第二回ケモノプロ野球リーグドラフト会議兼発表会

 9月2日。


「どうして帰ってこなかったんだ?」


 バーチャル空間には俺とあと2人だけ。向かいに立つヒツジ型アバターは、ひょいと肩をすくめた。


「だってさ。らいむがこっちにいた方が都合がいいじゃん?」

「パスポートの期限が切れるまでには帰ってくると言っていただろう?」

「その時はそのつもりだったんだよ。でもさ、今日の報告会で分かったでしょ? 現地で対応する人間が絶対に必要だって。今回、失敗は許されないんだよ。だから、らいむは残ったんだ――アメリカにね」


 ライムのパスポートの期限は今年の8月末までと書いてあった。

 それを見たことがあるのは俺と。


「ライムちゃん、いつ帰ってこれる……?」


 オオアリクイ型アバターを着た従姉だけだ。


「んー。ま、パスポートの更新は絶対認めてもらえないよね。らいむだって会いたくもないし? ひとりで再発行できるのはこっちだと18歳になってからだから……2年半後?」

「そ、そんなに……」

「だいじょ~ぶだって、あっという間だよ。それにリアルで会えないだけで、オンラインではこうして会えるじゃん。問題は時差ぐらいだよ」

「でも寂しいよ」

「ムフ。ツグお姉さんは素直でかわいいなあ」


 なんで俺を見ながら言うんだ。


「ライムちゃん、アメリカ人になっちゃうの?」

「んー、今もアメリカ人だけどね! 国籍の選択の話なら、らいむ、日本人がいいかな。日本に住みたいし」

「帰ってくる気はあるんだな」

「うん。……お兄さん、らいむが大人になるまで待っててくれる?」

「当たり前だ」


 待たない理由はない。


「KeMPBの大切な広報担当なんだからな」

「うーん、5点!」


 満点はいくらなんだ。


「クライアントになるべく会わずにメールで交渉していたのもこの件を見越してか?」

「ん? ん~……どうだろ?」

「とはいえライムの顔を見たい人間もたくさんいる。無事に帰ってきてくれ」

「大丈夫大丈夫! も~、おおげさだな! はいはい、もうおしまい!」


 ライムはバタバタと手を振って話を打ち切る。


「じゃ、またね。ああ、台風は気をつけてね?」

「直撃しそうだしな……気をつける。今年はよく災害が起きているしな」

「ムフ。こう災害が多いと、遷都の上大仏を建てて改元しないといけないね!」

「改元はするけどな」

「大仏もどこかで作ってたらしいよ?」


 じゃあ残るは遷都なのか。……その必要はない、と思いたい。


「まあ、大きな災害を危ぶむのもこれで最後だろう。ドラフト会議兼発表会も、台風一過のいい天気にあやかりたいものだ」



 ◇ ◇ ◇



 9月9日。


 俺は――ホテルのロビー近くのトイレの個室にいた。


 ……出そうで出ないのだ。もしかしたら緊張しているのかもしれない。……かといって諦めてしまうと出番の間に出そうになりそうで、仕方なくスマホでケモプロタワーバトルをしながら機を待っていた。

 隣の個室が埋まったら満室になってしまうから、その時はいったん出て譲らないとな。周囲の動向には耳を済ませておかないと――


「あッ、おつかれさまです」

「おお、ひさしぶりじゃん」


 ――と、誰かがトイレに入ってきて話を始めた。


「あれ、そういえば実家北海道だったよな? どうだったの、地震」


 9月6日の早朝に起きた北海道地震。最大震度は7とかで、連日報道がされている。特に北海道全域で停電となっていることが大きな話題になっていた。


「いやあ、ところがどっこい全員無事でしたよ。停電してもスマホはつながるもんなんすねぇ。おかげで安否確認は早くできました」

「へえー、日本の携帯会社はすごいねぇ。あ、それで停電はどうなの?」

「だいぶ復旧したらしいですよ。一昨日はまだ電気来てなくて、でものんきにジンギスカンでBBQしたって言ってました」

「いいねえ、ジンギスカン食いてぇ……あ、不謹慎か」

「いやー実際食ってるんで、いいでしょ」


 そういえば食べたことないな、ジンギスカン。


「で、そっちもケモプロの取材?」

「っすねー」

「正直どう思う? ドラフト会議とか、去年と同じだよな?」

「まあ記事にはなるんじゃないですか? あんまPV稼げなさそうですけど……発表会、が何かですよねぇ」

「って言っても、去年だってちょっとした発表みたいのはやってたしなあ」

「ネット中継は一時間半、って話だし、ドラフトやってちょちょっと話して終わりっすかね」

「どうせ大したことなさそうだし、事前にペーパーくれよなあ。そしたら来なくてもいいのに。ネット中継だからって日曜にやらなくてもなあ……そもそもネット中継するんじゃオマンマ食い上げだよ」

「気合は入ってるみたいっすよ。テレビみたいな機材入れてましたから」

「画質じゃねえんだよなあ、話題性なんだよ話題性。その点、ダイリーグの方がいいよな。内容はともあれ新規性のあることやってるおかげで、PVは稼げるし」

「あぁ……ダイリーグは、まあ」

「なに?」

「インタビューやりましたけど、なんかめんどくさくないすか、タカナシさん」

「は? ……ああ、Pの方か」

「ああそうです。シュウトくんはいいんですけどね。やりやすくて。でもなんかPの方はいろいろしつこいっていうか……聞いてないのに割り込んできて、でも的を射てないっていう……迷惑?」

「まあゲーム業界そんなもんじゃねえかな。まともに話せるシュウトくんが珍しいっていうか、スレてないだけだろ。めんどくさいっつーか、インタビューだったら俺はケモプロ代表の方が嫌だね。なんか、とってつけたような敬語でさ」

「あーわかります。同じ高校生社長でも違うもんすねえ」

「悪気はないんだろうけどさぁ。っと……そろそろ時間か。はあ、めんどくさ」

「まあまあ、終わったら飲みに行きましょうよ……」


 男たちの声が遠ざかっていく。俺はじっと、スマホの画面を、無心で見つめていた。


「ん?」


 ケモプロタワーバトルがマッチングする。対戦相手の名前の色が、人間用じゃない。AI用。ケモノ選手の――表示名は、『山茂ダイトラ』。


 珍しいことではないらしい。ダイトラがよくケモプロタワーバトルに出没するのは、ケモプロファンの間で話題になっていた。なんでも一番マッチングする確率が高いとか。俺は今始めてマッチングしたけれど。

 マッチングする可能性が高いのは、ダイトラは獣子園の会場を転々としており、その移動時間をタワーバトルで暇つぶししていたためだ。その後も移動時間は積極的にタワーバトルをしているらしい。他にも暇つぶしアイテムはあるのだが。


 そういえばドラフト会議は映像としてもケモプロ内に流すんだったか。ミタカいわく、本当にケモノ選手たちが見ているのは翻訳されたデータだとかなんとか……。ともかく、ダイトラよ、タワーバトルしていていいのか。後輩が決まるんだぞ。


 俺はタワーに選手を積むことなく、スマホをスリープにした。


 ……いや、時間だし、やること終わったら出て行かないとだし。



 ◇ ◇ ◇



「みなさま、大変長らくお待たせいたしました」


 舞台袖に到着すると、ちょうど司会のアナウンスが入ったところだった。


「これより第二回ケモノプロ野球リーグドラフト会議兼発表会を始めさせていただきます。司会、進行はフリーランスアイドル、キタミタミがお送りします! お仕事お待ちしてまーす! なお、本日のイベントはインターネットで生中継しています! コメント、見てるよー!」


 スマホで配信画面を確認すると、そこそこコメントが流れているのが確認できた。


『タミタミきた!』

『だれこの子』

『プニキ! プニキ! プニキ!』

『リアルタミタミの解像度高すぎ』


 解像度? ……あぁ、ケモプロ珍プレー好プレー大賞の時は自分の姿をキャプチャーしたアバターで出演してたんだったか。


「それではまずは、各球団の担当者にご登場いただきましょう! 2018年ペナントレースの最下位チームよりご紹介いたします! 『青森ダークナイトメア』、株式会社ダークナイトメア社長、ダークナイトメア仮面!」

「社名の連呼をありがとう! ハッハッハ!」


 マントで全身を隠し、首の上に黒いリンゴを被ったサト……ダークナイトメア仮面が手を振りながら壇上に上がる。そういえばあのマスクは改良して飲食ができるようになったらしい。


「続いて、『鳥取サンドスターズ』、鳥取野球応援会代表、スナグチさん! 『電脳カウンターズ』、日刊オールドウォッチ編集長、ユキミさん!」


 こちらは特にパフォーマンスすることなく壇上へ。


「『島根出雲ツナイデルス』、島根出雲野球振興会代表補佐役、イルマさん!」


 イルマが壇上へ行くと、一部で拍手の音量が上がった。ケモプロ関連でメディアに出ることが多くなり、結果ファンが生まれたらしい。さすがイケメンだ。

 ちなみに代表はカツベという気のいいおじさんがいるのだが来ていない。去年は痛風で上京を断念したのだが、今年は初めからイルマに任せる方針だそうだ。


「ペナントレースでは惜しくも準優勝! 『東京セクシーパラディオン』、株式会社セクシーはらやま野球部部員! ウガタさん!」


 ただでさえ細い身を縮めて、メガネ男子のウガタがオドオドと壇上に上がる。


 野球部部長であるところのタカサカは、都合が悪くて来れないと事前に連絡があった。忘れそうになるが、野球部だけじゃなく東京営業部の部長なんだよな。あれだけドラフトドラフト言っていたのに来ないとなると、相当忙しいのだろう。


「そして最後に! 2018年度のペナントレースの覇者! 『伊豆ホットフットイージス』、ホットフットイングループ伊豆本館『あしのゆ』女将、トリサワヒナタさん!」


 満面の笑みを浮かべたヒナタが壇上に上がると、カメラのフラッシュの量が増した。やはり優勝というのはそれだけ価値があるということだな。ちなみに今回は球団オーナーという立場の祖母、トリサワミドリは壇上には上がらず関係者特別席に座っている。


「以上、6球団によるドラフト会議を行います! それでは皆さん、席へお願いします。なお第一位指名は入札抽選、以降はウェイバー方式、つまりただいまの紹介順に選手を選択いたします!」


 前回は順位がないため全部抽選だったのだが、時間がないのでデジタル抽選でやった。それが味気ないという意見もあったので、第一位指名の入札抽選はアナログでやる。くじ引きで盛り上がってくれるといいが。


 準備している間に、ケモプロの一年間の活動を編集した動画がプロジェクターで映される。草野球、オープン戦、ペナント、各種イベントに獣子園。……一年か。もうそんなに経つんだな。


「さあ準備が整いました。それではドラフト会議の始まりです。一位指名選手を青森ダークナイトメアより発表してまいります! 青森ダークナイトメア、第一位指名――北海道試金大学付属計呂地高校……――」



 ◇ ◇ ◇



「……――はい。全球団の選択が完了いたしました。以上を持ちまして、第二回ケモノプロ野球ドラフト会議は終了させていただきます。皆様、長時間お付き合いいただきありがとうございました。しかし、チャンネルはそのままでお願いいたします!」


 ドラフト用のPCが設置された席から、各球団の担当者が関係者席に移動する。PC用の席を片付けて空いたスペースには、報道陣のカメラに入ってもらった。


「それでは続きまして、ケモノプロ野球リーグ運営会社のKeMPBより、今後のサービスの展開について発表いたします。合同会社KeMPB代表社員、オオトリユウさん、お願いします」


 さあ、ここからだ。


 俺は壇上に上がり、司会のキタミと交代する。


「がんばってね!」


 すれ違う瞬間、小声で言われて小さく頷いた。マイクの位置を調整し、口を開く。


「オオトリユウです。今後のサービス展開についてお話させていただきます」


 向けられるライトがまぶしい。


「何度かお話させていただいたことがありますが、あらためて。ケモノプロ野球は、自分が応援したくなる野球リーグを実現する為に作ったゲームです。この先、何十年と見続けていきたいと考えています。そのためには、自分だけでなく、皆さんに応援してもらえるものにならなければならない。その裾野を広げていかなければならない」


 照明が落ちる。


「そのための施策を今日、発表させていただきます。動画をご用意しましたので、まずはこちらをご覧ください」


 プロジェクターが映像を映し出す。


 ケモプロ世界の野球場。行きかい、談笑するケモノアバターの観客たち。

 バスでやってきたケモノ選手たちが観客のサインに応じ、ブルペンではピッチャーが投球練習をする。


 いつもの変わらない光景。会場の記者たちの中には、「またか」というような顔をしている者もいる。


 ――だが、ネット上のコメントの反応は早かった。


『サインもらいてぇなあ』

『あれこれ』

『いまのアバター何?』

『鳥だ』

『さっき映ってたやつ、鳥じゃね?』

『ハシビロコウ!!!』


 ちらほらといつものケモノたちの中に混じる、鳥をモチーフとしたケモノに。


『広告が』

『なんでPV英語なんだ?』

『言語設定間違えて収録した?』

『看板が英語だ』

『ていうかこのスタジアムどこ?』


 いつもと違う野球場に。


 映像は視点が上空に飛び、スタジアム全景を映し、やがてその線だけを残してロゴとなる。



『BeSLB?』



「来年、2019年。ケモノプロ野球は、アメリカで新リーグを発足します」

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