初顔合わせ

「お兄さん、こっちこっち! おはよう!」

「元気だな」


 ホテルのロビーでぴょんぴょんと飛び跳ねるライムに近づいていく。

 昨日は入国するや否や観光ツアーになったというのに、ライムは朝から元気だった。


「お、おはよ……同志」


 ライムの隣にいたツグ姉が、そろそろと近づいてくる。こっちは元気というかいつも通りだ。


「なあに? お兄さん、まだ疲れが取れないの? マッサージ頼んでおけばよかったのに」

「いや、俺は平気なんだが、シオミがな」


 観光中はわりと元気だったのだが、朝になっても姿を見かけないので連絡したところ、ギリギリまで寝ていたいという。電話越しだがすごい声をしていた。


「あー、マッサージ中も寝てたしね。ムフ。ちょっとシオミお姉さんには辛かったかな? ツグお姉さんは平気だよね!」

「な、なんとか……? あの、それより……さっきから、あの人……」

「ああ、紹介するね!」


 ライムが手招きすると、その二倍も身長があるだろうか? 背が高く肩幅も広いスーツ姿の男がやってくる。黒いくせ毛の下にくりくりとした目、丁寧に剃られた顎が青い。


「こちらが、シャーマン・メイスさん。今回メジャーリーグと話をつけてくれたエージェントだよ」

「Nice to meet you」


 シャーマンは名刺を出してくる。こちらも名刺を出して交換した。


「Nice to meet you too. My name is Yuu Ootori. ……よろしく、シャーマン」

「(ユウって名前が……なんだって? 長いなわからん)! ヨロシク、ユウ」

「英語がうまくないので、基本的にこのライムに通訳してもらう形となるが、いいだろうか?」

「事前に言ってあるから問題ないよ。(俺が英語? の心配をしている?)」

「Haha. (自分の日本語も同じ……と言ってる?)」


 肩をすくめてライムが何か言うと、シャーマンは笑って頷いた。


「(朝食を……レストラン?)」

「お兄さんたち、朝はもう食べた? あと、ミシェルお兄さんは?」

「いや、まだだ。ミシェルは作業があるとかで部屋にいるはずだ」


 俺とは別室だから様子はわからないが、連絡した限りでは問題なさそうだった。

 ちなみに従姉とライムだけがツインルームの同室で、他はシングルなんだよな。ミシェルがシングルを希望したし、シオミも旅費をケチるほどではないと。別にどちらと同室でもよかったんだが……。


「ムフ。それじゃあさ、まだ時間あるし外のレストランで食べようよ。シャーマンさんが案内してくれるって」

「ツグ姉はどうだ?」

「い、いいよ?」

「じゃあ決まりだね!」


 ライムが雲のように笑い、俺たちはホテルの近くのレストランに場を移すこととなった。


 ◇ ◇ ◇


「はじめて海外に来たが、食事が合わないということはないな。結構身構えてたんだが」

「アメリカと日本じゃそう変わらないよ。和食ってジャンルは出ないけど、それぐらいじゃない?」

「野菜が少なくて味付けが濃い……特にデザートが甘いな、というぐらいか。いや、おいしいぞ?」


 おいしいんだが、それは従姉の健康的にどうなんだと思う。短期間なら問題ないかな? しかし一ヶ月近くはいるわけで……。


「(俺が料理が……おいしいけどちょっと不満? をシャーマンに伝えている)」

「(本当かい? みたいな……そんな反応だな。日本がどうとかアメリカがどうとか。笑ってるが)」


 うーん、なんとなくしか会話が分からん。なんとなくレベルでも分かるのだから、勉強は無駄ではなかった……と思いたいところだ。


「(ん? ダイリーグがなんだって?)」

「お兄さん。シャーマンさんが、ダイリーグの最近の発表をどう思うか? だって」

「ああ。なかなか面白い発表をしていたな。給料が出る、という」


 育成野球ダイリーグ。俺たちが飛行機の中にいる間に掲載されたニュースが話題を呼んでいた。

 確か内容が――



 ◇ ◇ ◇



【君もプロ野球選手(の生みの親)になれる!? 育成野球ダイリーグ、仮想通貨を活用した新たなプロゲーマーの可能性を示す】


 (画像:ダイリーグのタイトルロゴ)


 2018年9月1日のサービスインを予定している『育成野球ダイリーグ』(以下、ダイリーグ)から、あらたな発表があった。現在クラウドファンディングは初期ゴールを達成し、球団運営要素のストレッチゴールが間近、12球団中8球団のオーナーが決定しているダイリーグだが、新たなニュースは9球団目の発表ではなく……一言では説明しづらいが、無理矢理要約すればプレイヤーが球団から年俸をもらえるようになる、というところだろうか。順を追って説明していきたい。


 ■育てた選手がプロリーグに所属する。その際の年俸と契約金が実際に支給される!


 ダイリーグでは、Dailium(ダイリウム、以下DLM)という仮想通貨が使用される予定となっている。ゲーム内ポイントであるDPはプラットフォームのストアから現実のお金で購入できるが、DLMを使おうと思ったら、ウォレットを連携する必要があるので注意しよう(使用しているウォレットがなければ、提携企業でもある『ビットバランス』のウォレットが自動で作成されるそうなので、意識しなくても問題なさそうだが)。DPでゲーム内アイテム、DLMでオーナー企業の扱う商品を購入する形だ(DPをDLMで購入することもできる。逆は不可)。

 このDLMは後々、ゲーム内で行われる野球くじでも取り扱われる予定だが、今日の本題はそこではない。野球くじは極論すればくじを買う人しか影響がなかったが、こちらはプレイヤー全員に影響する話だ。


 プレイヤーがシーズン中(ダイリーグにおける選手育成期間。3ヶ月で1シーズン)に育成したキャラクターは、すべて(たとえ所属高校が予選一回戦で敗退しても)そのシーズンのドラフトにかかる可能性がある。ドラフトで指名され、入団した選手には契約金と年俸が支払われる。ここまでならよくあるゲームの中の話だが、ダイリーグは違う。この契約金と年俸は、DLMで支払われるのだ。つまり、育成した選手がプロになると、プレイヤーにDLMが――通貨が支払われるのである。


 (画像:選手が入団会見しているゲーム内画像)


 ■仮想通貨がもたらす、新たな形のプロゲーマー


 特にソーシャルゲームで有料アイテムが配布されるのは珍しいことではない。ランキングに応じて有料アイテムが支給される、ということならそれほど新しい取り組みではなかっただろう。しかし、ダイリーグはその一歩先を示したのではなかろうか。

 有料アイテムが配布されたとしても、利用はそのゲーム内に限られる。複数のゲームを提供するプラットフォームの共通ポイントであっても、結局は限られた輪の中の話になる。しかし仮想通貨であれば、換金することが可能だ。ダイリーグの経済は、ゲーム内に留まらない。


 これはプロゲーマーの新たな形かもしれない、と筆者は愚考する。現在、eスポーツを興行するプロゲーマーたちは、大きく分けて二つの形態になる。ゲーミング機器の企業などからスポンサードを受ける者。興行主と契約してゲームを行う者だ(※)。


 (※大会に出場し賞金を稼ぐ者もいるが、それは後者に含めて話を進める。特に日本では景表法の関係上、海外のイベントのような純粋な賞金大会は難しい。現実的には興行主からの報酬といった形になっていくだろう。解説記事は【こちら】)


 ダイリーグも仮想通貨とはいえ実際の収入が発生するため、プロ選手を生み出したプレイヤーは、後者のタイプのプロゲーマーと言えるだろう。


 (画像:壇上でPCを並べてゲームをプレーするeスポーツ大会の様子)


 しかしダイリーグのゲームの構造上、他のプロゲーマーたちとは異なる方法で収入を得ることになる。『ゲームの上手さ』を原資に収入を得る、という構造は両者で変わらない。しかしジャンルは大きく異なる。現在主流なeスポーツは、RTS、FPS、MOBA、格闘、スポーツ、CCG、パズルといったところだろうか。いずれも状況判断、反射神経、操作精度を求められるゲーム(カードゲームはやや異なるが)だ。

 ところがダイリーグはそのいずれとも異なる、育成ゲームというジャンルだ。キャラクターの育成の上手さという才能を発揮する場所が新たに生まれたわけである。


 さらに言うと、ダイリーグのプロゲーマーは他のプロゲーマーと働き方も異なる。

 今までのeスポーツの大会は通信遅延の関係上、どうしても最大パフォーマンスを発揮するためには、プレイヤー全員が同じ場所に集合してゲームをする必要があった。それは特に悪いことばかりではない。リアルでの集客は物販にも繋がるし、なにより会場に人が集まれば盛り上がる、という面もある。

 しかし一方で、時間と距離の問題は無視できない。読者の中にも、スケジュールの都合でゲーム大会への参加を見送ったような経験をお持ちの方もいるのではないだろうか? たとえ専業でプロになったとしても、海外の大会に参加しようと思えば大変だ。遠征費用はかかるし、負ければ赤字ということだってある。参加側だけでなく、観戦側も似たようなものだ。現地まで行って見ることの、なんとハードルの高いことか(結局ネット配信で見るしかない)。


 (画像:ダイリーグ、ゲーム内試合画面)


 一方ダイリーグはといえば、プレイヤーは現地に集まる必要もなければ、観戦も時間に縛られない。育成した選手がオートで試合をしてくれるわけだからだ。ダイリーグにおけるプロゲーマーの仕事時間は、それこそ選手を育成する時間だけ、いつでもどこでもライフスタイルに合わせて働ける、ということだ。


 果たしてこのありようがプロゲーマーなのか、という議論はあると思う。しかし筆者としては、ゲームプレイの上手さに応じて、(自動で進行する)興行により収入を得るという点において、これはプロゲーマーの一形態であると受け取った。


 ■懸念点は税金。仮想通貨共通の悩みではある。


 ひとつ懸念する点を上げるとするなら、仮想通貨とはいえ金銭のやり取りとなる。仮想通貨は売ったり買ったりと、大雑把にまとめると『使用したときの価値』に応じて税金の申告の対象となる。必要な内容を自動計算するツールを内包すると発表されているが、最後に税金の手続をするのはプレイヤー自身となる。

 DLMの市場価格、およびゲーム内の年俸や契約金でいくらDLMが貰えるかにもよるが……よく考えればその他のプロゲーマーだって収入を得れば税金が発生するのである。その可能性がより多くの人に広がった、ということだけかもしれない。


 育成野球ダイリーグ。果たして新たなeスポーツとなることができるのか。今後も注目していきたい。



 ◇ ◇ ◇



「夢のある話だな、と思った。ドラフトを否が応でも注目してしまうだろうとも」


 今なら『ドラフトで選択されるかも』とソワソワしていたという学生時代のライパチ先生の話も分かる気がする。


「本来は知的ゲームもスポーツの一種だとか? なら育成ゲームだって、eスポーツと主張するのもおかしくないんじゃないかな」

「ふんふん。ま、確かにちょっと風向きは変わってきたかもね」

「事前登録者数が一気に増えたと聞いた。盛り上がってきたな、という印象だ」


 ライムが通訳すると、シャーマンはじっとこちらを見てまた何かを言った。


「すまん、全部聞き取れなかった。なんだって?」

「一定の評価をしたのはわかったから、その上でケモプロはどうするのか? って」

「ケモプロが?」


 これは、あれか。今回のシステム販売の母体となるKeMPBのことを心配されているのか。

 確かにメジャーリーグに投球シミュレーターを導入してもらっても、サポートできる開発元が潰れてしまっては何かあったときに困るだろう。とはいえ――


「ケモプロが何かをするということはない」

「What? (何か……ユーザーが……ケモプロの?)?」

「取り返しがつかないほどケモプロのユーザー数が減ったらどうする? どんな手を打つんだ? ってさ」

「確かに、ダイリーグには育成以外にもケモプロと似たようなリーグ運営、観戦要素がある。そこでユーザーの奪い合いになることはあるだろう。現に今もダイリーグの影響か、広告の出稿は減っているし、今後視聴者数が減ればもっと減るだろう。シャーマンの心配は当然だ。だが」


 アメリカへ行く直前にも、この話はKeMPB内部で話し合った。そして決めたことだ。


「ダイリーグが何かしたからと言って、ケモプロが何かをすることはない。……勘違いしないで欲しいのは、何もしない、ということじゃない。『ダイリーグが何かしたから』ではなく、『ケモプロが今後必要になること』をやるんだ」

「(ライムが通訳している……)あ、構わず続けて。同時進行で訳すからさ」

「わかった。……ケモプロは、今後何十年も続けていくゲームだ。ダイリーグや、今後も出てくるであろう野球ゲームに対抗して、話題性のある追加要素だののアップデートをしていたら息が続かない。そうではなく、ケモプロにとって必要なものを、必要になったときにやる。……特に、ケモプロのメインコンテンツは、あくまで野球の観戦だ。ユーザーから応援してもらわなければ、ケモプロは続かない」


 1シーズンを完走できたのも、ユーザーの応援あってこそ。そして砂キチお姉さんなどケモプロを使って盛り上げてくれた人たちの協力あってこそだ。


「その応援に応えるためにも、今後何十年も続けていくために必要なことを考えないといけない。……とまあ、そう決めたはいいんだが、実は『では何をするか』はまだ思い浮かんでいなくてな」


 格好つかないが、事実だから仕方ない。

 とりあえずできることを増やすため、息継ぎと体力づくりのためにBassや今回の投球シミュレーターをやっているが、ケモプロに間接的にこそ役立つものの、直接結びつくものではない。


「そもそもケモプロはまだまだ、プロ野球と比べてもユーザー数が少ない。今以上のユーザーを集めるためには何をするかが課題だと思っている。そしておそらくその手段は、ゲームとは少し違って……プロ野球の方が近いんじゃないかとも。もちろん、現実とそのまま同じことはできないが……」


 ケモノ選手はあくまで野球をするAIであって、たとえばタレント活動的なことは難しいからな。


「ケモプロはケモプロのやるべきことをやって、他のサービスとの競争に打ち勝つ。具体的には、申し訳ないが考え中だ。せっかくアメリカに来て環境も変わったことだし、新しい考えが浮かべばいいとは思うんだが……なかなかな……」

「I see. (ナイス? 何が?)」


 シャーマンは頷くと、突然手を上に伸ばして立ち上がった。それを目印に、一人の女がこちらに近づいてくる。腰に巻いたスタジャンの上で腕を組み、上体をのけぞるようにしてこちらをギロリと睨み上げる赤毛の女を、シャーマンは肩を叩いて迎える。……なんか不満そうだな。噛まれそうだぞ、シャーマン。


「Yuu. This is Glenda」

「グレンダというのか。よろしく」


 俺が手を差し出すと、グレンダはギロリとこちらを睨んで、プウ、と口からガムを膨らませて。


 バシッ!


 ――と、俺の手の甲をぶったたくのだった。

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