農場のガレージから(後)
「この際はっきりさせておきたいのですが」
スッ、と。片手でメガネの位置を直して、シオミが静かにライムに問いかける。
「シャーマンさんの提案を、クジョウさんは事前にご存知でしたね?」
「いいサプライズって嬉しいよね!」
「クジョウさん」
「ムフ。わかってるわかってる。ちゃんと説明するよ~。いやぁ、お兄さんに先を越されてびっくりしちゃった!」
「サプライズはもうなしでお願いしますよ」
「え~? しょうがないなぁ」
シオミに睨まれて、ライムは肩をすくめてから話し始める。
「ん~。そもそもの話だけど、らいむ、ケモプロはアメリカでバズらせようと思ってたんだよね」
「アメリカの球団じゃないのにか?」
先程シャーマンに言ったとおり、アメリカで応援される要素がケモプロには薄い。地元の球団ではないのだからファンの獲得が難しいことは、ライムも分かっているはずだ。
「一瞬でいいんだよ。AIのやる野球ってだけでその可能性はあったからね。何よりずーみーちゃんデザインっていうのが大きいし!」
「一瞬話題になったとしても、その後が続かないんじゃないか?」
「アメリカでは、そうかもね。でもその時考えてたのは日本の市場だから」
「日本の……?」
「アメリカで今話題の新しい野球、ケモノプロ野球リーグ! なんと製作者は日本の高校生社長!?」
ライムは雲のように笑う。
「ムフ。どう、ニュース番組のエンタメ枠っぽくない?」
「テレビ放送を狙う、ということか?」
「そういうこと。知名度的には、ケモプロはまだ『ネットで知ってる人がいる』レベルだよね。ゲーム系ニュースサイトをチェックしている人、そこから派生するような広がりだよ。だったら別方面からもアプローチしていかないとね。ポイントは『日本では知る人ぞ知る』、『アメリカで話題』『日本の若者が作った』の3点だよ」
ライムは指を折りながら説明する。
「なんだかんだ、日本人ってアメリカブランドに弱いでしょ。んー、『海外で』って主語を大きくしたらもっといいかな? 海外で流行ってることは無条件でポジティブにとらえて受け入れる層って、いまだに多いと思うな」
「俗なことを言うのですね」
「広報は時に俗にならなきゃだよ。受け取り手の気持ちを考えないとね! さらに俗っぽいこと言うと、海外を沸かせているのが日本人、っていうのがまた気持ちいいよね? 日本からジョブスが生まれない、とか言ってる層なら特にさ」
「……テレビ映えしそうな話だということは否定しません」
「そしてテレビで見て断片的にケモプロを知った人たちに、詳しいファンがマウントをとって気持ちよく教えていく。フォローは完璧だね。どうどう? ユーザー数ドッと増える気がしない?」
「言い方は気になりますが……見込みはありそうですね」
確かに分からない話ではない。けれどライムはそれをまだ実行していない。
「バズらせようと思っていた、と言ったな。どうしてそうしなかったんだ?」
「ん。やろうと思ったら海外で工作するのが一番手っ取り早いよね。人気Youtuberにそれとなく取り上げてもらったり? あんまりお金をかけなくてもケモプロならいけると思ってた。けど、KeMPBに入って、お兄さんそういうの好きじゃなさそうだなって思って。イヤでしょ? ステマとか、サクラとか」
「人の目に付かなければ商売ははじまらない、ということはあると思う。だからそういう手法を否定するわけじゃないが……広告なら広告だと言って勝負したほうが、後々問題にならないんじゃないか?」
バレたら炎上するし、そういうリスクを抱えて活動するのも気持ち悪い。
「何より、何十年とやっていくんだったら……正攻法で勝てなければ未来はないだろう」
「うんうん。そう言うと思ったよ」
ライムは腕を組んで頷く。
「ま、これでその実力もないサービスだったら、なりふり構ってられなくない? って言うところだけど。でも思っちゃったんだ。ケモプロなら、真正面からやりあっても勝てるんじゃないかな? って。それだけのポテンシャルのあるサービスなんじゃないかなって。だから、正攻法だけでやってみようと思って」
「正攻法、のわりにはずいぶん苦労させられている気がしますが?」
「ムフ。対外的にはクリーンで正直だよ?」
エイプリルフールも通すところは通してたしな。隠していたのは身内だけという。
「いろいろやってよかったなら、今頃ダイリーグなんて気にする必要もない規模にできたと思うな」
「頼もしいな」
「そうですか?」
「それでも正攻法でやる、というのは自信のあらわれだろう」
「ムフ。お兄さんのそういうとこ好きだよ。おかげさまで楽しく挑戦させてもらってる」
ライムは雲のように笑うと、体を揺らしてパイプ椅子を鳴らしながら話を続けた。
「ま、そういうわけで工作するのはやめたけど、海外の動向はチェックしてたんだ。何かがきっかけでバズったとき、その波に乗れなきゃ意味がないからね。けど、五月にさ、ダイリーグが出てきたでしょ?」
ケモプロのペナント終了直後に情報解禁がされたな。
「わッとそれまで話がまとまってた会社も手を引いちゃってさ。12球団にならないのをどうしようって話したとき、お兄さんがインパクトがないなら6球団のままがいい、って言ったでしょ。だからさ、今のお兄さんと同じことを考えたんだよね!」
「アメリカに、新しいケモプロのリーグをつくる。ファンがインパクトをもって覚えられるように」
「そういうこと!」
新しい6球団が、日本のまた別の地域で立ち上がる。それだけだと、インパクトは少ない。
けれどアメリカの球団となれば、属するものが全然違う。俺でもインパクトをもって覚えられるはずだ。
「あとはミシェルお兄さんに相談して、シャーマンさんを紹介してもらって、渡米を計画したってわけ!」
「すると、B-Simはそのついでなのか?」
「あー、正確にはB-Simが先だね。ミシェルお兄さんがキャプチャーシステムの製作者だって知って、それでKeMPBの新しい仕事としてB-Simを一緒に企画しているうちに、ダイリーグが出てきた感じ」
なるほど。
「流れは分かった。……話を戻そう」
俺は黙って会話を見守っていたシャーマンに向き直る。
「俺は、ケモプロの今後のためにも、アメリカに新リーグを作れないかと考えている。これはアメリカの野球好きのためだけじゃなく、日本のケモプロファンのためにもなる……はずだ」
やれることの幅が広がる。日米合同のイベントなら、どちらのためにもなるだろう。
「シャーマンはリーグを管理する会社を作りたい、と言ったな」
「(それで正しい。自分が……? 言うつもりだった)」
「俺の考えでは、シャーマンにオーナーになりたい企業や自治体を探してもらって、リーグ運営はこれまでどおりKeMPBが管理するつもりだったんだが……」
「(それは……なんだ?)?」
「なんだって?」
「決定事項なのか、って」
「いや、まだアイディア段階だから決定じゃない。そうだな……」
KeMPBではなくシャーマンの会社がアメリカのリーグを運営する、か。
「……リーグのオーナーには現地の企業になってもらう。そうなると日本から運営するには、時差の問題があるな」
約13~16時間の時差。日中に対応しなければいけない案件があったら、丸一日起きていないといけないことになるか。……いやさすがにそれは無理だな。
「任せる範囲はともかく、現地スタッフは必要だろうな。B-Simのように」
それをどういう形態にするのか。
「話を聞かせてくれ、シャーマン。その上で判断したい」
シャーマンはライムの翻訳を聞いて――天を仰いで息を吐き出した。
「(思った……仕事を失敗したと?)」
「ここまできて、話も聞かずに断ることはしない」
言うと、シャーマンは頷いて身を乗り出し、手を組んで話し始める。
「(ゴールはケモノプロ野球の新しいリーグをアメリカに作ること。そのためには……ローカルの会社が必要。KeMPBとの関係は後でいい?)」
「現地の会社の関係?」
「現地法人とするか、日本法人の支店とするかになるでしょうね。大きく関わるのは税の問題でしょうか。とはいえ、そこはシャーマンさんの言うとおり後回しでよいかと」
「そうだな。何か今の時点で決まっていることがあれば聞きたい」
何も決まっていないならゼロからの相談だが……ライムが噛んでいる話だ。何がしかプランはあるだろう。
「(単純に、リーグの運営を、KeMPBと同じくする。B-Simの販売、サポートもする)」
「B-Simも、ということはグレンダたちも雇うのか?」
「(可能なら雇いたい)」
「そこはまだ決めていないんだな。……ん? そうなると、今のところメンバーはシャーマンだけなのか?」
問いかけると、シャーマンは苦笑いして首を振った。
「(違う。何人かを……予定している。俺がリーグのことを、自分より先に話すから驚いた)」
「ほんとだよね。うまく隠してるつもりだったんだけど」
「気づかなかったぞ」
「うん。だから、お兄さんがアメリカでリーグを始める、って思いついたのにはらいむも驚いたよ」
ライムは雲のように笑う。
「新リーグを作るって、いい話でしょ? だからびっくりさせようと思って秘密にしてたんだ! でも急に言っても困るかもしれないじゃん? だからお兄さんには少しずつアメリカの野球事情を知っていってもらって、でも新リーグを思いつかないように適度に忙しく、余計なこと考えられないように仕事いれまくったのに――自力で思いついちゃうんだもん」
後半特に忙しかったのはそのせいか。
「らいむ、もしかして余計なお世話だったかも?」
「いや。おかげでいろいろ事情に詳しくなったし、話が早く進むと思うぞ」
動き出すにしてもまずはシャーマンとの仕事の契約の話から、とか思っていたし。
「私としてはユウ様もクジョウさんもどちらも唐突で困ってますが……今更ですね」
シオミがため息を吐き、ライムがウインクして舌を出す。声を出して笑ったのはシャーマンだけだった。
「(ユウの許可を貰って……紹介する計画だった。午後から、メンバーが集まる。待ち遠しい)!」
「それは準備がいいというか……断ったらどうするつもりだったんだ?」
「(思っていなかった、俺が……断るとは?)」
シャーマンは笑顔で言うと、ひょい、と手を上げた。
「(あなたは良い時に来た。彼を紹介する)」
シャーマンが立ち上がって迎えたのは――うろんな目つきをした作業着のおじさん。先ほどレモネードを机に置いていったこの農場のオーナー、フランク。
「(彼はフランク・グリーン。この農場のオーナー。そして、ケモノプロ野球オブアメリカのチームのオーナー……? の1人だ)」
紹介を受けて、フランクが片眉を上げてシャーマンを見る。
「(その通り。すでにユウに説明は済ませている)」
フランクは俺に視線を移して――無言でオーバーオールのポケットをまさぐると、何かを取り出した。黄色い――レモンだ。二つ、手にとって、その片方を――
「!?」
むしゃり、と。
皮ごとまるかじりした。
レモンを。
なんならもう一口。むしゃむしゃと食べて飲み込む。
そして口をつけてないもう一個を――俺に差し出してきた。
「え」
思わず受け取った。
……受け取ったが。
――せめて皮を剥くのはセーフなんだろうか?
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