重要。家族でケモプロを見るために、子供にケモプロのおもちゃが必要だ)」

「………」

「(私は野球が好きだ。しかし、野球選手をおもちゃにするのは難しい。だが、ケモプロは可能性がある。動物だからだ)」

「なるほど」


 人間そのままの人形より、ケモノ選手の人形の方が確かに子供受けはよさそうだ。人間の顔を見分けるのは難しいが、ケモノ選手の顔を見分けるのは容易だし。


「(自分のチームのおもちゃを作るのを楽しみにしている)」


 そう締めくくって、ジョージは腰を下ろした。その右隣は、大きなメガネをかけたもじゃっとした髪の男だ。ひょろっとした体で立ち上がる。


「(次は僕? アンディ・ソーン、グラフィックデザイナーだ。スタジオで3Dモデルを作る仕事をしていた)」

「……過去形? 今は?」

「(新しい仕事を探している。最初に選んだのは、ケモプロだ。ケモプロのためにグラフィックの仕事をしたい)」

「ケモプロのグラフィックなら、ずーみーが担当しているが……」

「Zoomii!!」


 急にアンディが叫ぶ。興奮して顔を赤らめてまくし立てる。


「(ずーみーはグレートだ! 僕もケモノキャラクターを作る仕事をしていた、しかし同じリーグにはいない。ずーみーは天才だ。彼女が全ての女の子の学校の生徒というのは本当か? 信じられない)!」


 どうやらずーみーのデザインは、アメリカのプロにも認められているようだな。


「(ずーみーのために働きたい。彼女は天才だが、一人だけだ。自分なら手伝うことができる。彼女の3Dモデルはすばらしいが、完璧ではない。3Dモデルにはいくつかアドバイスできる。ポートフォリオを送るから、ずーみーに見てほしい)!」

「わかった。伝えておこう」


 確かに、3Dモデルを作る手は足りない。簡単な家具なんかのアイテムは従姉やニャニアン、ライムも作っているのだが、ケモノ選手はずーみーにしか作れない。ランダムで組みあがったモデルをチェックしているだけだ、とずーみーは言っているが、元の部品や組み合わせはずーみーが作っている。『ちょっと手直しした』と言って出来上がるモデルは『ちょっと』どころじゃないクオリティの違いがある。ずーみーがいなければケモプロは成り立たない。

 それをアンディが手伝えるならありがたいことだ。


「オーナー希望、というわけではないんだな?」

「(自己紹介していないオーナーは、フランクとエリックだ)」


 シャーマンが言って、壁際に立っているフランクを見る。フランクはうろんな目で見返して。


「(フランク・グリーン)」


 ……とだけ言って、懐からレモンを取り出して丸かじりし始めた。

 ちなみに俺が受け取ったレモンはいまだに机の上にある。……どうしたものか。


「(OK。エリックの番だ)」

「(何!? 確かか)!?」

「フランクには先に紹介してもらっているので、大丈夫だ」


 そう伝えると、エリックは目を閉じてため息を吐くと、キリッと顔を引き締めて立ち上がり、少し長めの金髪をかきあげながら言った。


「(オレはエリック・ブライト。父の会社、ブライトホストで働いている。ブライトホストを知っているか)?」

「申し訳ないが初耳だ。何の会社なんだ?」

「(自分が情けない。ブライトホストはデータセンターを運営している。最近、サービスを増やした。ハコキャッツを知っているか? オレはそのディレクターだ)」

「……ペットホテル的な?」

「Hakocatsっていう、映像配信サービスだよ! ほら、これがロゴね」


 箱に入った猫から電波が出てるな。tとsの字が猫の手でもてあそばれている。


「映画とかドラマとかアニメを配信してるやつね。Hakocatsが特に充実してるのはアニメかな! アメリカではケーブルテレビがこれまで強かったんだけど、最近はこういうネットで見る映像配信サービスを選ぶ人が増えてるんだ」

「(自分のチームを放送することは当然だろう)?」

「放送するのはいいんだが……さっきも言ったとおり、ケモプロの映像を流すことに対して金は取ってないぞ? 実況動画もユーザーには自由にやってもらっているし」


 スポーツバーでケモプロの映像を流したい、と相談された時に決めたことだ。ケモプロはネットで無料で見れる。だからどこで映像を流しても料金は徴収しない。その代わりサポートもしない。


「(俺はアマチュアじゃない。俺はスペシャリストだ)」

「何のだ?」

「...(映像制作。アマチュアの作った動画よりよいものが作れる。価値の高いものを放送できる)」


 つまり編集技術を使って、ケモプロのクォリティの高い実況動画を作るということか。日本でもカメラ機能まで操作している人は珍しいんだが、そこまでやる本格的なものかもしれない。


「エリックが作った動画を有料サービスとして流す、ということでも金は取らないが」

「(俺は作らない。俺のスタッフが作る)」

「……スペシャリストとは?」

「......」


 エリックは目をそらして早口になった。


「(それから、もしケモプロをアメリカで提供するなら、データセンターが必要だろう)?」

「アメリカにということか? それはニャニアンに相談してみないと分からないが……」


 ケモプロと同規模のサーバー群を入れるだけなら、今使っているデータセンターでも可能だ。元々日本で12球団をやる予定だったわけだからそのスペースは確保できる。


「(ユーザー数は日本の何倍にもなる。ブライトホストはそのトラフィックをコントロールできる)」

「トラフィック……通信量か」


 そういえば一時期――ペナントレース終盤で海外のユーザーが増えたとき、ニャニアンが懸念を言っていたな。これ以上になると回線料金がどうとか。


「いずれにせよ検討しないといけない事項だ。もしアメリカのデータセンターにということになったら、相談させてもらうと思う」

「(お前は後悔しないだろう)」


 エリックはそう締めくくって席に戻った。


「これで、来ていないグループ以外は全員か?」

「(そうだ。何人かスタッフ候補はいるが、今日は来ていない)」

「(スタッフの紹介が必要か)?」


 マルセルが引き連れているスタッフを手で示し、笑いが起きる。


「いや、代表者だけでいい。正式に契約すれば、他にも紹介してもらうかもしれないが……。シャーマン、具体的な話に入っていいのか?」

「(少し待ってくれ。遅れているグループが、もうすぐ到着する。何か聞きたいことはないか)?」

「そういうことなら、そうだな……」


 レモンに行きそうな視線を必死に前に戻して考える。


「――ああ。そういえばダレルの会社はアラスカ州だと聞いたが、アラスカにはメジャーリーグのチームはないのか? 他の皆の会社も同じ?」

「(アラスカには、アラスカベースボールリーグという大学の夏の野球リーグはあるが、メジャーリーグもマイナーリーグもない)」


 ダレルが皮肉な笑いを浮かべて答える。


「(この中では、カルフォルニア州だけがメジャーリーグのチームを持っている)」


 シャーマンが答えて、ライムが後に続いた。


「えーと、紹介順で行くとね、マルセルさんのYozora Airwayがデラウェア州、ここね」

「東海岸の……ニューヨークの近くか? 聞いたことないな」

「ムフ。州法の関係で会社の所在地に選ばれることが多いんだよ。なんでも住人より会社の数の方が多いとか!」

「(私はウィルミントンに住んでいる)!」


 マルセルが大げさに手を広げて弁明し、小さく笑いが起こった。


「……ウィルミントン州?」

「ウィルミントン市。デラウェア州の中の都市だよ。で次、コイルちゃんは分かるよね? アイダホ州」

「ブロッサムランドのあったところだろう。覚えている」


 最初に『見所を案内する』と言われた時は、ジャガイモ畑でも見せてくれるのかと思ったものだが。


「じゃあジョージさんのToywardも覚えてるかな?」

「確か……ニュー……ニュージャージー州だな。ニューヨークの隣の。マルセルのところとは隣同士か」

「そうそう。ニューヨークのベッドタウン的なところもあってね。アメリカの埼玉なんて呼ばれたりも?」

「アメリカの埼玉」


 ……覚えやすいが、それもどうなんだろう。


「それでね、エリックお兄さんのブライトホストがあるのが、アメリカの千葉ことノースダコタ州だよ!」

「(千葉じゃない!)」


 ガタッ、と音を立ててエリックが立ち上がった。


「(えー本当に?)」

「(当然だ。ノースダコタに東京ディズニーランドはない)!」

「(そうだね。何もないよね)」

「......」

「……何もないのか?」

「(ハッ。ブライトホストがある。それで十分だ)」


 ノースダコタにブライトホストあり、ということだな。……それにしてもエリックはよく千葉なんて知っていたな。


「(OK。お互いを良く知り合った)」


 パンパン、と手を叩いて、シャーマンが輪の中心にやってくる。


「(ユウ、長く待たせて申し訳ない)」


 倉庫の外で車のエンジンの音がして、止まる。


「(最後のメンバーを紹介しよう)」

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