七月の報告会(前)

 アメリカと日本には時差がある。


 サマータイムとかいうよく分からない制度もあるけれど、とにかく――アメリカ側からみれば日本時刻は東側でプラス13時間、西側でプラス16時間。日本と連絡を取ろうとすれば昼夜反転してプラス1、4時間と考えるのが楽か。そんな計算ができるようになるぐらいには、不便さを味わった。報告会はオンライン上で行われるため距離は関係ないが、時間はどうにもならない。


 それでも日米どちらも報告することは多々あり、訪米中もメールだけでなくいつもの報告会を可能な限り開催していった。



 ◇ ◇ ◇



 7月。初回の報告会。


「そういうわけでナックルのデータは無事に取れた」

「……ナックルの変化については問題ねェと踏んでたし、モーション側がうまく取れるかの問題だと思ってたんだが、なんで『投げられるかどうか』って問題まで突っ込んでくんだよ?」

「ムフ。スムーズにモーション取って終わり、じゃ面白くないじゃん?」

「売り込みの段階では面白みはいらねェよ」

「活用法だって示さなきゃいけないと思うな~」


 羊型ケモノのアバター――ライムは肩をすくめる。


「メジャーにとってマイナーは選手の育成、故障者のリハビリの場なんだよ。投球シミュレーターで即効性が見込めるのはリハビリ方面じゃない? シャーマンさんはベストな仕事をしたと思うな」

「結果的にはな……ハァ。まァいい。時間がもったいねェ。次の話行こうぜ」

「すいません先にひとつ。ミタカさん。イサは問題なく働けていますでしょうか?」

「あァ。あのねェちゃんな」


 イサマルミ。シオミの以前の会社の後輩で、日本で事務仕事をしてもらう為に復職してもらった。いちおう採用に際して面接はしたが、ミタカがねェちゃんと呼ぶぐらい明るくサバサバした女性だった。


「いいんじゃねェか? オンオフの切り替えもちゃんとできて、電話対応はしっかりしてっしな。書類仕事も速ェし、文句ねェぜ。カッコにはビビッたが」

「オ? どんなカッコなんデス?」

「ヤマンバギャルな」

「オオ、失わレシ!? 今度事務所寄って写真撮らせてモライマショー!」


 俺もヤマンバなんてネット上の画像でしか見たことないから、気持ちは分かるな。丁寧に電話口で喋ってるその人がヤマンバだなんて、誰も想像できないだろう。


「つーかアレが後輩ってこたァ、もしかして秘書さんも」

「やめてください。会社に入ってからの後輩です。……まあ、仕事はきっちりこなすことは私からも保証いたしますので、普段の言動には目をつぶっていただければ」

「そこは疑っていない」


 シオミが自分の代役にと推すぐらいだからな。

 とにかくイサが入社してくれたおかげで電話対応問題も解決し、日本での業務も滞りなく進んでいた。子供がいるとのことで短い時間ではあるが、事務所に人が常駐してくれるのは思ったよりも助かっている。なんだかんだ、契約に関して書類を郵送したりするしな。

 こうしてみると電話の騒動はちょうどいい転機だったのかもしれない。


「ねえねえ、そういえばそっちは台風大丈夫?」

「あー、直撃はしなさそうッスよ? 日本海に抜けるとか」

「ま、九州方面がちと降るんじゃねェか? 島根と鳥取になんかありゃ教えてやんよ」

「ん……そだね。その時はよろしく~」


 話題はBassの方へと移る。


「一球団目にデモしたんだが、えらく歓迎されたぜ。かなり前向きな話を貰ったな。NPB全体で導入するよう働きかける、とか」

「全体で? 対戦相手に研究されることにもなるのにか?」

「そこはまァ、全員がシステム使える状態がフェアってモンだろ? スポーツマンシップ的に? ……っつうのは建前で、値引き狙いな気はするがな」

「全体で導入すれば安くなる、デスネ。マ、バラバラに導入されるよりこっちも楽だからいいデスケド」


 なるほど。確かに足並みそろえて導入したほうが面倒は少ない気がする。


「細けェ注文もいろいろ出たが、正式版の開発にそこまで影響はねェな」

「わかった。引き続き頼む。他には何かあるか?」

「ん。獣子園がちょっと失速気味かな~」


 本選まで残り一ヶ月を切った、ケモプロの獣子園予選。熱心なユーザーが実況・観戦をしてくれてはいるものの、視聴者数はゆるやかに減ってきている。


「原因はやはり、注目選手が出てこないことか?」

「プニキ以降、なかなかね。でもダイリーグの影響もあるんじゃない?」

「アー……まァ、おもしれェことやるな、っつー話題にはなってるな」


 プロ野球選手を育成すれば、プロゲーマーになれる。ダイリーグが発表した取り組みは、なかなか話題を呼んでいるようだった。


「今年はJeSU……一般社団法人日本eスポーツ連合なんてのもできて、eスポーツやプロゲーマーに関する議論も盛んだったからな。日本版ファンタジースポーツだ、みてェな記事もあったし、ギャンブル要素含めてまァ、盛り上がってんな。チッ」

「ファンタジースポーツ? ……あの……魔法使いの箒のやつか?」

「クィディッチのことか? いやちげェよ。そういうギャンブルがあんだよ」


 それはまたずいぶんかわいらしい名前のギャンブルだな。


「現実の選手で編成した架空のチームを作ってな、んで現実の選手の成績に応じてポイントがついて、ポイントが多いやつに賞金が出るっつーやつ。特にアメリカは今年までスポーツ賭博は一部除いて禁止だったろ? こっちは適法にされてる州が多くてな、流行ってんだよ」

「ふむ。日本ではどうなんだ?」

「フツーに賭博の一種だから禁止。正直、ダイリーグを『日本版ファンタジースポーツ』とは言えねェと思うんだが、ファンタジースポーツのユーザー数が三千万ぐらいあるらしいからな」

「虎の威を借りた、ってとこ? ムフ。広報的には、なくもないね」

「そういう意図を感じたな。しかしタイミングもまァ……狙ったんだったらたいしたもんだぜ」

「タイミングが?」

「Bassのデモで、NPBの職員と話せたんだがな。まァ……今月中には分かるはずだぜ」


 訪米中には、か。時差があるから日本での発表はこちらの真夜中だったりしてすぐに追えないんだよな。


「いずれにしろ予選の間は、こちらが何かするのは難しいな」

「Bassも投球シミュレーターもまだ発表するわけにはいかねェからな」


 正式な契約に至ったら、プレスリリースを出す予定だった。というか、両方ともそういう契約になっている。秘密保持契約というやつだ。


「今はできることを着実に進めていこう」

「そゆこったな。んで、そっちは次は?」

「野球観戦だ」

「――ハァ?」



 ◇ ◇ ◇



 7月。2回目の報告会。


「いやー大変なことになったね」


 とライムが言っているのは、ケモプロでも他のプロジェクトのことでもなく、天災のことだった。


「つかオマエ寝てるか? 別にケモプロのTwitterアカウントで避難促さなくたってよかっただろ」

「結果的に島根と鳥取は被害が少なかったけど、他はひどかったじゃん?」


 6月末から続いた雨で、西日本は広範囲で浸水・冠水・土砂崩れ等が発生、死者数が200人を超える被害を受けていた。後に平成30年7月豪雨と名づけられるそれに、ライムはアメリカから対応に乗り出している。


「土砂崩れはまだ注意しないとだけど、雨が上がったしひと段落だよ。デマの類はユキミおじさんが対応してくれるし……ケモプロで義援金を集めるわけでもないしさ」

「島根地震の時も聞いたけど、やらないんスか、募金」

「分散してもいいことないしね。信用できるところを案内するぐらいだよ」


 確かに、募金の窓口がたくさんあっても、それに関わる人件費が増えるだけな気はするな。とはいえ窓口がひとつだけでも目に付かないだろうし、難しいところだ。


「今できることはもう終わり。あとは復旧を祈るばかりってね。切り替えていこ!」

「それもそうスね。えっと、こっちは順調ッス」


 近況を交換し合う。


「ムッさんから連絡行ってるかもしんねェが、キャプチャ用のボール、ちゃんと受け取れんだろーな?」

「直接は税関とかあるから日付指定なんてできないけどね。大丈夫、シャーマンさんが転送の手配してくれてるから」


 モーションキャプチャー用の透明ボールを増産してもらい、ミシェルに送ってもらうことになっていたが、受け取りが少々問題だった。アメリカ中を飛び回っているため、日時を見計らって送っても、ちょっとしたズレで受け取れないという状況になる。シャーマンが手配してくれなければ、誰かが飛行機で往復……なんてなっていたかもしれない。


「アメリカはどうスか、先輩」

「いろいろ、シャーマンにアメリカの野球事情を教わっている」

「へえ。あ、そういえば日米大学野球はどうだったんスか? ローズマリー選手は?」

「投げてたぞ。三回無失点だった。そっちでは報道されてないのか? かなり観客も入っていたが」

「勝ったぞ! って記事なら見かけたんスけど」

「日本にはタイガ選手がいるからね!」


 ライムが空間に記事を呼び出しながら言う。マウンドに立つ長身の黒人女性。ローズマリー選手の記事は、アメリカの方ではかなりの数が量産されていたのだが。


「日本で本格的に報道されるなら、メジャーと契約した時か、メジャーに昇格した時じゃないかな。マイナーリーグには女性選手がいたことあるしね。世界初のトップリーグの女子野球選手はタイガ選手だし、今はまだそこまでインパクトがないかな。それに、ローズマリーちゃんが野球をやるとは限らないし」

「え、そうなんスか? なんで?」

「アメリカの学生は日本と違って、ひとつの部活を続けるわけではないそうだ。1年を3シーズンに分けて、それぞれ別のスポーツをするらしい。ローズマリー選手は……バレーボールと水泳だったか? そっちでも有力な選手らしいぞ」

「はー、運動神経バツグンなんスねぇ……」

「あとは、ソフトボールに行くって可能性もあるからね。どことどんな契約をするのか楽しみだね。あ、女子野球にいくとかもあるかな!」

「契約といえば」


 俺はブラウザでチェックしていた記事を呼び出す。


「ダイリーグが9球団目を発表したな。桜丘さくらがおかブロックス、だったか」

「マジか。チト待て。……あァ、Bloxzmブロックスか。オンゲーのポータルサイトやってるとこだな」

「桜丘ってどこッスか?」

「うんと……渋谷の桜丘町だね! セルリアンタワーとかあるとこだよ」


 言われてもよく分からないが、土地は高そうだな。


「ふーん。ポータルサイトがDLMでの決済に対応ね。ガッツリ組んできてんな」

「オー。そうなると、ダイリーグで遊ぶと他のゲームで課金ができるヨウニ?」

「プロ選手を作ったヤツはそうなるんじゃねェの? 契約金と年俸がいくらかとか、DLMの価値がいくらかによるだろーが」


 うーん、あんまり興味あるゲーム置いてないな……。


「DLM、値上がりするんじゃないかって噂は出てるよ? 実際、販売価格上げたみたいだし」

「プロゲーマーの要素が効いた感じだろうか?」

「ハン。どうだかな。育成ゲーで戦略性だの腕前を競う要素なんてねェだろ。プロはパフォーマンスを見せてファンを獲得するのが筋道だっつーのに、操作してないところが観戦のメインつーのもな」

「個々で動画配信するんじゃないか? パワプロのサクセスの動画とかも、一定数のファンはいるようだし」

「そりゃ……パワプロだからだろ。積み上げてきたモンが違う」


 ミタカは鼻で笑って手をひらひらとさせた。


「ま、底の浅さが知れりゃおしまいだろ。調子がいいのもここまでさ」

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