はじめる、リーグ運営(前)

「一報入れてまいりました」


 シオミが隣の席に座りながらささやいてくる。


「ありがとう。反対意見はなかったか?」

「日本は早朝ですのでまだ反応がなく……しかし、反対する人がいるとは思いません。少なくとも、今の段階では、ですが。海外展開ができるならするべきだと思います。懸念点はシャーマンさんの集めた人員ですが……」

「それはこれから紹介してもらわなければ分からない、か」


 レモン農園の中の倉庫は、続々と人が集まってきていた。机と椅子がぐるりと輪になるように並べられ、老若男女さまざまな人間が会議が始まるのを待っている。輪の外にはさらに部下やスタッフであろう人たちが遠巻きにこちらを見ていた。

 集まった顔を見渡す。誰に目を向けても、目が合った。そのほとんどは知らない顔だが、一部知った顔もあり、小さく手を振られる。……さすがにこの注目の集まる中では振り返せないな。


「(待たせて申し訳ない)」


 スマホをポケットにしまいながらシャーマンが倉庫に入ってくる。


「(1グループが……遅れているが、会議を始めよう、彼らを除いて)」


 用意された席がぴったり参加人数分ということなら、2名分の空きがシャーマンの隣にあった。


「構わないのか?」

「(すでにこの場の全員に彼らのことは説明してある、問題ない)」


 シャーマンの言葉に何人かが頷く。話はかなり進んでいるのだろう。口を挟むのはやめておくか。


「(皆、忙しいスケジュールの中、集まってくれてありがとう)」


 シャーマンは立ったまま、全員を見渡して言う。


「(自分はビジネスプランをオファーした。そしてあなた方は同意した。しかし、最後に彼の同意が必要だ。ケモノプロ野球をアメリカで開催するか……今日決まる。彼はオオトリユウ。日本のKeMPBのボスだ。ユウ、簡単に自己紹介を)」

「Hello, My name is Yuu Ootori. ……以後、こちらのライムに通訳してもらうが、今日はよろしく頼む」

「(では……紹介をしよう。誰が最初か)?」


 シャーマンが呼びかけると、音を立てて二人の男性がそれぞれ立ち上がった。一人は面白そうに相手を見て、もう一人はムッとにらみ返す。


「(エリック、ダレルが先でいいか)?」

「(OKだ。……何だ? 最後が何?)」


 後半聞き取れなかったが、エリックと呼ばれた若い男は大仰に肩をすくめて椅子に腰を下ろした。そして残った方――白いワイシャツの良く似合う男が近づいてきて手を差し出す。


「(ダレル・グリムスだ。ダレルアンドパートナーズというオフィスを……何とかアンカレッジで……何かのデザインの仕事をしている)」

「よろしく。……芸術系の大学の先生?」

「大学? ……あー、アンカレッジね。アラスカ州のアンカレッジ自治市だよ、市の名前」

「アラスカというと北のほうだったか」

「うん、飛び地のね。北極圏にかかるぐらい北だよ。あと面積もアメリカで一番大きいよ!」


 北極か……寒そうだな。


「で、ダレルさんはDarell & Partnersっていう会社の社長ね。日本で言うところの建築設計事務所だよ」

「(ユウ。自分は持ち上げる骨がある? 骨……?)」


 ダレルは俺の手を離さないまま、じっとこちらを見て言った。


「(ケモプロの建築はクソだ)」


 ◇ ◇ ◇


「要約するとね」


 ダレルが熱弁を振るった後、ライムがその内容をまとめる。


「建築をやっているダレルさんからすると、ケモプロ内の建物、特にスタジアムが気に入らないんだって。コンセプトには光るものがあるけど、工学的になってないとか」

「専門家から見れば粗がある、か」


 ケモプロのスタジアムは従姉とずーみーが主体となって3Dモデルを作っている。どちらも家を建てたことはないし専門ではないと言っていたので、ダレルの評価を否定することはできない。


「それでオーナーとして参加するから、代わりにケモプロ内の建物を作らせて欲しいんだって!」

「……逆じゃないか? 建築設計事務所なんだろう? こちらがダレルにお金を払って作ってもらうのが正しいんじゃないか?」

「(ユウ。命は短い)」


 ダレルはまだ熱が冷めないまま言う。……長いし言い回しが難しかったので、早々にライムに頼ることとした。


「ダレルさんはたくさん建物を建てたいんだって! でも、現実ではとっても時間がかかるでしょ? そうなると人生で関われる建築物の数は決まってきちゃう。――でも、3Dモデルなら?」

「実際に建てるよりは早いだろうな」

「そこでケモプロだよ」


 ライムは雲のように笑い、それを見たダレルもニヤリと笑った。


「ケモプロは何十年も続けていくんでしょ? つまりそれって、ダレルさんが設計した建物が何十年も残って、皆に利用されるってこと。それってもう現実の建物にこだわらなくていいよね!」

「確かにそうかもしれないが……いいのか?」

「(人生は短い。死んだらすべて終わり。死んだ後の……評価は必要ない。現実もバーチャルも同じだ)」


 なるほど。生きている間に評価されることが重要なら、現実に建物を残す必要もないか。


「(以前、MMOの開発会社から依頼されたが、断った。それは長く続かない。しかし、ケモプロは違う、そうだろう)?」

「何十年と続けていくつもりだ」

「(加えてほしい。考えてくれ)」


 ダレルはそう言うと自分の席に引っ込んでいった。そして次はというと、また数名立ち上がろうとしてお見合いになってしまう。


「意気込みが分かって頼もしいんだが、せっかく円になっているし時計回りでいいんじゃないか?」

「それもそうだね! (時計回り? で紹介を)」

「(自分の番だ)」


 ダレルの右隣の男が立ち上がる。そしてダレルと同じように握手してきたが、こちらは俺だけでなく半身になって他の面々にも顔を見せながら自己紹介を始めた。


「(マルセル・スコフィールドだ)」


 小さなメガネをかけた長身の黒人男性――マルセルは、ハの字型の眉を片方ぐいっと持ち上げる。


「(背中にタトゥーはない?)」


 控えめな笑いが起きる。アメリカンジョークか何かかな。


「(ヨゾラエアウェイのCEOだ。自分は日本の文化が好き。ヨゾラは日本語で夜の空のことだ)」

「ヨゾラエアウェイ……」

「貨物輸送が主な航空会社だよ。旅客機も飛ばしてるけど」

「覚えている。今回の営業でも、何度か利用させてもらった」


 名前がYozora Airwayなので日本の会社かと思ってたんだが、アメリカの会社だったのか。


「(ケモプロも好きだ。飛行機の中でケモプロを放送したい。未来では飛行機にケモプロをペイントしたい)」

「機内上映ぐらいなら使用料を取ったりはしないが……」

「(違う。自分のチームを放送したい)」


 それもそうか。そもそもアメリカの国内線なら、アメリカのチームの試合を映さないと応援しづらいだろう。


「(他にも、様々なプロモーションに使えると考えている)」

「もしケモプロをアメリカで展開することになったら、ケモノ選手たちの移動も飛行機になるだろう。Yozora Airwayの飛行機がケモプロの中に登場するのもいいかもしれないな」

「(すばらしい。楽しみだ)」


 マルセルはウインクすると、ガッツポーズをしながら戻っていった。スタッフも盛り上がって迎えている。……え、今ので何か決まったのか? やらかしたか? ライムの通訳で間違っているところはない……よな?

 いや、今の時点で断ろうとは思っていないし、シャーマンが集めてきたのだから信用もしているが、それでもKeMPB側でチェックしたいこともあるし。


「(OK。次はエリックだ)」

「(前に言ったとおり、自分の番を最後にしてくれ)」

「(私の番)!」


 何か誤解したのなら訂正しようかと迷っていると、エリックを飛ばして次の人物が立ち上がった。


「(また会ったね)!」

「昨日ぶりだな。お互いハードスケジュールだ」


 昨日シャーマンに紹介されて行った遊園地で、園内を案内してくれた女性スタッフだ。茶色のポニーテールがゴーグルつきの帽子に開けた穴から飛び出ている。


「(この間は、お互い十分に分からなかった。もう一度自己紹介させてほしい。私の名前は、チェルシー・コイル)」


 チェルシーはそばかすの浮いた鼻の下をこすって笑う。


「(コイル・アミューズメントのCEOで、今はブロッサムランドを経営している)!」

「……CEO?」

「(うん)」


 スタッフじゃなかったのか。他のスタッフから何度も怒られて頭を下げたりしてたんだが……いや、よく考えればスタッフの言ってた文句は、いちスタッフに言うようなものじゃなかったな? 予算とか設備に関することだったような。うん。


「(私はVRやARを使った遊園地を作りたい)」

「VRジェットコースターのようなか」

「(そう! VR機器は値段が高い。装備も大変。特別な場所で提供する方が、個人で買うよりもいい)」

「確かにそう言う面はあるな」


 日本のVRアミューズメント施設にケモプロを導入した時も似たような話を担当者から聞いた。ちなみに、待ち時間中にベンチから野球観戦する『ケモプロ待ち合い』はなかなか人気なようで、継続して設置してほしいと話を受けている。


「(あなたも知っているように、ブロッサムランドは施設も、デザインも古い)」


 名前がBlossom Land、花の国というわりに花畑のひとつもなかったし、マスコット的なキャラクターはオールドスタイルなものばかりだった。VRジェットコースターも新しいのはVR部分だけで、単なるジェットコースターとしてだけ見ればスリルに欠けるコースだった。VRで視覚情報を補っているからこそ人気なのだろう。……古くてガタガタ言うのに、VRで落下を錯覚させる部分だけ改装して無音というのも意地が悪いが。


「そういえば、なぜあんなに古いんだ? ほぼVRジェットコースターに人気が集中していたが……」

「(ブロッサムランドは祖父が作った……――)」


 チェルシーが早口になり、難しい単語も出てきた。なんとなく大意は分かるが……。


「んっと、おじいさんが子供たちの娯楽のために小さな遊園地を始めたのがはじまりだって。花ってコンセプトは維持管理が大変ですぐなくなっちゃったらしいけど。ま、地方に良くある零細遊園地? 改装する資金もなくて、それでもほそぼそと続けてたんだけど、おじいさんが亡くなったときに取り壊そうかってなって。そこでチェルシーちゃんが遺産として相続して、経営を立て直してるんだってさ!」

「改装できないからデザインが古いままだったのか」

「相続には借金も含まれてたから厳しかったみたいだよ。稼がないといけないけど、手元にあるのは古臭い遊園地とわずかな資金。そこで出てきたのがVRジェットコースターってアイディア! コースはそのまま、VR設備だけつければいける! って考えたんだって」

「なるほど。素人考えだが、新しいコースターを建設するよりは安く済みそうだ」

「ところが映像とか、車両との連動部分の開発に予想以上にお金がかかって、それほど安上がりにならなかったってオチだってさ。ムフ。ま、人気が出て盛り返したから、設備投資としては大成功?」


 さらっと概要を聞いただけでも、それ以上の苦労があっただろうと思わされるな。


「(海の向こうにもブロッサムランドを建てたい。そのためにケモプロと協力したい。ARでケモプロのキャラクターが表示されるのはいいアイディアじゃないか? オーナーになって自分の選手をブロッサムランドのマスコットにしたい)」

「ケモノ選手が遊園地に行くのか。それは面白そうだ」


 ケモノ選手たちのオフの様子を描く場所のひとつとして、遊園地は既に存在する。ただ、どことも提携していないので架空の遊園地でしかない。それが現実の場所とリンクしたら面白いだろうな。


「(私はケモプロが好き)。ヨロシクネ」


 チェルシーはニッと歯を見せて笑い、席に戻った。

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