七月の報告会(後)

 7月。3回目の報告会。


「ダイリーグが盛り上がってるな」

「………」

「ゲーム性を、ガラッと変えてきまシタネ~」

「育成パートがデッキビルディング系カードゲームの要素を含むんだってね! CCG系のプロゲーマーも呼んでコラボするらしいよ?」

「CCGってなんスか?」

「トレーディングカードゲームのことを、海外じゃコレクタブルカードゲームっていうんだよ! だからCCGね!」


 先行プレイしたという記者のレポートでも、戦略性が増したとかなんとか書かれていた。少しだけカードリストも公開されたこともあって、いろいろ攻略の妄想がはかどる。ここにきて心技体がカードの属性にも生かされてくるとは……うーむ。


「るせェ。ウチらはKeMPBだろが。仕事の話すんぞ」

「ムフ。関連企業の話は戦略上、必要じゃない? ほら、パワプロの話とかもさ?」

「ミタカが言っていた、NPBの話だな」


 この7月、NPBがeスポーツへの取り組みを発表した。そのうちのひとつが、『eBASEBALL パワプロ・プロリーグ』。パワプロを使ったeスポーツの興行だ。


「予選を勝ち抜いたゲーマーを、各球団がドラフトして獲得し契約、そのプロゲーマーたちによるペナントレースを見せる、か」

「おぉ……でっかいところが動いたッスね。ケモプロと競合してないッスか?」

「んー、プロ野球のオフシーズンに見せるものを増やす、って目的もあるから、そりゃケモプロとスケジュールかぶっちゃうよね。でも11月と12月の土日、日本シリーズも1日だけだから、そこまでかぶってはいないかな?」

「試合時間的にも、ケモプロのナイターとはかぶらないだろう」


 デーゲームとはかぶるが、そこは仕方がない。そもそもデーゲームの1枠は二軍の試合だしな。


「しかし、NPBが野球ゲームと組むとは」

「そんなに驚くことでもなくない? ゲームに対する許諾はこれまでも出してきてるし。サッカーのほうだと『FIFA』なんかeスポーツではメジャーなタイトルだけど、サッカー業界がスポンサーしてるしね。日本でも3月ごろ、『明治安田生命 eJ.LEAGUE』って言ってJリーグがスポンサーで5月ぐらいまでやってたよ」

「野球よりサッカーの方が、eスポーツへの取り組みが早かったんだな」

「あとはお笑いっていうかエンタメ業界も? 3月には吉本興業もeスポーツ事業を立ち上げたってのがあったね。今年はeスポーツに関する動きが本当に多いよね!」


 どちらも知らなかった。勉強不足だな。


「そんなわけでNPBの方は、発表の早かったダイリーグの後追いか、みたいなまとめ記事が出てたりするよね」

「ケッ。タイミングの問題なんだがな。んな相手の発表見てから企画して、ってわけねェだろが」


 企画内容も全然違うしな。


「まとめって怖いッスね。ケモプロも変な持ち上げられ方してるし」

「変な?」

「ここ最近暑いじゃないスか。あ、いや、日本は暑いんスよ」


 なんでも猛暑が続く見込みらしい。


「甲子園の予選でも熱中症が問題になってて。それで『ケモプロは熱中症とかないよね』とか、SNSで話題になって」


 ケモプロの球場は現実の天候を反映するが、プレー可能な状況にまで軽減される。堤防が決壊するような大雨でも、獣子園予選の会場は小雨。時折演出で雨が強くなって中断が挟まる程度だ。気温に関してもそれは同じで、たとえ40度を超えていても運動に問題ない温度に設定されるはずだ。


「現実の部活よりよっぽど人権? に配慮してて偉い、とかッスね」

「バーチャルな球場だからできることであって、現実と比べてもどうしようもないと思うが……」

「えっと……熱中症は、水分補給してないと、起きる……よ?」


 起きるのか。ケモノ選手たちがベンチでドリンクを飲んでいたのにも意味があったんだな。


「シーズン中は、暑くなかったから……うん」

「まァ水分補給はするように教えてるし、欲求もあるからそうそう起きねェはずだがな」

「あとは獣子園本選の日程が、余裕があって偉い、とかもあるッスね」


 獣子園本選は8月3日から。基本1日4試合やる甲子園とは異なり、1日2試合ずつ。準々決勝からは1日1試合になり、準決勝の前に1日、決勝の前には2日間の休養日を設けて、31日の決勝を迎える。確かに余裕のあるスケジュールではあるが。


「それこそ交通費とか宿泊費、会場費を考えなくていいバーチャルだからできることだし、興行的なことを考えた上での割り振りでもあるし、比較されても困るな」

「そうなんスよね。なのに『ケモプロは先進的』だの『甲子園は見習うべき』だのと持ち上げられてて……」

「ムフ。逆に『喧嘩売ってんのか』『甲子園の事情も知らないポッと出のニワカが』とか言われたりもしてるね!」


 知らないところで勝手に喧嘩されてもなあ。


「この件に関しては基本ノーコメント。どうしても発言を求められても、『スケジュール通りに興行を行うための演出です』って言うぐらい? どう、お兄さん?」

「それでいいだろう」


 現状の甲子園の運営に問題があったとして、何ができる立場でもないしな。そもそも、そんな余裕もない。


「そういう話題が出た、といっても、視聴者数は増えないんだな」

「そういうものだよ。ケモプロを批判のダシに使いたいだけってね」

「むしろ減ってるな」

「喧嘩してるものを見に行きたい人なんてそんなにいないよ」


 危うきに近寄らず、ということか。敬遠されるのも困るんだが。


「獣子園予選は視聴者数と費用が連動するタイプの広告はないから影響は少ないけど、本選の方はおっきいスペースはペナントレースと同じで連動型あるからね。このままだとつらいねー」

「球場に来るユーザーの数が少なければ、グッズ販売も座席予約の収入もないしな」


 それらは予選開始前から予想していた通りだから問題ないが、10月からのプロリーグの広告枠は絶賛営業中である。その活動に影響は確実に及んでいた。そもそも営業に駆け回る役割の俺、シオミ、ライムがアメリカにいて、ネット越しにしか営業できていないのもつらい。時差もあるし、意思疎通が難しい。


「……本選からが本番だ。今はできることをしよう」


 ケモプロの年間スケジュールはほぼ決まっており、これから何か新しいことを発表することは少ない。

 アップデートの公開は細々行っているのだが、それは情報を追ってくれているファン向けのものだ。新規ユーザーに向けて、となるとどうしてもニュースバリューが足りない。


「あいよ。Bassは順調だぜ。B-Simはどうよ?」


 メジャーリーグに売り込んでいる投球シミュレーターも、Baseball Simulator、略してB-Simというプロジェクト名がこの間つけられた。今は投球しかやっていないが、そのうち打撃、守備にも手を伸ばしていくことを見越しての命名だ。


 BassとB-Sim、この二つのプロジェクトの契約が確定して世間に発表できれば……とは思うのだが、どちらも巨大な組織だけに慎重にならざるを得ない。先走って公表すれば契約自体がなかったことにもなりかねないし。


「B-Simはボールが増えてスムーズに進むようになった。スタッフの習熟も問題ないよな?」

「う、うん。大丈夫。前々回から、わたし口出ししてないし……トラブルも自分たちで解決してたし」

「そういうわけで、ミシェルにキャプチャー用のスーツも増産してもらって、カメラとか買える機材はこっちで買って、スタッフを増やして2チーム体制で回る予定になっているんだが、そこでひとつ問題がな」

「なんだ? 予算でも尽きたかよ?」

「それもギリギリではあるが」


 シオミの尽力のおかげで、デモに際しても料金は支払ってもらうことになっている。なので移動費用は問題ないのだが、機材やスタッフの給料は持ち出しだ。ちなみにミタカはBassのデモを無料でやっているが、それは移動が国内の一人分で済み、機材も最悪ケモプロに使いまわせるからだ。


「スタッフの組み分けでちょっとな。今協力してもらっているスタッフのリーダーは、グレンダというんだが……ツグ姉よ」

「ん? うん、グレンダちゃん、いい子だよ。友達になった……へへぇ」

「グレンダには別チームを率いてもらおうと思っていたのだが、ツグ姉と同行すると言って聞かなくてな」


 新スタッフと既存スタッフを半々に分け、俺たち本隊とは別のチームをグレンダに率いてもらおうと思っていたのだが、そこで抵抗にあっている。というか、なんなら既存スタッフ全員が従姉と同行したがっていた。モテモテだな。


「ほォ……?」

「グレンダさんからは、KeMPBに転籍したいとの相談も受けています」

「ほほォ……?」


 ミタカのアバターはキツネであってフクロウじゃないんだけどな。


「こうして問題なく業務はこなしているわけですし、腕は確かなのだと思いますが、私には判断できませんので……ミタカさん、お願いできますか」

「わァーってらァ。技術系の面接はオレの好きにさせてもらうかんな」


 KeMPBも人を増やしていかなければならない。けれど闇雲に増やせばいいというものでもないので、分野ごとに採用担当者を決めてあった。技術方面はミタカの眼鏡にかなわなければ、雇うことはない。


「とはいえよ、こっちも忙しいんだ。面接は落ち着いたらな。組み分けは能力を見て決めたことなんだろ? んじゃ納得させとけ。論理的な思考ができねェヤツはいらねーともな」

「わかった」


 なんとかしよう。……ライムがいい感じに翻訳してくれると信じて。



 ◇ ◇ ◇



 7月。4回目の報告会。


「先輩! 聞いたッスよ、遊園地で遊んできたって! アメリカの遊園地とかズルい!」

「………」

「……先輩?」

「ッ。すまん、寝ていた。なんの話だ?」

「えっと、遊園地行ったって……なんか疲れてるッスね?」

「ああ、遊園地か」


 俺はあくびをかみ殺しながら答える。今日は時差的にこちらが夜中なんだよな。


「各地のボールパークに隣接する施設の視察はしたが、遊べるようなところはあったが遊園地という感じではなかったな。商業施設の中のひとつに野球場があるような感じで……今日見てきたのは普通に遊園地だったが……」


 特に野球場が近くにあるわけでもない普通の遊園地だった。シャーマンがオススメだからぜひ見るべきだとか言い、よく分からないまま案内役をつけられて回らされたが。

 ちなみに今回が特に珍しいわけでもない。この間はおもちゃ屋に連れて行かれたし、よくわからん建物を見せられたりもした。見識を広めるべきだ、とライムは言っていたし、実際俺にはとても勉強になるんだが……スケジュールはここにきて忙しい。


「オススメされるだけあって、特徴的な遊園地だったぞ。専用のスマホアプリがあって、ARで道案内してくれたり、園内のARマーカーを映すとマスコットキャラが出てきたり」


 園内はARマーカーが似合わないほどオールドスタイルだったし、キャラの作り自体は、なんとも流行らなさそうだったけども。


「一番の売りはVRジェットコースターだそうだ。これだけはすごい人気だったぞ」

「VRジェットコースター? 遊園地なのに、わざわざVRでジェットコースターッスか?」

「いや、VRでジェットコースターを体験させるんじゃなくて、ジェットコースター自体は実物があるんだ。それに、VRゴーグルをかぶって乗る」

「えっ」

「VR映像を見ながら、本物のジェットコースターに振り回されるんだ」


 アトラクションなんだから死なないとは分かっていたが、足はすくんだ。レールが切れて落ちる演出が一番来たな。その部分だけ客車に振動がないものだから、本当に落ちたのかと錯覚したし。そんな本気のジェットコースターだから、乗客はフラフラになって降りていく。


「それは怖そうッスね……いやでも、一度ぐらいは?」

「つーか、酔うんじゃねェの?」

「まあ……そういう人はいるようだ」


 何度か車両が清掃で引っ込んでいったし。それがまた長蛇の列を作る原因になっていた。長蛇の列が解消しないということは、それだけ人気だということだが。


「それで、疲れるほどジェットコースターに乗ったんスか?」

「ジェットコースターも効いたが、その後すぐにインタビューがあってな」


 7月の後半になってから、B-Simの営業だけでなくKeMPB、ケモプロのインタビューも多く予定に入れられるようになっていた。B-Simは正直なところ俺は見守るだけだったから仕事をするのに不満はないのだが、移動や視察の合間に入れ込んできて、しかも英語なので時間がかかる。


「ケモプロの取材っすか。アメリカで」

「AIがやっている野球の運営だからな、珍しいんだろう。技術的なことから、運営的なことまで、初めて会うメディアばかりなので話すことが多くてな……熱心にやってくれるから、それはいいんだが」


 正直、今とても眠い。だがせっかく時間を割いて集まっているのだ、報告事項は済ませよう。


「B-Simは、順調だ。グレンダのチームもうまくやっていると聞いている。明日からは契約をまとめるために、カリフォルニアに戻る。雛形を作って、それをシャーマンに各球団手配してもらう……だったか」

「はい。要望もいろいろ聞けましたし、機材の製造、運用チームの立ち上げも含めてまとめていきます。帰国まで会議続きとなりますね」


 踏ん張りどころだな。俺よりシオミの方がやることが多いのだし、弱音を吐いていられない。


「獣子園予選も最終週。来週からは本選だ。帰国したらすぐそちらに注力しよう。予選の結果を踏まえたインタビューも受けるし、その記事は開始前に出してもらえることになっている。8月はダイリーグに負けない盛り上がりを提供できるだろう。向こうは9月のサービスインまで、それほど新情報もないだろうしな」


 今週火曜、いや日本では月曜か。そこで公開されたニュースは、10球団目の発表だった。球団名は『馬場バッカス』。Webデザインやサイト運営を扱う『株式会社バッカス』という企業がオーナーだ。ちなみに高田馬場が本社なので、またしても東京である。

 そうすると残るは2球団。今まで以上にインパクトのある企業は難しいだろうし、グラフィックやゲーム性の改修は既報の通り。サービスインまでの他のニュースはVtuberハシノスミ率いるカミガカリガールズのプレイ動画や、プロゲーマーのレビューぐらいだろう。……気にはなるが、獣子園ならそれ以上にやってくれるはず。


「いや、それがそうも言ってられないみたいッスよ」

「……何かあったのか?」

「さっき記事が公開されて。これなんスけど。βテストやるみたいッス」


 記事のウィンドウがバーチャル空間上に表示される。どれどれ。


「オープンβか。……期間限定?」

「ムフ。これはかぶせてきたね~! 8月中毎週土日の夜、20時から4時間だけ遊べるってことは」

「20時……なるほど」


 獣子園本選の開始時間だ。甲子園と時間がかぶらないよう、その日の第四試合が終わるのがだいたい20時と予想し、そこから2試合続けてやるわけだが……完全に時間がかぶっている。


「……獣子園は録画がある」

「って考えちゃうよね。あとは、土日だけじゃないし、とか? リアルタイムの盛り上がりは減っちゃうかもね」


 ケモプロのユーザーは、野球が好きで、ゲームが好きでもある人が多い。

 新作の野球ゲーム。時間限定の先行プレイ。プロを目指そうと考えている人なら絶対に見逃せないだろう。


「上手い手だな。期間限定は触ってみたくなる」

「ケッ。化けの皮がはがれるのが早まっただけだろ」


 ミタカは空中に頬杖をついて言う。


「まァ、広告主側に理解してるヤツらはすくねェけどな」

「ムフ。いや~、なんかだいぶ引き抜かれちゃったね! ペナント開始時、もしかしたらいくつかの看板は自社広告かもね~」


 ダイリーグの話題がじわじわと広がり、それに比例してケモプロの広告枠から降りるところが増えていた。正直なところ獣子園中は赤字なのだが、ペナントに入っても解消しないかもしれない。


「ケモプロで多少損が出たって、HERB、Bass、B-Simの案件さえありゃ赤字にはなんねェだろ。なァ、秘書さんよ」

「確かにそれらの案件で入る金額は、前年以上になるでしょうね。……正直なところ、その案件さえなければ今期は資金繰りが難しいところでしたが、おかげさまでKeMPB全体としては余裕で黒字予想です。ケモプロが赤字でも問題ないほどに。しかし、ユウ様」


 シオミはメガネを直そうとしてガスッと首を傾けた――たぶんVRゴーグルを殴打した後、何事もなかったかのように続けた。


「赤字の事業を何十年と続けていく……それで構いませんか?」

「……会社経営なんてKeMPBが初めてだし、そもそも社会経験もKeMPBと同じ年数しかない。だから、これから言うことが正解かはわからないが」


 俺が決めないといけないんだよな、代表だから。


「事業が赤字ということは、何か間違っているんだ。それはサービスの需要がないとか、適正な報酬を得ていないとか。……おそらく、黒字にするだけなら、各球団の物販の手数料を上げればできるだろうし、受け入れてももらえると思う」


 どこよりもシステム利用の手数料が安い、とヒナタに言われたこともあるし。


「けれど、不満は生む。それはオーナー企業だけでなく、これから増えるKeMPBの従業員にもだろう」


 例えば『獣野球伝 ダイトラ』のアシスタントをしているまさちーは、厳密に言えばケモプロ本体の仕事をしているわけでなく、ケモプロのメディア部門の仕事といったところだろう。事務をやっているイサも裏方であってケモプロ自体との関わりは少ない。その彼女らの給料を、別部門が不調だからといって削ったら不満に思わないわけがない。


「ケモプロは、面白い」


 何十年と見続けたい。関わっていたい。――ダイリーグや他の何かが代わりになるなんて思えない。


「しかし赤字になる、何かが間違っているということになれば、俺は……」


 ……やめる?


 ……やめる、のか? 間違っているから?


 これまでケモプロを作ってきた皆は、受け入れられるだろうか。俺と違って頭のいいやつばかりだから、最終的には納得してくれるだろう。そうして別のプロジェクトに専念すれば、従姉の技術力だってより生かせる場がきっと出てくる。ニートになることなくKeMPBは存続し続ける。そこにケモプロはないが、それに関わる全員が納得しないのであればわがままを言っている場合では――全員?


「……いや。違う」


 いま考えた中にいるメンバーは、全員じゃない。


「ケモプロは、皆で作ったものだが……それが面白かったのは、この一年、ユーザーにパフォーマンスを見せてきたケモノ選手たちの貢献を忘れちゃいけない」


 応援されるためのAI。その役割を、ダイトラたちケモノ選手たちは立派に務めている。

 赤字だからといって続けないなら――それはAIが停止することを意味する。


「こう考えるのはおかしいかもしれないが……ケモノ選手たちはもう、誰かの都合で消していいものじゃないと思う。ただのAIじゃない、ファンに応援される存在になったはずだ」


 タカサカにもヒナタにも。ケモプロのオーナーたちからは必ず、『ケモプロは野球だ』と言ってもらっている。


 それはつまり、ケモノ選手たちが――生きているということだ。


「そうだ――続けないという選択肢はない」


 KeMPBの代表として。


「たとえ死に体になっても、続ける」


 無様に続ける。その強権が俺にはある。合同会社の唯一の業務執行社員というのはそういうものだ。

 ケモプロが生存競争に敗れるなら、心中するのが代表の責任の取り方というものだろう。

 もちろん他の皆を巻き込むわけにはいかないから、そうなる前に会社を分けるなりするべきだろう。


 けれど。


「……そうならないためにも、ケモプロを盛り上げていきたい」


 負けないのが一番だし、まだ負けてなんていない。


「誰にも不満を持たせないように、なんとかする。そのために、力を貸してほしい」


 バーチャルな空間に集まったアバターの顔を見渡す。その表情は変わらないが、肩をすくめるとか、何度も頷くとか、そういうわずかな動作で伝わってくるものがある。


「うんうん。お兄さん気合入ってるね! でも、らいむ、その気合は明日に使ってほしいな~」


 一人だけ表情を実装して器用に操作するライムが、雲のように笑う。


「大事な会議が続くんだしさ!」

「それは、そうだな」


 明日。と考えると、どっと疲れと眠気が襲い掛かってきた。空間に浮かべている現地時間の時計を見れば、丑三つ時もいいところだ。飛行機で移動してそのまま会議……体力に心配しかない。正直なところ、もうフラフラだ。朝までどころか昼まで寝たい――が。


「……その会議なんだが、ライム」

「ん?」

「この間から少し考えていることがある。最初の会議の前に、シャーマンと話す時間をもらえないか?」

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